第1章
1.鬼子の日常
土が露わになった都の路地を、両手で書物を抱える、一見
問題はその髪型だ。彼はその前髪を
そんな、この時代でも変わった髪型をした少年が路地を進んでいると、その先で遊んでいた子供たちが、ふと彼に気づく。
「あ、
「来やがった! 皆、石投げろ、石!」
口々に言うと、
次々と投げられてくる石に、少年は足を止める。
そして、溜息をついて飛んでくるそれらを
石がまったくあたらず、子供たちは徐々に苛立ち始める。
「くそう! 逃げるな、鬼子!」
「当たれ! 当たれ!」
怒声を上げながら投げる子供たちに対し、少年は涼しい顔で首を傾げ、体勢を変え、次々と飛んでくる小石を
そんな時であった。
「
背後からの声に、少年と子供たちが振り向く。
そこでは、橙の狩衣をきた少年が走ってくるのが見えてきた。少し細い面立ちに
彼は、石を躱していた少年を見ると、安心と少しばかり憤りの色を見せた。
「若! 勝手に行かないでくださいよ!」
「遅いよ、
苦情に、少年は答えかけながら石を躱した。まるで背中に目がついているかのごとく、少年は背後からの石も回避してみせる。
だが、その小石の一つが、たまたま追いかけていた少年・小六の頬を掠める。その鋭い痛覚に、小六が、軽く
それを見て、前方にいた子供の一部は、狙いが外れたもののはしゃぎだす。
「当たった! 狙え、狙え!」
そう言って、子供たちは投射の標的を目隠れの少年から小六へと変えた。次々と投げられる小石は、距離が離れているため威力は低いものの、段々と小六に当たる。その石から、小六は身を守るように縮こまる。
「い、痛っ!」
「あははは! どうだ、参ったか! 鬼子の
少年には当たらなかったものの、その連れに石が当たり続けたことで、子供たちは満足そうに笑い声と歓声を上げる。彼らの中では、少年に当たるのも少年の連れである小六に当たるのも大差はない。一方的に一人を多数で
「………………」
そんな彼らを見て、少年・文殊丸と呼ばれた彼は石を拾う。子供たちが投げた石の一つで、小六に当たって跳ね返ってきたものだ。彼はそれを掴むと、子供たちの方角を髪の下から
そして、
風を切った石は、子供たちの間を縫い、背後の小屋に立てかけてあった木の板に突き刺さった。凄まじい風圧と、ドゴンという鈍い音に、子供たちはぎょっと背後を振り向く。投擲された石は、背後の木板を真っ二つに砕き、それの破片を軽く宙に舞わせてから、地面へ落下させた。
「おい、お前ら」
その威力と結果に
「前も言ったが、狙うなら俺一人を狙え。俺の連れを狙って大怪我させたら、その時は……」
少年は、片手の中で新たな石をお手玉しながら、子供たちに対して笑みを消す。言葉は、少しの溜めを経てから、吐かれた。
「殺すよ?」
「……う、うわあああああ!」
文殊丸の脅しの言葉に、子供たちは一目散に逃げ出す。中には、恐怖のあまり泣きだす者もいた。鬼子だとか、殺されるだとか、そんな悲鳴を上げながら、子供たちは
その背を見送り、文殊丸は石を放り捨てて、背後の小六を見る。
「大丈夫か、小六? 怪我はないか?」
「え、あ、はい。大丈夫、です」
「そうか」
少し呆気にとられる小六に対し、文殊丸は満足そうに笑みで唇に
「いつも申し訳ありません、若」
「気にするな。だが、お前も縮こまってばかりいないで、たまにはやりかえせよ」
「それは
「……お前、誰が誰のために
少し呆れたように言ってから、文殊丸はぎこちなく固まる。
それを見て、「あ、いえ、そういう意味では……」と小六はしどろもどろに弁明を始めようとしたが、文殊丸はそれを聞かずに息をつく。
「まぁいい。それより、早く行こう。早く行かないと、
「あ、そうですね。急ぎましょう若。でも、今度は置いていかないでくださいね?」
「急ごうと言う癖に、置いていくなというのは矛盾だな」
軽くからかいながら微苦笑を浮かべ、文殊丸は進みだす。書物を両手で抱え直した彼に、小六は慌てて付き従った。
*
人の世の時代には、平和な時代と
また、その時代の価値観も大きく変わるものだ。乱世では、百人千人といった
さて、ではこの平安という時代、それは果たしてどちらか。これは非常に区分が難しい。
一見すれば、この時代は内乱も少なく乱れた政治も少ない安定した時代に見える。
しかし身分差別や
あえてこの時代を定義するとすれば、平和と乱世、その「
かといって、それが極度だったという時代でもないだろう。そうであるのならば、いくら
そのような時代の中で、
彼は今、当時の社会の中心、平安の
少年の名は、
後に、「大内守護」として「朝家の守護」と呼ばれ、数多の怪異から朝廷を守り抜くこととなる英雄・
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