整形女、ホストに通う

 同僚に誘われて、二駅先のホストクラブに初めて入った。薄暗い店内のそこかしこがピンク色にライトアップされ、テーブルとソファとで区切られていた。私たちの他、既に数人の客が入っており、ムーディーな流行曲を遮るように男女の談笑する声が聞こえてくる。私は店に入った直後から場酔いをしてしまい、その内容を全く理解することは出来なかった。

 同僚は慣れた様子で受付を済まし、それから自分のお気に入りを指名し、それからもう一人、これは私の為に新人がまわってくるようであった。挨拶もそこそこに男たちは私と同僚を囲むように座り、それから同僚は煙草を吸い始めた。同僚がタバコを吸うのを初めて見た。

「それで、今日はまたどうしたの?いつもは一人で来るのに」

「この子がね、ずいぶん昔の失恋を引きずってて、恋愛が出来ないっていうから、それじゃあ男に慣れさせるために、ホストに連れてってあげましょう、ってなってね」

「ハハハ何それ、俺ら当て馬?」

「そういう訳だから、優しくしてやってよ」

 同僚がタバコの煙をお気に入りのホストに吐きかける。ホストも勝手知ったるという様子で、同僚の手を握ったり、名前の長い酒を注文したりしている。

「だってよ、トキハル。ここがお前の腕の見せどころだぞ!」

 トキハル、というのは私の隣に座っているホストだった。写真付きのネームプレートが胸につけてある。

「何々、男に慣れないってどういうこと?」

 私の前に置かれたアルコールを一気に飲み干して、それから同僚にタバコを一本求めた。同僚にもらったタバコにトキハルが火をつける。息を深く吸い込むと、気管に煙が通ったところで咽た。

「ちょっと、大丈夫?」

 トキハルは私の背中をさすり、私はそれからもう一杯アルコールを飲み干した。

「大丈夫」

「話したくないことなら話さなくっていいよ。せっかくだし、楽しいこと話そうよ」

「ううん、大丈夫」

「そう?」

「私ね、整形したの」

「マジで?大変だったんじゃない?」

「そう、もうね、ほとんど全部いじったんだよ」

「えー、見えない!すごいね!」

「すごくないよ、今まで貯めてたお金全部使っちゃったし。それでもちょっと足りなくて、ビデオにも出ちゃって……」

「そうなんだ……辛かったね」

「でもいじったおかげでね、少し楽にはなったんだ」

「そうなの?」

「そう。前の彼、私をこっぴどくフッた彼なんだけど、彼が私の顔の事を散々ボロクソ言ったんだ」

「うっわ、ひっどい彼だったんだ」

「写真撮ったのを加工して更に不細工にして、それをラインに載せて拡散したり、他の女の笑い者にしたり、そういう事をしてたんだ」

「マジで?何その彼氏、サイテーな奴だな!」

「男って皆そういう事をするのかと思ったら、怖くなって。彼はさんざん私を笑い者にした後、『お前、ブスだから別れるわ』って言って、それきり」

「でもそんな男ならもう未練なくない?」

「……私は彼の事、すごい好きだったから」

「そこまでされて、それでも好きって、すごいなぁ!どれだけ色男だったんだそいつは」

「私にあんなに優しくしてくれた人、初めてだったからかな。それまでずっと、イジメられたり、無視されたりしてきたから」

「ええ、こんなに綺麗な子をイジメるとか、許せないなぁ」

「うん、整形したからイジメられたり無視されたりすることもなくなって、だんだん気が楽になってきて、前向きになったら色んな事が良い方向に転がってきたの」

「いいね!」

「整形して綺麗になることで、人生こんなに変わるんだ、って思った。でも、男性との交友に関しては、どうしても前向きになれなくってね。それを同僚に相談したら、ここに連れてきてくれたんだ」

「そうなんだ、どうかな?俺としゃべってみて、前より楽になってる?」

「……うん、『前』よりずっと楽になってる」

「そうかぁ、それは良かった。じゃあもっと話しようよ!辛いことばっかりしゃべらせちゃったし、もっと楽しいこと話そう!どう、何か食べる?あとは飲み物とか」

 それからは他愛のない話をして、トキハルは別の席に行き、他の人がやってきて、私は酒に酔い、同僚はずっとお気に入りを指名し続けた。最後に私はもう一度トキハルを呼び、最初の四人になったところで、会計を済ませて帰ることにした。

 店の入口で同僚と、同僚のお気に入りのホストは抱き合った。「また来るわね」「いつでも来いよ、待ってるぜ」と、今にも唇同士が触れ合うような距離で抱き合っている。私とトキハルは、さすがにそこまでの距離にはなれなかった。トキハルは内ポケットから名刺を取り出して、私に差し出した。

「ねえ、また今度おいでよ。俺、君の事すごい好みだし、君と話せるの楽しいんだ。もし君がまた来てくれると、本当に嬉しい」

 私は目の前に差し出された名刺を受け取り、それからトキハルの腕を引いて、そっと体を近づけた。背伸びをし、トキハルの耳元に唇を近づけて言った。

「ありがとうコウキくん、また来るね。愛してる」

 同僚に「いい加減帰るよ」と言って、店から離れた。背にしたホストクラブの店先で、何かがドサッとくずおれるような音が聞こえた。

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