第5話 フィーリング・ルンガスト その1

ここはとある町、今は朝、宿屋の2階の窓から空を見上げる少女が1人。



「ふぃ~、良い天気、日差しが気持ちよく、風が心地よい……」



「年寄りくさいですよ、シェーヌさん」



「ん? エルス起きてたの? まあまあいいじゃん? たまにはこういうセリフも」



その少女の名はシェーヌというようだ。

勝気な顔立ちで中背、金髪に大きなリボンを五寸釘でぶっ止めてるという個性的な装飾をしている。



「まあそうですね……そういえば今日は早かったですね起きるの。まだ7時。いつもは10時くらいまで爆睡……」



そしてその少女に背後からツッコミを入れたもう1人の少女はエルスという名前。

お茶を汲んでシェーヌに差し出しているのを見るに、親切で気遣いにあふれた女性的な女の子といった所だろう。黒の肩までの髪がうっすら青く煌めいている。



「そんなに寝てないわよ、う~ん、9時30分には起きてるでしょ?」



「変わんないでしょそんな30分の差!」



「今日は用事があるからね~、エルスは来なくてよかったから黙って出ようかと思ったんだけど……」



「え!?」



この2人は旅をして回っている旅人だ、様々な地を2人で駆け巡ってきた。

しかし、生まれも育ちも一緒……というわけではない。



「昨日の夜中ね……妙な夢を見たのよ。私とやり合いたいっていう男の声が頭に響いて……」



「バトル的な意味合いですよね……?」



「そう、バトル的な意味合い、ていうかそれ以外の意味合いあるの?」



「いやっ、ないと思いますけど!?」



エルスは両手を大げさに振って、話の本筋に戻るようシェーヌを促す。



「マドウ……って名乗ってたわね、夢の中のアイツ……! ま、売られた喧嘩は買わなきゃね~」



「でもシェーヌさんそれって、ただの夢じゃないんですか?」



シェーヌはエルスに視線を向けることなく、日の光が差してくる窓から空を見上げながら、喋り出した。



「私は血のニオイに敏感でね、多分生まれつきだけど……目に見えずとも遠くに居ようとも、なんとなく”向けられる敵意”ってのに敏感なのよ……そういう、体質なのかもね」



「へぇ……今初めて知りました、シェーヌさんにそういう設定があるなんて……」



「設定って言うなし、まぁ今回のマドウってやつも同じ、私だけに明確な敵意を向けてきてるのが分かる……まぁ私の夢に干渉してきたのは彼の能力でしょうけど、もう待ち合わせのアポもとってる(その夢の中で)から、どうする? エルスもくる?」



「夢の中で待ち合わせのアポですか……でもまぁうん、当たり前! 行きますよ! シェーヌの敵は私の敵でもあるんだから!」



彼女らは冒険という旅の中で信頼しあっている、そういう仲なのだ。魔物との戦いは慣れているが、能力者がけんかを売ってくる事は初なのでやや初めて気味だが。

シェーヌは、そう、と軽い相槌をうち、シェーヌとエルスは出かける支度を済ませる。

ピクニックだとか散歩だとかそんなチャチなもんじゃあ断じて無かったので、彼女らなりに、動きやすいラフな格好を心がけて行くのであった。



場所は変わって、町外れにあるグルンガスト教会跡地。

この教会はかつて、多大な魔力を持つ神父と聖職者が多数おり、聖なる祈祷の力で広範囲の地域を結界で包み、魔物の驚異から民を守っていたという伝説があった。

今では聖職者は姿を消し、荒廃した教会は、時には魔物の住処に、時には荒くれ者どものアジトと化していて、かつての面影はない。



「オーラが良い」



その教会を見上げ、笑みを浮かべる少年が1人、身丈は小柄だが、落ち着いた雰囲気を醸し出している青年だ。

仏教に勤しんでいる者のような、袈裟衣に似た服を着て烏帽子を付けている、しかし髪の色は金髪で顔も東洋系ではなく西洋系丸出しであった。

何が言いたいかといえば、服装とそれを着る人物のイメージが合っていないのだ、まあ、西洋人が仏教系の服を着るなという決まりはないので偏見なのだが。



「非常にオーラが良い、レイジという男もそうだが、彼女シェーヌもまた良いオーラを持っている。そう、彼女のオーラは私に似ており、私の心を掴んで離さないのだ」



「なーに独り言喋ってんの、悪かったわね聞かない方が良かった?」



彼の後ろに現れたのはシェーヌだった、彼がシェーヌを呼び出した張本人、マドウという男だったのだ。



「構わない、ようこそグルンガスト教会の敷地内へ、僕はマドウ・エンリネクライシス。人類最後の聖職者であり人類で最も神に近い男だ、アルファベットの最初の文字はA、そう私はAなのだ」



「急に何? 胸のサイズの話?」



「違う、いやまぁ君がそういう風に捉えてしまったのなら仕方のないことだ、ソレで話を進めても構わない」



「進めないわよ、それより本題があるでしょ、私とやり合いたいみたいな。果たし状ってやつ? 悪いけど私あんたの事知らないのよね、あんたは私に恨みでもあるのかもしれないけど」



「ちょ、シェーヌさん、いきなり煽ったりしたら何されるか……!」



「大丈夫よ、私は煽ってるつもりなんかないから、怒るかどうかはあいつの沸点次第でしょ」



マドウという男はくすっと笑った後、シェーヌの目を見つめ言い放った。



「シェーヌ……僕もまた君と顔を合わせるのは初めてなんだ、すまないね。僕はとある団体に在籍していてね、シェーヌを殺せって言われて殺しにきたんだけど、なるべく穏便にことを済ませたくて」



「初対面なら名前で呼ぶのやめてくれる? あんた、イケメンに変わりないけど、童顔には興味ないのよね」



シェーヌはなかなかに冷たく、マドウの言葉をあしらう。

そんな彼女に、エルスが慌てて耳打ちをする。



「シェーヌさん待って! なんだか友好的な事喋ってません!?」



「友好的な人は殺しにやってこないと思うけど……」



「ぐぬぬ……シェーヌさんが正論を……! でも話だけでも聞きましょうよ、特別何かしてくる動きもありませんし……」



「ん、そうね、この距離ならあいつよりもうちらの方が早く攻撃できそうだし」



「シェーヌ、君が僕と手を組んでくれるならば、殺したりはしないし、我々の仲間に引き入れることができる。君は僕と同じなのだから、僕と同じ……」



「待った、話が見えないんだけど? そもそもあんたの仲間ってなによ?」



「そうか、じゃあまずそこから話そう、我々はOPTという、一応の組織だ。我々の目的はただ1つ、この世界に26個散らばるとされる”オーパーツ”を集め、それらを使役できる有能な人間を見つけ、集めることだ。オーパーツは使役する人間の潜在能力を数十倍に引き上げる、まさに神の使いとなりえる力を得られるのだ」



「オーパーツ……? それって確か、場違いな加工品という意味を持った、極めて精巧な人工物のこと、でしたっけ」



「エルス詳しいっすね……」



「まあそんな所だ、オーパーツは神が作り出した物だ、そしてそれらを扱えるのもまた、神に選ばれた物でなければならない。そう、僕のように、なぜなら僕もまた特別な存在だから」



エルスはマドウの言葉に疑問を抱き、首を傾げる。



「マドウ……でしたっけ、さっき言いましたよね、シェーヌさんを仲間に引き入れるって……それってつまり、シェーヌさんもそのオーパーツって物を使える、特別な人間ってことですか?」



「そうだよ」



マドウは割とあっさりにこやかに答えた。



「ちょ、ちょっとエルス! 勝手に話を進めない! 大体言ってる事が怪し……」



「生命を超越したものだけが! オーパーツを使役することができる! 神から受けたこの運命を我々は受け入れ! 新たな人類として、進展しなくてはならない!」



「ファ!?」

「え!?」



いきなり叫びだすマドウに戸惑う二名。

構わず話を続けるマドウ。



「このグルンガスト教会は神聖な地であった! 人を救えたる聖人も、救われたる迷人も、この場を憩いとし、人生の支えとしてきた! だが神力を受け入れられない愚かな、煩悩に狂った者共が、神への信仰を驚異とし、悪魔のようにこの地を滅ぼした! ……僕は唯一助かった、幼いゆえに命までは取られらなかった、僕は決めたんだ、神の意志を継ぐと」



「……いきなり叫びだしたと思ったら、昔話?」



「頼むシェーヌ、君は僕と同じ、神の使いなんだ……僕の声が聞こえたんだろう? 昨日の夜の話だ……私は聞こえたんだ君の声が、神の声しか通さない僕の心に! 君の声が聞こえたんだ! だから僕は応えた!」



「あわわわわ……シ、シェーヌさん私ちょっと怖いんですけど!」



「大丈夫、私も同じ……」



「本来安心できるセリフのはずがこのタイミングだとなんて心細い言葉!」



息を荒くしてシェーヌに訴え、一歩、また一歩と距離を詰めるマドウに戸惑う二名。



「そこまでよ」



シェーヌは光の弓を構え、照準をマドウに合わせる。シェーヌの能力、それは「光」である。

光というエネルギーを元にした具現化能力、とでも言おうか。



「いい加減そういうの寒いから止してくんない? 残念なイケメン君?」



しかしながらマドウは表情一つ変えないどころか、その歩みを止めることはなかった。



「ちっ、聞こえてないなら体で聞いてよねっ」



なんの躊躇いもなく光の矢を撃つシェーヌ、命中精度は完璧、確実にマドウの胸部を貫くコースであった。



「ッ!?」



が、矢を掴まれた、掴んだのはマドウではなくマドウよりも大きな体格の、そして人間ではない……。

なんと形容したものか、マドウの背後には上半身のみだけの、幽霊? オーラ? のような巨大な化け物が現れており、ソイツが手を伸ばし矢を捕まえマドウを守ったのだ。



「どちら様!?」



エルスが驚き声をあげる、さっきまで一切姿が見えなかったはずの、あの化け物、一体どこから。



「ケーカッター!エイチシーヌップ!」



その謎を明かすより先に、その化け物はよくわからない言語を喋りながらマドウから離れシェーヌに向かって突進してきた。

右腕を振りかぶっている、これはパンチに違いない! しかしながらそうは分かっていても急すぎて体が反応しない。



「あぐッ!!」



真正面から拳の一撃をお見舞いされ吹き飛び岩に激突するシェーヌ。

エルスが慌ててシェーヌに駆け寄る。



「シェーヌさんっ!!」



「ぐッ……痛ったぁ……ってあれ、思ったより怪我してない」



「間に合ったみたいですね、殴られる直前にアクアトップコートをかけておいたんです」



エルスの能力。それによりシェーヌは水の膜に包まれていた。

アクアトップコートとは、エルスが使う”防御魔法”の技のひとつである。防御魔法と光、それが彼女たちの異能。



「たすかったわエルス、しかしあいつ……スタンド使いかッ!」

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