第16話 新たなる作戦

 OH作戦が完了し、南方でも英国東洋艦隊を撃滅した日本海軍は、次の作戦を欲していた。


 マレー沖海戦と呼ばれる、昭和一六年一二月一〇日に生起した戦いにおいて日本海軍は、英戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』及び英巡戦『レパルス』を撃沈していた。

 これの立役者は九六式陸攻と一式陸攻である。彼らは世界に日本海軍航空隊の凄まじさを見せつけていた。

 尤も、これの背景に英戦闘機が同海域に存在しなかったこと、英艦隊の対空射撃が決して優秀なものでは無かったことがある。

 勝利に浮かれていた日本海軍は、本来であればそれに気づかなかったであろうが、ハワイ沖海戦においての『加賀』の大破がそれを阻止していた。


 このように帝国海軍の目ぼしい活躍は初戦期に集中しており、これからはこの様な大々的な戦果は望めないであろう。

 それに対して陸軍は、マレー攻略の途上であり、これから更に南方作戦が進んで行くことを考えると、彼らがこれからも着実に戦果を積み重ねて行くことは想像に難くなかった。


 それが海軍としては面白く無いのである。海軍は新たなる作戦を欲していた。


 しかし、作戦を立てるには相手が必要である。セイロン島を攻撃するという案も出たが、効果が伴わず、戦力も揃わないこともあり、見送られた。

 現在日本海軍が、真面に動かせる航空戦力は、南方に派遣していた『龍驤』ぐらいであった。



「こうなれば、パナマしかありません」

 こう、突拍子もない事を言ったのは神大佐であった。

「神大佐、言わんとしている事は分からなくもないが、何故パナマなのだ?西海岸の軍港でも襲撃すれば、空母をやれるのかもしれんのだぞ?」

 山本大将はそう言うが、神大佐にもチャント理由が有ったのである。

「いえ、現在海軍が動かせるのは二航戦已ですので、これで敵空母を叩くのは無理が有ります。というのも、仮に艦隊が敵偵察機に早期発見された場合には、敵空母だけでなく、基地航空隊も合わせて相手にしなければならなくなり、この場合二航戦では歯が立ちません。

「そこでパナマを叩くのです。

「あそこならば、米空母を含む艦隊を置いておけるだけの海軍基地は有らず、しかも合衆国の軍事、経済共に大打撃を与える事が出来ます。

「オマケに、そこは他の米領と比較的離れていますので、米艦隊が駆けつけてくるまでには時間があります。つまり、二航戦は充分逃げられます」


 神はそこまで立て板に水の調子で話すと、まだ何かありますか?とでも言いたげな顔を山本大将に向けた。

「此所で米空母を叩かぬのは惜しい気もしますが」

 そう言ったのは樋端中佐である。

 だが、神中佐も頭を振り、こう答えるのであった。

「ここでパナマを潰しておけば大西洋からの派遣を阻止できます。たとえ空母を一隻撃沈しようと、米軍は大西洋から一隻引っ張ってきたら済む話です。

「オマケに現在太平洋の稼働可能空母は米軍の方が多いですから、二航戦がやられる可能性も有るわけです。

「しかしパナマを潰せば、二ヶ月は使えないでしょうから、その間米空母を一隻沈めたのに等しいわけです」

 その神大佐の言葉は樋端中佐だけでなく、連合艦隊全体に向けられたものであった。その神一流の理論に連合艦隊司令部は一様に押し黙った。

 彼の作戦は一見めちゃくちゃに聞こえるが、良く聞いてみると妙に理論が通っていて、もっともらしく聞こえるのであった。


「しかし、軍令部にはなんと言ったものかね」

「米豪分断の為に根を断つと言えば宜しいかと。

「豪州への支援という枝のある木を我々は布哇という幹から切りました。しかし、真にこれを断つには根元からやらなければいけません。その為にパナマという根を断つのです」

 山本大将の言葉に、神大佐はこともなげにそう返した。



 新作戦はR作戦と名付けられた。



 実働部隊の総指揮を執ることとなる山口多聞中将は、この作戦を聞くと、満足げに頷いた。

「ほう、パナマを叩くと。結構ではありませんか」

 彼もパナマを叩くことには好意的であった。しかも、それがハワイ攻略を立案した神大佐のものであれば、是非もない。

 山口中将は神大佐のことを評価していた。当初の計画通り、ミッドウェイ、ハワイと攻略を行うとなると、航空機の被害は今以上のものであったことは想像に難くないからである。

 しかし、そうとはいえ、二航戦も先の海戦で、艦載機に三割近い被害を被っており、それを新たに補充するとなると、時間が必要であった。


 R作戦の決行は三月になる見通しであった。



「さて、どうしたものか」

 米海軍太平洋艦隊の新たな司令長官チェスター・W・ニミッツ大将は頭を悩ませていた。

 彼は以前の司令長官ハズバルト・E・キンメル大将の死亡-実際には捕虜になっているのだが、米軍にはそう認識されていた-を受けて、急遽任命されていたのであった。

 本来であれば、ウィリアム・S・パイ中将がなる可能性が高かったのであるが、彼もハワイにいたのである。彼だけではない、キンメル大将の幕僚は皆ハワイにおり、脱出に成功出来たのは、ごく僅かしかいなかった。その為、ニミッツ大将は参謀がいない状態から始めなければいけなかった。

「あの日本軍のことだ。準備が整えば猟犬のごとく真っ先に西海岸へと攻撃を仕掛けてくるであろう。しかし、守るにはこの国は広すぎる。日本海軍は全力攻撃を仕掛けてくるはずであり、分散防御を行えば、各個撃破されるのは目に見えている。かといって、集中的に防御を行えば、一撃を受けるだけではなく、敵を取り逃がしかねない」

 ニミッツ大将は、とんだ貧乏くじを引かされた!と己の運命を呪った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る