第6話 フィーリング・ルンガスト その2

……スタンドかどうかは不明だが、シェーヌが完全に油断していたのは紛れもない事実。

そう、シェーヌは冒頭のマドウの声を聞き、彼を”テレパシー(思考干渉)系の能力使い”だと思い込んでいたのだ!



「まさかあんな化け物を飼っていたとはね……それも、そこらの魔物より強そうな……」



全長3mはあるだろうか、オーラ体の化け物はシェーヌを殴った後体勢を崩し、地面に伏せていた……コケているということだ。

その後両腕を使って立ち上がり……いや脚が無いので立つとは言えないと思うが、直立姿勢に直る。



「やれやれ、事は手早く済ませたい、心苦しいからねシェーヌが死ぬ姿を見るのは……”シュリヒト”きみは出てきたばかりではバランスが悪いのは百も承知だが、今度はしっかり頼むよ」



「エルエルアイケー!!」



あのオーラ体の化け物、名前をシュリヒトというらしい。

野太い声で返事をし、両腕の拳で地面を叩く! 気合を入れる動作なのか、若干の地鳴りと轟音、相当なパワーを持っている!



「ちょっ! ま、待ってくださいよ! マドウさんっ!?」



油断要素皆無と化し身構えるシェーヌの横で、エルスが声高らかに叫びだす。



「ど、どうしたのエルス!? 今はあのシュリヒトとかいう奴に気をつけて! よそ見しちゃ……」



「シェーヌさんを仲間にするとか言ってませんでした!? どうして殺しにかかってくるんですか!?」



思えば確かにマドウは先ほどシェーヌを仲間に引き入れたい的な発言をしていたし、殺しはしないとも発言していたのだ。

それが何故か思いっきり殺しにかかっている、これが矛盾というものか彼は虚言癖なのか嘘つきなのか……。



「仲間にするさ、僕はシェーヌを絶対にはなさない、ずっと僕のそばに居させてあげるさ……」



「テレパシー系の力を操ると思ったら、オーラ的な化け物も呼び出せて、終いには気味の悪い寒気までこっちに向けさせるとはね……多重能力者ってやつ? 今まであんまり見たことないけど、そういうチートキャラ」



シェーヌは身震いしながら引きつった表情で冗談を言ってみせるが、マドウの笑みは変わらず、エルスの困惑と恐怖の混じった表情も変わらない。



「言ったはずだ、オーパーツを扱えるのは”生命を超越したもの”だけと……」



そのマドウの言葉の真意を理解できぬまま、シェーヌにシュリヒトが猛スピードで迫ってくる!



「グウウウウウウウ!!!」



「ちっ! マドウの体から分離しても自由に動けるって所が厄介だわ! それにスピード! パワー! 兼ね備えてるッ!!」



シェーヌは光の短剣を作り出し、すぐさま横に飛び避ける。

シュリヒトがシェーヌが”居た”地面を全力で殴り潰した時には、シェーヌは既に……。



「上よッ! 両腕を使って殴っちゃぁ、次の攻撃まで隙があるッ!」



シェーヌは光で作った2つの短剣を上空からシュリヒトに思いっきり体重を乗せて突き刺す……!

突き刺したはずだった、しかし!



「なッ……刺さってないッ!? ていうか”シュリヒトに触れられない”!?」



なんとシェーヌの体はシュリヒトをすり抜け、地面に叩きつけられてしまった。

オーラ体……つまりは煙のようなもので”向こうからはこちらに触れ攻撃できるが、こちらからは攻撃ができない”ということなのだ。



「シェーヌさん!!」



「エイチシーヌップ!!」



「ぐァッ! うぐッ!」



丁度シュリヒトの懐に落ちてきたシェーヌを、容赦なく殴る。

まるで虫でも潰すように容赦が無い。



「うわあああああ!!」



このとき行動を起こしたのは……エルス! 先ほどシェーヌが地面に激突した際、足下に飛んできた光の短剣を手に取り、走る!

状況は把握した、シュリヒトには攻撃が通用しない、つまりは勝てない、ならば狙うは……!



「僕の方に向かってきたか!」



「あなたを倒せば、あなたから生み出されたあの化け物は消えるはず! うあああああ!」



人に刃を向けている、このまま彼が避けなければ刺さるだろう、鋭利なものは基本的に物に刺さる。

人を刺したことなんてない、手が震えて仕方がない、大声で誤魔化しているが、どうだろう、エルスは脚もすくんで今自分がまっすぐ歩けてるかどうかも分かっていない。

魔物を殺すことにも若干の抵抗を覚えているエルスが、人を刺せるのか、いや、このままじゃシェーヌが殺される、怖がってる場合ではない。



「だが残念! 僕は聖職者ッ!」



「あっ!?」



護身の心得があるのか、エルスの突進をかわしナイフを取り上げる。

勢い余ったエルスはすっ転びヘッドスライディングを披露してしまった。



「能力を使っている本体の僕を狙うってのは良かったね、でも力足らずだ、君みたいな凡人じゃ」



「エルスーッ!!」



シェーヌはシュリヒトの幾度となく迫り来る拳をなんとか避け、ヨロヨロとエルスに向かって動く。



「なに!? シュリヒトの拳をモロに受けたはずなのに何故生きている……シェーヌ!」



「シェーヌ……さん、よかった! 私がかけておいた魔法”ハードネス”のおかげで……」



エルスはシェーヌがシュリヒトの体をすり抜け、無防備になった瞬間、対象の身体を硬質化させる魔法”ハードネス”をかけていたのだ。



「なるほど、この凡人の奇術でシェーヌを守ったというわけか、しかしシュリヒトの攻撃力を侮ってはいけない。彼は僕のオーラ、つまり気によって生成された僕の気の具現化……! つまり僕の気の入れようがシュリヒトを強くするッ! 僕はシェーヌが欲しいッ! 誰よりも何よりもッ神に近き存在でありながら自由に生きる彼女をッ! 僕が、従えてみせるんだ!」


マドウの眩しいほどの笑顔と強い眼力とは裏腹に、シェーヌの表情は苦痛に歪んでいた。シュリヒトの攻撃を2擊、モロに受けてしまっていた。

ハードネスという防御の魔法ががあっても尚、その体はボロボロに近かった、脚が言うことを聞いてくれない、エルスに向かって進んでいるが、亀のように鈍足なのが自分でも分かった。



「うっさいわね、あの男……エルス、ありがとう、助かったわ」



シェーヌはすかさず光の弓を生成し、矢を構えマドウを狙う。

ちなみにだが、シェーヌの能力、あくまで材質が光であるだけで、矢の速度は光速ではない。

マドウが高笑いをあげている今がチャンスなのだ、たとえ脚が遅くとも弓矢の速度は変わらない!



「うぅあッ!?」



「シェーヌさんっ!!」



……もちろん、彼が黙ってるわけがなかった。

シュリヒトである、シェーヌを大きな拳で掴み、締め上げる。



「ぐぅぅ……っあああぁっ!!」



その握力のほどは、彼女の悲鳴で伝わるであろうか。

エルスは彼女を救おうと知恵を絞る、シュリヒトを抑えなければこの状況は打破できないのだ。



「そ、そうだっ! シュリヒトには実体がないから攻撃できない! でも私の魔法”ハードネス”なら硬質化させることができる! それがシュリヒトにも適用されるなら……! シェーヌさんの近接攻撃も多少は喰らうはずッ!!」



「エル……スっ……ナイスゥ……!」



シェーヌはすかさず生成した弓を捨て、近接用のナイフを生み出す。

エルスのハードネスが発動したのを視認した所で、下半身をひねりシュリヒトに強烈な蹴りをお見舞いする。



「トーフ!?」



いきなりの打撃、その振動で驚愕の声をあげシェーヌを放してしまうシュリヒト。

シェーヌは地面に着地すると同時に強く踏み込み、その跳躍力を威力に変え刃を突きたてシュリヒトに思いっきり突き刺す。



「ディーンヌオオオォォォォォ!!!!!」



ハードネスを突き破りシュリヒトのその胸部に光の刃が刺さった!

硬質化の魔法により、むりやり実体を現せられた状態のシュリヒトにならば、攻撃が通るのだ!



「うぅ! 硬ぁぁっ!」



ハードネスの魔法の効力はどうも有能なようだ、シェーヌの全力といえる攻撃でようやく刃が半分ほど刺さる程度だ。

光で作ったとは言っても、その性質は物理的な物なので、シールドの効果により大きく防御されている。

シェーヌはたまらずシュリヒトの体を蹴り、その反動で跳躍し大きく距離を取った。



「エルスっ! さぁ行くわよ!」



そのままエルスの近くに着地し、再び弓矢を構える。



「どうよマドウ、あのシュリヒトとかいう化け物、倒せちゃいそうだけどっ!?」



「あぁ、僕の名前を読んでくれたね……! だが一度死んでからまた呼んで欲しいものだ……!」



「……? 一度、死んでから?」



シェーヌは疑問を顔に浮かべる……が、それどころではない、シュリヒトがこっちに向かってくる!

マドウを狙おうとしても、彼が必ず邪魔をするのだ!



「おっと、言葉の真意は後で考えるわ! エルス! ”拡散”お願いッ!」



「了解です! アクアトップコート! そしてすかさず解除!」



エルスは弓矢を構えるシェーヌに先ほどの魔法、アクアトップコートをかける。

シェーヌの周りに水の膜が張るわけだが、それをすかさず解除! そうすることで水の膜がシェーヌの体から剥がれ、シェーヌの前方に水の膜が広がり散る。



「今だっ! ライトニングアロー!」



光の矢をそこに打ち込む、するとどうだろう、その光の矢が水に乱反射し、1本であるはずの矢が幾十、いや幾百という数に増加したのだ!

これぞ彼女たちの必殺技、ウォータニングシャワーとでも名付けさせてもらおう!



「なっ! なんて矢の数だ! シュリヒトが物に触れられるのは”拳だけ”なんだ! つまり防御ができるのも拳だけ! 拳だけではこの矢の雨から僕を守りきることはできないッ!」



慌てふためくマドウであったが、すっかり忘れていたことがあった。



「グ…ギギグ…!」



矢は全てシュリヒトの体に刺さりまくっていた。

今現在もシュリヒトの体にはハードネスの効果が付与されているためにマドウを守りきらせてしまった形になる。しかしシュリヒトもまた無事ではない。



「そ、そんな、シュリヒトっ! く、だが君たちも墓穴を掘ったな、その奇妙な魔法がなければ僕を仕留められたろうに……!」



「悪いわね、そっちの化け物を倒しちゃえば、あんた1人潰すのなんか楽になるから最初から狙いはそのシュリヒトってやつよ!」



「シェーヌさん! やりましたっ! シュリヒトは瀕死ですよ! 動けそうな気配がありませんっ!」



エルスの言葉通り、シュリヒトは幾百の矢が刺さり、呻いている。

だがこの状況で、マドウはにやにやと笑みを浮かべているのだ。



「何がおかしいの?」



「ふふ……言っただろう、シュリヒトは僕の”オーラ”なんだって。戻れ! シュリヒト!」


そのマドウの言葉に反応し、シュリヒトの体は煙のようにマドウの体に吸い込まれた。

光の矢達は全て地面に落ち、粒子となって消滅した……。



「な、体の中に戻した!?」



「……出てこいシュリヒト!」



即座にシュリヒトを再召喚するマドウ、なんということだろう、先ほどやっとのことで大ダメージを与えたシュリヒトが。



「オオオオオォォォォォ!!!」



また再び、全快無傷の状態で現れたのである!



「そっ、そんな……! また全快ですか!?」



「……エルス!」



「え!?」



シェーヌは表情ひとつ変えず、ただエルスに目配せをする。

その目は「逃げよう」でも「もうおしまい」でもない……確実な「戦いの意思」が現れていた。

こんな状況でも士気を失わない、シェーヌはやはり只者じゃない、その精神力たるや……。



「はいっ!」



色々考えてもしょうがない、今は戦う、シェーヌとは長く居る。

そりゃわからないこともあるが、共に過ごしたことで分かるようになったことも多くある。

シェーヌの目配せだけで、何をするべきか、何をして欲しいかくらいは分かる!



「うあああああぁっ!!」



シェーヌは再びナイフを一本生成し、シュリヒトに向かって走る。



「ハードネス!」



エルスは再びハードネスの魔法をシュリヒトにかける。



「またその作戦か! 無駄だ、ナイフは物理! 近づかなければ刺さらない! さっきは油断していたシュリヒトだが、次はそうはいかない! 巨大な拳と小さなナイフ! リーチというものを考えるんだね、シェーヌ!」



シュリヒトは向かってくるシェーヌに拳を振りかぶり突進する。



「だらあああ!」



シェーヌはナイフを……投げた! シュリヒトの眉間を狙ってぶん投げる! その投げ方は、雑っ!

もはや刃が刺さる保証もないほど雑な投げ方! 一応シュリヒトにぶち当たる!

だが、刺さらない! ナイフは無情にも地面に落ちる。



「なんだそれは……シェーヌ! やけくそか!」



マドウの言葉に反応することなく、シェーヌは次に弓矢を生成し、そのまま前方に高く飛ぶ。

シュリヒトにぶち当たるコースだが、矢を撃っても彼の拳に止められるし、そうでなくても彼の拳に捕まってしまうかぶん殴られてしまうだろう!



「グウウゥゥゥ!!!」



だがここでアクシデント発生、シェーヌに向かって突き進むシュリヒトが転倒してしまった。

シェーヌは倒れたシュリヒトを踏み台にしてさらに前方に飛び弓矢を構える、その見据える先は……!



「まさかっ! そうか! シュリヒトの弱点である、召喚直後のバランスの悪さを見越して!?」



「ライトニングアロー……!」



重厚な射出音の後、マドウという男は倒れた。

光の矢は胸部のど真ん中を直撃、即死……とまではいかないがその意識を失い、シュリヒトも姿を消す。

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