十一話 〖合図はいらない〗
「ちょっ、何す……!」
「何すんだよ!!」
柴原がやり返そうと、体を起こした時だった。柴原よりも先に体が動いたのは、斎賀の方だった。さっきまで大人しく震えていた斎賀が、柴原を投げ飛ばした男に殴りかかった。その男の顔に、斎賀の拳が入ってよろける。
「てめっ……!」
「柴原君に手ぇ上げんじゃねぇよ!!」
興奮状態の斎賀は、闇雲に彼らを殴った。けれど体格差で、斎賀もすぐに投げ飛ばされてしまった。慌てて、柴原が駆け寄る。
「斎賀君!」
柴原は震える斎賀の体を、労るように抱き起こした。斎賀は痛みも気にせず、柴原の肩を掴んだ。
「……ごめん。俺……弱くて、ごめん。」
目から出てくる大粒の涙と弱々しい声。斎賀は何度も、ごめんと呟いた。そんな斎賀の姿を見て、柴原の目からも、一つ涙が流れた。
柴原は、赤瀬の言葉を思い出した。
『彼、本当は優しい子なの。そして、臆病で泣き虫なの。』
(優しくて、臆病で、泣き虫で……。そんな斎賀君が今、立ち向かった。本当は怖いはずなのに、本当は人を殴ることも恐怖なはずなのに、僕が投げ飛ばされたから殴った。)
涙を拭って、柴原が立ち上がった。そして自分を奮い立たせるために、顔を両手で叩いた。
(僕も、勇気だ!斎賀君に続かなきゃ!)
「斎賀君。」
柴原は斎賀の腕を掴んで、ゆっくりと立たせた。そして、他校の生徒達に向き直った。
「一緒に戦おう。君は弱くなんかないよ。君となら、どんなことだってどうにかなりそうな気がするんだ。」
いつの間にか、斎賀の涙は乾いていた。自信に満ち溢れた顔の柴原を見て、前を向いた。自分達よりも背が高く、今にも殴りかかって来そうな男達が立っている。けれど、斎賀の顔も自信に満ち溢れていた。
〝行くよ、斎賀君。〟
〝俺達なら出来る、柴原君。〟
二人に合図なんて無かった。お互いの顔を見て、お互いの心を読み取って、どちらからともなく走り出した。今の二人に、恐怖なんて無かった。寧ろ、勝てる気しか無かった。
やがて、警察署に通報があった。二人を相手に暴行をくわえている集団がいると。この通報を聞いて、赤瀬は察した。
「署長!私が行きます!きっとこの二人は、私の友人です!」
「君一人じゃ危険だ!他にも。」
「私に助けさせてください!」
署長の言葉も聞かずに、赤瀬は警察署を飛び出した。
(二人共、無事でいて。)
パトカーの中で、赤瀬はひたすらに願った。
現場に着いて、赤瀬は思わずその場に立ち尽くした。柴原と斎賀がお互いを庇いあって、他校の男達に立ち向かっている姿があった。その近くには、二人にやられたであろう男の姿もあった。
二人は確かに圧されている。けれど、どんなに痛めつけられても、お互いを助けることは休めなかった。
「何してるんだ、赤瀬!一人で現場に行く新人がいるか!」
後から追いかけてきた警察官に頭を叩かれ、赤瀬は茫然としていた気持ちから戻ってきた。
「早く止めるぞ!」
「私は新人じゃありません!」
赤瀬は先輩警官と共に、喧嘩をしている現場に突っ込んだ。
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