第22話 インド洋決戦三 序三曲

 クイーンエリザベス級戦艦『ウォースパイト』

 リヴェンジ級戦艦『リヴェンジ』『レゾリューション』『ラミリーズ』『ロイヤルサブリン』

 インドミダブル級空母『インドミダブル』『フォーミダブル』

 『ハーミーズ』

 重巡二隻

 軽巡五隻

 駆逐艦一六隻


 これが、東洋艦隊に在する艦の全てであった。重巡や駆逐艦の数は南洋艦隊より劣っていたが、戦艦と軽巡の数では東洋艦隊が上回っている。

 更には四月二日において、南洋艦隊は航空戦力を喪失しているのに対し、東洋艦隊の空母は三隻ともが健在であった。とはいえ、艦載機は無傷ではなく、夜間の戦闘によって、ソードフィッシュ八機とアルバコア七機が撃墜されていた。しかし、戦闘機の数は四一機-フルマー三二機にシーファイア九機-有り、制空権は東洋艦隊が完全に握ることが必至となっていた。



「観測機を飛ばせ」

 豊田大将は敵戦艦の姿が認められた途端に用意していた言葉を発した。

 それを受け、『長門』『陸奥』『伊勢』『日向』から零式観測機が飛び立った。これは通常、自艦隊や敵艦隊の上空へ飛び、砲弾の着弾位置を知らせることが仕事であるが、今回は別の指示が与えられていた。


 敵に制空権が確保されようとしている状況下で、観測機を飛ばすなど一見ありえない事であるが、艦上に置いていたら置いていたで、何の役にも立たないどころか、敵弾命中時に誘爆し、損害を広げることも考えられる。そういう意味でも豊田大将の命令には正しさが見られた。



「複葉機?」

 フルマー艦戦の搭乗員バクバズン曹長は前方に飛ぶ零観を見て、笑みを浮かべた。苦し紛れに発進させたのだろうが、複葉機ごとき直ぐに堕とされることに何故気付かないのだろう?まあ、空母を全て失ったのだ。多少正気を失っていても仕方がないか。バクバズン曹長はそう結論づけると目障りなそれを片付けるべく、操縦桿を傾けた。

 観測機には通常複数人が乗っている。その為、視野が広い。そこで、全員の死角となる後方下部から攻撃を仕掛けるのが効率が良い。

 フルマーには七・七粍機銃が八門も装備されている。それで、目の前の敵には充分でだとバクバズン曹長は考えていた。しかし、いざ銃撃という時に、敵機は急上昇をかけてきた。

「何っ?」

 バクバズン曹長はそれを追おうとしたが、旋回能力は敵の方が上であった様で、遂に逃げられてしまった。

「シーファイアなら……」

 或いはその速力に物を言わせて敵機を撃墜していたかもしれない。そう思うとない物ねだりと分かっているが、悔しくなる。

 シーファイアは英国の名戦闘機スピットファイアを艦上機化したものである。これは元となった戦闘機に違わず―少なくともフルマーより―優秀な性能を持っていた。

「後方敵機!」

 バクバズン曹長の思考はその言葉に中断される。素早く後ろを振り返りながら、右旋回をかける。後方に付いていたのは複葉機であった。先程自分が追っていたものとおなじ機種である。

「観測機ではなく水上戦闘機だったとでもいうのか?」

 そう言いながら逃げに入る。速度はフルマーのほうが上の様であり、追いつかれる心配は無さそうだ。

 シーファイアだと今のでやられていたかもしれん。複座機で助かった。バクバズン曹長はそう胸を撫で下ろしていた。

 フルマーの艦戦としての非常に特異な点は複座機である所だ。元々は航図を確認し、帰路を完全なものにすることがその役割であるが、戦闘時には後方見張員としても活用出来た。とはいえ、性能の低さは何ともしがたく、零戦の様に完全に己より能力が勝っている相手には殆ど無力である。

「これは思っていたより手こずりそうだな」

 バクバズン曹長はため息を吐いた。


 零観は善戦していると言えたが、数では英軍が勝っていることもあり、徐々に劣勢に追い込まれていった。一機また一機と墜とされていき、夜明頃から始まっていた空戦は九時には大勢が決し、制空権は英軍のものとなっていた。



「T字を描くか」

 サマビル中将は面舵に転舵した南洋艦隊の戦艦を見て、そう言った。

 T字とは丁字とも言い、自艦隊に向かって針路を取っている敵艦隊に対して、自艦隊の舷側を見せる戦法を言う。これによって敵艦隊は前方の砲しか使えないのに対し、自艦隊は全ての砲を使えることとなり、有利に戦闘を行えるという物である。

「距離二五〇〇〇米で取舵」

 サマビル中将は同航戦に持ち込むつもりであった。

 現在東洋艦隊は『ウォースパイト』を先頭に、『リヴェンジ』『レゾリューション』『ラミリーズ』『ロイヤルサブリン』の順に単縦陣を敷いていた。

「早急に終わらせたいのは同じか……」

 サマビル中将は思わず失笑した。恐らく敵は長門型の砲撃力に物を言わせて一気に押し切ろうとしているのであろう。

「よし、作戦通りに動く。弟子に我々の威厳を見せつけてやろうではないか」

 サマビル中将は言いながら、チャーチル首相の好みそうな言葉だと思い、苦い顔をした。というのも、彼にはこの首相に嫌な思い出が有ったからである。


 彼は以前大西洋にいた時、チャーチル首相の命により、停泊していた仏艦隊に攻撃を行ったことがある。サマビル中将自身は元同盟国―この時点で仏蘭西は独逸と停戦をしていた―を騙し討ちに近い格好で、一方的に攻撃することは気が進まなかったのだが、首相からの命令では仕方なかった。英軍はこの海戦により、仏艦隊に戦艦一隻撃沈するなど大損害を与えていた。



 サマビル中将は東洋艦隊が取舵を行ったことにより、南洋艦隊が更に転舵するかもしれないと考えていたが、彼らは想定外の行動を取った。『ウォースパイト』が回頭し始めると同時に第一射を放ってきたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る