激戦編

第14話 真珠湾散歩

 昭和一七年一月一〇日、連合艦隊司令部はオアフ島に足を下ろしていた。

「素晴らしいな。真逆開戦早々に布哇を手に入れられるとは思っていなかった」

 連合艦隊司令長官 山本五十六大将は布哇に向かう、一式陸攻内で笑いながら、しきりにそう言っていた。

 彼は以前から合衆国に勝利するには、布哇を攻略して、講和するしかないと言っていた。布哇占領は謂わば彼の悲願でもあるわけで、上機嫌になるのも仕方のない事であった。


 それとは対照的に、今一つ浮かない顔をしていたのは、航空参謀 樋端久利雄中佐であった。彼は、先の海戦で、空母を一隻しか仕留め切れなかった事を気にしていたのである。

 当初海軍は海戦で二隻撃沈したとしていたが、その後の諜報で『エンタープライズ』が生き延びていた事が分かっていた。

 大本営発表では、真珠湾攻撃でエンタープライズ型一隻、続く海戦で同型一隻、レキシントン型一隻撃沈の、空母を計三隻撃沈したとしている。これは真実とは二隻の開きがあった。

 樋端中佐は、本来であれば仕留めていた空母を一隻逃してしまった!と思っていたのである。

 一隻を沈めただけでは、未だ米海軍には一線級の空母が七隻存在する計算となり、日本海軍は六隻と数の上では劣って-実際は『レンジャー』『ワスプ』は大西洋にいるので、太平洋已で見れば日本軍が数に勝っては-いる。


 作戦参謀 神大佐は機内では黙ったまま、しきりに口元の髭を撫でていた。連合艦隊司令部の誰もが、それは彼の考える時のクセであり、邪魔をするとひどく不機嫌になる事を知っていた。

 しかし、誰も彼が何を考えているのかまでは分からなかった。



「それでは先ず真珠湾を見せて貰おうか」

 山本大将は到着した途端に、嬉々としてそう言った。


 真珠湾内には、戦艦の姿は一隻も有らず、巡洋艦以下の艦船だけがその姿を湾内に浮かべていた。いや、正確には戦艦はいる。船渠dockの中である。それらは嘗ての米戦艦であり、真珠湾攻撃において大破或いは沈没して身動きの取れない状況にあったものを布哇を占領した日本軍が鹵獲したものであった。

 幸いにも港湾設備には重大な被害が及ばず、多少流れ弾に当たったものの修理が必要になっただけであった。

 戦艦の中には沈没している艦も存在していたが、真珠湾自体の水深が深いことが味方して、引き上げる事が出来た。

 しかし、『アリゾナ』『オクラホマ』は艦体損傷が激しく、修理には莫大な時間がかかると判断された為、引き上げは行われず、他艦の修理に必要な部品や鉄鋼を取り外されている。又、両艦とも、もしもの時に備えて、無事な砲塔が全て最優先で取り外されている。

 そのお陰で大型船渠は全て塞がっていた。


 これらの情報を山本大将達は、連合艦隊司令部として、事前に知っていたのであるが、矢張り実際に見ると、何か感じる所があった。

 布哇占領当初、山本大将は鹵獲した米戦艦を空母に改造する案を持っていた。しかし、それは神大佐の言葉によって敢え無く蔵入りとなってしまっていた。

「空母に改装するのは可能だと思いますが、それに積む機体と搭乗員は何処から補充してくるのですか。先の作戦では空母搭乗員に三割もの損害が出ました。それの穴埋めもままならない現状で、そのような箱だけを作っても、中身が無くては如何にもならないではないですか」

 それに戦艦を空母に改装するとなると、それなりの時間がかかる事となり、米軍の反攻に間に合わぬ可能性も有る。

 米軍に一六吋主砲を持つ新戦艦が二隻就役している事は、日本の知る所にもなっている。これらと真珠湾に姿の無かった『コロラド』を合わせると、米軍は一六吋砲戦艦を三隻保有している事となり、昨年末に大和型戦艦『大和』が就役した日本軍と数の上では同等となる。

 最も『大和』は四六糎主砲と、他艦より二回りも大きい主砲を持っているのだが、これは最大級の秘匿事項であり、米軍は知る由もなく、数の上では同等と見て、反攻に移る可能性は十分に有った。


 しかし、そのような連合艦隊の予想とは違い、米海軍は不気味に感じる程、動きを見せなかった。

「矢張り喉元に刃を突きつけられた状態では、動きを取りづらいのでしょう」

 黒島大佐はそう言う。では神大佐はどうなのであるかと言うと、喉元に刃を突きつけられているからこそ、動く可能性も有ると思っていた。

 しかしその場合においても、十分な兵力を揃えてから反攻に移ると考えられる為、米軍は後一年は正面からは動かないと睨んでいた。


 その黄金期間を使って、連合艦隊はある計画を進めていた。

 全ての艦の防空性能を上昇させる。それが連合艦隊の計画である。

 真珠湾攻撃により、航空攻撃は戦艦をも沈め得ると、海軍全般に認めらた。そのことから、これは海軍全般において進められる事となった。

 しかし、現在の所、高角砲や機銃の絶対量が少なく、必然的にそれが出来る数は限られていた。

 その為早期にこれらの量産体制を確立すると同時に、優先順位を定めなければいけなかった。


 先ず問題視されたのは、OH作戦における『加賀』の被害の大きさであった。戦艦は爆撃機の攻撃には耐え得るが、空母はそれすら出来ない。

 戦艦と同じく、主力艦と目される様になった空母が、その調子では困る。

 結果として、その様に判断され優先順位は以下の通りとなった。


 翔鶴型二隻

 『赤城』

 『加賀』(修理が完了次第)

 大和型二隻

 金剛型四隻

 『飛龍』

 『蒼龍』

 長門型二隻

 以下巡洋艦


 上記の中でも『大和』就役と共に、改装の為に船渠に入り、翔鶴型は修理と並行して、防空能力の上昇に勤めている。

 『赤城』と『加賀』は二〇糎砲を取り除き、一二・七糎連装高角砲を取り付ける事となった。



 日本海軍はその上に、『加賀』の改装に乗り出した。同艦は、防空能力強化案において、二〇糎砲を取り除いた結果として、砲力において、重巡に劣ることになってしまった。その為重巡に追いつかれぬ速度が必要とされた。又、同じく一航戦である『赤城』との連携も考えると、速力は同程度であった方が良い。

 これらの理由から、『加賀』には機関の換装が行われる事となった。これによって、『加賀』は一六〇〇〇〇馬力となり、速力も三〇節を超える計算となった。

 その上、艦に重心その他の理由による余裕がある為、『加賀』の装甲空母化も進められる事となった。

 『加賀』は先の海戦において、甲板が全焼に近い程被害を受けていたので、結局は甲板の総張り替えが必要であった。その為に、この案が通った訳である。


 『加賀』はこれらの改装によって、大いにその力を増すことが予想された。しかし、その代償として、最低で一年は船渠の中での暮らしになる、とされた。

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