血風のジャパリパーク
小湊拓也
血風のジャパリパーク
狩りは、金持ちの娯楽である。
日本という、ちっぽけな国にひしめく低所得者どもに、この楽しみはわかるまい。
戸塚淳二は、そう思っている。
経済発展に全く貢献しようとしない貧乏人の群れなど、まとめて撃ち殺してやりたいところだが、あの国ではそれもままならない。
だが日本の近くには、金さえ払えば自由に人を殺せる国がある。
その国の政府関係者と、戸塚はいくらか親密な関係を築いていた。
だから年に3、4度はその国に行く。
自分用の小銃も、買ってある。
少数民族の村に押し入って、それをぶっ放す。最高の気分だった。
男を殺す。女は、充分に楽しんでから殺す。
日本にいたのでは絶対に味わえない、至上の快楽だ。
今日もまた、山間地の田舎者どもを楽しく射殺していたところである。
その狩りの最中、戸塚はおかしな所へ迷い込んでいた。
「何だぁ? ここは……」
草原、と言うよりサバンナである。
見晴らしは良い。なのに、おたおたと逃げ惑っていた村人たちの姿が全く見えない。
その代わり、何やらおかしなものが、戸塚の傍に着地していた。
「みゃ」
獣系のコスプレをした、小娘である。
ヒョウ柄のスカートから飛び出した尻尾も、頭の上にピンと立った獣の耳も、中々によく出来てはいる。
顔はそこそこ可愛いが、知性を全く感じさせない。
そんな阿呆面が、まじまじと戸塚に向けられる。
「君は誰? 尻尾と耳のないフレンズ……もしかして、かばんちゃんの仲間!?」
わけのわからない事を言っている。
「ヒト? 博士やハシビロちゃんの言ってたヒトなの!? すごーい! かばんちゃん喜ぶよ。待ってて今、呼んで来るから」
「何だか知らねえけど待つワケねえだろ……犯り殺すくれえしか使い道のねえバカ女がぁあ!」
小娘の両足を狙って、戸塚は小銃をぶっ放した。
まずは動けなくする。これが狩りの定石である。だが。
「うぎゃー!」
小娘は動けなくなるどころか、元気にのたうち回っている。
脛か小指を強打した、程度の痛みしか感じていないようである。
「いったぁ〜……な、何? 急に足が痛くなって……」
「何だ、てめえ……!」
再び、戸塚は小銃を乱射した。
小娘の、阿呆面の表面で。柔らかそうな胸を包む、ノースリーブシャツの上で。剥き出しの、形良い二の腕で。バチバチと衝撃が弾けている。
銃弾は、全て命中している。少数民族の女どもを、存分に楽しんだ後で蜂の巣にした、あの時のように。
「いっ、痛い痛い、痛いってばぁ!」
小娘は、無傷のまま痛がっている。節分で、豆を強めに投げつけられている鬼のようにだ。
「君もしかして、その棒から何か出してる? 何だかわかんないけど、ひどいよー。いきなり、ぶつけて来るなんて」
無傷の阿呆面が、ずいと近付けられる。
戸塚は悲鳴を上げ、後退りをした。
「てめ……なっ、何だってんだああああああ!」
後退りが、そのまま逃走に変わった。
何やら痛いものを飛ばす道具を持ったフレンズが、悲鳴を上げながら逃げて行く。
「あ、待って……そっか、狩りごっこだね! 負けないんだから!」
追いかけようとするサーバルに、上空から声をかけてくる者がいた。
「待つのですサーバル」
「あ、博士たち……」
アフリカオオコノハズクとワシミミズクが、ふわふわと空中に佇んでいた。
「逃げたのなら放っておくのです……あれは、セルリアンなのです」
「ええっ!? で、でも、フレンズみたいな格好してたよ?」
「フレンズに化けるセルリアン。聞いた事はありませんか?」
「え……っと、もしかしてオオカミが言ってた……ほ、ほんとにいたの!? じゃあ放っておけないよ、やっつけなきゃ!」
「それは我々がやるのです。この島の長なので」
博士が、続いて助手が言った。
「手を汚さなければならないのです。この島の、長なので」
「てを……よごす……?」
「かばんに伝えておくのですよ、サーバル。ヒトの姿をした生き物を、あまり信じてはいけないと」
博士の、表情と口調が重い。
「……出来れば、かばんには旅立ちを思いとどまって欲しいのです」
「ヒトを探す旅など……あのような輩に出会う危険が、増えるだけなのです」
謎めいた事を言いながら、博士も助手もふわりと飛翔し、遠ざかって行った。ヒトに化けたセルリアンが、逃げ去った方向へと。
呆然と見送りながら、サーバルは呟いた。
「博士たちの言ってる事、よくわかんない。だけど……かばんちゃんに、どこへも行って欲しくないっていうのは、わかるよ……」
今はこの場にいない少女に、サーバルは語りかけていた。
「ねえ、かばんちゃん……ここで、わたしたちと一緒に楽しく暮らそうよ……」
サバンナの大地を、戸塚はひたすら走っていた。
まだ充分に残弾のある小銃を、手に握ったまま。
これがある限り自分は、サバンナであろうと少数民族の村であろうと、狩る立場にいられる。そのはずだった。
「何だ……何だよ、何だってんだよォ……」
息を切らせながら、戸塚は声を震わせた。
あの化け物のような小娘は、追って来ない。
別の小娘たちが、追って来ていた。それも空からだ。
「ようやく気付いたのですか。自分が、狩られる立場にあると」
冷ややかな声が、上空から降って来る。
戸塚は立ち止まり、見上げた。
羽毛をまとった小娘が2匹、空を飛んでいる。
2人、ではなく2匹だ。明らかに人間ではない。
「サンドスターが発見される以前の時代か……それとも、サンドスターが存在しない平行世界か。お前がどちらから来たのかは、わかりませんがどうでも良い事ですね」
「何にしても時々、このジャパリパークにも迷い込んで来るのです。セルリアンよりもおぞましい、お前のような輩が」
人間ではない小娘2匹が、羽音もなく空を飛びながら、意味不明な事を言っている。
戸塚は、小銃を空に向けた。
「お前は、フレンズという生き物を全く理解していないのです」
怯えた様子もなく、ふわふわと上空を舞いながら、小娘どもが言う。
「特に、あのサーバル」
「断崖から転落しても、大型車両に轢かれても傷1つ負わないサーバルを……そんなもので、どうにか出来ると思ったのですか?」
「我々あれほど体力馬鹿ではありませんが、それでも……お前を狩るなど、ちょちょいのちょいです」
「ちょいなのです」
聞かず、応えず、会話をせず、戸塚は空に向かって小銃をぶっ放した。
「クソがっ、糞がッ! くそがぁあああああああ!」
「……怯える事は、ないのです」
耳元で、声がした。
小娘2匹が、いつの間にか戸塚の背後に着地している。
「これは、ただの狩りごっこなのです」
「お前も、せいぜい楽しむと良いのです」
もはや表記不可能な悲鳴を張り上げながら、戸塚は振り返り、引き金を引いた。
銃弾の嵐が、空を切り裂いて迸る。
2匹の小娘はしかし、すでにそこにはいない。
ふわりと軽やかな気配だけが、自分の周囲を飛び回っているのを、戸塚は感じた。
続いて、光が見えた。
一閃する、斬撃の光。
戸塚の、両腕両脚が切断されていた。
倒れ伏した胴体が、すっぱりと裂けて臓物をぶちまける。
鮮血、それに内臓の汁気……己の様々な体液に戸塚は顔面を突っ込み、溺れた。
意識が遠のき、視界がぼやける。
だが小娘たちの、禍々しく輝く眼光は見て取れる。冷たい声も、はっきりと聞こえる。
「安心するのです。ここはジャパリパーク……お前を、のけ者にはしないのです。我々は優しいので」
「お前を、フレンズの役に立ててあげるのです。我々は優しいので」
己の身体を、体重を、懸命に引きずって、シロサイはようやく這い上がった。
ジャングル地方を見下ろすようにそびえる高山の、頂上広場。
そこで大勢のフレンズが、シロサイを拍手で迎えてくれた。
主君ヘラジカがいる。オオアルマジロがいる。アフリカタテガミヤマアラシがいる。パンサーカメレオンがいる。
ジャパリカフェ店主アルパカ・スリがいる。
敵もいた。ライオンと、その部下であるオーロックス、アラビアオリックス、ニホンツキノワグマ。
全員がシロサイ1人のために、惜しみ無く拍手をしてくれている。
万雷の拍手の中、シロサイはうなだれた。
「またしても……私がドンケツ、という事ですのね……」
「よく頑張ったな、シロサイ!」
ヘラジカが、満面の笑みで歩み寄って来る。そして両腕を広げる。
「いやあ、すまんすまん。お前が自力で登りきるとは思っていなかったから、トキとハシビロコウに様子を見に行ってもらったんだが」
そのトキとハシビロコウが、近くにふわりと着地した。
死ぬ思いで断崖を這い登りながら、シロサイは気付いていた。この2人が、自分をこっそり見守るが如く飛び回っていた事に。
シロサイを、転落でもする前に助けてくれるつもりだったのだろう。
そんな事にはならず、辛うじて自力で登りきる事は出来た。結果、最下位である。
誰が言い出したのか定かではないが、とにかく今回のライオン陣営との勝負は、山登り競争だった。
ヘラジカ陣営に自分がいる時点で勝敗は見えていた、とシロサイは思う。
「貴女、頑張り屋さんね」
トキが、そう言って微笑んだ。
ハシビロコウは例によって、じっとこちらを見つめながら、小さく頷いている。
シロサイは、弱々しく微笑み返すしかなかった。
ハシビロコウでさえ、飛行能力を封印して山登りに挑み、シロサイよりもずっと早く山頂に到達したのだ。
「負け……ですわね。私の、せいで……」
シロサイは俯き、涙をこぼした。
「いつも、そう……私が足を引っ張って……ヘラジカ様に、恥を……」
「何を言っている。私はな、今日のお前に感動しているんだぞ」
ヘラジカが、シロサイの両肩をばんばんと叩く。
「フレンズによって得意な事は違う。だけど、お前は自力で登りきった。得意ではない事を、自分の力で最後までやり遂げたんだぞ」
「ヘラジカ様……」
「胸を張れ、シロサイ。お前は私の、自慢の部下だ」
「ヘラジカさまぁ……」
泣き崩れるシロサイを、ヘラジカがぽんぽんと抱く。
ライオンが、満足げな声を発した。
「うんうん。今回も、いい勝負だったなー」
「みんな頑張ったねぇ。頑張った後はぁ、お茶とおやつの時間だよぉ」
アルパカが、お茶とジャパリまんを運んで来てくれた。
「新しいジャパリまんの、お試し品だって。博士が持って来てくれたんだよぉ〜。でね、ジャパリまんに合うお茶っていうのも探してみたの。こっちがほうじ茶、こっちがジャスミン茶って言うんだよぉ」
新しい、らしいジャパリまんを一口、シロサイはかじってみた。
不味い、わけではない。ただ違和感がある。
今までにはなかった食材が入っている、のはわかる。それが果たして、美味いのか、不味いのか。
口直しのように、ジャスミン茶というものを飲んでみる。こちらは美味かった。
「ほう……ほうほう、これは美味しいなあ!」
新しいジャパリまんを、ライオンは大いに気に入ったようだ。
「何だか懐かしい味がする。うん、美味しい美味しい」
「そうか? 私は何だか違和感が……不味いわけでは、ないけれど」
ヘラジカは、シロサイと同じ感想を持ったようである。
決して不味いわけではない新ジャパリまんを、ジャスミン茶で流し込みながら、シロサイは見回した。
ニホンツキノワグマが、大いにジャパリまんを喰らい、ほうじ茶を飲みながら、パンサーカメレオンの細い肩を抱き寄せて大笑いをしている。あの戦い以来、この2人は妙に仲が良い。
考えてみれば皆、元から決して仲が悪かったわけではないのだ。大将である、ヘラジカとライオンにしても。
「うっふふふふ、キミ丸いなあ」
「はわわわわ、へっヘラジカ様ぁ」
「おいライオン! うちのアルマジロを丸めて転がして遊ぶな」
「丸っこい子は大好きだよぉ。キミ今度、城へ遊びにおいでよぉ」
「……お前に遊ばれるだけだ。いいからジャパリまんを喰って茶を飲んで大人しくしていろ」
言いつつヘラジカが、ライオンの口に新ジャパリまんを押し込んでいる。アルパカが、茶の給仕をしている。
トキは、歌を歌っていた。
ヤマアラシが喜んで聴いている。アラビアオリックスは、目を回している。ハシビロコウは例によって微動だにしないが、もしかしたら目を開けたまま気絶しているのかも知れない。
シロサイの傍には、いつの間にかオーロックスが佇んでいた。
「……知ってるか? あのサーバルの馬鹿は1度、この岩壁から転げ落ちたらしい」
ジャパリまんをかじりながら、オーロックスは言った。
「傷一つ負わず、何でもない顔をして、また登って来たんだと。あいつらしいよな」
「サーバル……あの子には、してやられっぱなしですわ」
無様な敗戦を、シロサイは思い返していた。
こんな山登りで体力が尽きているようでは、サーバルの足の速さに対抗するなど夢のまた夢である。
「してやられたと言えば、俺たちもさ」
言いつつオーロックスは、アルパカの差し出してきたジャスミン茶を一気に飲み干した。
「お前らの防御をブチ抜けないでいる間に、大将の風船を割られちまった。大失態だよ。大将はもちろん笑って許してくれたけど、俺は、お前をぶっ倒せなかった自分が許せねえ」
「……私が防御に徹すれば、貴女のお馬鹿力にも負けはしない。それを、あの子が教えてくれたのですわ」
「かばん、か……」
オーロックスは山頂から、あの海岸の方角をじっと見つめた。
巨大セルリアンとの戦いが、遠い昔の出来事のようでもあり、昨日の事のようでもある。
「あいつ……本当に、行っちまうのかな? ヒトを探しに」
オーロックスだけではない。
あの2人と関わりを持ったフレンズ全員が、思っている事だろう。
「サーバルの奴、悲しむぞ……」
「サーバルだけじゃないよぉ〜。かばんちゃんがいなくなれば、みんな寂しいよぉ」
アルパカが言った。
「だけどねぇ……博士が言ってた。ヒトっていうのは、旅に出る生き物なんだって」
「旅、ねえ……わけわかんねぇな、ヒトってのは。ずうっとジャパリパークにいてさ、皆と楽しく暮らしてりゃいいじゃねえか」
「同感ですわ。1度セルリアンに食べられたせいで、あの子……何か、おかしくなってしまったのではなくて?」
シロサイは思う。
自分が、ヘラジカとも、陣営の仲間たちとも別れ、かと言ってこのオーロックスたちと行動を共にするわけでもなく、1人で平原を出る。ジャパリパークを出て行く。遠くへ、旅に出る。たった1人でだ。
想像もつかない、身の毛もよだつ事態であった。
あの好奇心旺盛なコツメカワウソでさえ、新たな楽しみを求めてジャパリパークを出て行く、という発想に至る事はないだろう。
縄張りを出る、という発想そのものを持つ事が出来ないのが、フレンズという生き物である。
縄張りを出る。旅に出る。
それが出来るのは、ヒトだけなのだ。
「サーバルに……かばんの旅立ちを、止める事は出来ないのです。きっと」
「我々にも無理なのです、博士。かばんは止められないのです」
助手が言った。
「ヒトは、常に変化を求める生き物。それが間違った方向に行くと……あのような輩が、生まれてしまうのです」
「何だかんだ結局、ヒトの遺したものを有効利用している我々に、ヒトを悪く言う資格はないのです。だけど」
博士は、小さく溜め息をついた。
「……今この世界に、いくらかでもヒトが生き残っているとして。その中に、あのような輩がいないとは限らないのです」
「それを、かばんに伝えたところで……きっと、旅立ちを思いとどまってはくれないのです」
助手は俯いた。
「我々のせい……なのでしょうか博士。かばんがヒトである事を、教えてしまったから」
「誰かが教えなくとも、かばんはきっと自力で自分のルーツを探し当ててしまうのです。それがヒトなのです」
「船がなければないで、海を渡る何かしらの方法を自分で見つけてしまうのでしょうね。かばんは」
「それなら我々で、かばんのために出来る事をするべきなのです」
言いつつ博士は、ちらりと視線を動かした。
フレンズが2人、木陰でくつろいでいる。
「というわけで、お前たちの出番なのです」
「遅いよー。博士たちが長々と難しいお話をしているものだから、アライさん寝てしまったじゃないかー」
フェネックの膝枕で、アライグマがすやすやと寝息を立てていた。
いや。何やら、うなされているようである。
「うぅ……う〜ん……や、やめるのだフェネック……やめるのだぁ……」
「ふふっ。何だか知らないけど、やめてあげないよーアライさん」
膝の上に抱いたアライグマの獣耳に、フェネックは囁きかけている。
「ほーらほーら。私、夢の中でアライさんに一体何をしているのかなー?」
「はうううう……お、お前はフェネックじゃなくて、うどんなのだ……」
「博士、うどんとは?」
「今度かばんに作ってもらうのです。それよりフェネック、馬鹿をやっていないでとっととアライグマを起こすのです」
この2人なら、と博士は思わない事もなかった。何か目的さえ見つかれば、ジャパリパークを出て外の世界へと向かう冒険心を持ち得るかも知れない。
(お前は……どうなのですか? サーバル)
この場にいないフレンズに、博士は心の中で問いかけてみた。
(かばんと一緒なら……ジャパリパークの外へと向かう勇気を、持てますか?)
血風のジャパリパーク 小湊拓也 @takuyakominato
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