第19話 東洋艦隊

 帝国海軍の米本土に対する攻撃はパナマ運河に止まらなかった。パナマ運河攻撃の僅か翌日に当たる三月一二日、潜水艦『伊一七』がカリフォルニア州サンタバーバラのエルウッド石油製油所への砲撃作戦を行った。この時、近くにあるサンディエゴ港に停泊していた米海軍の主力部隊はパナマ運河へと出撃している最中であり、米軍は真面な反撃を行えなかった。『伊一七』は計一七発の一四糎砲弾を放ち、石油tankに一発、設備に一発の命中を得た。これにより、小規模な火災が発生。『伊一七』はそれを確認した後に撤退した。

 米軍は航空機五機を発進したが、『伊一七』を発見することは出来なかった。



「大統領も無茶を言ってくる」

 ニミッツ大将は、今年中に何としてもハワイを取り戻せ、というルーズベルト大統領の言葉に頭を悩ませていた。

 現在太平洋では米軍が明らかに劣勢となっている。こと航空戦力で言えば同等と言えるが、巡洋艦の数が十分で無いし、何より戦艦の数も足りない。


 何せパナマ運河が使えなくなったのである。今後大西洋から引き渡される予定であった艦艇が引き渡せなくなったのである。いや、南アメリカを迂回しての海路を使えば、それは可能ではある。だが、非常に長い道のりとなり、独逸の潜水艦がうようよしている以上、危険である。オマケに今後続々と就役する護衛空母などは航続距離の心配もある。予定されていたサウスダコタ級戦艦の太平洋への航海も、修理が完了するまでは行えなくなる。


 幸い、太平洋に空母は『サラトガ』『ヨークタウン』『エンタープライズ』『ホーネット』と四隻存在している。先の海戦で被害を喰らった『エンタープライズ』の修理も四月中には完了する予定であった。


「だが、何とかして西海岸へのこれ以上の爆撃を防がないとな……どうしたものか」

 暗号解読を急がせなければな。そうニミッツ大将は決意した。

 合衆国は日本が外交官に使う暗号については解読に成功していたが、日本海軍の暗号については、未だ途上にあった。いや、日本海軍の暗号が丸裸になるのは時間の問題と思われていたが、その時間が重要である。


 二ヶ月かかるとしても、それだけ有ればもう一度程度は爆撃を行える。そうなればニミッツ大将自身の首も怪しくなる。

 彼はここが勝負所である、と覚悟を決め、日本の爆撃予定地を考えるのであった。



 日本の南方作戦は当初予定していた以上の進展を見せていた。三月にはマレー半島、香港、グアム島、ウェーク島、蘭印、シンガポールが日本の占領下に置かれ、残るフィリピン、ビルマの攻略も時間の問題となっていた。

 しかし、そこに一つの懸念材料が存在していた。英国の東洋艦隊である。これらは根拠地としていたシンガポールが陥落したため、セイロン島のトレンコマリーにそれを移していた。


「後顧の憂いを断つために、東洋艦隊をもう一度撃滅しなければいけない」

 それが海軍の纏まった意見であった。

 太平洋に集中している間に背後から刺されるのは避けたいことであった。


「東洋艦隊には戦艦が数隻存在しているとの報告が有ります。これが真実で有るのなら、現在の南方艦隊では力不足です」

 連合艦隊主席参謀 宇垣少将の声が『大和』艦橋に響いた。彼自身大きな声を出したつもりはなく、実際そうだったのだが、ここが静かすぎた。

「それも一五吋-約三八糎-主砲を持っています。おまけに空母も所有しており、場合によってはセイロン島の基地航空隊も参加するでしょうから、我が方の『龍驤』ではとても太刀打ち出来ません」

 神中佐も宇垣少将に続き、主張する。

「ではどうすれば良いと言うのだ」

 山本大将がムッとした調子でそう言うと、神中佐は待ってましたとばかりにそれに答えた。

「第一艦隊を使います」

 長門型で構成されている第一戦隊と、軽巡『阿賀野』を旗艦とし、駆逐隊四個で構成されている第一水雷戦隊、それに加え瑞鳳型空母二隻の第三航空戦隊でなっている第一艦隊は現在柱島に停泊していた。

 三月一〇日のことであった。



 この時英軍は日本海軍の暗号を完全にではないにせよ解明していた。

「ジェームス長官、日本海軍に動きが見られます」

 東洋艦隊司令長官 ジェームズ・フォウンズ・サマビル中将の元にこの報告が送られたのは三月二五日のことであった。彼はこの三月に東洋艦隊司令長官に着任していた。

「動き?どのような」

「日本本土より長門typeを含む有力な艦隊が出港。シンガポールへと針路を取っています」

「そうか。奴らはこの東洋艦隊を完全に叩くつもりだな」

 ジェームズ中将はどこか楽しむようにそう言った。

 彼の頭脳には今二つの案が存在していた。戦うか逃げるかである。


 敵艦隊を真っ向から迎え撃つ。一見すれば魅力的に見えるが、こちらの兵力には自信が無かった。現在東洋艦隊には確かに五隻の戦艦が有る。しかしこれらはプレ欧州大戦の艦であり、軍縮条約のきっかけになった長門型には無力であろう。

 唯一の救いは航空戦力が日本海軍より多い所である。現在の航空機の発達を見れば、或いは勝利出来るかもしれない。皮肉にもそれはマレー沖海戦で日本海軍自身が証明している。インド洋での出来事とはいえ、勝利を刻めたのなら、ナチスの侵攻に悩まされている英国にとっては明るい知らせになる。


 もう一つの逃げる。これも決して悪くはない。艦隊温存の視点から見れば、ともすれば全滅してしまう賭けに出るよりか良い選択である。現在モルディブのアッドゥ環礁に新たな停泊地を作っている最中であり、ここに逃げ込めば先ず日本海軍の攻撃はないものと思われる。現在日本は占領地を広げており、これにはやがて限界が来る。その時に反攻に使える戦力はできうる限り残しておきたい。合衆国に手柄を全て取られるのは尺であった。


 ジェームズ中将は悩みに悩んだ末、一つの結論にたどり着いた。

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