第8話 OH作戦四 海戦

「一隻だけか…」

 敵艦発見の報告に南雲中将はそう呟いた。

「輸送任務の途中で、この攻撃の知らせを受け急遽駆けつけたのでしょう。合流出来るはずならもうしていますでしょうから、この近海にはあの空母一隻しかいないでしょう」

 源田中佐の言葉には誰も反論しなかった。

 艦戦三五機

 艦爆四八機

 艦攻二七機

 これらの機体が攻撃隊として機動部隊より放たれた。艦攻は全て魚雷装備となっている。



 日本軍機はシャーマン少将の予想通りとも言える五五分後にやって来た。この頃には『レキシントン』の甲板の修復も終わっており、戦闘機隊も上空に上がっていた。迎撃に上がったワイルドキャットの数は二一機であった。又『レキシントン』にはこの時点で対空電探を装備しており、その目に攻撃隊は早々に捉えらえられた。その為米軍機の内一六機は日本軍機より高度有利で戦闘を仕掛ける事が出来た。


 最初に敵機を見つけたのは『赤城』戦闘機隊分隊長白根斐夫しらねあやお大尉であった。彼は大きくバンクを振り敵機のの存在を知らせた。零戦隊は二〇機が増槽を墜とし、上昇に転じた。彼我の距離が縮まり、最初に仕掛けたのは米軍であった。ワイルドキャットの両翼の発射炎が光り、一二・七mirimeter弾が発射される。だが、零戦はそれを次々に躱し、両軍の機体が交差する。零戦とワイルドキャットは機体を捻り格闘戦に入った。


 零戦に背後を取られたワイルドキャットが右に左にと回避を試みるが、零戦はピッタリと食い付き、距離を徐々に詰めていく。零戦の機首が閃き、七・七粍弾が放たれ、ワイルドキャットに命中した。しかし、多少破片が舞っただけで、墜ちる気配を見せないでいた。

 ワイルドキャットは恐るべき頑丈さを見せたが、この程度はたいした問題では無かった。発射する弾丸を二〇粍機銃に切り替えれば、十分に効果は有ったからである。

 それでも二機のワイルドキャットが零戦の迎撃を振り切り、艦攻隊に襲いかかった。後方からの攻撃であった為、旋回機銃の集中砲火にあい、一機が操縦席の前方の硝子glassを割られ、墜落する。残る一機はそれでも果敢に攻撃を仕掛け、艦攻一機を撃墜した。しかし、艦攻隊の前方に飛び出した瞬間に待ち構えていた零戦によって撃墜された。


 敵戦闘機の攻撃を凌いだ攻撃隊はその眼下に敵艦隊を見据えた。空母一隻を中心に輪形陣を敷いている。

「突撃隊形作レ」の命令電を合図に、艦爆隊は小隊ごとに斜め単横陣を作る。四八機の艦爆隊の内三〇機が中央の空母に攻撃を仕掛ける。

 『レキシントン』やその護衛艦から打ち上げられた対空砲が艦爆隊の前方で爆発する。その黒煙がたなびく空域に艦爆は突っ込んでいった。艦爆は対空砲火の中に突撃した。直撃を受け翼をもがれた機体や、至近弾に発動機から煙を噴き高度を落としていく機体も見えるが、大多数の機体は編隊を崩さず輪形陣を突破した。

 そして「全軍突撃セヨ」が総指揮官機から送信された。艦爆隊は速力を上げ、急降下に入った。『レキシントン』の対空砲火は益々熾烈となり、艦爆は一機また一機と墜とされていった。機銃が機体に当たり、不協和音を奏でる。撃墜され、所々欠けてはいるものの、一糸乱れぬ編隊のまま、艦爆隊は『レキシントン』に突っ込んでいった。


一〇ひとまる―一〇〇〇meter―!〇八!」

 周囲の音に負けじと高度を読み上げる声が九九艦爆の操縦席に響く。操縦桿を握る平沼少尉の目には『レキシントン』の甲板が膨れ上がってくる。そこには既に幾つかの破孔が見え、そこから黒煙が上がっていた。

「〇六!〇四!」

「てっ!」

 平沼少尉が叫ぶと同時に九九艦爆は爆弾を投下し、上昇に転じる。その後ろの『レキシントン』艦上には爆撃による火炎が踊っていた。


 対空砲の作り出す黒煙の下を艦攻隊は海面を這うように飛んでいた。が、そちらにはワイルドキャットの生き残り五機が襲いかかっていた。彼らは味方の対空砲の巻き添えをもくらう覚悟で艦攻の阻止を試みたのであった。

「右後方よりグラマン!」

 電信員の声が伝声管より村田重治少佐の元へ飛び出してきた。

「まだいたのか。列機に伝えよ」

 村田少佐はそう言うと、大きくバンクして僚機に合図を送った。

 艦攻隊の後方の機体にワイルドキャットの一二・七粍弾が殺到する。艦攻も必死に応戦するが、非力な七・七粍弾で有るためか、全く効く様子を見せないでいた。

 艦攻を三機撃墜し、ワイルドキャットは艦攻隊の前方に出る。

「せめて前方にも機銃が有れば・・・」

 あのずんぐりとした機体へ味方の敵も討てるものを。村田少佐は歯がゆくそう思った。


 ワイルドキャット一機が突然火に包まれた。零戦の戦果では無い。味方の対空砲火にやられたのである。だが、それでも残る四機は果敢に攻撃を今度は前方から仕掛けた。これには艦攻隊も為す術無く五機やられたが、後ろへすり抜けるワイルドキャットに機銃の猛攻が浴びせられ、お返しとばかりに一機を撃墜した。

 此所でようやく零戦が駆けつけ、残る三機のワイルドキャットを空戦に巻き上げ撃墜した。


 艦攻隊が漸く輪形陣の外郭を突破したときには一一機が撃墜され、残るは一六機となっていた。しかし、目標の空母には濛々と煙が立ちこめており、そこから飛んでくる火線もごく僅かであり、照準も碌に合っていなかった。その為艦攻隊は充分に肉薄して雷撃を放つことが出来た。


 艦爆の爆弾は破壊力の少ない二五番―二五〇瓦―爆弾であった為に『レキシントン』は缶室や舵に損害を受けず、回避運動を行うことが出来たが、それでも右舷に一本左舷に四本の魚雷を受け横転。沈みゆく運命にあった。シャーマン少将は総員退去を指示、乗務員の多数が艦から海に飛び込んだが、少将自身は逃げ切れず艦と運命を共にした。


 空母に攻撃を行っていない艦爆は周囲の護衛艦を狙い駆逐艦三隻の戦果を更に上げた。しかし、日本海軍の損害も大きく、零戦にこそ被害はなかったものの、艦爆六機、艦攻一三機の損失を出していた。

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