第10話

それからというもの、森本は月に一度、多い時にはそれ以上の頻度で、タイとコルカタを往復する生活を続けた。

森本にとってタイに行くことは日本に戻るより重要な意味を持ち、いつしか日本に置いてきた妻や娘の存在など、すっかり頭の片隅に追いやられていた。

森本は、最初はゴーゴーバーやマッサージパーラーといった大衆店に向かうことが多かったが、飽きてくると更なる刺激を求め、郊外の違法置屋など、徐々にアブノーマルな世界へと入り浸っていくのであった。

森本は、この日も、溜りに溜まったマイレージを活用し、バンコクに訪問していた。目的は決まっている。アソークからテーメー喫茶に向かった森本は、カフェで「男待ち」をする女性達を偵察しながら、好みの娘を品定めするのであった。

「クンアユタオライ?(何歳ですか)」

すっかりとタイ語が板についた森本は、気兼ねなくナンパを繰り返した。

ここはタイである。

同僚に見つかる心配もなければ、不倫がバレることもない。

森本はそんな絶好の境遇に甘んじながら、女探しを続けた。

森本が目を付けたのは、健康的な褐色の肌をした女性で、下着が見えそうな短いスカートとチューブトップ、体のラインが分かる滑らかなシルク素材のドレスを着ていた。

ドリンクを片手に女性に近付き年齢を聞くと、思いもしない答えが返ってきた。

「シィップペアッ(十八歳よ)」

「十八?」

なんと、娘と同じ年齢ではないか。

森本は、

「ヤングサーウサーウ!(随分と若いね)」

と素っ気なく応えながらも、背筋が凍り付くような背徳感を抱いた。

日本に残した娘は、今春、大学へ進学する。

学費を捻出するため、学業の傍らアルバイトをさせるなど、我慢させてしまっている一方で、娘と同じ齢の少女をナンパするなど、父親はなんて愚かなことをしているのかと思った。

しかし、背徳感に反して、どうしても彼女を抱きたいという二律背反の気持ちが森本を欲情させ、

「ラーカータウライ(いくらだ)?」

と値段交渉を始めてしまうのだ。

女性は「三千バーツ」と多少の高値を吹っ掛けてきたが、この際、値段などどうでも良いと思った。

タイではどんなに高くても、一度の情事が一万円を上回ることはないのだ。

森本は二つ返事で少女をホテルへと連れ込むと、自室に入るや否や、若い肢体にまとわりついた。

すぐにシャワールームに連れ込みドレスを脱がすと、若い身体は思った以上に華奢で、きめ細かな肌はシャワーの水を弾き、張りのある未発達な胸を見ると、みるみる心拍数が上がった。

これじゃあ日本に帰りたがらない訳だ。

家に帰れば煩い嫁と狭い家、そしてストレスフルな会社の縦社会。

一方、こちらは週に一回、日本にいる上司への報告さえ済ましてしまえば、あとは常夏の楽園生活が広がる。

残業も少ないし、土日は目一杯遊べるし、週末はこうして若い女性とも遊べる。

森本と同じく海外駐在している同僚はというと、家政婦と愛人関係になって毎晩いい思いをしているとか、誤射して愛人を妊娠させ国際問題になったとか、もう滅茶苦茶だった。

しかし、考えてみると、人生は思いの外、楽しい。

なぜあの時、海外出向の要請を頑なに断ってしまったのか、今となれば愚かな思いすらした。

バンコクは東南アジアで最も進んだ都市と云われるが、地方にいけばまだまだ情報が遅れており、インターネットもなく目先の情報だけを頼りに生活する人々がいる。

また安徳工機のあるハルディアに限っていえば、さらに生活は貧しく、まるで昭和初期の日本を見ているようだ。

しかし、本当はその方がいいのかも知れない。

情報過多、過剰競争の時代、多くを知ろうとしても、所詮ひとりの人間が為せる仕事の量など高が知れているし、余所の畑を見てどちらが優れているなど議論しても何の意味もない。

であれば、高等社会の柵など捨てて、南国で悠々自適な生活をしていた方が余程、幸せではないか。

森本は、そんな答えのない問い掛けを自らに課しながら、目前にある少女の体を見て、道徳観念も何もかも捨て、無我夢中でそれをすなぶりつくのであった。

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