二話 〖届かない思い〗

廊下の一本道をひたすら走る柴原。やがて、目当ての人の背中が見えた。

「待ってよ斎賀君!」

柴原は、少し曲がったその背中に向かって叫んだ。その背中はピタリと止まり、ゆっくり振り向く。

「よかった……止まってくれないかと、思ったよ……。」

「……誰?お前。」

呼吸を整えてから、柴原はキラキラとした眼差しで彼を見た。そして、胸を張る。

「僕は、四組の柴原春馬。やっと君と話せたよ、斎賀君。成績学年No.1の維持者!」

柴原が斎賀を追いかけていた理由。それは、彼が学年で一番の成績を収めているから。そんな柴原を斎賀は、怪訝そうな表情で見る。

「僕、君と友達になりたい!いいでしょ?」

「……嫌だ。」

「え。」

単刀直入に言われた柴原は、一瞬フリーズしてしまった。でも、すぐに食いつく。

「何で。何か理由でもあるの?」

「お前には、関係ねぇだろ。」

それだけ言って、斎賀は柴原を残して、教室へと入っていった。

ポカンと立ち尽くす柴原を追いかけて来た中澤と赤西が、走ってやってきた。

「大丈夫か、柴原!」

「へ?」

「とぼけてるんじゃねぇよ!アイツに何かされなかったか?」

何かって?と言う柴原に、二人はため息をついた。

「まあ……何もされて無いならいいや。」

「何だよ。勿体ぶらないで言ってよ!」

「お前は、知らなくていいんだよ。」

結局柴原は、何も知ることができなかった。そして、斎賀と友達になることもできなかった。






「ああ……また、やってしまった。」

斎賀は薄暗い道を、一人で歩いている。段々と落ちていく夕日にまた気分を落とされる。

細い道の横を通り過ぎた時だ。

「おい。」

その細い道から、他校の2,3年生が五人程出てきた。

「何か、用かよ?」

斎賀が相手を睨みつけると、その中の一人が急に斎賀を思い切り殴った。よろけたのを見て、一人が鞄から財布を出す。

「おっ。結構持ってんじゃん。」

「それは、生活費……!返せよ!」

斎賀が手を伸ばすと、その手を思い切り捻った。

「痛っ!手!!手ぇ痛てぇって!!」

「なら、この金全部寄越せ。折られたくなかったらな。」

「渡す!渡すから!!」

手を折られたら、医療費がかかる。そう思った斎賀は、持っていた金を渡した。

手を掴んでいた男は、そのまま斎賀を地面に投げつけた。

「最初から、素直に渡せばいいんだよ。」

「……あなた達、何をしてるの?」

彼らの背後から、一人の女性が声をかけた。青いパーカーにジーンズという、ボーイッシュな雰囲気の女性だ。

女性は後ろに倒れている斎賀を見て、彼らを睨みつける。

「あなた達、彼にお金を返して。」

「何のことか分かりません。」

とぼける彼らを見て、女性は鞄から手帳を出した。

「警察の者です。今すぐ返しなさい。さもなければ、警察署に連れていきます。」

顔色を変えた彼らは、財布を斎賀に投げつけて、急いで帰っていった。

彼らを見送った女性は、ゆっくりと斎賀と目線を合わせた。

「大丈夫?蒼汰君。」

「……赤瀬さん。」

怯えた目で自分を見る斎賀の背中を、赤瀬は優しく撫でた。

「怖かったわね。」

斎賀は、安心しきって泣いた。小さい子供の様に。そんな斎賀が、落ち着くまで赤瀬は傍にいた。



斎賀が落ち着いてから、二人は並んで歩いた。

「蒼汰君、お腹空いたでしょ?何か奢ってあげるわ。」

「珍しいな。赤瀬さんが奢るって言うなんて。……勝ったの?」

「ええ。今日は、調子がよかったわ。」

ほくほくとした気分の赤瀬を、斎賀は呆れた様に笑う。

そんな風に笑う斎賀の寂しそうな目に赤瀬は気付いたが、何も言うことが出来なかった。

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