6.大火の顛末と秘密の依頼

 文殊丸と季国が去った後、満仲たちは屋敷の客間へと移動した。

 元々、本日は満仲の屋敷に保憲や晴明が訪れる予定はなかった。つまり、彼らは急な来訪客である。しかしそれでも、満仲は二人が来たということで、家臣たちに接待せったいの準備を急がせた。二人は上司や同僚でもないのだが、この辺りでも彼らが満仲にとって深いつながりのある人間であることは想像できよう。

 夕時ゆうどき近くということで、二人の来客に料理が出されるが、その料理は急ごしらえと思えぬほどの立派なものだった。料理は、しゅんの魚を主軸としてもので、晩秋に採れる野菜もふんだんに取り入れた汁物と一緒に出された。

 その献立こんだてを見て、保憲と晴明は思わずうなり、保憲は満仲に頭を下げる。


「すみませんね。急に来た上に、こんな豪華な食事を用意させてしまい……」

「気になさるな。貴方がたにこれだけのものを用意するのは当然のことですよ」


 豪勢な出迎えをしたことをさらりとした言葉で済まし、満仲は自分にも用意された食事に手を出し始める。食事と共に、彼は二人に対するつもりであった。


「それで、用件というのは? 折り入って、我が屋敷でというからにはそれなりの話なのでしょう」


 魚に入っている骨を抜きながら、満仲は訊ねる。

 勤め先である京の政庁・大内裏だいだいりにおいて、二人からそのように声をかけられたのが日中の出来事だ。自身の働き場所とは別の部署・陰陽寮からやってきた二人にそう切り出され、満仲は二つ返事でその申し出を了解した。ことわれるはずもない。何故なら、晴明ならばともかく、保憲は陰陽寮の重役である天文博士てんもんはかせを務める人間だ。そんな要職の人間からの申し出を無下むげにはできなかった。

 なお、天文博士というのは陰陽寮に置いて天体の観測を行ない日頃や行事の吉凶きっきょうを占うことに特化した「天文道てんもんどう」の最高職であり、陰陽寮においては、陰陽博士・暦博士の二職と並ぶ重要な役職である。

 そんな天文博士の賀茂保憲と、その補佐にあたる晴明を迎えて、満仲は訊く。


「ま、大体予想はつきますがな。この前の火災がらみの話でしょう」

「流石は満仲殿。察しが早い」


 満仲の予想に、保憲は感嘆した様子で言ってから、目を細める。


「先日、六日前の二十三日に大内裏で大火災があったが、火は内裏にも渡って多くの建物が焼亡した。これは、調べたところによると平安遷宮せんぐう後初めてのことらしいです」

「へぇ、そうなのか。意外ですな。火事自体はもっと以前からあったと思いましたが」


 魚を食しながら、満仲はそんな少し不謹慎なことを口にする。その言葉に保憲が苦笑する中、晴明が口を開いた。


「落雷などによる火災などは、な。だが、内裏に火が回ったのは今回が初だ。帝に難が及ばなくて本当によかったが……」

「人的被害は少なく済んだ。だが、その代わりに内裏にあった宝物には被害が大きくてですね。天皇家に代々伝わる宝物もいくらか燃えて無くなってしまったものと思われます」


 調査自体はまだ続いているが、と言いつつ保憲は続ける。


「中でも、朝廷伝来の霊剣が焼亡してしまったことには帝も心を痛めているようです。その霊剣の鋳造ちゅうぞうを、帝から願い受けた次第です」

「霊剣? 国家の守護を司るものか何かですか?」


 初めて耳にすることだったために、満仲は訊ねる。保憲は頷いた。


「元は、百済国くだらこくから進呈されたものだそうですが、朝家では朝廷の儀式にも使われていたものです。特に大事なのは二つの霊剣、『破敵はてき』と『守護しゅご』の二振ふたふりで、『破敵』は大将軍が派遣される時に節刀せっとうとして賜われるもの、『守護』は宮中に安置あんちされて国体こくたいを守護するものとされています」


 保憲による霊剣、殊に二振りの重要なそれの説明に、満仲は頷きながら話を聞く。ちなみに節刀とは、天皇の最高軍事権を象徴する刀のことで、霊剣の名『破敵』の文字通り敵を打ち破ることを象徴する剣であったようだ。

 話をすぐさま理解し、満仲は顎に手を馳せる。


「なるほど。その二剣を中心に多くの霊剣が焼亡しょうぼうしたことに、帝は懸念けねんを示されている、と」

「えぇ、そういうことです」

「確かに、国を守る大金が無くなれば不安にもなろう。しかし、一方では人的被害がなかったことも喜ぶべきものであると思いますがな」


 そう言って、満仲は酒を啜る。何やら重要な話の最中さなかに酒も飲んでしまうのは、如何にも彼らしい。幸い、彼はあまり酒で前後深くになるほど弱くはないし、そんなに多く飲む気がないことは分かっているので、保憲たち二人はそれを咎めたりしない。

 代わりに、二人は視線を合わせてから、話を進める。


「そのこと、なのですが」

「ん? 何か別の懸念でも?」

「実は、火災の原因なのですが……。今のところは失火ということにはなっていますが、放火の可能性も出ているのです」


 保憲のその言葉に、満仲は目を細める。


「あくまで表向きは事故であるがな。だが事故ではなかった場合もあると共に、分からないことがある。放火だとすれば、犯人の目的だ」

「内裏への放火だからな。正気の沙汰さたではあるまい」

「えぇ。そして何より、狙いが不明です」


 そう言いつつ、保憲は満仲の酒の誘いをやんわり断り、話を続ける。


「犯人は、人を狙わなかった可能性があります」

「ふむ? というと?」

「わざと、人的被害が出ない、宝物庫の方を狙ったということです。理由は分かりません。人殺しを忌避したのか、あるいは人以外の何かを燃やし消す狙いがあったのか、犯人の意図は掴めません。失火に見せかけるためかもしれません。とにかく、わざと宝物庫の方を狙ったのではないか、と」


 そう言って、保憲はそれから具体的な調査の進捗しんちょくについて口にする。それによると、炎によって倉庫が重点的じゅうてんてきに焼けていることが分かったという。

 調査は現代と違い、それほど科学的に進むものではなく、はっきりとしたことは分からずじまいになってしまうことも多い。なので、調査結果には不確定要素も多く含まれ、その不明確な部分からいろいろと推測する必要がある。

 満仲は、少し考えてから、何かを悟った様子で微苦笑を浮かべた。


「なるほど。そういうことか」

「ん? どうした?」

「いいや。少し疑問だったのさ。内裏の火災は大事件だったが、それに何故お前さん方・陰陽寮が出てきて、軍事貴族である俺のもとへやってくるのかと、な。だが、つまりはそういうことなのだろう?」


 あえて、満仲は少し濁すような言い方で訊ねる。

 はっきりとは言わない言葉であったが、しかし陰陽寮の二人には意味が伝わったようで、共に頷く。


「えぇ、そういうことです。今回の件が、何かの怪異かいい妖魔ようまが原因である可能性も考慮してのものです」

「相変わらず、察しが早くて助かるよ。だからこそ、お前の許へ派遣されたわけでもあるわけだが」


 そう口々に言ってから保憲がふところより書簡しょかんを出す。それを、満仲は手をぬぐってから受け取る。


蔵人所くろうどところから出された、帝の依頼書です。犯人さがしの協力をお願いします」

勅使ちょくしでなく、現場担当のお前さん方から来たというのは、事を公にしたくないからか?」

「あぁ。今回の大火が妖怪の仕業と思われてみろ。都中みやこじゅうは間違いなく混乱する。それを防ぐための極秘裏ごくひりの依頼だ」


 頷く晴明に、満仲は何故か笑いを浮かべる。その反応に、晴明は不審の目を浮かべる。


「なんだ?」

「いや。お前、天文『得業生とくぎょうせい』のくせに偉そうだなと思ってな。保憲殿ならまだわかるが」


 そう言って笑う満仲に、晴明はややむっとする。

 得業生というのは、各寮に属する学生の中で、一段階身分の高い学生のことで、主に寮の博士の手助けをしながら勤務を行なう者たちのことだ。今でいうならば大学院の院生、というよりも助手研究員に近い立場である。

 そんな彼が、保憲とほぼ対等な立場である満仲に対し、対等な言葉遣いであることを、満仲は少しからかったのだ。

 そのことに、晴明は少なからず不機嫌になる。


「……じゃあ、へりくだって、敬語で喋った方がいいってか? 昔、こういう風な態度で話せと言ったのはほかならぬお前のはずだが?」

「いいや。こっちの方がいいさ。冗談だ。気にするな」


 謝りつつ、満仲は書簡を受け取って中身を確認する。速読そくどくし、それから目だけ保憲たちに向けた。


検非違使けびいしとの連携も、極秘裏に行なうように、か。これは満季みつすえ経由けいゆで行なえばよいとして、問題は京の出口の封鎖だな」

「犯人が京から逃げるのを封じるためですね?」

「あぁ。怪しい者は勾留こうりゅうさせるようにということだ。逢坂おうさかの関や伊勢いせ大和やまと摂津せっつへの道も封じろとあるな。もっとも、相手が怪異ならば徒労とろうに終わる可能性もあるが」

「しかし、しないよりはましだろう?」

「まぁな。それと、既に出て行った場合も考える必要はあるだろう。その場合は、事件後に関を通った怪しい人物を照会しょうかいするとして――」


 食事を行ないつつ、満仲たちは話を詰めていく。

 饗応きょうおうの場で職務の話が出るのは、この時代珍しいことではないが、大抵それは座興ざきょうの一種だ。酒を交えながら話すことで、普段より軟化した話の詰め方も出来るという考えで、現代でも宴会の場で少し話すのと大して変わりはない。

 しかし、今回の満仲たちの話は少し毛色が違う。彼らは、食事を摂り、酒を交えながらも真剣であり、そこらの役人や政治家とは違い、事に真摯しんしに当たろうとしている。それも当然、議題が京の安全と内裏の大事件に関するものだから当たり前ともいえた。

 ともかく、三人は食事を交えつつ、話を進める。

 このような重要な会議が、京の一角の屋敷で行われているというのは多くの者が知りもしない。そんな中で京は夜を迎え、徐々に暗さを増していくのであった。

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