七話 〖クラスからの裏切り〗
斎賀は柴原を連れて、屋上へとやってきた。
「屋上は、入れないはずだけど?」
「外には出ねぇよ。」
そう言って、斎賀は屋上のドアの前にある階段の5段目当たりに腰をかけた。その隣に、柴原も座る。
「お前が言った通り、屋上は立ち入り禁止だ。でも、この階段は立ち入り禁止じゃない。他のやつは、こんなとこに来ねぇだろ。」
斎賀は袋の中から、二個入りのサンドイッチを取り出して、口に運んだ。それを見た柴原も、自分の弁当を開いて、卵焼きを口に入れた。
しばらく、お互い無言で食べている。
(ど、どうしよう。何か話さないと。)
心の中は騒がしい柴原に、斎賀は向き直った。そして、ゆっくりと頭を下げた。
「悪かった……。」
「え?」
思いもしなかった言葉に、柴原は一瞬思考を停止させた。
「斎賀君、今何て。」
「言い方キツ過ぎた。ごめん。」
頭を上げようとしない斎賀を見て、柴原は慌てて手を振った。
「い、いや。僕全く気にしてないよ!だから、斎賀君も気にしないで!」
あははは、と笑う柴原を見て、斎賀は安心した表情を見せた。
(あれ?意外といい人かも。)
柴原がチラッと斎賀の方を見ると、斎賀は愛想良く微笑みかけた。女ウケの良さそうな顔に参ったが、心が温かくなった柴原は、斎賀の手を握りしめた。
「君、ちゃんと笑えるじゃないか!」
「……っ……調子乗るな!」
斎賀は手を振り払って、柴原の視線から逃げる様にそっぽ向いた。斎賀の顔はトマトの様に赤く、照れているのか、決まり悪そうに黒目を左右に動かしている。
今なら、何でも聞けそうだ……そう思った柴原は、斎賀の顔を覗いて訊ねた。
「どうして、僕のことを避けてたの?」
すると、斎賀の顔が曇った。柴原の丸い目は、じっと斎賀の顔を見つめている。
「お、俺と……一緒にいたら、お前も…その、周りの奴から変な目で見られると思って。」
「……君、僕のことを心配して、友達になんかならないと言ったの?」
斎賀はガシガシと頭を掻いてから、柴原を見て頷いた。柴原の表情が、ぱぁっと明るくなる。
「君、優しいんだね。」
「そんなんじゃねぇよ!」
照れている斎賀を面白いと思った柴原は、いたずらっぽく笑って言った。
「えー?何が違うの?」
「うるせぇ。」
癪に障った斎賀は、柴原に「チビ!」と吐き出した。それを聞いた柴原は、ワナワナと体を震わせた。
「誰がチビだ!えーと……。」
柴原は斎賀を指差すが、罵る言葉が見つからない。すると、今度は斎賀が気を良くした。
「えーと……何だよ?うるさい小型犬。」
「誰が小型犬だ!えーと。」
必死に罵る言葉を探し出そうとする柴原を見て、斎賀は床を叩いて笑った。そんな斎賀の姿を見て、柴原は顔を赤くした。
「そんなに笑うことないだろ!?」
罵る言葉を考えている行為自体が可笑しくなった柴原も、斎賀と一緒に腹を抱えて笑った。
「お前、ホントに似てるよ……チワワ。」
その瞬間、柴原の殺意が湧いた。
「僕はチワワじゃない!!」
柴原の怒号と斎賀の笑い声が響いた。
「ねぇ、柴原君と斎賀が、一緒にいる所見ちゃったんだけど。なんか、凄い楽しそうだったし。」
「マジで?じゃあ、あいつもシカトする?」
「斎賀とつるんでるんなら、あいつも同類だって。な?中澤。」
どす黒いオーラを放っている一年四組教室で、中澤はちいさくなっている。
「ごめんな、柴原…。」
(よかった……斎賀君と、近づけた様な気がするよ。それにしても、斎賀君ってあんなに明るい人だったんだ。もっと、斎賀君のことを知りたいな。そして、ホントの友達に……。)
柴原が教室の扉を開けると、教室にいた生徒が一斉に柴原を見た。すると、柴原の頭上からゴミ袋が降ってきた。
「……え?」
教室で出たゴミが、柴原の周りを舞っている。
うろたえる柴原を見て、計画をしたであろう女子生徒達がくすくすと笑い出した。彼女達に合わせて、教室にいる生徒達が一斉に笑い出す。
─ざまぁじゃん。
─ゴミには、ゴミがお似合い。
─このクラスにいる人、みんなお前のことなんか嫌いだから。
柴原は、しばらくその場に立ち尽くした。自分が一体何をしたのか、分からない。放心状態から帰ってきた柴原は、教室の入り口で怒鳴り散らした。
「何のつもりだよ!僕が何をしたって言うのさ!何も悪いことをしてないじゃないか!」
「したじゃん、悪いこと。斎賀君と仲良くなんかしちゃってさ!」
一人の女子生徒がそう言って笑うと、彼女の周りにいた女子生徒達も手を叩いて笑い出した。
「何だよ、その理由……。中澤!」
柴原は中澤の席まで歩いた。そして、肩を掴む。中澤は体を硬直させた。
「君なら、分かってくれるよね?僕ら、友達だよね?」
すると横から赤西が来て、中澤の腕を掴んだ。赤西の目は、恐ろしい程に見開いている。
「……お前、触んなよ。」
柴原は改めて、実感した。
(ああ……この教室に、味方はいない。)
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