2.市聖(いちのひじり)
平安京・
京における庶民たちの物品・商品の取り引き場であるそこは、今日も人々の
日々の生活の
東市を更に東に進んだ所には、小さな
彼らがそこに辿りつくと、すでにその場にはいくらの人だかりが出来てきた。それを見て、文殊丸たちはその人だかりにするすると寄っていく。そして、人々が列を
そんな感じで文殊丸が列の前へ出ると、堂の中の景色が確認することが出来た。
柱の上に屋根だけが取りつけられた小さな御堂には、一人の老人が座っていた。近くに
「すっかり冷え込んできましたが、やはり
白湯を入れる男性がそう語りかけると、老人は頷いた。
「
「構わん構わん。この程度の気温であれば、身体はとっくに慣れ親しんでおるよ」
男の
それに微笑みかけ、白湯を飲み干した老人は、周りを見る。一瞬、その際に視線が文殊丸を捉え、笑みが僅かばかり増したように見えた。が、それもすぐに通り過ぎて、老人は周囲を
「では、本日の話を始めさせてもらおうかのう。皆、思い思いの姿勢で聞いてくれてよいぞ?」
そう老人が言うと、前列の大人などは腰を下ろして地面に座り、後部の人間は
「さて、では。今日は何を話そうか……。そうじゃ、最近人々がよく、生の苦しみを相談に来ることが多いし、人間が生きる上で苦しみから逃れる上でどのような心構えで生きればよいか、を話させてもらうとしよう」
そう言って、老人は笑う。
そして始まる説法に、人々は耳を傾けた。
*
老人の名は、
京の市において、「
その
いや、彼自身が非常に徳の高い人物であるのは、その
少ない伝承によれば、彼は
この時代の僧侶が、比叡山や
そんな彼を、人々は生き仏、聖者として崇拝し続けた。
京には当時盗賊が流行し、人々から衣服や持ち物をはぎ取って去っていく被害が頻繁にあった。ある時、そんな盗賊たちが僧侶の一人に狙いをつけ、これを襲おうとした。だがこれが、空也であった。この事を知った盗賊たちは、その徳の高い人間を襲おうとした自分たちを恥じたのか、それとも彼を襲った後の民衆たちからの
それだけ、空也の知名度は京においては高く、また深く人望を集めていたのだということだ。
そんな空也の説法を、その名声を知っていた文殊丸もまた、耳を傾けて聴きに来ていたのである。
*
「お
持ち上げた右手の指を立て、薄ら微笑みながら空也は言った。その言葉に、皆が興味深そうに耳を立てている。
「人間の欲望は火に例えられる。火は、燃え上がれば燃え上がるほどその勢いを増し、やがてすべてを飲み込んで燃やし尽くす。これと同じように、人間の欲望は
掌を下げて、低く低く、抑えるような姿勢を取る空也に、民衆の間からは感嘆の声が漏れる。
「物が欲しい、誰かに
言って、空也は微笑む。
「苦しみから解放されたい――そう望むのであれば、まずは我欲を抑えることを心がけて欲しい。あらゆる妄執は身体の毒じゃ。それらを
そのように空也が話を締めくくると、多くの者はそれに感じ入ったように深く頷くのだった。
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