第15話 ぶらハワイ

 真珠湾攻撃による、艦隊整備計画の変更は、それだけに留まらない。

 第五次海軍軍備補充計画まるごけいかくも大幅に見直された。

 空母や戦艦の改装にかかる費用を計算した結果、新型戦艦の建造が危ぶまれたのである。

 いや、というよりも、これは開戦による影響が大きい。

 戦争が始まった以上、間に合わない最良の艦より間に合う次善の艦を、ということである。

 マル五計画からは戦艦の建造計画が削除され-マル四迄に通っていた、大和型四隻は続行-空母建造計画も見直される事となった。大型空母建造を一隻に減らし、中型空母二隻を新たに計画に加えた。これでマル急計画と合わせて、新造空母は六隻に増えたのであった。

 また、超甲巡の建造計画も二隻から四隻に変更がなされていた。


 そして、現在海軍で一番の問題となっているのは、鹵獲した米戦艦である。

 この内二隻は、一六吋戦艦である。これは実質四一糎口径の長門型の主砲よりは、約〇・四糎、口径が小さい。即ち、日本海軍の砲弾が使えないのである。然し、これはかつて『古鷹』等の重巡に行った様に、砲身内を削る事で解決した。


 本当の問題は主砲などでは無い。人員である。一隻には凡そ一〇〇〇人がひつようであり、五隻分揃えるとなると、五〇〇〇人である。

 その様な大人数が直ぐに揃えられる筈もなく、又、新造艦や、これまでの戦いでの死傷者の代替に派遣する人数もやっと揃えられる有様であった。徴兵を強化しても、一端の水兵になるには時間が必要である。

 そこで目をつけられたのが退役兵であった。しかし、彼らの数にも限界が有った。その為必然的に、米戦艦の修理の優先度も決まっていった。



 山本大将は真珠湾を視察に行った後、その他の場所-主に飛行場-の視察を続けて行った。

 飛行場には、航空機の姿が有ったものの、それは疎らであった。それはOH作戦の持つある種よ歪さに原因らしきものがあった。


 OH作戦とは、開戦と同時にハワイ攻略を目的とする作戦であった。ハワイまで、物資を送る中継地点となる、ミッドウェイ等の島々の攻略は後回しにされたのであった。

 日本軍がハワイ以西の島々を全て手中に収めたのは、年を超えた昭和一七年に入ってからであった。当然ながら、布哇への物資が届くのはそれより後になる。

 帝国海軍は、仮に米軍が早期反攻に出た時に備えて-それが実際どれ程役に立つかに関わらず-航空隊を早々に配備する必要性に駆られていた。その為、足の長い航空機は島伝いに自力で飛行して、送られていた。先ず、OH作戦成功時に、『瑞鳳』『祥鳳』の航空隊の一部が、ここに配属されたが。


 布哇には、将来的には陸海軍合わせて数百機もの航空機を送る計画が立っていた。布哇を手中に収めた事で、日本本土が完全なる安全地帯になったからである。ここを叩く力を持っているのは、ソ連程度しかない。米軍が支那大陸の奥地から重爆を飛ばしてくる可能性も有るが、その場合も護衛機を付けるのは無理であろうし、結局は大したモノではないだろうと見られていた。


 山本大将ら連合艦隊司令部は、その一番槍と殆ど時を同じくして、布哇に向かったのであった。それでは航空機の姿も見えぬのも道理である。

 港に行けば、水上機なら十分にあるが。これらは飛行場を必要としないので、一帯の制空権が日本のものとなった段階で早々に布哇に渡って来たのである。

「いっそのこと本土は完全に陸さんに任せておいて、我らは布哇や比律賓Philippinesに専念するのも良いと思うがな」

 山本大将がこの様な冗句を言う程に、海軍は布哇にのめり込んでいた。

 と言っても、それは軍令部と連合艦隊とでは理由が違う。

 連合艦隊、と言うより山本大将は合衆国との講和の為。軍令部は米豪遮断の為である。布哇を塞げば豪州が干上がり、豪州が干上がれば比律賓の安全は増し、比律賓の安全が増せば、石油が南方から海路を使って本土に送ることが出来る。

 連合艦隊と、軍令部。其々の思惑は違えど、布哇を維持せねばならないという目的は同じであった。布哇の死守である。そして、目標が同じならば力を合わせることが出来る。

 海軍内部が表面上と言えど、一致団結している。この状況こそが、神大佐が苦心して作り上げた海軍の姿であった。




「それで、統治の方はどうだ?今村中将」

 山本大将は布哇に着いた夜、陸海軍間の情報共有の為、陸軍の布哇方面軍司令部との晩餐会を開いた。

 山本大将の元にも、色々と噂は流れて来ていたが、一度はっきりとした情報を、今村中将本人の口から聞いておきたかった。

「うむ。悪くは無いです。暴動も当初こそは頻発しましたが、現在は収まっています」

 単刀直入に問いかけた山本大将に対し、今村中将はそう答えた。

「流石は今村中将だよ。僕の見込んだ通りだ」

「いえ、私など。大した仕事はしていません」

 山本大将の褒め言葉に、今村中将はそう謙遜したが、実際彼の働きは見事なものであった。


 確かに当初は暴動が起こった。軍人への闇討ちも有った程だ。しかし、今村中将はそれに対する過剰な報復をしなかった。

 事件が起こった事で、住民が虐殺されることも無かった。それどころか、兵隊が随所で見張っているとはいえ、住民は自由に外を出歩くことが出来た。

 彼はオアフ島の復旧作業に尽力し、食料も住民に優先的に与えた。その際で一時期は日本軍よりも住民の方が良いものをより多く食べていた。

 兵隊からは不満な声も上がっていたが、今村中将はこの占領政策を崩すことは無かった。


 住民達は次第に心を開き、日本軍に積極的とは言わないが協力すらする様になっていた。

 日本兵隊もこれは今村中将の人徳の為せることであると、感服した。


「ところで捉えた敵兵は如何するのですか?現在は仮設の収容所に入れてありますが」

 今村中将は山本大将に問うた。すると、山本大将は薄く笑って答えた。

「ウン、合衆国の人的資源は莫大なものが有るが、訓練された兵はそうでもない。石油と違って人間は即座に前線で使えないからね。そこで、海軍としては敵海軍は全て本土の収容所に移そうと思う」

 山本大将の答えに今村中将は頷いて言った。

「では、此方もそのつもりで動きます」

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