第4話 OH作戦〇 始動

「矢張り、初撃から上陸部隊が到着するまでの時間が長過ぎますね」

 そう言ったのは樋端少佐であった。彼は連合艦隊司令部内で最も階級が低かったが、ズバズバと意見を言う人間であった。神中佐はそこに自分の姿を見ていた。

「いや、実質相手取るのは三日が精々でしょう。初日には真珠湾攻撃と飛行場の破壊。翌日若しくは翌々日に撃ち漏らしがあればそれを攻撃すれば良い。又、連日の空襲は必要でしょうが、ハワイは孤立していますので、復旧能力にも限りがあると思われます。よって後半には日に一度程度で良いと思われます」

 神中佐の返答にその場にいた全員は思わず納得しそうになる。しかし、それは樋端少佐の次の言葉で防がれた。

「しかし、矢張り一週間にも及ぶ攻撃は不合理でしょう。それだけの期間があれば合衆国もハワイへ増援を送るのは十分でしょう」

「いや、既に開戦が直ぐそこまで迫っている事は合衆国政府も分かりきっている。動ける太平洋艦隊はハワイに集結していると言っても良い。実際に戦艦が何隻も真珠湾に入港している事は君も知っているだろう。つまり米海軍は機動部隊を打ち破れる程の大艦隊を送る余力は西海岸には残っていないだろう。そんなものは来れば撃退すれば良い。ハワイ東方にも索敵を充分に行えば可能だろう」

 神中佐はそう断言した。



 そして十月、ハワイ攻略作戦-秘匿名称OH作戦-が愈々完成したのであった。OHはオアフ、ハワイ島の意である。

 この作戦は二つの部隊から構成されている。部隊の構成と主力艦は以下の通りである。


第一部隊-真珠湾の攻撃及びハワイ近海の制海空権の奪取

 第一航空艦隊-司令長官 南雲忠一中将

  第一航空戦隊-司令長官 南雲中将

『赤城』『加賀』

  第二航空戦隊-司令長官 山口多聞少将

『蒼龍』『飛龍』

  第五航空戦隊-司令長官 原忠一少将

『翔鶴』『瑞鶴』

  第三戦隊-司令長官 三川軍一中将

『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』


第二部隊-上陸部隊の護衛及び支援

 第一艦隊―司令長官 豊田副武中将

  第一戦隊-司令長官 豊田中将

『長門』『陸奥』

  第三航空戦隊-司令長官 桑原虎雄少将

『瑞鳳』『祥鳳』


 第一部隊には護衛の水雷戦隊も一個ではあるが含まれている。一一月二三日に北海道単冠湾より出撃し、一二月八日未明に宣戦布告から三〇分迄を目処にオアフ島へ向けて攻撃を開始する。その後は上陸作戦が来るまで爆撃を加えつつ、東方よりの敵に目を光らす。連合艦隊は航空参謀の樋端少佐を此所に派遣することを決めた。この大博打を成功させるには彼の明晰な頭脳が必要になると考えられたからであった。

 第二部隊は上陸部隊の護衛が主任務であるが、航空攻撃で漸減されているとはいえ、かなりの抵抗を受けると予想される上陸部隊の支援も任務に含まれていた。又、神中佐の尽力もあり、『祥鳳』の改装が早まり、この作戦に参加する目処が立った為に含まれている。三航戦には護衛の意図が強いことから戦闘機が搭載機の八割を占めた。この部隊は一一月末までに何回かに分かれて約二月かけてマーシャル諸島へと集結し、一二月五日未明より秘密裏に出撃。一二月一二日にはハワイ沖へと到達し上陸作戦を開始する。これは船舶に見つからない奇跡的な進路が見つかった為に行うことの出来た作戦であった。


 第二艦隊は南方攻略部隊となる。しかし、最小限の攻略しか行わない計画であった。これには伊勢型も派遣され、英国の東洋艦隊に備えていた。


 連合艦隊直属の扱いと成った扶桑型は本土に留まる。『扶桑』は連合艦隊旗艦として、『山城』は半ば練習戦艦となっていた。本土防衛の観念から反対する者もいたが、先制攻撃を行うは我にあり、と大多数の海軍軍人の防御意識は概して薄かった。

 神中佐なぞは万一の場合はフィリピンへの派遣する途中の艦隊が運悪くいた場合程度であり、そこまで考えすぎていれば結局は攻勢を掴めず、勝利を逃し負けてしまうとすら考えていた。



 時は瞬く間に移ろい、気づけば一一月になっていた。この頃には愈々対米戦が不可避であるとの見方が軍部に広まっていた。外務省は努力を続けていたが、合衆国には色よい返事は貰え無いどころか、真面な会談すら出来ないでいた。彼の国としては既に戦争への布石は十分に打っており、後は日本に最初の引き金を引かせるだけであった。

 一一月二三日、この日機動部隊が単冠湾を出向した。この時点では万が一日米間で交渉が纏まれば戦争にはならずに艦隊は引き返す可能性もあった。が、一二月二日に大本営より攻撃実施日を一二月八日とすることを意味する『ニイタカヤマノボレ一二〇八』の暗号電文が機動部隊に向け発信された。ここに日本は引き返せぬ転換点turning pointを超えたのであった。

「遂にこの時が来たのか…。果たして上手く行くのかしらん」

 南雲中将は口ではそんなことを言っていたが、その目には不退転の決意が表れていた。それは四隻の戦艦と六隻の空母を率いる者に相応しいものであった。そして艦隊は荒れる北太平洋の海を無事に見つけられる事も無く進んでいった。


 そして一二月八日。日本が連合国と戦火を交える、その始まりの日がやってきたのである。

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