三話 〖夢〗

柴原は、自分の部屋の机に向かっていた。数学のテストの復習をしている様だ。けれど、ずっと一つの問題を見つめるだけだった。

「この問題……この問題を斎賀君は、簡単に解けたんだよな。」

噂で回ってきた話。斎賀は、全教科100点だったそうだ。そんな漫画の様な話があるのか。柴原は耳を疑ったが、実際にあるのだ。

恐らく、全クラスの生徒が悩んだ問題。そんな問題を解けた斎賀。

「斎賀君の両親は、どんな人なんだろう。」

大学の教授か……もしくは、学者か。柴原の妄想は、膨らむ。

あんなにデキる人だから。きっと、エリート一家に違いない。柴原の妄想は、風船のように膨らむばかりだ。

「あーっ!集中できない!!」

斎賀のことばかり考えてしまう柴原は、勢いよく立ち上がって、飲み物を取りに行くために台所へと向かった。




柴原がリビングへ行くと、テレビでニュースが流れていた。その内容に、柴原は足を止めた。

「児童虐待?」

テレビの中では、名前も聞いたことない評論家が熱弁している。子供は親を選べない、と。

「そうよ。物騒ね。」

そう呟いて、柴原の母がソファーに座った。綺麗な髪を掻き分けて、優雅に紅茶を飲む。

「そっか。」

柴原はその時、テレビをじっと見つめた。

テレビの中では、過去に虐待を受けたことがあると言う女性が、涙ながらに心情を語っている。

(僕が警察官になったら、こういう子供達を救いたい。)

柴原の将来の夢。それは、警察官だ。始めは父親の医者を継ごうと思ったが、自分のやりたいこととは違うような気がして、警察官の道に進むことにした。

「斎賀君には、負けたくない。」

柴原はそう意気込んで、再び自分の部屋へと帰り、机に向かった。

「……やっぱり集中出来ない!」





赤瀬は斎賀を家に送った後、自分が配属された警察署へと向かった。

「失礼します。」

「赤瀬か。お前、休みじゃなかったか?」

「充分休ませてもらいました。」

署長の前まで歩くと、思い切り机を叩いた。机の上に置いてあった書類が、バサバサと床に落ちた。

「お願いがあります。あの子を……蒼汰君を正式に保護させてください。あの子は、愛に飢えています。」

その願いに、署長はため息をついた。

「赤瀬、お前の気持ちは分かるが、我々警察では、どうすることもできない。」

「何故ですか!?こんなに苦しんでいる子がいるのに!!」

もういいです!と言って、赤瀬は部屋を出ていった。廊下で一人、壁にもたれかかって顔を手で覆った。

「もう……あの子が苦しんでいるところ、見たくないのよ。」






「ただいま。」

そう言って、斎賀は玄関の扉を開けた。けれど、返ってくる声は無い。家には、誰もいないのだ。何食わぬ顔で、斎賀は家に入る。やることをやってから、一日の疲れを取る為に就寝した。その間も、ずっと斎賀は一人だった。

「……父さん、母さん。」

夢の中で、斎賀はそう呟いた。

「……やめて。」

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