第20話 インド洋決戦 序曲

三月一八日、スラウェシ島スターリング湾に、戦艦『長門』を旗艦とした第一艦隊が入港した。

これにより、南洋艦隊は新生され、指揮官は小沢中将の手を離れ、豊田中将のものとなった。また、同時に大幅な艦艇の増強となり、戦艦は二隻から倍の四隻、空母は一隻から三隻にまで増えていた。



南洋艦隊


第一艦隊-司令長官 豊田副武大将

第一戦隊-司令官 豊田大将

『長門』『陸奥』

第三航空戦隊-司令官 桑原虎雄少将

『瑞鳳』『祥鳳』

第一水雷戦隊-司令官 大森仙太郎少将

『阿武隈』第六、一七、二一、二七駆逐隊


第一南遣艦隊-司令長官 小沢治三郎中将

第二戦隊-司令官 小沢中将

『伊勢』『日向』

第四航空戦隊-角田覚治中将

『龍驤』『汐風』

第三水雷戦隊-司令官 橋本信太郎少将

『川内』『由良』第一一、一九、二〇駆逐隊


「これは、長官自ら出迎えてくれるとはな」

それが、南方の地に降り立った豊田大将の発した第一声であった。その視線の先には南遣艦隊司令長官 小沢中将の姿があった。


豊田副武という人間は、自らより下の年齢のものに-それが若ければ若いほど-人気であった。とは言っても、彼自身にはそれを狙ったつもりは一切無い。しかし、その竹を割った様な性格と、ともすればそれとは反対とも言える情に厚い所が好かれる所以である。正に司令長官にうってつけの人材であった。

小沢治三郎にそういった所はない。彼は頑固であり、また尊大な印象を他人に与える人物であった。しかしながら、その頭脳は一品ものである。彼自身は戦いというものは、突き詰めれば初手で大勢が決定すると考えていた。その為、先手を打つのが何よりも重要であるとも。それは、魚雷が強大な威力を持つ水雷畑を彼が進んできたからかもしれない。彼の偉いところはその水雷屋の理屈を一般論にまで昇華しているところである。しかしながら、彼は兵に淡泊であった。それは航空機を一種の弾丸であると見なす危険性すら孕んでいた。彼は、参謀になら優秀な人物であったが、司令官としてはやや不向きな人間であったとも言えよう。


小沢中将は、南洋艦隊が自分の手から-自分の手で東洋艦隊を撃滅出来ないのは-悔しいが、兵力に劣ってしまうのは仕方がない。そう割り切っていた。


「それで何時ですか」

司令長官室に着くと、小沢中将はそう切り出した。彼が聞いているのは東洋艦隊と決戦を行なう日時である。

「二二日に出る」

豊田大将はそう、一言答えた。

「すると一日に」

小沢中将の言葉に豊田大将は頷いた。


「それで」

と、今度は豊田大将が切り出した。

「それで、虎穴に入っても虎児を得られなかった場合には、如何するべきだと君は思うかね」

この虎穴はセイロン島を、虎児が東洋艦隊を指すのはこの二人の間では明白であった。

「虎穴の番をしている蝿-敵機-に思わぬ痛手を負ってしまうかもしれません。海鷲-自機-が飛び立てなくなる程の。その場合には、引き返すべきでしょう。しかしそれ以外には、新たに虎児を探し求めるべきです」

小沢中将の返答に、豊田大将は満足げに微笑んだ。彼も同様の意見であったからである。

「海鷲の運用は君に任せよう。だが、砲戦になった時には此方に返してもらうぞ」

「はい。お任せください。必ずや敵を一掃して見せましょう」

小沢中将はこれを第二の真珠湾にしてみせると意気込んでいた。



三月二二日、南洋艦隊がスターリング湾を出撃した。

そして、四月一日九時。三空母から艦載機が飛ぼうとしていた。


第一波攻撃隊

艦戦二四機

艦攻一八機


そして、九時三五分には、第二波攻撃隊が発艦した。

第二波攻撃隊

艦戦一五機

艦攻一八機


「何もなければ良いが」

豊田大将はそう独り言ちたが、状況を見るに、その可能性は極めて低かった。というのも、彼らは前日の内に敵飛行艇により、その姿を捉えられていたからである。英軍は南洋艦隊の位置を知っている。とすれば、何らかの対応策を繰り出してくるのは必至であった。


第一波攻撃隊は、道中に敵雷撃機ソードフィッシュと交戦、これを六機撃墜する戦果を立てた。とはいえ、本命はセイロン島に停泊している敵艦である。


本来、この作戦は航空攻撃によって、敵艦を港から追い出し、その混乱の最中に砲撃戦でもって撃滅するというものであった。それが、前日の飛行艇の件により、攻撃を受ける前に攻撃してしまえとなり、この距離からの攻撃となったのである。


「何?敵艦が不在だと?」

豊田大将はそう言いながらも、案の定だな、と冷静に考えていた。港に停泊している艦が航空攻撃の良い的となるのは、既に証明されている。

「となれば、西か?」

東から艦隊が迫って来ている以上、逃げるとすれば西である。

夜明け前に出ていたとすれば、英艦隊には補給の為の時間は殆ど無かった筈である。とすれば、あまり遠くの港へは逃げられない。とすれば候補はひとつである。

「攻撃隊収納後、進路三三〇。目標はマドラス」

豊田大将はそう命令した。

一三時五〇分、攻撃隊を収納し終えた南洋艦隊は、マドラスへ向け針路を取った。



「そうか。日本海軍はマドラスへ向かったか」

サマーヴィル中将は『ウォースパイト』艦上でそうほくそ笑んでいた。

「艦隊速度一九節!仕掛けるぞ!」

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