五話 〖赤瀬雫〗

(どうして僕は、こんな所にいるのだろう。)

柴原は、女性について来たのを後悔している。こんなことになるとは、思っていなかったから。

「よしっ!今日もいい調子!」

「赤瀬さん……僕、話があると言われたから、ついてきたんですけど。聞いてます?」

赤瀬は、パチンコに夢中だ。五分ぶりに、パチンコ台が赤く光る。下から、ジャラジャラと玉が湯水の様に出てきた。

「あ、当たった。」

「赤瀬さん!!」

イライラしてきた柴原が荒々しく言うと、赤瀬は「これ終わったら、話するから。」と笑った。

――一体いつになるんだ?

柴原は諦めて、気長に待つことにした。





三十分後。二人は、近くのカフェにやってきた。パチンコに満足した赤瀬は、お金が入った封筒を握りしめてニコニコしている。その隣で、柴原はため息をついた。赤瀬の笑顔が可愛くて、調子が狂ってしまう。

「付き合ってくれてありがとう、春馬君。お礼に、何でも好きなもの頼んで。話はこれからだから。」

そう言って、赤瀬はメニューを差し出した。お言葉に甘えて、柴原はオレンジジュースとチョコレートケーキを頼んだ。

しばらくして、柴原の目の前にオレンジジュースとチョコレートケーキが置かれた。赤瀬の目の前には、ブレンドコーヒーとスコーンが置かれた。柴原は、チョイスを後悔した。


「さて、話なんだけど。」

赤瀬はコーヒーを一口飲んでから、真剣な眼差しで柴原を見つめた。思わず、柴原も気を張ってしまう。

「あなた、斎賀蒼汰君って子知ってる?」

「斎賀君ですか?知ってますよ。」

柴原は、赤瀬の問いかけに頷いた。

「私ね、彼の担当なの。」

「た、担当?」

柴原が頭の上にはてなを浮かべると、赤瀬は鞄から警察手帳を出した。

「聖灑警察署の巡査を務めてる、赤瀬雫です。」

柴原は、口をポカンと開けた。自分が目指している、警察官だ。本物の警察手帳だ、と。

「さっきみたいにパチンコで荒稼ぎしてても、警察官ってなれるんですね!」

「あなた、喧嘩売ってる?関係ないのよ。」

話を戻すけど。と、赤瀬が再び真剣な顔になった。

「お願い。あの子を見守って。」


「見守る……って?」

ペコッと小さく頭を下げる赤瀬を見て、柴原は戸惑った。大人に頭を下げられるという行為に、慣れていないからだ。

赤瀬はゆっくりと頭を上げて、少し赤くなった目で柴原を見つめた。今にも、涙がこぼれ落ちそうだ。

「私が彼に出会ったのは、一年前のこと。彼がまだ、中学三年生の頃よ。彼と出会った場所は、なかなか人目のつかない橋の下。そこで彼は、死のうとしていたの。」

柴原の頭に、〝死〟と書いてある大きな岩が降ってきた。赤瀬は、続けた。

「カッターナイフを持っていたの。私は彼をなだめて、すぐに警察署に保護したわ。何故自殺をしようとしたか、聞いたの。それは、自分には味方がいないからだと、彼は言ったわ。」

柴原は、じっくりと赤瀬の話を聞いた。

斎賀が家庭内暴力を受けている可能性があること。中学生の頃から、両親の職業を理由にイジメを受けていたこと。学校どころか、世間からも白い目で見られていること。

どんなに辛い話でも、柴原は聞いていた。

「彼の家に行ったことが、ちょくちょくあるの。夕御飯を作ってあげようとして、キッチンを借りることはよくあるわ。でもね、使ってる形跡が全くないの。生活感は無いし、迎えてくれる人もいない。外に出れば、理不尽に暴力を振るわれるわ。あの子は、学校でも家でも、ずっと一人ぼっちなの。だから、私は……。」

柴原は、少し前の自分を殴りに行きたい気分になった。

何が〝エリート一家の息子〟だ。彼の気持ちも考えないで、僕は……。

「 彼、本当は優しい子なの。そして、臆病で泣き虫なの。 」

赤瀬は、俯いた。ポタリと、机に小さな水溜りができた。

「警察署の上司にも、児童相談所にも、彼のことを言ったわ。でもね、取り合ってもらえなかった。決定的な証拠が無いのと私の身分が低いから。」

「分かりました、赤瀬さん!」

柴原は、スクっと立ち上がった。

「僕が、斎賀君の味方になります!だから、泣かないでください!」

そう言って、思わず赤瀬の手を握った。赤瀬は驚いたが、涙目のまま笑顔を作って、柴原の手を握り返した。

「ありがとう……。」

赤瀬の笑顔に心を射抜かれた柴原は、スッと目を逸らした。自分の顔が熱くなっていくのを感じた柴原は、心の中で呟いた。

(赤瀬さん……それ、反則。)

当の赤瀬は、そんな柴原を不思議そうに見ていた。

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