六話 〖柴原の決意〗

登校中、柴原は余韻に浸っていた。頭の中で赤瀬の声と笑顔が、無限ループされる。


(ありがとう……。)


「ああ、可愛いよ!赤瀬さん可愛いよー!」

校舎の目の前でそう叫ぶ柴原を避け、登校してきた他の生徒達は校内へと入っていく。完全に不審者扱いだ。

「お前、学校の前で何言ってんの?」

柴原の隣に、エナメルバッグを肩にかけた中澤がやってきた。不快な目で、柴原を見ている。そんなことは気にしない柴原は、中澤の肩を叩いた。

「中澤、いい所に!斎賀君見なかった?」

「斎賀……?もう、教室行ったんじゃね。」

ありがとう!と、上機嫌に手を振る柴原に、中澤は恐怖を覚えた。

「今日のアイツ、気持ち悪い。」






柴原は、早歩きで廊下を進んだ。探しているのは他でも無い。成績学年No.1の維持者。

遂にその背中を見つけて、柴原は彼の手を掴んだ。振り向いた斎賀は、驚いた表情をしたが、すぐにまたお前かという顔を見せた。柴原はそんなの関係無しに、心の奥底から言った。

「斎賀君……僕と友達になってください!」


癪に障った斎賀は、思わず柴原の胸ぐらを掴んだ。身長のせいで柴原の足が少しだけ浮いた。

「お前、しつこいんだよ。そうゆうのが、一番ウザイ。俺のことは、構うなよ。殴るぞ?」

斎賀は掴んでいた手を強くしたが、柴原は怯まなかった。斎賀の手が、震えているから。

「殴れない癖に。」

「……っ……!」

柴原の眼差しに負けて、斎賀は荒々しく手を離した。柴原は続けた。

「僕は、君と友達になりたいんだ!本当だよ!上っ面でなんか言ってない!」

「そう言って!……お前も、離れてくんだろ?」

「そんなことしないよ!」

柴原の声が、廊下に響いた。その瞬間、朝のHRが始まるチャイムがなった。

「あっちに行け。」

斎賀の冷たい言葉が、柴原の熱い心に突き刺さった。その言葉は溶けることなく、そのまましばらく残り続けた。

歩き出す斎賀の背中に向かって、柴原は叫んだ。

「赤瀬さんに頼まれたんだよ!君の味方になって欲しいって!友達になるって言ってるのになんだよ!素直になりなよ!」

「別に、友達になってくれなんて頼んでねぇよ。」

そう言って、斎賀は振り向きもせずに歩いた。その背中を見てから、柴原は自分の失態に気付いた。

(ああ……何してんだろ、僕。)

盛大にため息をついた後に時計を見て、また違う絶望を感じた。




担任から十分程の説教を受けた柴原は、自分の席に突っ伏していた。

(もう、災難だよ。笹野には説教されるし、斎賀君には嫌われるし。別にそれが理由でやってる訳じゃないけど、赤瀬さんにいいとこ見せられないし。)

柴原が大きくため息をつくと、廊下にいる女子生徒達が一斉に黄色い歓声を上げた。廊下にいる女子生徒達は、時々外を見て歓声を上げている。柴原は、それが何に対しての歓声なのかが気になっていた。

柴原は重たい体を無理矢理動かして、廊下から生徒玄関を覗いた。

「王子様ー!かっこいい!!」

(あ、あれは……!)

それを見た柴原は、驚きのあまりに口をあんぐりと開けた。生徒玄関の前で警察官の格好をした赤瀬が、女子生徒達に向かって手を振っていた。警察官の制服を着た赤瀬の姿は、まるでイケメンな男性だ。

「女子達が言ってた王子様って、赤瀬さんのことだったの……?」

柴原は急に、自分が男として生まれてきたことがバカバカしくなった。

笑顔で手を振っていた赤瀬の顔が、急に曇った。同時に、女子生徒達の顔も曇る。そんな赤瀬の顔を見て、柴原は察した。

(斎賀君を見てる……。)

ズキリと、柴原の胸が痛んだ。そして、自分の言ったことを思い出す。

〝僕が斎賀君の味方になります!〟

(やらなくちゃ。僕は元々、彼と友達になりたかったんだ。そして僕は、赤瀬さんと同じ警察官になるんだ。こんな事でくよくよしてて、どうするんだ。やると言ったことは、ちゃんとやらなくちゃ。)



その日の昼休み、柴原は自分の弁当を持って、斎賀の居る一組の教室へと向かった。そして、廊下を出ようとする斎賀の呼び止めた。

「僕と一緒にお昼食べようよ!」

案の定、斎賀は「無理。」と言って、柴原を置いていこうとした。

「そんなこと言わずに!ね?」

グイグイと自分の体を押し付けてくる柴原がうっとおしくなった斎賀は、大きなため息をついて、柴原を見た。子犬の様な大きな目が、じっとこちらを見つめている。今にも吸い込まれそうだ。

「……勝手にしろ。」

「やったー。」

二人の姿を見ていた他の生徒達は、ギョッと目を丸くした。

斎賀に声をかける奴がいる、と。

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