Last NAME 閃光の英雄と闇の奏者 第九章

精霊玉

『光』と『闇』


凛珠は城の中を走っていた。目的の場所は千尋の執務室。凛珠はあの後すぐさま城に戻った。千尋の真意を知るために。……凛珠の『眼』は正確に何が起こったのかを映した。修一に何が起こったのかも。




「千尋!!」

凛珠はドアをバンと開けて千尋の執務室に入った。ドアのあく音に千尋は顔をあげて凛珠の顔を見るとどこか諦めた様子で言った。

「どうやらキミは、シュウがどこに行ったか知ったみたいだね」

千尋の言葉に凛珠はあることを悟った。

「お前、修一をあそこへ行かせたんだろう?」

凛珠の言葉に千尋は頷いた。

「そうだけど?」

凛珠はさらに言った。

「ではお前は……あそこへ行けば修一が自らの中に眠る『カオス』に飲み込まれることを知っていたのか!?」

凛珠は声を荒げ、千尋の胸ぐらをつかんだ。

「は?なんだよそれ!?」

千尋は愕然とした様子で言った。

その様子がますます凛珠の神経を逆なでする。

「闇の力はもつものをのみこむ。お前が……それを知らなかったわけがないだろう!?」

「……」

千尋は黙り込んだ。

「まさかお前……知らなかったのか!?」

凛珠が怒鳴った。

「ああそうだよ!!知ってたら行かせるものか!そんな事実があったなんて……僕は本当に知らなかったんだ!!」

千尋の様子を見て凛珠は唇をかんだ。これ以上詰問してもらちが明かない。そう判断した凛珠は千尋を放すと部屋を出て行った。

「……ごめん。凛珠……」

千尋の謝罪は、凛珠の耳に入ることはなかった。




 時はさかのぼる。二日前、修一が千尋に頼まれ『神の森』ライズ・ヴェイラへ向かった時のこと。修一はひとりで、森の中を探索していた。

「随分と、薄暗いな……」

修一は森の中を歩きながら言った。だが、昴の調査資料の中にあったような闇の気配は感じない。

「あいつの勘違いだったんじゃないのか?」

修一がそう言った時だった。修一の体に異変が起きたのは。




そう

あの時俺がすぐにあいつが消えた場所に行って

あいつの血の覚醒を抑えていたら……


 あいつは今でも『あいつ』でいられたのか?

 今でも自問する。

あのとき、俺が行ってさえいれば。




 凛珠の短い髪が風になびく。凛珠が今いるのは湖を見下ろす丘の上。ただ一本の木が生えている丘の上。

「もしも、もしも俺が……気づいていたならば……俺自身が行っていただろうな」

 凛珠のつぶやきは誰の耳に入ることはない。ここにいるのは凛珠一人。

「だが……たとえ俺がその時知っていて阻止していたとしても、俺とあいつの決別は避けられないことだったのかもしれないな……」

 凛珠は空を見上げた。そう、思い出すのは闇にのまれたあいつの姿。




 一瞬で目の前が暗くなった。何が起こったのか分からなかった。ただ、わかったのは『自分』が消えていくことだけ。自分の中に潜んでいた強大な『力』に。無慈悲で残酷なものに。そしてその『力』の持つ記憶がどっと流れ込んできた。

 その記憶を見て修一はこの時初めて気がついた。自分が闇の神の血をひくことに。

―――コスモスと……カオス……。コスモスが……

ソウがコスモスで……俺が、カオス?

そして今、自分がその血にのまれようとしていることを。

――これはっ……

修一は必死でその『力』を制御しようとしたができない。それどころかどんどん『力』にのまれていく。自分が、消えていく。膨大な記憶と知識に飲み込まれて。

――ごめんな。俺はもう……

闇の力がさらに強くなり、修一の最後の言葉は誰にも届くことなく、途中で消えた。

 最後の言葉は、親友たちへの……。




 劫火が『神の森』を焼き尽くす。修一は……いや、『修一』だったものは冷たくそれを空中で無感動な目をして眺めていた。

「やけに……燃えますね。くくく。まあこれが始まりとでもいったところでしょうか」

 ぞっとするような闇の気配。それは修一の体から発散されていた。修一の体に眠っていた神の力が今、発現している。修一の持つ力は『カオス』のもの。光の神と対をなす闇の神のもの。

「コスモスの創ったものなどこの世から消えてしまえばいい。この世にあるのは私の創ったものだけになってしまえばいい」

修一は嗤う。そうしてふと首都のある方角を見た。

「さてと……ここに来ますかね。『光』の神の血をひくあの男は」

 そういうと修一は今の『自分』とあいつが会うのにふさわしい場を創るべく力をふるった。




 凛珠は神の森の上空付近で険しい顔でいた。眼下に広がるのは焼き尽くされた森の残骸。誰がやったのかは一目瞭然だった。

 「遅かった、か。にしてもあいつはどこにいるのか……」

凛珠はあたりを見回したが修一らしき気配はしない。さらに『千里眼』の詳細検索を使ったがまったく見えない。

「……あいつ……どこへいった?」




 修一は不意に顔を挙げた。

「おや、誰か来ましたね。この感じだと……『コスモス』の血筋のものですね。多分凛珠のものでしょう。……変わり果てた私の姿を見てあいつはどう思うのやら」

そういうと修一はふっと姿を消した。口元に浮かんだ嗤いは消さずに。




凛珠は不意に殺気を感じて飛び退った。

「なんだ……!?」

殺気を感じるのはさっきまでいたあたり。凄まじいまでの闇の力を凛珠は感じている。

「この力……まさかね」

自分の中の『コスモス』の血がその闇の力の正体を教える。まったく、人のことを捨てた母親の血はこういう時に役に立つのか。凛珠は苦々しく思いつつも同時に感謝した。敵の正体がわかればこっちのものだ。凛珠は一瞬で神力の塊を敵の場所にいる場所に向けて放った。が、相手は気配を読む限りよけたらしい。

「だったら……」

凛珠が強力な術を放とうとした時、相手が一瞬で距離を詰めてきた。凛珠はかろうじて避けたが、相手の顔を見て凛珠の顔は驚愕に彩られた。




 「修一……!?」

修一は、いや修一だった彼は嗤った。




「私が君を襲ったことがそんなに驚くべきことですか?」

口調も全く別人のものだった。

「べつに。……それにしても貴様、いったい『何』だ?」

凛珠が冷たい声音で尋ねた。そこには親友に対する親しげな態度などかけらもない。凛珠にとって今の修一は敵だと認識されたのだ。

「私は『カオス』の後継者ですよ。『コスモス』の後継者さん?」

くくくと修一は嗤う。

「そういう言い方される筋合いはないな。俺は神の後継者になるつもりなどない」

凛珠は言う。その眼には何の感情も映っていない。修一はその様子を見てくくくと笑う。

「ふーん、そうですかね。私にはそうとは思いませんが」

その言葉に凛珠は修一を冷たく睨みつけた。ここまで冷たい視線を元親友に送るのは初めてのこと。

「それにしても、今の私に対する言葉は何もなしですか?……それとも自分の親友がこうなってしまったことに衝撃でも受けましたか?」

「……黙れ」

凛珠は感情を押し殺した声音で言った。だが修一はさらに続ける。

「俺とあなたがこうなることは最初から決まっていた。……そもそも俺はお前とは相容れるはずもない。お前は光で、俺は闇」

修一の言葉は冷たく響いた。



 凛珠はその言葉に目を伏せた。

「お前がそういうのならば、俺は全力で貴様を打ち果たす。俺は俺の役目を果たす。たとえ敵が親友であろうとも」

凛珠はそういうなり蒼き炎球をいくつも生み出し修一に向けて放つ。修一はよけると無数の氷の刃を生みだし凛珠に向けて放つ。

「相変わらず、魔術は得意だな」

凛珠はそういうと剣を宙より取り出す。対の神剣、『蒼龍』と『紅覇』。名剣中の名剣であり、最強の力を誇る『光』の神剣。対する修一は『闇』の神剣、『耀輝』。こちらは強大な大剣だ。

「俺は、お前を殺す。もうお前は、修一じゃない!」

凛珠はそういうと修一に向けて剣をふるった。




 燈華が異変に気付いたのは夜半過ぎだった。凛珠が城の中にいない。凛珠は臣下たちには何も言わずに城から抜け出すが、昔から必ず燈華にはどこに行くか教えて行ったのだが、今回はそれがない。凛珠に最後にあった人の話を聞くと、凛珠は航也と順史が『蒼き鳥』に呼び出されたのを聞いてすぐさま出て行ってしまったらしい。

「……何か、あったのかな?そうでもないと、あの人が帰ってこないなんて、あり得ませんし……」

そうブツブツつぶやきながら廊下を歩いていると危うく角の所で同じく歩いてきた人物とぶつかるところだった。

「キャッ!?」

「ひゃあ」

愛紀那だった。燈華がこんなところを歩いていることに驚いたのか目を丸くしている。

「妃殿下、いかがなされました?」

愛紀那はやさしい声音で尋ねた。その言葉に燈華は言った。

「陛下の、お姿が見えないの。一体どこにいらっしゃるのかしら……?」

愛紀那はその言葉にぽかんとなった。

「陛下の姿が見えない?……それって千尋のあの様子と関係しているのかな?」

愛紀那の言葉に燈華は耳を疑った。

「ちょっと待ってください。千尋さまはこちらにいらっしゃるということなのですか?」

愛紀那はさも当然といった様子で言った。

「ええ。なんかすごく落ち込んでいたからしばらくそっとしておこうと思って……て、妃殿下!?」

その言葉を聞くなり燈華は駈け出していた。(もちろんドレスの裾は優雅に持って)

「……ああ、もう!」

愛紀那は仕方がないといった様子で燈華の後を追った。




 千尋は自室で果てしなく落ち込んでいた。自分は修一のことを知っていながらみすみす親友を闇に堕とさせた。千尋はずっと自分を責め続けていた。……千尋は凛珠が飛び出して行って以来、ずっと部屋にこもっていた。そして今に至る。

 そのときドアがこじ開けられ思いっきり吹っ飛ばされた。

「千尋さま、あの人はどこです?」

燈華がそこに立っていた。声音は恐ろしいほど冷たい。めったにないほど怒っていた。

「……妃殿下、僕はみすみす……」

千尋は力のない声で言う。

「修一を闇に突き落としてしまった」

千尋のその言葉に燈華は蒼白になったが、愛紀那は次の瞬間、千尋の顔を思いっきりぶん殴った、

「だったら何!?陛下のこと一人で行かせたの!?あなた、陛下と修一の親友でしょうが!どうして行ってあげないわけ!?ここで落ち込んでる暇があったら行きなさい!!行って、助けてきなさいこのバカ!!」

愛紀那は千尋を思いっきり怒鳴りつけた。

「……でも、僕が行って……」

今度は平手打ちだった。挙句の果てには千尋の胸ぐらをつかんでぐわんぐわん彼を揺さぶる。

「ぐたぐた言ってないで行きなさいよ!陛下は今一人で闇の連中と対峙しているんでしょうが!」

愛紀那のその言葉に千尋は我に返った様子になった。

「……そうだね。じゃあ行ってくるよ」

そういうと千尋の姿は消えた。

「まったく、本当に昔から手がかかるんだから。あの人は」

愛紀那の心底あきれた様子に燈華は少し笑って言った。

「そう言っていらっしゃるけど、でも、ずっと場にいるとお決めになられたのでしょう?」

その言葉に愛紀那は頷く。

「そうね。私はずっとあの人のそばにいると誓った。たとえ、なにがあっても」




 凛珠は血みどろだった。全身に刻まれた傷からはとめどもなく血が流れている。普通の人間だったならばとっくの昔に出血多量で死んでいるだろう。

「……甘く見ていたな。これが、カオスの力か……」

相対する修一の体に宿るは闇の創造神『カオス』の力。その力は強大だった。今の凛珠では太刀打ちできないほど。

「どうしたのですか?私の力はこの程度ではありませんよ」

そういうなり修一は手を薙いだ。凄まじい力の塊が凛珠を直撃し、彼は吹っ飛ばされる。地面にたたきつけられ凛珠はすぐに体勢を立て直し、横っ跳びした。さっきまで凛珠のいた場所が次々にえぐられて土砂が舞い上がる。

「まったくとんでもない力だな……」

凛珠は修一の攻撃をよけつつ反撃の機会をうかがう。修一に勝つためには、修一のわずかなすきを狙うしかない。なぜならば自分は修一のように『神の力』は解放していないのだから。ただ、力を解放すれば修一と互角に戦えることができるだろうが、凛珠としてはそんなことをするつもりはなかった。凛珠も解放してしまえば修一と同じようになってしまう可能性が高いからだった。


修一は下に広がる凛珠が隠れている神の森を冷たく見降ろしていた。凛珠がこちらのすきを狙っているのがわかった。

「……そうですか。あなたがそうならばこちらはこの辺一帯を消して差し上げましょうか」

そういうと修一は目を閉じた。己が内にある力を高めていく。凛珠は修一が何をやろうとしているのかを察した。

「……あの野郎!」

凛珠は一瞬で自分が作ることのできる中で最強度の結界を自分ではなく神の森を囲むようにして創生した。修一が神の森だけではなく半径300㎞範囲内のものをすべて消すつもりだと気づいたからだ。たとえ自分はどうなってもかまわない。だが、無関係の者たちを巻き込むわけにはいかなかったのだ。

「……ダーク・ヴレイク・ゾーン」

修一が呪文を唱えた瞬間、神の森は一瞬で闇に飲み込まれていった。そして……消えた。




 眼を開けると見慣れた天井が視界に映った。

「……俺は……?」

全身が痛い。

「お目覚めになりましたか……?」

聞きなれた、声がした。凛珠は痛みをこらえながらそちらへ視線をやった。そこには燈華がいた。ぽたぽたと涙を流しながら。その様子を見て凛珠はすべてを察した。

「……燈華……俺……は?」

声が出にくいと感じつつも凛珠は尋ねた。

「……全治、三か月だそうです。闇の力の影響が大きすぎてまともに治療ができません。……ごめんなさい」

凛珠はガーゼやら包帯が巻かれた手を伸ばし、燈華にそっと触る。

「なぜ謝る?俺が……勝手に行って,怪我をしてきただけだ。お前のせいじゃない」

凛珠のその言葉に燈華はぶんぶんと首を振った。

「違います……。私の力が足りないから……」

凛珠は淡くほほ笑みながら言った。

「違うだろう?お前がいてくれたから全治三カ月程度で済むんだ。……お前がいてくれなければ、俺は死んでいただろうな」

「そんなこと言わないで!」

燈華が言った。彼女の表情は髪で見えないけれども、でも、どんな表情をしているかはわかる。

「事実だろう?……でだな。話は変わるが、俺をここに連れてきたのは千尋だろう?」

凛珠のその言葉に燈華は頷く。

「はい……。千尋さまが間一髪のところで助けたと。修一さまは……千尋さまを見た瞬間、即座に姿を消したそうです」

燈華の言葉は凛珠にとってはほんのわずか、疑問を生じさせた。

「千尋を、見た瞬間?」

「はい。千尋さまの姿を見た瞬間に消えたと。どうやら今の修一さまは千尋さまのことをなぜか恐れていらっしゃるようですね」

燈華の言葉に凛珠は引っかかりを覚えた。なぜあれほど強大な力を持つ修一が千尋を恐れる理由がわからないのだ。

……もしかすると、千尋のやつにも何か秘密があるのかもしれないな。

凛珠はそう思った。




地翔城 会議室

そこには千尋、昴、順史、航也。それに夏澄と戩漓、秋也がいた。

「それにしても厄介なことになったな。……修一が敵にまわるとは」

夏澄が言った。その言葉に昴が言う。

「今回ばかりは裏で処理しなければならないでしょう。国民に知られたらと思うとぞっとしますね」

その言葉に他の六人も同意した。建国の英雄の三人のうちの一人が敵にまわったとなればどういうことになるかは簡単に予想できた。

「だが、今のあいつをだれが止められる?陛下ですらあの様だぞ」

順史のその言葉に全員押し黙った。その通りなのだ。『光』に属する者の中で一番強大な力を誇るのは凛珠。しかし彼は今の修一にはかなわない。

「……どうしたものか」

戩漓はつぶやいた。凛珠が現在大けがで全く動けない状態なので、こちらが打てる手は限られる。

「とりあえず、凛珠が大けがしたとかについてはこちらで完全に隠蔽工作を行っておきます。異存はありませんね?」

千尋は言った。

「そうするしかあるまい。……あと、これは極秘だが、葉月一族があちら側にまわった」

「!!」

全員の顔が驚愕に彩られる。今のこの状況でそんなことが起きればどういうことになるかはバカでもわかる。

「パワーバランスがあちらに一気に傾いたな」

夏澄の言葉に千尋が硬い表情で言った。

「そのとおりだとは思います。ですがどれほど不利になっても我々は勝たねばなりません。我々が負ければ、玉京国以前のあの状況よりもさらにひどいことになるでしょう。……しかし、今のこの状況では『カオス』が出てきかねません。それだけはなんとしてでも避けなければなりません」

 いまはあの創造神たちはこの世界にはある理由で入れない。しかし修一がもしも強行突破させるすべを見つけてしまったならば一巻の終わりだ。この世界は最悪消えかねない。

 「……今は陛下の回復を待つしかねえんじゃねーの?そうじゃなきゃどういう手を打つか決められないだろう?たとえそれがあいつに対して後手に回ることになっても」

航也は言った。確かに今の凛珠のいない状況ではどういう手を打つかを決めることができない。凛珠がいるのといないとでは打てる手にかなりの差があるからだ。

「とりあえず……警戒を怠らない、でいいな?」

夏澄の言葉に残りの人たちは全員頷いた。

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