第11話
翌朝、チェックアウトを済まし少女とホテルを出ると、
「あなたはジャパニーズ、タクヤ・モリモトだね」
と背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「な、なんでしょう?」
振り返ると、凄まじい剣幕で森本を睨み付ける警察の姿があった。
警官は、森本を取り囲んで逃場を阻んだ。
「君を買春容疑で連行するから」
「え?」
訳も分からず森本が立ち尽くしていると、警官は少女を引き離し、森本の身体に無理やり手錠をかけたのだ。
「い、痛い、なんなんだ、君たちは!」
「動くな! ホテルマンから通報があったのだよ、幼い少女を日本人が連れて部屋に入ったと。これから署に連行するから、キリキリと歩けよ。抵抗したら発砲するからね」
必死の抵抗も虚しく、森本は屈強な警官に体を押さえつけられると、そのままパトカーに押し込まれ警察署に連行された。
周囲には野次馬と思しき現地人が森本を携帯カメラで撮影する姿があった。
買春という卑劣な罪を犯し、警官に力なく押さえつけられる自分を、見ず知らずのタイ人に撮影される事実に、言い様もない屈辱を感じた。
一行はホテルから十五分ほどパトカーを走らせた場所にある警察署に到着すると、森本を取調室に押し込んだ。森本の前には、強面の警官数人と、日本語の話せる通訳人。森本は畏まった様子で身を強張らせた。
「昨晩、君が情事を共にした女性だけど、どこでどのように出逢ったのか?」
タイ語で話す警官に続いて、通訳人が片言で語りかけた。
多勢に無勢、これほどの人間に囲われてしまった今、抵抗はできないと感じ、森本はありのままを話し始めた。
「アソーク近くのテーメー喫茶で出逢いました。その後、すぐに意気投合して、ホテルで一緒にお酒を飲みました」
「ホテルでは一緒にお酒を飲んだだけか」
「ええ、そうです」
警官は語気を強めて問うた。
「タイでは未成年者の飲酒は禁止されているが、そんなことも知らんのかね」
「も、申し訳ございません…」
両手を手錠で縛られ、加えてロープで体をグルグル巻きにされているため、森本は身動きを取れずにいた。そんな森本に顔を近付けながら警官は声を荒げた。
「本当に一緒にお酒を飲んだだけか?」
「そうです、お酒を飲んだだけです」
森本が云うと、警官は一瞬、逡巡した素振りを見せたあと、
「アインゴー!(たわけ!)」
と金切り声を荒げた。
バンと机を両手で強く叩く音が聞こえると、森本は勢いに負け全身をビクつかせた。
「少女は君と性行したと供述している! しかも一度や二度でなく、一晩に十回もだ! この色狂いが!」
「ははぁ…」
森本はこの瞬間、人生が終わったと感じた。
バンコク中心部、歓楽街としても有名なスクンビットのテーメー喫茶で、森本は未成年の娼婦に金銭を渡し、淫らな行為を行った。
テーメー喫茶は別名、出会い喫茶とも呼ばれ、ゴーゴーバーやマッサージパーラーで働くプロの娼婦と違い、素人女性と出会うことが出来る流行のカフェスタイルだ。
素人であるため料金も安価で、法規制もないため、地方から出稼ぎにくる未成年者もおり、知る人ぞ知る穴場となっていたが、無論、未成年者との売春行為は違法であり、近年は取締も厳罰化されているため、見つかり次第、即逮捕となる。
森本は項垂れるように背筋を丸めると、再び警官の取調攻戦が始まった。
「テーメー喫茶には、最初から買春目的で行ったのか」
「いえ、現地の女性と仲良くなりたいと思っただけで…」
往生際の悪い森本を見て、警官は胸元から自動操銃をチラつかせた。
「はい、そうです、買春目的でした」
森本が正直に供述を始めたことを確認すると、警官は語気を落ち着かせ、取調を続けた。
「タイでは十八歳未満の女性との売春行為が禁止されているのは知っているか」
「はい、存じております」
「君はジャパニーズだよね? 日本でも同様に、未成年売春は厳しく取り締まられているはずだ。なぜこのような行為をしてしまったのか、事細かに教えてほしい」
警官は森本の供述を一言一句余すことなくメモを取った。
「テーメー喫茶で可愛らしい女の子がいて、声をかけたら意気投合したんだ。三千バーツで遊んでくれると云ったから、他の店で遊ぶより安いし、躊躇することなくホテルに連れて行った」
「テーメー喫茶に入ったのは昨晩が初めてか」
「ええ、昨日の昼便でタイに入国し、適当にショッピングモールなどを見回って時間を潰し、テーメー喫茶に入店したのは夜九時頃、少女と出会い店を出たのは十時頃です」
警官は森本の供述に対し、まるで疑るような素振りで、具に質問を投げかけた。
「タイに入国? つまり君は旅行者なのか?」
「ええ、今はインドに単身赴任をしております」
警官は顔を見合わすと「説明を続けて」と少女との経緯の続きを煽った。
「ホテルはアソーク駅前のビジネスホテルを予約して、十時にチェックインしました」
「少女が未成年者であると気付かなかったのか?」
森本は警官の質問に対し、押し黙ってしまった。
「どうなんだ?」
警官が再度、詰問すると、森本は「はい、気付いておりました」とか細い声で云った。
「少女の年齢を聞くと、十八歳と―」
「十八?」
「はい、十八歳と云っておりました」
「十八歳の少女と知っていながら買春行為に及んだ、これは立派な犯罪だ。そして正確に言えば、少女は十七歳であると判明した」
森本はその瞬間、はっと我に返った。
てっきり十八歳と思っていたが、どうやら自分の娘より若い女性と関係を持ってしまったのである。一瞬、昨晩の情事の内容が頭を過ると、森本は事の重大さを認識し顔を蒼褪めさせた。
「タイにはどれ位の頻度で来ていたのか?」
完全に腑抜けた状態の森本を他所に、警官は相変わらず低い声調で質問を続けた。
「半年前からインド駐在員となり、タイへは毎月給与日後に渡航して、金土日と二泊三日しながら、昼間は観光、夜は買春と…」
「これまでに何人の女性と関係を持った?」
余罪を追及する警官に、森本は素知らぬ面様を貫き、指折り計算をした。
「はぁ、平均すると一晩一人ですから、二、三人くらいですかね…」
「アイサット!ンゴー! (嘘つけ、このボケカス!)」
警官は顔を真っ赤に染めながら、片足をテーブルに乗せ、今にも銃をぶっ放とうと身を乗り出した。
「パスポートの渡航履歴を見れば貴様がどれだけタイに入り浸っていたか分かるんじゃボケ、カス」
通訳人が戸惑うほどの早口で捲し立てるように云うと、警官は森本の所持品を取り出し、証拠品となるものを並べた。
「貴様の所持品から女性との性行為を撮影したカメラが見つかった。調べると、明らかに未成年と思しき少女も複数見られる。それにカメラの記録によると、少なくとも百五十五人の女性が映っているではないか。これは紛れも無い、余罪があるぞ!」
森本は、百五十五人という数字を聞いて自らゾッとした。真面目な性分のため結婚後、不倫など言語道断、まして風俗など通ったこともなく、まさか渡航前までの自らの経験人数の十倍以上を僅か半年間でこなしてしまうとは―。
タイに風俗店はピンからキリまであるが、一般的にタイの風俗は日本に比べ安く、五百バーツ、つまり日本円にして千五百円程度で本番行為ができる場所もあり、特に地方に行くほどその傾向は強くなるほか、年齢も若くなる。
初めは及び腰であった森本も徐々に調子に乗り始めると、地方の違法置屋に入り浸るようになり、明らかに未成年と思しき少女ばかりを狙い、買春行為を繰り返した。
マズイと思った頃には時既に遅く、警察が映し出す写真や動画には、年若い未成年の娼婦の露わな姿が次々に映し出され、森本は、自らの行動の浅墓さに目を覆ったのであった。
「ああ、何てことをしてしまったのか…」
「アイバー、サット(この変態鬼畜野郎)」
森本は手で額を抑えると、その場に蹲った。
ビデオには女性達の悲鳴ともとられる喘ぎ声とともに、凌辱行為に及ぶ小汚い中年男性が映し出されている。
セーラー服を着せたり、玩具を使って、まるで生き人形のように少女を弄ぶ愚かな男。それは紛れもなく森本本人であることを再度確認すると、懺悔の念に駆られた。
ビデオは一度の行為あたり六十分程度、その数百五十五人にも上るため、一テラバイトもある超大容量ディスクが一杯になるほどであった。
取調は数時間に渡り、皆でビデオを見ながら、これはどこそこの店で出逢った女性とか、森本はその都度、説明を付加した。
早朝に逮捕され、警察署に連行。時刻は既に正午を過ぎている。
警官の顔にも疲労の色が見え始めた頃、取調官の一人が頓狂な声を上げたのだった。
「むむ? よく見たら女性じゃないぞ!」
その場にいた警官は、一斉に身を乗り出して画面を覗き込んだ。
「やや、本当だ。この女、犬ふぐりが付いてやがる!」
警官達は驚愕のあまり口を開けたまま、竿のついた女性(男性)と森本により繰り返される濃厚な交合に目を向けた。
森本は思わず赤面して俯き、画面に流れる惨状に目を背いた。
「こ、これは一体、どういうことなのか、説明してくれ」
「……。」
ビデオに映る女性(男性)には、たしかに逸物と思しき竿が映っていた。森本と被害者の女性(男性)は川の字になって互いの逸物を頬張りながら、「大きい」だの「太い」だの褒め合い、恍惚な表情を浮かべている。
なんとも形容し難い、悍ましい光景である。
「アイ、カターイ……(この変態おかま野郎…)」
つい先ほどまで激昂していた警官も、衝撃のあまり絶句した。
森本は画面を横目に、弁解するように云った。
「全く、タイの街は分からないもので、ストリートを歩いていた若い女性に声をかけホテルに連れ込むと、思いの外、モッコリとしていて、まさかと思ってパンティを脱がしてみると、巨大な犬フグリが顔を出したのです。女性(男性)の方も昂奮していたのか、逸物をギンギンに膨らませていて―」
「膨らませていて、なんだ?」
言葉に詰まる森本を前に、警官は回答を煽った。
「あまりにも綺麗だったので…、僕は思わず…、口に含んでしまいました…」
森本は、恥ずかしさのあまり、息を途切れ途切れにさせながら供述した。
供述によると、ある日、バンコク有数の歓楽街「パッポン地区」に踏み入った森本は、いつもの通り嬢の品定めを開始したのだった。
ここも他の歓楽街と同様にゴーゴーバーやバービヤが犇めき合う地区だが、森本が偶々入店した「キングスキャッスル」は、言わずと知れたレディボーイ専門店であり、女装した男性が踊る店であった。
しかし何も知らない森本は店に入ると、その中で最もスタイルの良いダンサーを指名したのだった。
既にバンコクには何十回と滞在したため、ゴーゴーバーなど見慣れたものであるが、まさかレディボーイがここまで美人であるとは露知らず、何食わぬ思いで女の子(男の子)を連れ出した。
「本当に服を脱がすまで分からんかった」
森本が供述する通り、ビデオに映る男性は完全に女性の風貌であり、騙される観光客も多いと聞く。
タイは性転換の技術が世界的にも指折りで、生身の女性よりも女性らしい男性がわんさかといる。
「でも逸物がある以外は女に変わりないし、日本のニューハーフのように分かり易く筋張った身体つきをしている訳でもなく、逸物を見るまでは本当に女だと信じ込んでいた。最初は断ったんだが、シリコンの入った形のいい胸を触ると、思わずムクムクと膨らんでしまい、口内性交ならばと逸物を咥えさせたが、やはり同性であるためか勘所を得ており、思わず昇天してしまいました。その後、興味本位で肛門性交したんだが、女性のそれよりも締まりが良く、思わずハマってしまって―」
「いい、それ以上言うな」
涙を浮かべながら供述する森本の横では、互いの竿を合わせながら雄叫びを上げる男達の恥行が映った。
嬉々とした表情を浮かべ、レディボーイの巨大な前袋を口一杯に頬張る森本の顔がアップで映し出されると、警官は頭を抱えた。
中には、森本が女役で、釜を掘られるシーンもあった。
肉肉しく毛の生えた森本の尻が映し出されると、続いて逸物の生えた美女が股がり、激しく腰を振る。
「おおおお! うおおおお!」
と、けたたましい雄叫びを上げながら繰り返される悍ましい男男交合に、見ていた警官も、思わず合掌して瞑目した。
工事済、未工事の判別こそ難しいが、いずれにせよ男性の割合が圧倒的に多く、警察は供述書類を修正した。
『被害者の内訳は、女性が十名、男性が百二十五名、性別不明二十名、計百五十五名』
「―ところで、これだけの人数の娼婦と、何処でどのように出逢ったのか、具に説明してくれ」
森本は生真面目な帰来があり、行為をもった女性(一部、男性)の名前、年齢、値段、出逢った場所などをリスト化しており、さらに管理番号を付してフォルダ分けすらしていた
「最初はバンコクやパタヤが多かったが、後に地方巡りに興味を持ち、現地の置屋で少女と出逢った。慣れてくると少女の伝手で友人を紹介してくれた。チェンライで十代の少女を連れて来られたときは流石にマズイと感じたが―」
「やったのか?」
「い、いや、まさか」
そう言うと警察は、森本の携帯電話に残されたビデオ動画を再生した、そこには悲鳴を上げながら森本に弄ばれる少女の姿があったのだ。
「(鬼畜だな…)」
その他、森本のコレクションには青年との肛門性交や飲尿食糞、SM、監禁など常軌を逸した行為が映し出される。
行為は日を追うごとにアブノーマルなものとなり、普段から犯罪行為に見慣れているはずの警官も、表情を顰めるほどであった。
「インド生活のストレスの捌け口をタイの女性(一部、男性)に向けていたとは、人権侵害も言語道断、貴様は我がタイ王国を何だと思ってやがるんだ」
警官は呆れ顔で云うと、凡そ六時間にも及ぶ長丁場の取調は漸く終結した。
森本は後悔の余り取調室で失禁し、また今後の刑務所生活、日本に残してきた家族、会社を思うと、五十歳を間近に身窄らしくえんえんと慟哭した。
警察に抱えられ糞便を水で洗い流すと、森本は白装束に着替えさせられ、留置場で一晩を過ごした。
生まれて初めて経験する鉄格子の部屋。
森本は、ゴワついた麻布団に横たわると、泪で霞む目線の先に、無数の星が輝くバンコクの夜空が広がっていた。
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