第11話 OH作戦七 海戦四

 艦爆が不気味な唸り声を上げ、『エンタープライズ』に向け、一直線に飛び込んでくる。これをハルゼー中将は、

 もう既にワイルドキャットは全機が墜されており、頼りになるのは対空砲と、艦長の操舵技術である。

 艦爆へ向けて、対空砲火が殺到した。

 火線が命中した機体は、火がつき落ちていく。ハルゼー中将は対空砲火が一機でも多くの敵機を撃墜するように、知らずの内に神に祈っていた。


 艦爆が輪形陣の外郭を突き抜け、急降下の姿勢に入った。所々欠けてはいるが、未だに大多数は残っている。

 それらが奏でる発動機音の輪唱に、気が触れそうになる。

 急降下していた艦爆が、突如上昇に転じる。それと同時に黒い影が落される。爆弾だ。影はすう、と甲板に吸い込まれていった。それと同時に爆炎が吹き上がる。

 『エンタープライズ』は開幕早々に爆弾を一発喰らった。しかしこれで終わりではなく、艦隊上空にはいまだに多数の艦爆が残っているのであった。


 嶋崎重和少佐率いる艦攻隊は、三機ずつ、三つの小隊で突入した。

〇九まるきゅう、〇八」

 グングンと敵空母が目の前に迫ってくる。嶋崎少佐は声に出し、敵艦との距離を測る。

 敵空母が回避しようと回頭するが、それに合わせて微妙に針路を変える。

 雷撃位置は敵艦の右やや後方からとなる為、理想的では無いが、やり直すことは出来ない。

「てっ!」

 その言葉と同時に、左手の投下レバーを引いた。

 それと同時に航空魚雷が投下される。艦橋のすぐ側を通過する時、艦橋内部の米兵と目が合った、気がした。


 艦攻が艦上を超えたと同時に、衝撃が『エンタープライズ』を襲う。

 それで漸く『エンタープライズ』への攻撃は収まったのであった。

「爆弾が五発、魚雷が三本命中しましたが、機関に損害は無く、以前三〇knot以上で航行可能です。しかし、発着艦は本格的な修理をしない限り、無理であると思われます」

 それを聞いたハルゼー中将は、苦々しい顔をした。

「ふん、してやられたか。だが、所詮はジャップ。この艦を沈めることは出来んよ。だが、このままでは拙いな。ジョンストン島に退避。重油を補給した後に西海岸に向かう」

 その言葉に、艦橋内は重苦しい空気が満ちる。

「それしか有りませんな」

 ブローニング大佐は賛同の意を示したが、それは絞り出すような声であった。


「恐らくこの後第二次攻撃が有るだろうな」

 巡洋艦四隻で構成されている、第五巡洋艦部隊司令長官 レイモンド・A・スプルーアンス少将はそう予見していた。既に『エンタープライズ』は満身創痍であり、次の攻撃は耐えられないであろう。

 なので、スプルーアンス中将は、ある決断をした。

「ハルゼー中将に電文を送れ」



 スプルーアンス少将の予想通り、機動部隊は、第三波攻撃隊の一五分後に、第四波攻撃隊を放っていた。


 第四波攻撃隊

 艦戦一四機

 艦爆六機

 艦攻一八機


「空母は沈んだのか?」

 村田少佐は訝しげに、そう独り言ちた。彼の眼下には、四隻の艦しかあらず、その全てが空母では無かった。

「先の攻撃隊が沈めたのか?」

 それ以外には考えられない。さしもの空母と雖も、一隻では九機もの艦攻には敵わなかったようである。

 ならば、この残党の巡洋艦にも引導を引いてやるのみである。

「突撃隊形作レ」

 村田少佐は、標的を眼下の巡洋艦に定めた。


 上空に敵戦闘機はおらず、村田少佐らは最も良い角度から、巡洋艦に攻撃を行うことが出来た。敵艦には魚雷が一隻あたり四本命中し、全艦が波間の藻屑と消えていった。



「『加賀』からの入電です」

 その言葉に南雲中将は閉じていた目を開いた。

「それで、何と……」

「被害甚大ナレドモ鎮火ノ見込ミアリサレドモコレ以上ノ戦闘ハ不可能ト判断ス」

「そうか……しかし、あれで沈まなかったのは僥倖だな」

 南雲中将の言葉に草鹿少将が頷く。

「はい。しかし、これからどうするかが問題です」

「うむ。『加賀』の航行能力に問題が無ければ駆逐艦二隻でも付けて本土に戻すのだがな。被害状況が詳しく分からないからね」

 艦橋は再び沈黙に包まれた。



「何とか逃げることが出来たか」

 ジョンストン島に投錨した『エンタープライズ』の艦橋で、ハルゼー中将は安堵の溜息を吐いた。

「しかし、レイ-レイモンド・スプルーアンス少将-は大丈夫かな」


 スプルーアンス少将が、先程ハルゼー中将に宛てて電文を送っていた。問題はその文面に有った。

「我機関故障ノ為、遅レル。TF8ハ先ニ行カレタシ」

 ハルゼー中将は、その場ではその言葉に従い、第五巡洋艦部隊を置いてジョンストン島に進んだ。しかし、それが一向に合流出来ずにいた。おまけに、連絡も取れない始末である。

「このまま連絡が取れないのであれば、巡洋艦部隊は日本軍の第二次攻撃により沈められたと判断するしか…」

 そのブローニング大佐の言葉に、ハルゼー中将は頷くことしか出来なかった。


 結局、TF8が補給を終わらせるまで第五巡洋艦部隊との連絡は取れなかった。

 ハルゼー中将は苦渋の決断を下し、現在ジョンストン島に停泊している艦已で西海岸へ向かう事とした。



 機動部隊はその翌日にジョンストン島を爆撃し、同島も無力化した。

 『加賀』は航行能力に問題なしとされ、駆逐艦二隻を護衛として、日本に引き返す事となった。

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