11.文殊丸の憧れ・前

「え? 君たちは、源家の子息・子女なのかい?」


 少しばかり驚いた声を良門が漏らしたのは、東市から離れた右京の一角であった。文殊丸と知り合ってから、泊まっている宿への帰路の道中とやらを一緒に歩く過程で、文殊丸たちの家庭の話に話題が及んだ。その中で、文殊丸たちの姓が源だということを知り、良門たちは驚いたのである。

 その反応に、文殊丸たちがむしろ驚く。


「あぁ。でも、そんなに驚くようなことか?」

「そりゃあそうだよ。源家といえば、天皇家の血統けっとうを引く貴族じゃないか。そんな名門の子供と聞けば、誰だって驚くよ」


 良門がそう言うと、なるほど確かに、と文殊丸は思う。

 貴族で源姓を持つといっても、それは特別なことではない。源姓の家は様々あり、一概にすべてが名家として名を馳せているわけではないからだ。

 ただ、そのほとんどは、臣籍降下しんせきこうかといって、皇族から貴族へと転じた由緒を持つ家ばかりである。その点から言えば、どこの源家も、由緒は正しいといえなくもなかった。


「すごいわね。そんな立派な家の人たちだったんだって」

「へへーん。すごいでしょー、私たち」

「何でお前が自慢げなんだよ」


 皐月の言葉に気をよくした光の態度に、文殊丸は苦笑する。彼女自身が凄いわけでもないのに何を自慢げに、と思いながら笑った後、文殊丸は言う。


「確かに家門はすごいかもしれないけど、すごいのはあくまで父上以前の方々だ。俺たちはまだ、何か大きなことをしたわけじゃないし、そこらの子供たちと大して変わらないよ」

「……いや、その考え自体がまず凄いと思うんだが」


 さらりと大人びた意見を言う文殊丸に、良門は感嘆した様子で苦笑を浮かべた。普通の子供であれば、家が名家であればそれを誇り自慢するところだが、文殊丸にはそのようなところはない。しかも、それがどうした、と言うのではなく、自分はまだ何も大事だいじを為したわけではないのだから、という意味で謙遜しているところが、普通の子供というのを大きくかけ離れた点であった。

 それに対し、今度は文殊丸が尋ねる。


「そういう良門たちは、坂東の人間なのか? ずいぶん遠くから来たようだけど」

「え? どうして分かるの?」


 文殊丸の問いに、皐月が驚きの声を漏らした。

 この道中、文殊丸たちとは出身の家の話にはなっていたが、良門・皐月姉弟の出身については、あまりまだ話が及んでいない段階だった。それなのに、まるで事前に知っていたかのように訊いてくる文殊丸に、姉弟は驚きと疑問を覚える。

 その疑念に、文殊丸は言う。


「あぁ。だって、源家が高名こうめいって話からして、結構京から遠い場所から来たんだろうなって思って。源って姓自体は、畿内きないじゃ別に珍しい名前じゃないし。それに、平姓ってことは、まず真っ先に思い浮かぶのは坂東だ。あそこには、いろいろな平姓の人物がいることで有名だからな」


 坂東――現代でいうところの関東地方のこの時代は、多くの平氏によって土地が牛耳ぎゅうじられていた。有名な平将門や、その人物を輩出する元となった桓武平氏かんむへいしと呼ばれる一族を筆頭に、坂東では平一門が勢力を張り、土地の運営と支配権に鎬を削っている。ゆえに、文殊丸は平姓と言えばやはり坂東か、と連想したのである。

 そんな彼に、顔を見合わせた後、良門姉弟はぎこちない顔で笑みを浮かべる。


「すごいな……。推察力が凄いと思っていたけど、ここまでとは……」

「へへーん。凄いでしょ~。なんたって、私の兄上だからね!」

「だから、何でお前が自慢げなんだよ」


 驚嘆する良門に自慢げな光を、文殊丸は苦笑しながらポンと頭を叩く。その軽妙けいみょうなやりとりに、良門は微笑みながら、指先で頬を掻いた。


「困ったなぁ。なんか、あまり話し過ぎると何でも見通されてしまいそうだ」

「そうね。文殊丸には、隠しごとができなさそう」

「そんなことないさ。それに、いろいろ見通されたとしても、別にやましいことがなければ問題ないだろう?」

「それは、そうだね」


 文殊丸の真っ当な意見に、良門は苦笑いと共に頷いた。嫌な隠しごとをしているものなら、いろいろ見通してくる文殊丸の慧眼けいがんは厄介だが、そうでなければ、ただ驚嘆の対象であると言うだけの話だ。


「それより、俺は坂東について興味があるな。どういう場所なんだ、坂東って?」


 そのように、文殊丸は話題を変えると、そこでようやく齢相応と言った感じの弾んだ声で、好奇心を覗かせながら訊ねてくる。


「平野が多くて土地が広いって聞くけど。あと、武者たちが強くて馬もいいのが多いらしいじゃないか。豪放な人が多くて、京と違って垢ぬけした人間も多いって聞いたけど」

「君はそんなに、坂東に興味があるのかい?」

「あぁ、すごく」


 良門に、文殊丸は頷く。

 はっきりと分かりやすいその態度に、良門姉弟は顔を見合わせると、思わずといった様子で苦笑する。


「生憎、俺たちは坂東の生まれだけど、育ちは奥州なんだ。全く知らないわけじゃないけど、時たま現地には帰るぐらいで、そこまで詳しいわけじゃないんだよ」

「えっ、そうだったの?」


 てっきり、話の流れや文殊丸の推測から、良門たちが坂東の出身者と思い込んでいた光が、意外そうな声を漏らす。それに対して、良門たちは頷く。


「あぁ、そうだ。だから、坂東について詳しく知っているわけじゃないよ。ただまぁ、文殊丸の言っている坂東についての想像は、大体合っているよ。あそこは平野も多いし、土地も広い。面白くて明るい人間も多い。ただちょっと、京の人間に比べて田舎臭いけどね」

「そうなんだ。あ、そういえば、坂東以東の出身者なら、聞きたかったことがあるんだけど」

「なんだい?」


 文殊丸が改まって何か訊ねかけたのを、良門は快く応じようとした。

 ただ、文殊丸はそこで珍しく迷いを見せる、本当に訊いても大丈夫だろうか、と少しばかり吟味した後で、文殊丸は思い切って訊ねた。


「平将門公って、現地ではどんな風に言われているんだ? あの人の、当地の評価を聞いてみたいんだ」


 その言葉に、良門と皐月は目を丸めた。

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