第18話 R作戦

 三月三日の夜戦において、米潜水艦部隊による布哇包囲網は、ズタズタになった。そして、それが回復せぬ内に、R作戦参加艦隊は真珠湾を出港した。三月四日の夕方であった。


 R作戦参加艦隊-司令長官 三川軍一中将

 第二機動部隊-司令官 山口少将

 空母『蒼龍』『飛龍』

 第三戦隊-司令官 三川中将

 戦艦『金剛』『榛名』

 第八戦隊-司令官 伊藤整一少将

 重巡『利根』『筑摩』

 第一〇戦隊-司令官 阿部弘毅少将

 軽巡『長良』 第七、第一〇、第一七駆逐隊


 作戦に参加する艦艇は、戦艦二隻、空母二隻、重巡二隻、軽巡一隻、駆逐艦一二隻の一九隻である。これに前路哨戒の任務を持つ潜水艦八隻があった。


 仮に、米艦隊がパナマ迄の針路上に現れた場合には、この艦隊は真珠湾へと引き返す事となっていた。

 奇襲効果を果たす為である。

 パナマ運河を攻撃している最中に敵艦隊が出現した場合には、三川中将の判断により、一切を判断する。しかし、この場合にも基本は、即座に作戦を中止する事と成っていた。

 この艦隊が速力三〇節以上の艦ばかりで構成されているのも、米艦隊から確実に逃れる為である。



 三月一一日、一四時〇〇分-現地時刻四時〇〇分-『蒼龍』『飛龍』の甲板には、パナマ運河攻撃、その第一波攻撃隊が発艦の準備を終え、命令を今か今かと待ちながら待機していた。

 現在艦隊は、パナマの西約二〇〇かいりの位置にあった。


 そして、一四時〇二分、第一波攻撃隊が大空へと舞い上がった。

 第一波攻撃隊

 零式艦戦 九機

 九九艦爆 二一機

 九七艦攻 一二機


 その二〇分後、第二波攻撃隊も発艦準備を終え、飛び立っていった。

 第二波攻撃隊

 零式艦戦 一二機

 九九艦爆 一五機

 九七艦攻 二四機



 五時、パナマ運河に据え付けられていた米軍の電探は、西方三〇浬の位置に日本軍機を発見した。即座にたたき起こされた守備隊が配置につく。米兵の顔には緊張が見えた。誰もがこの両洋に囲まれた大陸が本当に敵の攻撃を―それも黄色い猿yellow monkeyのものを―受けるとは予想だにしていなかった。


 第一波攻撃隊がパナマ運河の上空にたどり着いたのは五時二四分のことであった。とはいえ、彼らは今しばらく飛び続けなければならない。第一波攻撃隊の攻撃目標は、飛行場と、大西洋側の閘門、ガトゥン閘門であるからだ。この閘門は太平洋側から三〇浬も離れたところに位置していた。


 第一波攻撃隊は敵機の襲撃を受けることなくガトゥン閘門に到達した。閘門には三つの水門が見える。

 これを攻撃するのは、艦戦三機、艦爆六機、艦攻一二機である。艦攻は全て魚雷を装備している。


 先ず三機の艦攻が第三水門に向けて、低高度で迫る。水門のスグ目の前で魚雷を切り離し、水門のスレスレを通過した。その直後魚雷が命中し、水門を破壊する。

 第三水門が壊されたことで、濁流が第二水門を襲うも、これはビクともしないでいた。これに留めを刺したのは矢張り艦攻の魚雷であった。

 立て続けにガトゥン閘門にある三つの水門は破壊され、ガトゥン湖に湛えられていた水は荒れ狂う水流となり、大西洋に流れ込んだのであった。


 第一波攻撃隊の攻撃は、まだ終わらない。残った艦爆が、周囲の構造物に次々と爆撃を加えていった。

 これらの攻撃によってガトゥン閘門は壊滅の様相を示し、復旧にも多大なる労力と時間が必要となることは明白であった。



 飛行場へと向かった攻撃隊はその上空で敵機の迎撃にあった。とは言え、敵機は離陸したばかりで、高度も不十分であった。その為、離陸した一〇機の内、五機が瞬時に撃墜され、残る機体も零戦に追い回され、爆撃機には攻撃を加えられなかった。


 艦爆の数は一五機しかなかったが、それぞれが超低空にまで舞い降り、十分に狙いを付けて爆撃を行なった。

 その結果、対空機銃によって三機を失いつつも、飛行場を使用不能にする迄爆撃は行われた。

 しかし、矢張り数が足りないのか、周囲の構造物の破壊は最小限となっていた。又、この飛行場に配備されていた、電探も破壊出来なかった。

 とは言え、いくら敵の攻撃を察知しても、それを防ぐ戦闘機を発進できない事には違いなく、この飛行場は無力化されたのであった。


 しかし、これで終わりでは無い。



 第二波攻撃隊はペドロミゲル閘門とミラフロレス閘門へと攻撃を仕掛けた。

 この両隊は敵機に遭遇する事なく、攻撃に成功した。


 今やパナマ運河の三つの閘門は完全に破壊された。日本軍は対空砲によって、艦爆四機、艦攻六機を撃墜されたのみであり、彼らが戦術的にも戦略的にも勝利したのは誰の目にも明らかであった。

 閘門を失ったパナマ運河はその機能を完全に失い、ガトゥン湖からは大西洋へ、ミラフロレス湖からは太平洋へ、滔々と水が溢れ出していた。



 艦隊は第二波攻撃隊を収容すると、長居は無用とばかりに、針路を西に取り、真珠湾へと舞い戻っていった。


 報告を受けた米海軍太平洋艦隊はこの時サンディエゴ海軍基地にいたが、彼らが急遽駆けつけた時には既に帝国海軍は撤退した後のことであった。



 その後の被害調査により、パナマ運河が被った被害が明らかになった。それによると、この運河が再び使用できるようになるまでは、最低で半年、実質的には一年はかかろうということであった。パナマ運河は軍事的利用だけで無く、商船も日常的に使用している為に、このことは国民の全ての人間に知られることとなった。


 合衆国の生命線とも言えるこの運河が攻撃されたこと、並びにそれを防がれなかったことは、国民の間に非常な不安を生み出した。

「明日にでもジャップが西海岸に上陸するのではないか。軍は一体何をしているのか」

 この声が全土に広まり、各地では反戦デモすら起こっていた。これらは警察により次々に鎮圧されていったが、国民の中の不満は増大していった。


 ルーズベルト大統領はこれに頭を悩ませており、直ぐさま目に見える形の勝利が必要である、と強く思うようになっていた。

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