狂った世界*手直し中

木陰

第1話

その人は

寒い 寒いと汗をかきながらいう


照り返しの強いアスファルトは暑さを倍増させていた。

上からの太陽に下からのアスファルトの熱は此処は地獄か!と言いたくなるほどに私の身を焼いてくる。

『今年は例年よりも涼しい夏となるでしょう』

お天気お姉さんがにこやかに告げたのがおよそ1週間前、今日の天気予報は今年は例年より暑くなるとパリっとしたスーツに身を包んだ男性が言うもんだから私の天気予報不信は今や最高潮でもある。


「たーだいまー!」

「はいはい、おかえり。ごめんね〜猫のごはん切らしちゃって」

「ダメ、無理!お母さんお茶ー!」

玄関についてすぐ廊下に倒れ込む。

母親が持ってきたお茶を座り直し急いで飲み干すと内側に篭った熱が少し収まった気がした。

「よっ、こいしょっと!」

反動をつけて立つとお尻の形に廊下が濡れていた。

「ねぇ、熱中症になるってー。もう、エアコンつけようよ」

脱衣場からタオルを取り出しながらそう言うと

「んー、おばあちゃんが嫌がるのよねぇ」

「そんなの一生無理じゃん!」

夏に炬燵をまだ使っている祖母である。これからもっと気温が上がると言うのに……

「そのうちねー、あんたおばあちゃんにスイカ食べるかきいてきてよ」

文句は言いたくないけれど炎天下の中帰って来たばかりの娘をちょっとこき使い過ぎなのではと思ってしまう。



「おばあちゃんー、お母さんがスイカ食べるかって」

祖母の部屋の襖をあけると祖母が炬燵に足を服装はセーターを着こんでいた。

「こんな、寒い日にスイカかね」

「おばあちゃん、もう夏だよ……」

寒い寒いと言う祖母をリビングまで引っ張りだす。


「冬にもこんなに甘いスイカがでるんだねぇ」

扇風機の回っている部屋で祖母は笑顔でスイカを食べる。


祖母の中では今は冬でとても寒い感覚なのだという。

少しづつ記憶が失われていくだろうとは医者からの話だ。

失われていく記憶と反比例して昔のことをよく思い出すようになった。

聞いたことのなかった祖母の話は新鮮で驚くこともままある。

辛いもあるけれど楽しいもある驚くことも、たまに正気に戻ることもあるのだ。

だからまだ大丈夫。

母が言う

「辛くなったら施設も、周りの人も、あんたもいるから」

私はこんな時思わずにはいられないのだ。

できることならこの大丈夫がいつまでも続きますように。

祖母の狂った世界が明るいものでありますように。


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狂った世界*手直し中 木陰 @irohani

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