幕間 :サイファイガールズ達の逆襲計画

「君たちに声をかけたのはほかでもない」


 虹ノ岬町の海を見下ろす高台にある神社脇の甘味処にて、数名の少女が秘密の会合を開いていた。制服は同じなのに髪や瞳や肌の色が多彩な少女の集団を、店員や客たちも当たり前のように受け入れている。この町ではこういった少女たちが集まるのはそう珍しいことではないのでみんな慣れていた。


 座敷席に上がり、お誕生日席に座したメガネの少女が重々しく呟く。


「知ってのとおりキューティーハートはミラクルな力を使って世界を守る少女戦士だ。世間では魔法少女にカウントされている。確かにフィクション史上に名を残す名作魔法少女物語と共通する要素を有する点は否めない。ロクにものを考えない一般人どもが魔法少女と勘違いするのも無理はなかろう。しかしだ」


 メガネ少女のメガネの奥で青く理知的な瞳が油断なく輝く。


「キューティーハートはキューティーハートだ、断じて魔法少女などという存在と一緒にしてはならない。違うかね?」


 メンバーに同意を求めたメガネ少女だが、メンバーたちは何も聞いていなかった。おいしー! あんみつの感想をもらしたり、隣の席の少女に面白動画を見せたり、なんとなく雑談に興じていたり、キャッキャキャッキャと各々自由に楽しんでいる。


「あ、モモちゃん動画削除されてる~! あたしまだ見てなかったのに~! たまに仕事が速いよね東邦動画」

「ユメヒメの豚動画ならきっと他にだれか保存してる子がいるんじゃない?」


 キャッキャとはしゃぐ少女たちを前にメガネ少女は青筋をたてる。そして雷を落とした。


「話を聞きたまえ!」


 しん、と少女たちは静まった。

 十分に注目を集めてからメガネの少女は咳ばらいをして話を進める。


「とにかく、だ。私はキューティーハートの使う超常のパワーが魔法と限定されていない以上、様々な魔法の国妖精の国メルヘンの国ファンタジーの国をバックボーンにもつ魔法少女たちに独占させるべきではないと思うのだよ。うむ」


「ごめん、あのさーメガネちゃん」

「メガネでない! 私の名前はソフィアだ。……まあいい、発言を認めよう同志クリス」

「いつボクがキミの同志になったんだよ〜。なんでもいいけど話が長いぞ。言いたいことがあるなら手短に言えよな」

 

 発言を許されたクリス――地球に落ちた貴重な隕石のカケラを集める使命を帯びて宇宙から地球にやってきた双子姉妹のエージェントという物語の出身――は、ぶーと唇を尖らせた。


「で、結局何が言いたいんだよ〜?」


「だからだ、我々のように魔法をバックボーンに持たないが超常的な力を操るもの同士、共同戦線を張らないかと、そう提案しているのだ。大体常々私は東邦動画の保守的な姿勢には疑問を感じている。女児に向けた動画番組だからといってここ数年の主人公は『勉強、特に理数系が苦手なドジっ子』に偏重している。主人公の夢も『お店やさん』『食べ物屋さん』『看護師さん』『ファッションデザイナー』『モデル』『アイドル』……なんっじゃこりゃ! 今日び着せ替え人形のラインナップに宇宙飛行士やエンジニアがいる時代だぞ! なぜ技術者、医者、研究者、起業家、政治家を目指すヒロインを出さないのかね! 東邦動画の首脳陣は女児にはお勉強ができなくても博愛精神と気合さえあれば世の中を渡っていけると謝った考えを伝えたいのかと、私はここ数年のキューティーハートを見続けていてそれが大いに不満であったのだ」


 天才少女ソフィア――自作のスーツに身を包みどんな博士も太刀打ちできない頭脳から生み出される発明品で世界平和に貢献する少女ヒーロー――は力説し、となりにいる少女に声をかける。


「同士マキナ、君の計算結果を皆に聞かせてやってくれないか?」


 紙のように白い肌に薄い紫色の髪をした少女アンドロイド・マキナの瞳から光が放たれ宙に小さなスクリーンが浮かぶ。そこには様々な数値と画像が現れた。


「ここ数年のキューティーハートのメンバーは、我々のように物語世界のバックボーンを持たない普通の少女、あるいは魔法か呪力やシャーマニズム、アミニズムなど魔法に類する力を持つ文明出身の少女に限定しています。我々のように魔法と限定されていない力を持つ少女が選ばれたのは武道家の娘だったキューティーハートドラゴン、超科学文明を暴走させて滅んだ古代文明の王族の娘の生まれ変わりだったというキューティーハートランティス、マッドサイエンティストであった敵幹部によって人工的に生み出されたキューティーハートエレクトリカ、驚異的な身体能力と明晰な頭脳で少女ながら諜報員として活動していたキューティーハートファントムなどなど、ごく少数に限られます」


「というわけで、分かるだろう? 我々は団結の必要性に迫られているのだ」

 

 うむ、と自分で言った後にソフィアはシンプルな豆かんをあおる。

「本当は205号室の超能力者であるというイヅミにも声をかけたのだが、氏には断られてしまった。残念である」


 全く、あの高慢ちきで意識高い女のなにがよいというのか……と悔しそうに豆かんを頬張るソフィア。それに頷くのはクリスの双子の姉のクレアだ。彼女はソフィアがイヅミを仲間にひき込めなかったのを悔しがるのがよくわかっていたのだ。

 クレアには特殊な第六感があり、それがイヅミという少女は只者ではないと囁き続けていたから。そしてそれを見抜いたソフィアという少女の鑑定眼にも一目を置いた。

 だがそれら全てが表には出なかったので気づいたものはいない。



「確かに、私たちみたいなタイプには分が悪いのはわかったけれど……」

 瀕死の事故に逢い、天才博士の父親によって人間離れした身体能力と様々な超能力を有するサイボーグとして生まれ変わって人々を助ける少女・ミライは自信なさげ日おずおずつぶやいた。その言葉尻を勝手にうばうのがクリスだ。


「オーディションで選ばれるのはほんの数名のだぞ。共同戦線はったところでそこから先は結局個人戦じゃないか。手を組んだ仲間とライバルを蹴落とした後は内ゲバの連続ってそういうのはヒロインのやることじゃないね。悪党の所業だよ。それなら最初っから誰とも手なんか組まない方がスッキリしてらあ」


「ふん、同士クリス、それは来期のヒロインがシャイニープリンセスの娘である天河エミ、つまり月にあるとされる月宮王国キングダムルナの後ろ盾がある筈と睨んだが故の余裕かね。同じように宇宙出身の自分たちには設定上有利だと」


「そーだよ、悪い? キューティーハートの物語は隕石のカケラを集めるっていうボクらの物語とも相性いいしさ。みんなには悪いけど余裕だね、よっゆー」

 ダメだよクリス、そんなこと言っちゃ……と、クリスと双子のクレアが小さな声でおろおろしているが、ソフィアは余裕だった。


「甘いな同士クリス。確かに天河エミは月宮王国キングダムルナという強力な後ろ盾があるだろう。しかしだ、あくまであれはシャイニープリンセスという物語に出てくる伝説の王国だ。見えない繋がりがあるとはいえキューティーハートという別系統に属する物語の内容にまで干渉するとは思えない。そんなことをすればキューティーハートファンの不興を買い、シャイニープリンセスのイメージが悪化してしまう。月宮王国キングダムルナの生命線は絶対的なシャイニープリンセスの人気だ。故にそんな愚策をおかすはずがない。天河エミという少女を応援しても〝月の王国出身″という設定はオミットする可能性の方が高い。私はそう睨んでいる」


「ふ、ふん、そんなのお前の仮説じゃないか!」


「確かに仮説だ。しかしそれを唱えるにいたるまでに私の研究結果がある。歴代キューティーハートのヒロインの半分は新興の魔法の王国の出身かその縁故者だが物語内では‶ごく普通の女の子″という設定を付与されているのが通例だ。そして今のところ例外はない。キューティーハートは‶普通の少女″が戦士に選ばれるのがキモだからな。おそらく天河エミにもそのルールは適用される。つまりな同士クリス、君たちは我々と同じ条件なのだよ」


 む、むぐぅ……とクリスは黙る。


「でっ、でも残りのメンバーはあと数人だぞ。ボクら全員選ばれるって決まってないじゃないか」

「案ずるな、この場にいる人数を数えてみたまえ。君、クレア君、マキナ君、ミライ君、そして私。以上五人だ。中盤で登場する追加メンバーのことをかんがえても6人はベストだといえよう」

「定番ですね」

 アンドロイド少女のマキナが淡々と推す。


 さらに畳み掛けるソフィア。

「キューティーハートに関する様々な資料に当たった結果、メインライターにはヒロインないしメンバーの個性にインスピレーションを感じてそこからストーリーを広げるものも多い。先に出した美少女スパイ、キューティーハートファントムの登場したシーズンも元々は悪の妖魔帝国が攻めてくる設定だったが彼女の現代的な魅力に引き込まれたメインライターが独断で異次元のハイテクノロジー帝国と戦う設定になった。グッズなどの売り上げは不振だったがストーリー上の評価は高くファンも少なくない。ファントムはご存知の通り美少女スパイとしてソロで物語を演じるヒロインになっている」


 いつの間にかソフィアの長口上に引き込まれてゆくメンバー。


「我々が一丸となって個性を発揮しメインライターに訴えかければ、いささかマンネリ化してきた魔法少女の物語からテクノロジーの力によって勝利する少女たちの物語へと変化させることも可能だ。私はそう考えている」


「つまりはキューティーハートファンではなくスタッフさんへ向けてアピールしようということ……?」

「察しがいいな、同士クレア。ただしファンを蔑ろにするわけではない。だが我々が訴えかけるファンはいわゆる大きなお友達ではない、純粋な女児、それもピンクやカワイイの氾濫に飽き飽きしているマイノリティの女児だ」

「うーん……」

 

 パウダーピンクのロングヘアが特徴のクレアはソフィアの発言にやや不満があるようだった。


「ソフィアさんの案はユニークだけど、女の子って案外保守的なものよ? アイディアが先見的であってもオシャレさや可愛さがイマイチでメインターゲット層から見向きもされないなら本末転倒だわ」

「無論それも考慮の上だ、同士クレア。そこで君に我々のビジュアルイメージの設定やスタイリングを一任したい。君は我々の中で一番ファッションセンスに優れているようだからな。私のコスチュームをリクエストをするとしたら馬鹿らしいピンクやフリルやリボンを排除してくれることぐらいだ。あとは君のセンスに全面的にお任せしよう」


 ソフィアの言葉にクレアの瞳がぱあっときらめく。おしゃれ大好きな宇宙人少女にその言葉は大変甘美的だった様子。行儀悪くスプーンをくわえている妹の方をみる。


「クリスちゃん、私、ソフィアちゃんのお話に乗ってみたい……!」

「えー、まぁクレアがそういうならボクは別にいいけど~」


「あの、ごめんなさい」


 口数の少なかったミライが突然、立ち上がりマキナの眼にすっと指を突き付ける。まるで目つぶしでもするような動作にソフィアですら驚いた様子だが、ミライは指を突き付けられても瞬きすらしないマキナのめじりからなにかをつまみ上げる。するとマキナの眼球から親指ほどの小さなパンダがにゅるりと引っ張り出されたのだ。異様な光景に不思議なパワーをもつ少女たちもうめくような表情で固まる。


「助かりました、ミライ」

 眼球から小さなパンダを引っ張り出されたマキナはしばらくぱちぱちとまばたきをした。

「よもや私のネットワークに侵入するものがいるとは。マキナ、完全に油断しておりました」


 一件愛らしい小さなパンダを、ミライはぷにぷにと人差し指でつついた。


「どうやら感染型の電子魔法みたいですね。私も初めて見るタイプです」

 ミライがつつくと様々なデータや魔法陣がパンダの背後に浮かび上がる。それを解析したソフィアは面白くなさそうに鼻をならした。


「あの高慢ちきな意識高い女の使い魔だな。我々を監視するとは面白い」

「どうします? 処分しちゃいます?」

 ミライは手際よくパンダ型使い魔を特殊なカプセルで閉じ込めていた。パンダはその中で愛らしく出して出してとしぐさで懇願している。

「こんなに可愛いのに処分とか言うなよなあ、可哀そうじゃないか」

「クリスさん、いくら見た目はかわいくっても、悪質な電子魔法ですよ? 情けは禁物です」

 先ほどまでのおとなしさがうそのように断固として言い張るミライ。彼女は人命救助を第一に考えるサイボーグ少女なのだ。それを見ていたソフィアは答える

「いや、そのまま捕獲しておいてくれ。……個人的には気に食わないあの女だが電子魔法技師としては相当な腕を持つことは認める。そいつを解析することはこちらの益になるからな」

「了解です」

 

 ミライはいつも持ち歩いている小さな医療バッグにパンダ入りカプセルを入れると、次は中からおもちゃのような注射器を取り出す。ちちんぷいぷい~と気を抜けたようなおまじないを唱えながら即席で抗電子魔法用プログラムを組み立てる。


「気休めですが一応ワクチンをうっておきますね~」

「感謝します、ミライ」

 注射器を射されたマキナは特に痛そうにするわけではないが、クリスとクレア姉妹は痛そうに顔をしかめた。二人して注射が嫌いなようだ。


 突然の事態にゆるんだ空気をひきしめようとしたのかソフィアが不敵に微笑む。


「ともあれ、我々サイファイガールズの門出を祝おうではないか」

「ちょっと待てよ、なんだよそのなんとかガールズってのは?」

「我々のチーム名だよ。何かないと不便だろうとわざわざ用意したんだ。悪いか」

「まぁチーム名つけることそのものは悪くないけどさあ……。なにふぁぃガールズだっけ?」

「サイファイガールズ!」

「ふーん…………だっさ!」

「やかましい」



 数日後、一本の動画がキューティーハートファンの前に披露された。

 


「あたしたちぃサイファイガールズのぉ、楽しい科学実験講座~」

「はいっ、今日はそういうわけでしてですねぇ」

「今日はみんなでペットボトルロケットをとばしたいと思いまーす!」

 思い思いのコスチュームの上にそれだけはおそろいの白衣を身に着けた少女たちが河原でペットボトルロケットを打ち上げようとして悪戦苦闘したり、誤って仲間たちにうちこんでしまったりするというドタバタ動画にそれなりにPVがつく。SNSでもじわりと拡散。


 甘味処のいつもの席で一同はそれを真剣な表情で眺めながら、一同は沈黙に包まれる。


 自分たちの知名度アップのために作られた動画であり、確かにその目論見は成功した様子ではあるが……、なんかこれは違うのでは? 

 という疑問が各々の表情に浮かんでいた。唯一言い出しっぺのソフィアだけがメガネの奥の目をきらりと光らせてつぶやく。


「……まずまずだな!」

「本気かよ! なんかお前の主張と全然違うアホっぽい動画が仕上がってるんだけどお前的にアリなのこれ? ていうかなんだよ、『あたしたちぃサイファィガールズのぉ』ってどこからあんな声出てんだよ、つうか出せるのかよ!」

「たわけ、私だって伊達に物語のヒロインをつとめておらん。あれくらいの猫を被ることぐらい造作もないわ!」

「だったら最初っからかぶれよなぁ! いっつも無駄に偉そうなしゃべり方しやがって、はっきり言って怖いんだよっ」

「これが私の本来のしゃべり方なんだ! キューティーハートを魔法少女の独占から解放するという目的のために仕方なく猫をかぶっているのが分からんのか!」


 

 活発な意見交換という名の口喧嘩を始めた二人をよそに、残りのメンバーはあんみつを食べたり雑談に興じるのに忙しくて右から左へ聞き流すのだった。

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