第21話 インド洋決戦二 序曲二
「敵機発見!」
四時四七分、見張り員の声が響いた。たたき起こされた機銃員は眠気なまこを擦りながら、しかし戦場の興奮のせいか、妙に頭のハッキリとした状態で、配置についた。
「照明弾を使いますか?」
夜闇による銃撃の命中率低下を心配した『長門』艦長 矢野英雄大佐がそう具申する。
「いや、その必要は無さそうだ」
豊田大将の言葉通り、艦隊上空に到達した雷撃機『アルバコア』が照明弾を落とした。それにより、『長門』以下南洋艦隊の艦影が暗中にくっきりと浮かび上がった。だがそれは、同時に襲撃者の姿を見せることとなる。
「複葉機のみか…」
小沢中将はそう呟いていた。確かに彼の言葉通り、英軍の攻撃隊は複葉機のみで構成されていた。
ソードフィッシュ雷撃機一三機
アルバコア雷撃機三五機
それが英軍攻撃隊の全てであった。これらの機体はサマビル中将指揮下の空母『ハーミーズ』『インドミダブル』『フォーミダブル』より放たれたものである。
これらは雷撃機であるが、『ハーミーズ』から発艦したソードフィッシュ一二機は爆装となっており、『フォーミダブル』から発艦したアルバコア二機及びソードフィッシュ一機は照明弾を装備していた。
英軍機は襲いかかる機銃の弾丸をものともせず、一直線に侵入してくる。
「零戦がいれば……」
小沢中将は一向に当たらぬ機銃を見て、そう歯がゆい思いをしていたが、それは南洋艦隊の偽らざる思いであった。現時点で最強の艦戦と目されている零戦であれば、時代遅れの複葉機などは瞬く間に全滅させていたであろう。しかし、サマビル中将はそれのいない夜間を狙い澄まして攻撃を仕掛けてきたのである。この戦いはどう見ても英軍に分があった。
攻撃隊の目標になったのは『龍驤』『瑞鳳』『祥鳳』であった。
ソードフィッシュは低空飛行を行い、三機で三角形を描き、艦を包み込むようにして爆撃を行った。照明弾によって目標の位置を誤る心配も無い。五〇〇听―約二五〇瓩―爆弾が投下される。雷装のアルバコアも同時に仕掛けている。魚雷が白い航跡を吐きながら、空母に迫る。
「全速!取り舵一杯!」
『祥鳳』艦長 伊澤石之介大佐は大声で怒鳴った。舵輪が回され、艦は左へと回頭を始めた。
「間に合ってくれ…」
そんな伊澤艦長の願いもむなしく、ソードフィッシュの投下した爆弾の一発が『祥鳳』に命中した。
「『祥鳳』がやられたか…」
『瑞鳳』艦長 大林末雄大佐は思わずそう漏らしていた。こういった発言は士気の低下を招く場合もあるので、彼は口に注意していたのだが、あまりのあっけなさが原因であった。燃えさかる甲板を見ると、戦場の恐怖に飲み込まれそうでさえあった。
何の、躱しきれば良いだけの話だ。彼はそう己に言い聞かせ、自分を鼓舞した。
「右前方より雷跡!」
「左前方より雷跡!」
「っつ!」
見張り員からの報告に、このままでは躱しきれないと悟った大林大佐は思わず声を詰まらせた。しかし、艦を預かるものとして、最後まで、足掻きを止めるわけにはいかない。
「面舵!機関増速!焼け付くまで回せ!」
『龍驤』は既に満身創痍の状態にあった。ソードフィッシュの爆弾二発命中。格納庫内の航空機が誘爆し、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
「早く消火を急げ!」
そう音頭を取っているのは、飛行隊長相生高秀大尉であった。
「ホース、バケツ、手でも何でも良い!水を少しでも掛けろ!」
相生大尉の顔はススで真っ黒になっていた。いや、顔だけでなく、体中がそうであった。しかもそれが鬼の形相をしているので、ここが地獄かと見間違えるほどであった。
司令官というものは最も辛い役職である。そう角田中将は思っていた。普段は偉そうに艦隊や戦隊の指示をしたりするが、いざ戦場に入ると、意外とやることはない。そのくせ、重い責任感と焼けつくような焦燥感はあるのだ。今も格納庫に駆けつけて消火を手伝いたい気持ちをぐっとこらえて艦橋に仁王立ちしている。
「左!攻撃機!」
「何っ!」
『龍驤』艦長 杉本丑衛大佐はこの艦の舞い込んできたさらなる災難に青ざめたが、歯を食いしばり、新たな命令を出した。
「取り舵!」
しかし、舵が効き始めるよりも早く、アルバコアが『龍驤』艦上を通過した。それから一拍後、『龍驤』左舷側に水柱が立ち上がった。
「被害は……?」
小沢中将は不安でいっぱいの顔をして、聞いた。
「『瑞鳳』は魚雷三本を、『龍驤』は爆弾二発に魚雷一本、『汐風』は魚雷一本をうけ沈没。『祥鳳』は爆弾一発を受け中破の損害えお負っており、航空機運用能力の復活は絶望的になっています。沈没した艦の船員は現在駆逐艦が救助中です」
「司令官と艦長は?」
「桑原司令と角田司令は両名とも無事です。艦長は『汐風』を除き、無事です。『汐風』は沈没までの時間が短かったこともあり、船員も多数が……」
「そうか」
小沢中将はそこまで連絡兵から聞くと、新たな指令を出した。
「豊田長官に電文を。『コレ以上ノ作戦続行ハ不可能トミナス』」
「ふん、確かに当初通りの作戦は続行不可だな。しかし、逃げることも出来んだろう」
『長門』艦橋にいるだれも豊田大将の言葉に首をかしげたが、朝日の差し込む時間になってそれは判明した。
南の水平線上に敵艦隊が発見されたのである。
「どこから出てきたのかは不明だが、それを気にしている場合でもないな。各艦、砲撃戦用意!この戦争始まって以来初の本格的な砲撃戦だ!各員気を引き締めてかかれ!」
豊田大将の声が艦橋に響き渡った。
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