第6話 嫌いなあいつがやってきたり大事件がおきる第六週
8月5日 晴
ヒガシムラとその妻で絵本作家の三島ケイは、あたしたちが使っているのとは別のSNSでわりとマメに読者と交流したり旅行先の写真や食べたものを細かくアップしていたりするらしい。家族旅行中ともなればヒガシムラやその子供たちの様子なんかも必ず登場する。
よって三島ケイのアカウントはヒガシムラのファンがチェックする人気コンテンツでもあった(ロハスで反テクノロジーな作風に反することやってんじゃな……おっといけないいけない。きれいな言葉きれいな言葉~)。
当然、ヒガシムラ・三島夫妻の大ファンなマミはふたりのフォロワーだ。なのでヤツらが至近距離まで接近していることを把握していた。
「東村先生、今となりの市の海辺に家族旅行中なんだって。ここまで来てくれないかなあ」
うっとり夢見るようにつぶやかれてあたしは焦るやら、面白くないやらで複雑だった。
人の趣味はそれぞれだけどどうしてマミはヒガシムラの漫画の世界にそんなに魅せられているのだろう。やたらと苦労と働き者が尊ばれるビンボくさい物語だというのに。
「ねえ、モモちゃんにあれから連絡はないの?」
マミはヒガシムラが一度カエルが管理しているあたしのアカウントにコメントをよこしたことも見逃しはしていなかった。
ないない、と答えたいのはやまやまだったけれど目をキラキラさせたマミを前に嘘をつくのははばかられた。あの目をみているとどうしても喜ばせてあげたくなる。まあそれにヒガシムラに合わせることくらいならどうってことないだろう。マミだって憧れの人に会えてうれしいわけだし……。
というわけで実はヤツが今日明日あたりやってくるかもしれないことを、さりげなさを装いながら伝えた所、予想していた以上に激しく喜んであたしを抱きしめた。
「いついらっしゃるか絶対教えてね!」
と何度も何度も約束させられた。スマホ持ってなくてよかった。持っていたら絶対その場で連絡とらされただろう。
最近は学校でマミの他に、リリアやエリとも一緒になることが多い。特にたわいなくしゃべっているだけだけど、カメラがしきりによってくることもある。
ヒガシムラについてはリリアは名前は聞いたことがあるとだけ答え、エリはちょっと浮かない表情で「小さい頃は好きだったけれどね」とだけ答えた。珍しい子もいたものだ。
「ほら、あの人の漫画ってあたしみたいなのの居場所がないじゃん」
エリの答えが気になったのでマミがいない隙に理由を聞いてみた。
「あたしね、魔法っていってもトップアイドルになれる魔法しか使えないの。きれいな服きて耳ざわりのいいラブソング歌って可愛く踊るくらいのことしかできないんだわ。そういう魔法なら候補生の中で一番上手だって自信はあるけど戦ったりとかははっきり言って苦手。火とか氷とかだせないし」
「……それでよくキューティーハートのオーディション受けようと思ったね」
「仕方ないじゃん。こうでもしないとあたしの住んでる『影の世界』が消えそうだったんだもの。今時アイドルなんてどんな女の子でも気合と根性と戦略さえあればなれる。アイドルに必要なのはセルフプロデュース能力とホワイトな労働環境。魔法なんて必要ない。魔法にこだわるならバトルの一つもできなきゃダメだってマネージャーが言うの。アイドルか魔法かどちらかを選べ。で、魔法をとったの」
なんで? と尋ねるとエリはこう答えた。
「だって、かわいくてきれいじゃん。名もないその辺の女の子が世界中誰もがあこがれるトップアイドルになれる魔法だよ? この世から消えたらもったいなくない? 世界中の女の子悲しまない? そりゃ無意味で頭が空っぽで見てくれだけの魔法だけど、あたしは絶対消したくなかったの」
「東村はやとの漫画って、たぶんその〝見てくれだけ″ってのを絶対理解しないと思うんだよね。あたしみたいなひらひらした服着て踊ってる以外は好きな男の子のことで頭いっぱいになるような女の子なんてこの世から消えてなくなっても構わない、むしろそんな女の子は消えてなくなった方がいいと思ってそうだから。それに気づいてからちょっと苦手になったの」
それを聞いてあたしはエリに握手を求めていた。
あたしの握手にきょとんとしたエリだけど、アイドルだけあって握手なれしてるのかすぐに握り返した。
本気であたしはエリの言葉に共感したんだけどね。ほんとにそう、その通りなんだよ! ヒガシムラの作る物語には圧倒的に可愛さときらめきが足りない! ぬいぐるみみたいなクリーチャーはよく出てくるけれど、あたしの求める可愛さではないのだ。
プラスチックの宝石と金のメッキとリボンとさまざまなグラデーションのピンクや白や赤や水色でできた人造の可愛さ、それがあたしの求めるものだ。その思いを強くした。
「でもさー、やっぱ無謀だったなあ……」
エリは机の上に突っ伏した。
「自分なりに頑張ってみたけれど、やっぱ今時戦うことすらできない魔法少女なんて居場所なさそうでさあ……。しかも今度の主役が 〝天河エミ″だよ? ‶エミ″って。名前すらかぶってるし。もうあたしの人生終わったって感じ。持ってないわぁ……変身すればライバルの意地悪もはねのける無敵の強運アイドルなのに」
エリとまともにしゃべったのは今日が初めてだけど、エリの演じる物語を見てみたいと強く願った。
普通の女の子が魔法で変身して誰もがうらやむトップアイドルになる話。見たい、本当に見たい。その思いが届く助けができればとポケットから幸運のお守りをとりだす。
どんぐりでできたチャームでエリの美意識にはそぐわないにもほどがある。
でもあたしの行動を変な目で見ていたエリだけど、幸運のお守りだというと嬉しそうにわらった。
「あんた魔女だもんね」
「そうだよ、こういうことは滅多にしないんだからね」
「ありがと」
マミが帰って来たのでやりとりはそれでおしまい。
夕方寮にもどるとヒガシムラからDMがきたとの連絡があった。明日の昼過ぎくらいにこっちにくるとのこと。うええええ……。
ともあれマミの顔を思い出すと無視もできず、会ってもいいけど友達つれていくからとだけコメントさせた。はー気が重い。
それにしても最近カエルにはSNSの管理ばかりさせてるな。
・今日のミッション
笑顔の練習に徹する。キューティーハートは笑顔の戦士だ。辛いときこそ笑顔。
8月6日 晴
学校はお休み、まぶしいくらいのいい天気なのにどんよりと気が重い朝だった。食堂のテレビでは何か知らないけれど悲しそうな映像が流れていたし。
朝、カエルに頼んでマミのアカウントに昼過ぎにヒガシムラ夫妻がやってくることを伝える。
そしたらものの数分で返信がきて、5分後には自転車にまたがったマミが寮の前に来ていた。汗ばんでいててすら魅力的な子にありがとうありがとうモモちゃん大好き! ってハグされたらたかだか数時間ぐらい犠牲にしよう耐え忍ぼうって思うじゃない。
午前中にはそのことをずっと後悔し、正午近くなるにつれそれがすごく重たくなる。アミやリーリン、イヅミにもついてきてほしかったけれど「連れてくるお友達は一人だけにしてほしい」と条件つけてきやがったからだ。なんだよあいつ、何様だよ。
お昼前、約束の時間にやってきたマミは、森で摘んだコケモモをジャムにしそうな女の子が一等大事な人に会う時に着るような、レトロで上品なデザインのワンピース姿だった。高原の女の子みたいでことのほか可愛い。
ああどうしようああ緊張すると、駅前で挙動不審になる様子も本当に可愛い。
この可愛さをなんでヒガシムラが総どりするのか、理不尽じゃないかと顔では笑いながら心の中で怒っているうちに電車がやってきた。
あんまり見たくなかったヒガシムラとその妻の三島ケイ、なんだか疲れ切った顔つきのヒガシムラの子供たちが下りてくる(高校生、中学生、小学生で、上から女男男の三姉弟。あたしも初めてお会いする)。
「モモちゃん久しぶり、元気そうだね。動画見させてもらったよ、いやーあの大雪の動画は傑作だったなあ。さすがモモちゃんだよ!」
着いた早々、人の古傷をえぐるヒガシムラは通常運転だった。
「まあまあ久しぶり、おばさんはお元気?」
ずるずるしたスカートをはいて、おさげの髪に布切れ巻いてる三島ケイも笑顔でこっちをギューッと抱きしめてくる。
そこでようやくマミを紹介する流れになる。
マミは裏返った声で自己紹介し、自分がどれだけヒガシムラの漫画や三島ケイの童話の本が大好きだったかアピールしてから今朝早起きして作ったという手作りパンを差し出す。
「あの、お二人の合作物語に出てきた『森のパン屋さんのどんぐりパン』をイメージして作ったんです。よろしければ食べてください」
それを笑顔で受け取るヒガシムラ・三島夫妻。
そのタイミングでヒガシムラの子供のうち上二人は行くところがあるからといって別れる。二人とも素気なかったがまあ難しい年ごろってやつだろう。十二すぎて家族旅行も退屈だろうし。
三島ケイがサンディーちゃんの記念館に行きたいというのでマミが張り切って案内すると申し出る。マミは憧れの二人に、マンガや童話についての質問をあびせかける。夫妻はニコニコと快くそれに応じる。
夫妻の後ろに続くあたしには盛り上がっているように感じられたが、正直退屈だった。しょうがないといはいえ、マミがこちらのことなど眼中になさそうなのはあまり面白くない。
収穫だったのはヒガシムラ家末っ子(名前は
「あんた魔女って本当?」
いかにも小生意気そうなガキで、面と向かってこう続ける。
「魔女ってさあ、なんかダサくね」
とぶっちゃけてきた。いい根性だ。気に入ったので、うん、とうなずく。
「けどさぁ、いい歳こいてキューティーハートになりたいってのも正直どうかと思うよ? クラスの女子だってとっくに卒業してっし。あんなの」
「うっさいな。キューティーハート馬鹿にしたら世界が滅びかけても救ってやらないぞ」
「はあ? 正義の魔法少女が救う人間えり好みしていいの? つうかそもそもまだオーディション合格してないんだからなれるって決まってないじゃん」
「なれるし、なってみせるし」
低レベルな口喧嘩だけどヒガシムラ家の人間にしては珍しいノリの通じるものを感じたので、三人がサンディーちゃん記念館を見学している間ふたりで自由行動をすることにした。親がいると時はまず行けないというので、駅前にある商業ビルのゲーセンに入る。
「口ではさあ、お前が行きたいとこに行ってもいい、やりたいことをやればいいって言うんだけど嫌がるんだよな、あの人たち。こういうの」
と言いながら、大きな音をたてキャラクターが戦い舞い踊る液晶画面が華やかなゲーム機に次々にコインを突っ込む。そういやせっかくこちらの世界にいるのにこういうものに触れてこなかったのであたしも遊んでみた。クレーンゲームで大きいぬいぐるみを取るのに成功したりしてなかなか楽しい。
「お前魔法つかったんだろ!」
と海にやっかまれたけど使ってねえし! 決められたエリア外で魔法使ったら即失格だし。
ひとしきりゲーセンで遊んだ後、ベンチに座って海がリュックから取り出して遊びだした携帯ゲーム機の画面を見つめて過ごした。ヒガシムラや三島ケイのイメージからほど遠い、大きなロボットを操って宇宙や砂漠でガンガン戦うようなゲームだった。
「見てるだけで楽しい?」
実はわりに気をつかうタチらしい海が時々尋ねたけれど、結構楽しい。あたしの世界にはこういうものが全く無いから。
それを言ったら海は思いっきり眉間にしわを寄せた。
「うわ、マジかよ。最悪だな魔女の国。おれそんなところにいたら一瞬で死ぬわ。……つってもさぁ、おれんところもこないだまでそんなもんだったけどさあ……」
なんでもヒガシムラ家では長いことゲーム禁止、仕事や生活に欠かせないのでPCやタブレットはあるが子供たちは決められた用途以外で使用してはダメというルールが課せられていたらしい。21世紀の小学生がこんな生活してたら友達もできずまともな生活をおくれないと死ぬ思いで抗議してやっとこのゲーム機を誕生日プレゼントとして手に入れたらしい。
「ほんと、これ手に入れるまで十年間もよく生きてきたなって思うよ。おれはおれを誉めてやりたい」
「あんたのお姉さんとお兄さんもそういうルールで生きてきたの?」
「当然じゃん。だからおれがゲームほしいって言ったときは全力で味方してくれた。普段ムカつくやつらだけどさあ、あんときは嬉しかったよ」
そのあとゲームの合間合間に「子供たちに『良質な』夢を与えるクリエイター夫妻」の子供として生まれ落ちてしまったが故の苦悩を愚痴交じりにタラタラと語っていた。与えられるおもちゃはどこかの工房が作った木のおもちゃだし、外遊びなんて全然好きじゃないのにツリーハウスをプレゼントされるし、虫が嫌いなのに畑仕事に強制参加だし、一度ジャンクフードが食べてみたいので最寄りのショッピングモールまで連れて行ってくれと頼んだらバンズからパテまで手作りのハンバーガーを出されるし……等。
「そういうことじゃねえってのがなんでわからないのかって聞きたいよ、全く」
「大体今だって山と田んぼに囲まれたところで暮らしてるのに、なんで山と田んぼと海に挟まれたところへ旅行すんだよ? 田舎から田舎への長距離移動とか意味わかんねえし。休みの時くらいコンクリートジャングル連れてけよ」
海の悪態は聞いていて面白いので時々相槌売ったり、一緒に「悪いけどあんたの母さんの作る焼き菓子死ぬほどマズイよ?」と悪口を言ったりした結果かなり打ち解けてしまった(「だろ? おれのツレにもあれ出すんだぜ? たまんねえよ。有名な絵本作家だってことでまあ大目にみてくれてるけどさ、母ちゃんにそういう肩書なかったらおれとっくにイジメの対象にされてるぜ?」とのことだ)。
そうこうしているうちにおなかが減ったのでフードコートでハンバーガーを食べていたら(話にでてきたので二人して食べたくなったのだ)、遊びに来ていたアミとティーダに遭遇する。
最近の二人は仲がいいのだ。こっちの世界で好まれる物語の類型に「ケンカをしたものはそのあと仲良くなる」があるらしいけど、ものの見事にそのパターンに乗っている。
アミはいつものキャラクターをいっぱいくっつけた一人ファンシーグッズ屋みたいなコーディネートなので、いかついバンドTシャツとジーンズを合わせただけというプライベートスタイルのティーダの方が銀髪に金色がかった瞳にもかかわらずこちらの世界の女の子っぽく見える。二人して映画を見に来ていたらしい。
見知らぬ男児となんでこんなところにいるのかと簡単に状況を説明していると、海の方がティーダを前にすっかり興奮してしまった。
「あんた幻想大陸物語のティーダ・フェイの人だろ! おれの友達の兄ちゃんがゲーム持ってた! あとイラスト描いてた!」
「マジか。その兄ちゃんいくつだよ?」
とかなんとか言いながら気さくに記念撮影に応じたりゲーム機にサインを書いてやったりしている。
そうこうしているうちに待ち合わせの時間になり、駅前でマミとヒガシムラ夫妻を見る。ヒガシムラ姉弟とは先に合流し、海は兄にティーダに出会ったことを自慢したりしてじゃれあってる中、のんきに「おまたせー」なんて言いながらヒガシムラ夫妻はやってきた。お土産の袋を手に下げて楽しそうな二人のことはまあいい。
問題はその後ろでなんだか浮かない表情のマミのことだ。
じゃあまた連絡するね、とヒガシムラ夫妻は楽しい一日をすごしましたという表情で子供たちと一緒に電車に乗る。マミはそのころになると無理したような笑顔でお辞儀をして手を振り見送った。
「楽しかった?」
帰り道を歩きながら訪ねると「うん」と答える。でもその瞼が赤くはれている。
泣いたんだ。泣かされたんだ。
「ねえ、魔女の子」
海と兄がじゃれあっている時、ヒガシムラ夫妻の長子である姉がスマホをタップしていた手を止めて話かけてきた。
「あんたあのすごく可愛い子と仲いいの?」
うん、と頷くと、ヒガシムラ家長子はふーっとため息ついた。
「だったら後で慰めてあげなよ。絶対泣いて戻ってくるから」
ヒガシムラ長子の言った通りになった。
気まずい沈黙を破るように、えへへと失敗に照れ笑いする女の子のようにマミは笑った。
「東村先生に頼んでみたの。あたしを先生の漫画に出してって。でも無理だって。気持ちはありがたいけれど君じゃどうしても無理だって……」
はっきり言われちゃった、ダメ元だったってわかってたのになぁ、と笑顔で呟くマミの眼からぽろぽろ涙がこぼれてゆく。そのうちこらえきれなくなったのか道端だというのにしゃがみこんでひいんひいんと嗚咽をもらして泣き出した。
マミほどかわいい子が鼻水たれるのも構わずに泣く姿がいたたまれなくてとにかく背中をさすったりハンカチを手渡したり、クレーンゲームでとったぬいぐるみを使っておどけて見せたり、二人して通行人の注目を浴びまくる。でも恥ずかしいとか言ってる場合じゃなかった。
そうこうしているうちにセミの鳴き声がカナカナ……にかわり、日がだいぶ西側へ傾いた。
マミはずびーっと普段のイメージから外れて盛大に鼻をかんでから、ダメージが残るけれどへへっときまり悪そうに笑った。
「泣いたらおなかすいたね」
二人がはじめてであったクレープ屋で並んでクレープをかじったあと、ジーニのパン屋の前まで送る。
クレープ屋で見上げた空がオレンジ色を帯びてきて、あたしはあと何年生きているのかわからないけれどこの空の色とマミのことだけは一生忘れないんじゃないかななんてことを思ったのを覚えている。
なんだか盛沢山な一日だったな。
まだ書けないこともあるけれど、それはまた今度。
……あ、そうそうジーニのパン屋からタナカさんが出てきたのを見た。あの人もここのパンが好きだったのか。
8月7日 晴 昼過ぎにゲリラ豪雨
学校で会った昨日あれほど大泣きしたとは思えないきれいな顔でで席についていた。「昨日はごめんね」ってすっかり立ち直った風に笑いかけてくる。それが却って痛々しい。
一昨日喋ったエリはもう学校には来ていない。
今朝から荷造りを始めていた。昼過ぎには寮をもう出ていくとのこと。エリ以外にも寮を去る候補生たちはぽつぽつあらわれていたけれど、やっぱり同じクラスにいた子が去るのを見るのは胸にくるものがある。
リリアとあたしだけでエリを見送る。リリアのほうが泣きべそかいていたけれどエリの方は意外とこたえていないようだった。
「実はね、マネージャーが新しい契約結んでくれたんだ。子供向けの小説の主役をやってみないかって。バトルもなくて純粋な魔法アイドルものなんだ。あんたのくれたチャームの効果かもね」
とのこと。いい結果が出ればいいな。
こういう時にユメノとヒメカがちょっかいでも出してくれれば、思う存分怒りを爆発させられてすっきりするんだけど、あいつらもここのところ自分のことで精いっぱいらしくなんだかぎすぎすしている。
カメラが寄っても取り繕う様子すら見せない。なんだか調子が狂う。
調子が狂うので一つ魔法を見せてみた。
といっても雲で絵をかくという他愛もないものだ。この程度ならタナカさんに見つかってもおとがめなしだろう。マミを窓際に連れて行き、入道雲で大きなクジラを描いてみる。あまりいい出来じゃなかったみたいでマミはぷっと噴き出した。
寮に帰るとカエルがヒガシムラから昨日のお礼のDMがあったと報告してくる。
見る気にもなれない。
エリはもういなくなっていた。
……どうも元気が出ないな。夏バテってやつかな。
みんなそういう気分だったからか、夕方には庭で花火をして遊んだ。結構気晴らしになる。
8月8日 晴
やっぱりもやもやするので書く。
8月6日に泣きながらマミが言ったのは「モモちゃんがうらやましい」だった。
「東村先生から『是非漫画に出てって』頼まれる、モモちゃんみたいな子になりたかった。本当のあたしはこんなんじゃなくて、もっとみっともない子なのに無理して東村先生の作品に似合う子みたいになろうとして。無理なのに……。バカみたいで恥ずかしい。消えてなくなりたい」
あたしなんて羨ましがられる要素全然ないよ、あたししからすればマミの方がよっぽどうらやましいよ、元気だしなよ、となんとか力づけようとしたけれどまったく心に響いてなかったのは見ていてわかる。あーっ歯がゆい。
それにしてもマミほど可愛い子をつっぱねるとかなんなんだろう、あいつは。調子乗りすぎ。
寮の様子も相変わらず空気が重い。
そのせいかどうなのかわからないけれど、ユメノとヒメカの保護者が表れてタナカさんたちとなにやら話し合いをしていた。
あのシャイニーなんとかの元メンバーが来るっていうので寮も久々ににぎやかになる。アミとリーリンなんて大興奮だ。元シャイニーなんとかのメンバーだったという二人の母親は遠目にみてもはーっと感心するほどの美人だった。
小一時間ほど何事か話し合ったのち元シャイニーなんとかは出てきて候補生たちに手を振って帰っていった。今はモデルや実業家として活躍している二人だからとにかく華がある。
急いでいるからといってすぐ帰っていったけれど、それだけですっかりよどんだ空気が入れ替わる。なんだかんだいってもやっぱスターってすごいわ。
あのユメノとヒメカの親なんだからろくでもない大人なんだろうなと決めつけたことを反省する。
よし! またあしたからがんばろう。
8月9日 晴
大事件が起きた。
詳しいことは明日。
8月10日 晴
昨日のことがあってオーディションは失格に。晴れてタナカさんから退寮を申し渡される。
あたしが猛烈にキューティーハートになりたがっていたことを知っているアミが擁護してくれたけれど、まあ派手にルールを破ったのだから仕方がない。言い訳もできない。
今でもネットのあちこちに空を飛ぶあたしとマミの写真や動画が張り付けられているし、「謎の飛行物体出現」「UFO? 魔女?」なんて見出しをつけてテレビのニュースでも取り扱っているくらいだ。
表向き「魔法は物語の中にしか存在しない」ってことになっているこの世界だから火消は大変だろう(この町だけが特殊なのだ)。
というわけで明日にはここを出ていくことになった。
イヅミは無意味におろおろしているがあたしの心をよんだせいかもしれない。目線で黙っているように促す。
リーリンも一抹の寂しさをかんじてくれているのか、餞別といってカエルにもたせていた魔法のノートPCをくれることになった。
「あなたの使い魔のアカウント、結構ファンがいるみたいだから続けなさい。せっかくだもの。あんたの近況も知りたいし」
ということだった。別れを惜しんでいるならもうちょっと愛想よくしたらどうだ?
最後に泣きじゃくるアミに抱きしめられてあたしは寮を出た。
で、今いるのはマミの部屋。
大家のジーニは「えー?」と面倒くさそうな顔はしたけれどまあ一応快く受け入れてくれた。寮の出入り業者ゆえに事情は察してくれていたみたいだ。深く追求してこない。
あのリーリンが面白いというくらいだから、カエルが今回のことをファンたちに報告する様子を後ろから眺めていた。
決められた範囲外で派手な魔法を使ったというルール違反による失格を知ったフォロワーたちが「やっぱりあの未確認飛行物体はモモちゃん?」と面白がって騒いでいた。画像を使った大喜利まで始まっている始末。
確かに面白かったけれど、あたしの落選を惜しむ声が無いのはどういうことだ?
「みなさん へ ざんねんな おしらせが あります。ももは みなさんのおうえんをかてに がんばってまいりましたが いまいっぽ およびませんでした」
なんていう健気なカエルことHNすぽつつのツイートにも、「あーやっぱりね」「まあ落ちるよね」「でも元気だしなよ」みたいなリプをよこしてまったりしているのか、あたしのファン層は。だれか本気で惜しんでくれたっていいじゃないか。
釈然としなかったが空飛ぶあたしの大喜利画像がおもしろかったのでどうでもよくなる。
8月11日 晴
さて、時間もできたことだから一昨日書けなかったことをたっぷり書くとしよう。書きがいがあるぞ~。
8月9日の朝、ユメノとヒメカが書置き一つ残して部屋からいなくなっていたのだった。
もう当然寮内は上へ下への大パニック。二人に張り付いているカメラマンを部屋から追い出し、夜中にこっそり窓から出て行ったらしい。SNS経由の呼びかけにも一切応じずスマホの電源も切っているのかGPSも追跡できない。
候補生全員にかん口令がしかれる事態になり、心から心配するもの、思わぬ事態にわくわくするもの、意地悪な二人がいなくなってせいせいしたと公言するもの反応も別れる。
こんな事態に意外な能力を発揮したのがイヅミ。
大人たちが喧々諤々やってる二人の部屋の中に入りあちこちのものに触れて、二人は夜中の何時ごろにに出て行ったことやその際にどんな姿をしていったかなんかを見てきたように伝える。
「24時間内の過去でしたら視覚でとらえることができます」
とのこと。そんな能力があったとは。大人たちもほーっと感心していた。
急遽大人たちに協力することになったイヅミ以外の候補生たちはいつもどおり学校に通うことになった(イヅミはリーリンと学校に行けなくなり、かなり不満そうだった)。
マミは二人が寮からいなくなったことを知っていた。
学校に着くなりユメノとヒメカのことを尋ねてくる。苦手そうにしていても幼馴染だけあって心配なのだろう……とこの時はそんな風に考えていた。でも授業中もどこか心がここになく、気もそぞろ。心配になり、休み時間に昇降口へ向かおうとするのでついていく。
「モモちゃんは授業うけなよ。オーディション中なんだから」
とマミは言ったが、やっぱりほっとけない。探す対象があの意地悪な二人とはいえ、心もとなそうなマミの手伝いをしたかったのだった。
「失せもの探しは魔女の得意分野だし、二人で探した方が早いよ」
こういう時に使う水晶のお守りを取り出して、目の高さにつるしてみる。
ユメノとヒメカを念じていると水晶が次第に大きく揺れ始め、その揺れがある方向を指し示しだす。そっちの方角にいるということだろう。水晶の指し示す方角のうんと先には大都市があった。この国の首都でもある都市だ。
「ありがと!」
駈け出そうとするマミを呼び止めた。夜中にこっそり寮を抜け出たふたりだからきっと町から離れ電車に乗っていまはかなり遠くにいるはず。徒歩と電車じゃあ追いつききっこない。
というわけで。
昇降口の掃除用具入れにあったホウキを取り出して、柄の先にお守りを結びつけてからまたがった。
マミを後ろに乗せて空へ向けて飛び立つ。
初めてのホウキ、久しぶりの飛行ということで緊張したけど問題ない。このホウキは従順な性格のようであたしの気持ちをよくくみ取り、校舎よりずっと高くまで飛翔する。
きゃああ! こんな状況だがマミが歓声をあげた。
「すごい! モモちゃんすごい! 本当にホウキに乗って空飛んでる!」
そこまで感激してくれたのなら本望だ、マミは高いところが平気なタチなようなので海が見下ろせるほどの高みまで上ると、水晶がさす方向へむけて進むようホウキに命じる。
遊園地にあるキカイよりもずっと速いスピードをだしたがマミはきゃあきゃあ声をあげた。結構度胸があるみたいだ。すばらしい。
水晶は大都市のビル群を指し続ける。二人はやっぱりそこを目指したのか。地上をのろのろ走る電車を追い越し、小さな街の上空を二つ三つ飛び越して、数十分ほどで大都市上空まで到着する。ここはビルが多いし空飛ぶキカイの数も多いのでうんと高く飛ばなきゃならない。
ぐるぐると大都市上空を旋回し、お守りがさす方向を見極める。あるビルの真上から動かないのでそこだと確信し、屋上に降り立った。
初めてホウキにのった人間は結構腰が抜けたりするものだけど(自慢じゃないがあたしは相当飛ばし屋だし)、マミは床の上におりたつと颯爽と駈け出し、ビルの内部へ入る通用出入り口へ飛び込む。あたしもそれを追った。あたしは後ろから走っている最中、マミの姿が刻々と変化してゆくのを見ていた。
ふんわりしたボブヘアの髪が長く伸び、照明の光を浴びてピンクになってゆき、自然にふたつにわかれてツインテールになる。それはニュースでみたあの子とそっくりの髪形だ。
ビルの中はこの前あたしが遊んだ駅前の商業施設よりずっとカラフルで音にあふれたファッションビルで、夏休み中の女の子たちでにぎわっていた。
思い思いの格好をした女の子たちの中でも、腰よりも長いピンク色の髪をツインテールにしたマミ……マミだった女の子は目立つ。
その子はフロアを駆け回り、黒髪と栗色の髪の女の子を見つけると人目も気にせず呼びかける。
「ユメ! ヒメちゃん!」
呼びかけられた二人は一瞬驚いたような表情になる。
髪の色や髪形、瞳の色は全く異なるけど、二人はユメノとヒメカに間違いなかった。
ファッション誌の提案する着回しコーデそのものような恰好をした二人に
は魔法少女らしさはかけらもなかった。ただのかわいい女の子だった。
「誰かと思ったら、何してんの? エミ」
二人は冷笑を浮かべ、ピンク色のツインテールをしたその子の名前を呼んだ。
「それともマミ? どっちで呼んでほしいの?」
「どっちでもいいよ。何してんの二人して? オーディション抜け出して、みんなに迷惑かけて!」
「あんたに言われたくないし!」
ユメノだった女の子が憎々しそうに吠えた。
「もうおりるから、タナカさんに言っといて。あたし達もうあんなことやってらんない。もう限界、あんたたちに振り回されるのもううんざり!」
「もともとあたしたちオーディションなんか受ける気無かったんだから。……どうせ主役はあんただって決まってるし」
「本当はあんな物語、いっちばんバカにしてる癖に」
「なのに、ママがオーディション受けろっていうし。あんたが主役に内定しているからって。あたしたちはあんたたち親子を助ける宿命のもとに生まれてるからって。意味わからないよね」
「ママたち結束が強くて困るよね。自分たちが仲良しだからって子供にまでそれを無理強いするんだもん」
三人がやりとりする会話の内容があたしにはまるで分らない。三人の女の子(うち一人は髪の毛がピンク)が大声で怒鳴りあっているせいでギャラリーが増えていく。
「あたしはさ、魔法なんてない世界の物語に出たいの。学校に通って好きな男の子ができて友達なんかと笑ったり泣いたりする、そういう物語」
「ヒメはイケメンにいっぱい愛されて困るようは話がいいな~」
ユメノは思いつめた表情ではっきりと言い、くすくすとヒメカは笑う。
「あんな物語をいっちばんバカにしてる子が主役に決まって、その子のせいで本当に出たい物語に出られないあたしたちって悲惨じゃない?」
「嫌いなら主役にならなきゃよかったじゃん。断ればよかったじゃん」
「あんただって本当に出たい物語があったくせに」
「大人たちにいい顔して、そのくせ本当は自分の好きな方を優先したくせに」
「知らないって思ってた?」
「あたしたちずーっと一緒にいたんだよ?」
二人はマミだった子を責め続ける。その子の横顔が真っ青になってゆくのでたまりかねて抱きしめた。
思わず二人をにらみつけると、まけずに向こうはこっちを見返して冷笑する。
「何? またオタマジャクシでも降らすの? やってみれば」
「ここでそんなことやったのがバレたら即刻強制送還だけどね~。東邦動画を永久出禁だよ? やってみる?」
また豚にでも変えてやろうかと一瞬気が高ぶったけど、マミだった子が「ごめん」とつぶやくので怒りが萎えた。
「いいよもう、謝らなくて。ただもう帰らないから」
「それだけ言っといてね。じゃーね、バイバイ」
あーもう恥ずかし~……と口々に言いながら、歩き去ってゆく。
マミだった子はそのままとぼとぼと歩き、化粧室へ入る。スカートのポケットからライトストーンで飾られたコンパクトを取り出して開き、不思議な呪文を唱えた。きらきらした粒子に囲まれたその子は、ふわふわしたボブカットのいつものマミになる。
「……便利だね、その魔法」
なんて声をかけていいかわからず、そんな間抜けな呟きを発していた。
「『不思議なナナコちゃん』が使ってた魔法なの。あたしたちが小学校に入学したときにナナコおばさまがプレゼントしてくれたんだ。二人もこのコンパクトであの姿に変身してるんだと思う。あたしみたいに」
うつろな声でマミは答えた。
そのあとはホウキでのろのろと虹ノ岬町へ帰る。道中でポツポツと、実は天河エミという魔法少女のサラブレッドだった女の子であるマミは、ここにいたる経緯を説明してくれた。
シャイニーなんとかの中心メンバーの娘として生まれたから、いずれ東邦動画の魔法少女のヒロインになることを期待されていたこと。それを当たり前だとおもっていたこと。
幼馴染のユメノとヒメカも同じように育ってきたこと。小学校までの中学年までは仲が良くて三人ひと塊で行動していたこと。
でも二人は「本当にやりたい物語」を早々に見つけてしまい仲間外れにされることが多くなったこと。
一人の時間は本や漫画を読んで過ごしたこと。テレビアニメやゲームからは遠ざかるようになったこと。
その中で出会った魔法に魅せられたこと。自分たちが使う、壮大で可愛くて見た目の派手な魔法じゃなく、地味で泥くさくて時々血なまぐさくて不思議で、それなのに人間の運命を左右する本物っぽい魔法に。
自分も魔法を使う人間ならこういう物語に出たいと夢見るようになったこと。
ヒガシムラの漫画に救われたこと。
次期キューティーハートのヒロインにという打診が来た時、今動かなきゃ一生「本当にやりたい物語」には出られないと気づいたこと。
焦っているときにキューティーハートのメンバーの一次選考会でエントリーシートの中からたまたまあたしのそれを引き当てたた時、運命を感じたということ。
大人たちが反対する中、天河エミだけが強くあたしを候補生に推薦したとのこと。エミの熱意にまけて大人たちはしぶしぶ了承したとのこと(メンバー選びは主役と仲がよくなれるかが最も大事。相性が致命的に悪いとその空気の悪さは作品に出てしまう)。
そのあと「普通の女の子としての日常生活をおくれるかどうかがみたい」なんて理由をこねて、ふわふわボブの一般生徒のマミとしてオーディションに参加することを認めさせたこと。
そのあとはあたしと仲良くなって、ヒガシムラとのコネをとりつけようともくろんだこと……。
「最低でしょ。腹黒いでしょ」
あたしの腰に手をまわしながら、鼻声のマミは言った。
「あたし、自分の目的のためにモモちゃんを利用したんだよ? 東村先生はあたしのそういう腹黒さに気づいたから君じゃだめだって言ったんだよ」
怒るよね、怒っていいよ? とマミは言う。
「モモちゃんはまじめにオーディション受けに来たのに、あたしはそれを踏みにじったんだもん」
以上がマミの言い分だったが、なぜそこまでマミが自分を卑下するのかまるで分らない。
あたしはちっとも気にしていない。だってマミがあたしを利用することを思いつかなかったら、あたしはオーディションに参加することが叶わなかったことがわかったんだもん。あたしにしてみればむしろマミ様様だ!
それよりなにより、あたしとマミがそっくりだったことが一番うれしくて、また面白かった。
あたしはマミが冷めた目で見ているキューティーハートになりたくてたまらない。
マミは反対にあたしが嫌でたまらないヒガシムラの漫画に出たくてたまらない。
まるで鏡に映した像みたいだ。おかしい。最高!
あたしは笑った。嬉しいのと楽しいので笑った。最高に気持ちがよかった。夕暮れの中を笑いながら飛んでいたせいか、次第にマミも元気をだしたみたいであはははと笑った。
でもって、冴えたアイディアってものは笑って気分がスカッとして心がハレバレしているときに浮かぶものだ。
そこであたしたちはゆっくり空の上で今後の計画を練った。どちらも自分のやりたい物語に出ることをあきらめないための計画だ。
マミが持っていた魔法のコンパクトの呪文をここに書くことはできないが(魔法の呪文は基本口伝だから)、あたしはそれを知っている。
なぜなら今日からあたしがマミに変身している。ふわふわボブの女の子、マミに。
マミは今、赤毛のおさげをのドジっ子魔女のモモちゃん姿で、裏庭でホウキにまたがって空を飛ぶ練習をしている。
つまりはまぁ、そういうことだ。
あたしたちが自分の夢を簡単にあきらめると思うなよ、大人ども。
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