第7話 あの子との秘密の入れ替わり生活が始まる第七週
8月12日
・マミの姿になっての注意事項
鏡を使った変身の持続時間は変身解除の呪文を唱えるまでで耐久力は十分。
ただし魔力や感情の暴発で解除される場合もあり。気を付けること。
・マミの姿になってわかったこと
マミはあくまで普通の人間なので普段あたしが使う魔法は使えない。
例のコンパクトはマミがもっている。変身魔法だけでなく結構便利な機能がついているからだそうだ。
朝起きて半分寝ぼけて鏡に映ったのが私の顔ではなくマミの顔だった。
驚いて寝ぼけて後ずさった所をジーニにみられて笑ってごまかしたのを思いっきり変な目で見られてしまう。やばかった。今後気を付けよう。
あたしの姿になったマミは今日から電車で町の外をでる。
その後は一旦おばさんの家に泊まり、そこへ迎えにくるばあちゃんと一緒にあたしたちの世界へ向かうという段取りになっている。ばあちゃんが直接ここまで来た方が断然早いんだけど、死んでも大キライな東邦動画の縄張りに足を踏み入れたくないらしい。あの人も頑固だなぁ。
カエルは当然あたしのふりをしたマミについていくことになる。別れるのは寂しいけれどきっとしっかりサポートしてくれるはず。かわりにマミはあたしにスマホを置いてゆく。これから必要になるからねって。
マミはあたしの目の前であたしの服を着ている。あたしってこんなんだったっけ? ってちょっと変な気持ちになった。他人の目で見るとあたしってば本当に片手で馬でも持ち上げたり、呪文を間違えて大騒動を引き起こしそうなヤンチャ魔女にしか見えない。うーん、やっぱ自分の好きな服を着ようかな?
今日電車に乗って町を出ることは205号室のみんなには伝えてあったので、みんな駅まで来てくれた。リリアとティーダも来てくれたのが嬉しい。
号泣するアミがあたしの姿をしたマミに泣きついたり、来年度もこのオーディションを受ける気があるならもう少し対策をきっちりとってくること! とかなんとか説教するリーリンの向こうで、もの言いたげなイヅミがじーっとこっちを見てくる。
言いたげどころか実際に心の中に訴えかけてきたのでかなり驚いた。
『モモさん、何を企んでらっしゃるんですか?』
あんたそういう芸当までできたの?
『できたんです。さすが魔女ですね、人間がだしぬけにこれをやられても顔色一つ変えないなんてことは無理ですから。……で、何を考えてらっしゃるんです?』
答えない。
『私は好奇心があまり強い方ではありませんし、命令されたこと以外はしないよう訓練されています。これ以上心を覗くのはやめにしましょう。やろうと思えばできますが』
ありがとう、そうしといて。あと脅すのやめて。
『ただ、あまり悪だくみもほどほどになさった方がいいですよ?』
悪だくみとは失礼な……つうかあんた心の中はおしゃべりだな!
『口はものを食べる時にのみ使いたいものです』
そんなやり取りをしていたら電車が来てしまった。
あたしの姿のマミはあたしがもってきたトランクを下げて電車に乗り、手を大きく振って去ってゆく。あたし普段あんな風にめいっぱい腕をふったりするっけ? いくらなんでも見た目がガキくさくない? とちょっと疑問に感じたらすかさず心の中にイヅミの声が囁く。
『振りますよ。自覚無かったんですね。それにしても天河エミさんは見事な女優です。このようなことがなければきっとヒロインを立派にお努めになったことでしょう』
と心にまたイヅミの声が響いた。こいつ本当に心の中は饒舌なんだな。
ていうかあんたマミが天河エミだってこと知ってたの⁉
『知ってたも何も、私はこのような能力がありますゆえ大抵の情報は筒抜けです。東邦動画さんのこの情報管理系統の甘さから察するに私のような能力を持つ商売敵が現れることを想定していないのでしょうね。平和とは実にすばらしいものです』
心の中では結構しゃべるだけじゃなく皮肉屋だな!
……とまあ、イヅミとの思わぬおしゃべりのせいで別れの余韻が台無しになってしまった。しかしこいつにこういう芸当があったとは……今後使いようがあるかもしれない。
とりあえず厳重に口止めだけはしておいた。こういう時だけ口でも心の中でも無言で首を縦に振る。
電車が去ってから残ったメンバーでなんとなくいつものクレープ屋で並んでクレープをかじっていたら、アミが話しかけてきたので明日一緒に屋上でお弁当を食べる約束をする。この辺の事情はまた明日。
夕方になってからジーニのパン屋に戻ると、店先にタナカさんがいた。
彼女は大量にあんパンを購入している。ああ昨晩マミにレクチャーされた中で一番気の滅入る問題が待ち受けている……。
あたしは逃げ出したくなったけどそういうわけにもいかず、いかにもマミっぽい笑顔を浮かべてお帰りなさいという。
「帰ってきたのね、マミ。じゃあさっそくこれからの打ち合わせをしましょうか」
タナカさんはジーニの前ではしっかりと‶マミ″と呼んだ。
大量のあんパンが入った袋を下げ、タナカさんは勝手知ったる様子で階段を上り、勝手知った様子でマミの部屋に入るとローテーブル上にどさりと置く。
次の瞬間、白煙をあげて元の姿に戻る。
「ああ~、疲れた~……。もうやってらんないわぁ……」
糞まじめで堅物な人間だと思い込んでいたタナカさんの正体はどっと愚痴を吐きながらあんパンに食らいつく黒猫だった。
しゃべる黒猫、つまりはマミの使い魔、というよりは天河エミのマスコット。それがタナカさんの正体だった。
「これ食べると疲れもふっとぶわぁ~、やっぱり糖分取らないとね……」
なんて言いながらパンを食べ冷えた牛乳を飲む黒猫の姿は魔女のあたしの目からしても相当ヘンだけど、それを顔には出さない。
「それにしても年頃の娘たちの管理監督がこんなに厄介だったとは……。一気に老けそう。本番までもつかしら」
打ち合わせとはいうもののタナカさんはあんパン食べながらぐちぐちだらだらくっちゃべるだけだった。
「特に今週はトラブルばっかりで、ユメノとヒメカはあんなことになるし……。まあ≪鏃山の魔女≫の孫娘を体よく失格に追い込めたことだけが幸いね」
これは聞き流すこともできず、あたしは残念ですけど! と強い口調で言い返す。
「ああ……あなたはずいぶんあの子がお気に入りだったものね。でもあの子をキューティーハートに入れるのは無理よ。わかるでしょ?」
「なんで無理なんですか?」
無理なものは無理というような理由になってない理由ならどうしてくれよう……と臨戦態勢をとってみたけど、タナカさんは意外と冷静だった。
「あの子、東村はやとのお気に入りだそうじゃない。そういう子を出すわけにはいかないの、業界の仁義よ。≪鏃山の魔女≫だって不必要に刺激したくないわ。あの人怒らせると面倒だってマザーファニーサンデーもおっしゃてるし」
おのれ、業界のしがらみめ……。そしてばあちゃんの悪名め……!
「それに、どう考えてもあの子は不適格でしょ。とんでもないトラブルメーカーだったし。まったくあの子のせいで何回胃に穴があくかと思ったことか」
黙っているのも悔しいので、トラブルメーカーのキューティーハートは今までに何度もいたじゃないですかっ、と言い返したみたが、胡散臭そうにタナカさんはあたしを翡翠色の眼でじいっと見返した。
「どうしたの? いつものあなたらしくないわね」
そんなことありませんよぉ、と自分用の麦茶を飲み干す。タナカさんは小首を傾げていたけれど、ごくごくと前足で挟んでコップを挟み器用に牛乳を飲み干す。
「いずれにせよ、メンバーはあなたとの相性を最重視するつもりではいるけれど、相性だけではないってことを理解して頂戴ね。それだけではキューティーハートにはなれないから」
釘をさすように言ってから、タナカさんはさて! と気合を入れて再び人間の姿に戻る。また寮に戻るらしい。
そういえばこの人は私の見ている限りずっと寮にいたものな。苦手な人だけど大変だ。東邦動画の社員って相当な激務なんだな。
そんな感じであたしのマミ生活二日目は過ぎた。晩御飯はジーニ一家とジーニ家のダイニングで食べる。初めてみたジーニの旦那さんは大柄で気さくで普通の人間って感じだ。
テレビに出てきた硝子坂ナナコって女優を見て、あれがマミたちの鏡をプレゼントした元「不思議のナナコちゃん」かという気持ちで眺める。昨日マミが教えてくれたのだ。
硝子坂ナナコはいつまでたっても美貌を保ち続ける美魔女女優としても有名で、化粧品もプロデュースしているらしい。
マミから預かったスマホに連絡が入っていたので開いてみると、おばさんとカエルと一緒の、あたしの姿のマミが写っている。
「あのナニーさんと一緒にいるなんて夢みたい!」
ってことだった。元気そうで嬉しい。
ちなみにあたしにスマホを渡したマミが何で画像やメッセージを送っているかというと例のコンパクトからなんだって。あたしのスマホ内のアイコンをタップすると専用のアプリが起動して、コンパクトと通信が可能になるのだそうだ。これがあのコンパクトについている便利な機能の一つ。
このまま今日は寝るつもりだったけれど書き足し。
知らない部屋で一人で眠るのって意外と寂しいものだな。みんな元気かな。
8月13日 晴
マミの下宿の条件になっているらしい、「早朝のパン作りの手伝い」の最中、段取りを間違える。
普段ウチでパンを焼く手順で事を進めていたら、慌ててジーニがすっとんできた。
「どうしたの、マミ? いつもと段取り間違えるなんてあんたらしくない」
「しかもその雑な手つき……なんか記憶が刺激されるんすけど……」
やばいやばい。慌てて笑顔で取り繕う。
さて、マミとして学校に通いだした第一日目、リリアが「モモちゃんがいなくなって、なんだかさびしくなっちゃったね」と話しかけてくる。
考えてみればC組の脱落率は激しすぎる。残っている候補生はリリアと宇宙人の双子だけだ。双子たちはいつも二人で固まっているので話しかけたことすらなかった。カメラに愛嬌をふりまいて、もっと自然に! って怒られたりしている。
リリアがあまりにも寂しそうなので、アミとの約束通りお昼を食べる屋上へ向かう際に一緒に連れて行った。屋上にはアミが先に来ていた。ティーダも一緒だ。
あたし達と同じようにお昼を食べに来た候補生たちのグループがもう一組いて、そこにはリーリンとイヅミがいる。
リーリンはグループのメンバ-相手に何事かキビキビと語っており、メンバーたちはふんふんと頷きながら真剣に耳を傾けていた。メモを取っている子もいる。楽しいお昼時間というよりなんだかランチミーティングってやつみたいだ。
ユメノもヒメカも脱落した今、オーディションは波乱の展開を迎えてファンも先が読めなくなっている。そこで、我こそは! と思う子たちはいよいよやる気になっているわけだ。先週のどんよりした状態を思えば活気があって実によい。
「あいつすっげえなぁ。意識高い系ってやつかぁ?」
ティーダがあきれたようにつぶやいた。
さてまあ、昨日書かなかった「マミがアミとお昼を食べる約束をした時のこと」について。
クレープ屋で実はアミがこう語りかけてきたのだ。
「マミ、あたしあなたと昔会ったことない?」
あたしは自分の記憶をさらってみた。確か寮にきたばかりのころアミと私が寮の外を歩いていた時にマミと遭遇したことがあった筈。それより昔となるとわかるはずが無い。
マミが町を去る前に、天河エミに対する基礎情報(目をむくようなことだらけだ)は簡単にレクチャーされたけど、アミに関する情報はなかった。困った。
アミはちょっと悲しそうな表情になる。
「そっか……ごめんね、あたしの気のせいだったみたい。その、小さいときに出会った女の子によく似ている気がずっとしてたから」
なんだか非常に申し訳ない気分になってきたが、そこへチョコバナナのバナナ抜きブラウニートッピングのチョコソース添えというチョコまみれクレープを食べているイヅミがしれっと心の中に語り掛けてくる。
『アミさんは小さいころ故郷でのヒーロー国際親睦会的なパーティー会場で天河エミらしき幼い女の子と一度出会っています。憧れのシャイニープリンセスが連れていた自分と同い年くらいの女の子とマミがどこか似ている……そんな気持ちがあるようです』
情報ありがとう。あんた本当に無敵だな。
『アミさんはマミが天河エミではないかと疑問を抱いていますが、いわゆる第六感レベルで確信するには至っていません。この場は否定も肯定もしないのが得策であると思います。ただしこの思い出はアミさんのなかでかなり特別なものです。不用意なことをして傷つけることのないよう』
忠告どうも。
念のため、昨晩慣れないスマホを使ってマミになんとか連絡をとってみた(アプリとやらを使いこなすのが難しそうでおばさんちのデンワにかけてみたのだ)
「確かに昔、有名ヒーローがたくさんいる外国のパーティーに出た記憶はあるんだけど、でもあんまり覚えてないんだ。言葉も通じない知らない人にあいさつばかりさせられて疲れた思いでしかないの」
マミの反応はあまり芳しくない。
だのにアミはうれしそうに、懐かしそうにとうとうと語るのだ。
「あたし、小さいときにパーティーでシャイニープリンセスと会ったことがあるんだ」
「本当ですか⁉ シャイニープリンセスってあの有名人ですよね!」
普段物静かなリリアまで興奮するくらいだから本当に有名人なんだな、マミの母親は。
「その時、娘さんだって子を紹介されて挨拶したんだけど、こう……髪の毛がピンクでふわふわしたドレスが似合っていて本当に夢みたいに可愛い子だった。あたしもこんな子になりたいなーって思ったの」
「そんでお前あんな素っ頓狂な格好ばっかするようになったのかよ」
とティーダが突っ込んだけどアミは笑顔で取り合わない。
「そのことは挨拶したそれっきりだったから、名前もこの前の発表まで思い出せなかったんだけど、夢の国のお姫様みたいだったことはずーっと覚えてたの。で、マミと初めて会った時、あれ? って思ったんだよね。パーティーで出会ったあの子に似てるって。髪の色も全然違うのに、おかしいよね」
アミはちょっと照れたように笑う。あたしもマミっぽく微笑んでみせた。
小さいときにパーティーで出会った、憧れのヒロインの娘でとても可愛い女の子。あんな子みたいになりたいと夢見るきっかけになった子。その延長線上で出会った新しい目標に向かって毎日努力を積み重ねてきたアミ。
自分の原動力の一つになったであろう子に遠い異国で再会しようという時、大抵の者が感じるものはなんだろう。
答え:運命ってやつである。
運命は魔女の専門分野でもある。
もともとアミとは仲がいいし、いいやつなことは知ってるし、戦闘力がずぬけていることも承知している。カメラ慣れだってしているし。適任ではないか。
今日のタナカさんとの打ち合わせでそれとなく「アミはどうですか?」と提案してみた。
「アミさんね、う~ん……。確かに能力、家系、ふるまい、全てにおいて非の打ちどころはないけれど……いまいちカメラに慣れすぎてるところが問題なのよねえ。キューティーハートは『普通の女の子』であることを重視するから」
「それに本人の希望がイエローっていうのも……。グリーンやブルーなら推せるんだけど本人は断固としてイエローなのよねえ」
黒猫姿のタナカさんはあんパンを食べながらなんだか渋る。普通の女の子ってなんだよ! ってイライラしてると急にこっちへ訊いてくる。
「ところでマミ、あなたこの前から205号室の女の子ばかり推すわね? どうして?」
黒猫姿でタナカさんは鋭いところを突いてくるんだから油断ならない。私はできるだけ嘘っぽくならないように首を傾げた。
「そうですか? そんなつもりなかったんですけれど」
スマホを開くとあたしの姿のマミから連絡あり。ばあちゃんと出会ったらしい。憧れの存在に出会えて興奮を隠しきれない様子がそのメッセージがあふれていた。 そんなにあのばあちゃんと会いたいものかな?
8月14日 晴 暑さがすこし和らいできた気もする
まだ外がうっすら明るくなったころだというのに、耳元で何かがぶるぶる震えるのに起こされて、枕もとを探って触れたのはマミのスマホだった。
液晶には知らない名前が出てる。
無視して出ないことにすると何度も何度もスマホが鳴り続ける。
「おはよ~今そちらは朝かしら?」
頭に来ながら通話ボタンを押して耳にあてると、妙に明るい女の声が聞こえてきた。その声にイラっときて電話を切るとまたスマホが鳴る。もう一度出ると
「ちょっと、そんな意地悪しないで頂戴。ママよ、ママ」
と女は答える。
「あたしにはママなんていません。いるのはクソババアだけです」
最高にイラつき、そう言って再び通話を切る。タオルケットを被ってもう一度寝た。
二度寝から覚めて、やっと自分の大失敗にに気づく。
あたしにはママはいないがマミにはシャイニーなんとかっていう魔法少女界のスーパーヒロインで現
あっちゃ~! って、後悔してももう遅い。
スマホの着信履歴を見れば寮にいるタナカさんから鬼のような着信が入っていた。
「あなたのお母さまから本社に電話があったんだけど、あなたまた一体なにしたの? 『娘にひどいこと言われた』っておっしゃったそうだけど?」
「親子げんかもいいけれどほどほどにしてちょうだい!」
立て続けのメッセージにはさすがに焦る。
あわててマミと連絡をとると、朝から元気のいいマミが寄越したメッセージは、わりにそっけなかった。
「ほっとけばいいよ。あの人何かって言うとすぐスネて泣くから。いつものことだよ」
タナカさんの文面にも「またか」というニュアンスが漂っていたところを見ると、マミ母子はそうそう仲良し母娘ってわけではないのかもしれない。ともかく今後気を抜くのは厳重注意だ。
そんなことがあったので今日は遅刻寸前だった。
遅刻遅刻~! って言いながら走る体験ができたのがささやかな幸せ。
学校からかえると今後のためにシャイニーなんとかの予習をしておくことにした。
物語そのものはいつかアミやリーリンに教え込まされたので大体のことは把握しているけど、物語そのものが終わってからのことはあまり知らない。でも東邦動画が制作した魔法少女に関する資料はサンディーちゃんミュージアムに充実している。
なので久しぶりに出かけてみた。
で、分かったことなんかを書いてみる。
・シャイニーなんとかの本名は天河るな。旧姓は水無月るな。
・もともとは本当になんでもないただの中学生だったのに、東邦動画と組んで自分たちの世界を救う物語の企画を練っていた(当時は影の世界でも全くの無名の国だった)
(キューティーハートが「普通の女の子」にこだわるのはこの時の強烈な成功体験があるからかもしれない)。
・普通の女の子が、地球に攻め込む悪しき宇宙の魔女と戦うことになるという使命(という物語)に選ばれたるなが、戸惑い傷つきながら仲間との友情や永遠の愛を得てゆく番組のストーリーと、まったく無名の少女が大ヒロインに成長していく様子が相乗効果をもたらした結果、当時の少女を含むたくさんの人々の心をとらえてシャイニーなんとかの物語は全世界に波及する。一時期、魔法を使う女の子の物語はシャイニーなんとかの焼き直しばかりになったほど。
・そして物語の終わった後は、作中で愛をはぐくんだ恋人と結婚し、娘(エミ)をもうける。
・抜群の知名度を誇るので、かつての魔法戦士で現
・数年前にシャイニーなんとか誕生20周年を迎えたので、新しく動画作品が作られ、新規ファンも獲得し続けている……。
つまりは昨日、天河るなははるかかなたの仕事先で、愛する娘に連絡をとってきたという、そういうことだった模様。
物語の中でのるなは平和な日常に戻った様子だったけど、実際にはそれは難しいんだな。
なにせ『影の世界』では全くの無名だった
それにしても、天河エミは結構、寂しい子供時代をすごしていたのかもな。華やかそうなパーティーのことすらよく覚えていないって言ってたし。
でも天河エミではなく、あたしが知っているマミって子はそういうありきたりな決めつけを嫌がりそうな気がする。なんとなく。
タナカさんとの打ち合わせの時間、机の上に置いておいたノートの表紙を見られて焦った。
「あら、あなたにしては珍しい趣味じゃない」で済んだけれど。とにかくちょっと気を引き締めなければ……。
夜眠る前にマミから連絡、明日からばあちゃんと一緒にヒガシムラの家へ新作の打ち合わせに行くことになったとのこと。一緒に送られてきた写真には並々ならぬやる気と気合があふれている。
ヒガシムラがまたマミを泣かしたりしませんように。
8月15日 晴
明日の午後、外国から帰国した天河るなが空港からその脚であたしの顔を見にお忍びでやってくるという連絡が朝イチでスマホに入っている。目をむく。
ひえええ! ってなもんでまたマミに連絡するとさすがにマミもちょっと焦ったようだ。
「さすがにエミの姿で会わないと不自然かも」
というマミの言葉に従い、スマホの魔法のコンパクト連携アプリを言われるがままに操作して、限定的に魔法のコンパクトの能力を移植する。
変身画面を起動して変身の呪文を唱えると「普通の女の子」マミから「スーパーヒロインの娘」天河エミの姿になった。これぞ変身って感じだ!
マミの姿に戻りたいときは同じ画面を起動して再度同じようにマミに変身すれば良いらしい。ただしスマホを介した限定的な魔法だから耐久力は少し落ちるってさ。
ピンクの髪にうっすらさくら色がかった瞳、マリンルック姿のとんでもなく可愛い天河エミの姿を鏡に映しているうちにテンションが上がり、無意味にポーズをとっていたら、急にあの声が心に割り込んできた。
『お楽しみ中お邪魔して申し訳ありません、モモさん』
うわ! っと声を出して驚いてしまった。あたしだって一人気を緩めまくってるところに声をカケラてちゃあね……。
窓の外を見るとマミの部屋から見える電線に一羽のカラスが止まっているのが見える。イヅミが寮で世話していた使い魔(と言っていいのかわからないけど)のアスカだとすぐに分かった。
『使い魔……という概念は私にはわかりかねますが、アスカは私と五感を共有できる大切な片腕です。リーリンさんの電脳と同じようなものといえるでしょうか。今はアスカを経由して私の念をモモさんに届けています。モモさんも念を送ってください。それで会話ができます』
ったく、魔女を心底びびらせられるなんて大したものだよ。誇っていいよ。
『おほめにあずかり光栄です。モモさんもものの数秒でこの対応、さすが魔女です。誇ってください』
それでなんの要件なの?
『いえ、アスカを通しての町内警邏の最中に聞き逃せない情報をキャッチしましたので確認に参上した次第です』
ちょっとつっこみたいんだけどいい? あんた実は今までずっとアスカを通じて町内パトロールしてたの?
『いつ敵が攻めてきても即座に対応ができるように。性分ですので気になさらずに』
……まあそこに引っかかってたら話が進まないから置いとくけど、で、聞き逃せない情報ってのは?
『元シャイニープリンセスの天河るながお見えになると?』
らしいよ? お忍びだけどね。
『彼女とリーリンさんを合わせてあげることはできませんでしょうか?』
無理じゃない? あんた「お忍び」の意味わかってる? 寮に元シャイニーなんとかのメンバーが顔見せただけでとんでもない大騒ぎだったじゃん。そのご本人がやってくるんだよ? パニックになるよ。
『そこをなんとか……』
……いいづらい事情がありそだけど、なんかあったの?
『実は……最近リーリンさんに元気がないので……。ファンによるランキングも横ばいが続いていますし、自分を映すカメラの数が少ないと気に病んでいらっしゃるのです。もちろん直接そうおっしゃるわけではありませんし外見は普段通りです、心の中では傷ついていらっしゃいます。なんとか励ましてあげられないかと私のようなものが図々しくもしゃしゃり出てしまった次第で……』
……前々から気になったけど、あんたリーリンのこと好きすぎるよね?
『ええ』
即答かよ。……まあ、なんとかしてみるけど、リーリンだけ贔屓するってのはやだからね。
『かまいません。どんな形で会ってもリーリンさんが元気になられれば私はそれで。では失礼』
アスカはバサバサと音を立てて飛んで行った。
まあ、陰でこそこそ糸を引くのも(あたしの性には合わないけれど)伝統的な魔女の仕事だし、イヅミにはこのまえ世話になったからなんとかしてみることにする。あたしはマミの姿に戻った。
学校の廊下で、とても調子を落としているとは思えない堂々と廊下を歩くリーリンとその後ろに付き従うイヅミとすれ違う。イヅミはそっと目くばせをした。
夕方、スマホには田舎にあるヒガシムラ邸についたというあたしの姿のマミからの連絡が入る。庭でキャンプをしたらしい。
「お庭にある憧れのツリーハウスに泊まることになったの。楽しみ~!」
と心から嬉しそうなメッセージと共に、
「末っ子の海くんとお話したんだけど、なんだかあたしのこと別人じゃないかって疑ってるみたい。どうしたらいい?」
とSOSも入っていた。
そりゃあ先週キャンプやツリーハウスをディスった魔女なのに、いきなりとても嬉しそうにテンション爆上げになったら怪しむわな……。
海相手にはできるだけ素のあたしっぽくして。なんならバラしてくれても構わない。あいつは十分話がわかるやつだから。とメッセージを送り返す。マミも了解と返信。
おたがいうまくいきますように。
8月16日 晴
今日はさっそく、天河るなとの初対面について書かなきゃならない。
お昼で学校を早退し、天河エミの姿になり(でもこの格好では候補生にバレてはマズイので伊達メガネをかけて特徴的なピンクの髪をパーカーのフードを被って隠すという怪しさ抜群の格好で)、パン屋の店先で待っていると、黒塗りの高級車が停まって中からサングラスとハイブランドのカジュアル服を着た栗色の髪の女が下りてくる。
「エミちゃん、ただいま~」
ヒールの高いサンダルでかけてくるなり天河エミ姿のあたしをギューッと抱きしめる。
「しばらく見ない間に素敵な女の子になってママ嬉しい! でもこの前の電話は酷いじゃない、悲しくって泣いちゃったわ!
と一方的にまくしたてる。
変装の意味が全くないほどの感激ぶりなのを指摘すると、天河るなは「いっけなーい。てへっ」と頭をこぶしでこつんとやってはペロッと舌を出す。
これはよくアミたちに強制視聴された動画でも出てきた水無月るな時代からの癖だ。天河るなは今はもう40近いはずなのに実際のティーンの女の子がやっても恥ずかしくて見ていられないようなしぐさがぴったりはまっているのは驚異的だけど、ともあれ鬱陶しいのは確かだ。
天河るなはジーニにいつも娘がお世話になっています~と手土産を渡してお礼し、マミがこの時天河るなの娘だと知ったジーニは感激やら興奮で挙動不審になったりしながらちゃっかり天河るなと記念写真を撮ったり、サインをもらったりとはしゃぎにはしゃいでいた。
そういえばジーニは悪役としてシャイニー何とかに出演するのが夢なんだったけ。変なテンションになるのも仕方がない。
「この町でこんな車に乗ってるとかえって目立っちゃう」」
天河るなのご要望により、商店街をぶらぶら歩きながら駅前の商業ビルへ向かう。
この虹ノ岬町は魔法少女ファンの聖地を歌われているくらいなのでそこかしこに魔法少女オタクの観光客がいるはずだけど、以外なことに天河るなの正体はバレなかった。
モデル並みのスタイルで高級そうな服を着こなしているので人目は引くが、それだけで終わる。どうやらうっすら印象を薄める魔法をかけているらしい。
商業ビルでは早速ティーン向けのファッションフロアに入ると天河るなは、キャアアアア! と絶叫するなりカラフルなショップに突撃する。
ここのビルは大都市近郊にしてはティーン向けファッションが充実してるのだ。 寮に前乗りしたりでこの国の通貨が不足しているから、この前海と一緒にこのビルに入った時も、心を鬼にしてあえて立ち寄らないことにしていた禁断のフロア……!
うっかり興奮してテンションを上げているあたしに天河るなは次々と服をあててゆく。
「ママ、エミちゃんに似合う服を選びたくって旅先から今の女の子のファッションをしっかりチェックしてたのよ~」
というわけで、あの店この店とウロウロ巡り倒し、あたしをマネキンにしてあらゆるタイプの服を着せて行った。
天河エミ姿だと大抵なんでも似合ったけけれど、パステルカラーやシャーベットカラーのふんわり可愛い服がことのほか似合うのでいつの間にかあたしもテンションがとんでもないことになっていた(どうしてマミはこういう服に対して冷淡なのか)。
天河るなはあたしたちが気に入ったものを気前よくカードで切ってゆく。
「やっぱ帰国したらこういうところに立ち寄らないとね~」
この前海といったばかりのゲーセンに立ち寄っては太鼓をガンガン叩いたり、銃でゾンビを倒したり、リズムゲームで遊んだり、とにかく大人とは思えないほど派手にはしゃぎまくる。そういえばシャイニーなんとかのメンバーたちはよくゲーセンをたまり場にしていたっけ。
そんなわけで、なんだ天河るなってアホっぽいけどいいやつじゃん。親としての威厳はないけど、友達としては最高だな……とうっかり緊張を解きかけたあたりでプリクラを撮ろうと言い出されて焦った。
鏡やカメラは変身したものの真の姿を映すことがよくあるからだ。コンパクトを介した変身だからか鏡は無事だけど、カメラはちょっとやばい。試したことがないので危険だ。
「ええ~、ママ楽しみにしてたのに~」
心無い人の手に渡ると面倒だから東邦動画の人にプリクラは禁止されているのでダメだとかなんとか適当な嘘でごまかすと、口をとがらせつつもるなはあきらめてくれた。
「それにしても妙ねえ、そんな規則あったかしら?」
「できたの、ママが海外に出かけている間に」
ビルの中で買い物をし、大いに遊び倒していたら、ほどよくお茶の時間になる。手ごろなカフェに入ろうとしたのでさりげなくいつものクレープ屋に誘導することにした。午前中にイヅミと段取りをつけていたのだ。天河るなもこころよくそれに応じる。
「いいわね、ママもちょうどあそこのクレープが久しぶりに食べたかったところだもの」
膨大な荷物は宅配にしたので手ぶらな天河るなと坂を登る。
「昔よくここの町に来るたびにここのクレープ屋に来たの、覚えてるわよね~? さて問題、ママが好きだったのは何フレーバーの何味だったでしょう~?」
……油断しているとこういう予測のつかないことをしてくるので気が抜けない。
「ブブー、時間切れ~。正解はミックスベリースペシャルでした~。……エミちゃん覚えてないなんて酷い。ママ悲しい。しくしく……」
「ご、ごめんママ。別に意地悪したわけじゃないの! あ、じゃああたしの好きなものは何味だったでしょう~?」
「宇治抹茶アイスの黒蜜きなこ白玉添え?」
油断のならない天河ルナはトラップをしかけてきた。実はマミはあまり甘いものが好きじゃなくてチーズとツナのレタスサラダを頼んでいるのを私は知っている。
「ブブー、不正解~」
「うーん、しまったぁ~」
などと一件間抜けなやり取りをしていると、クレープ屋に集う候補生数名の姿が見えた。イヅミとリーリン、そしてアミが制服姿でクレープの焼き上がりを待っていた。こちらに気づいたイヅミのアイコンタクトを伊達眼鏡越しに受け止める。
「すみませーん、ミックスベリースペシャルとチーズとツナのレタスサラダ一つずつぅ」
お店の人にオーダーするこの声が誰なのかアミとリーリンはワンテンポ遅れて気づき、今オーダーをすませたのが誰か、本当にその人なのかためすがめす見極めてから、そわそわし始める。その気配に気づいたのか天河るなが自分から自己紹介をすませた。
「あら、あなたたちが新しいキューティーハート候補さん? 初めまして。シャイニープリンセスこと天河るなです」
何も予想していないタイミングで憧れの人を前にした二人の驚きと混乱と歓喜と感動が渦巻く様は省略。
リーリンなどいつものツンツンぶりが嘘みたいに、幼い表情になってひっくひっくしゃくりを上げて泣き始めるからこっちが気まずくなる。
「あ……あたし、小さいころっ出稼ぎ中の父ちゃんが送ってきてくれた中古のふっるいビデオであんたのこと知って……そっからあんたみたいになりたくてなりたくて……」
「あら、ちょっと待って。あなたたしかフロリアガールズのリーダーだった子よね? 確かピンピンさん。今は確かweb系のエンターテインメント会社のCEOもされてなかったかしら?」
「! あたしの会社のことをご存じで……⁉」
「もちろんよ。設立わずかで人気ゲーム数本と人気web小説の配信サービスを軌道に乗せた見逃せない会社だってあちこちで話題よ」
「いえいえ、あたしの会社なんてそんな、まだまだちっちゃくてとてもとても……」
いつものツンツンぶりが形無しで、どこかの寒村育ちの女の子の素顔が露になるリーリン。それを見つめるイヅミの表情はいつも通りうすぼんやりしているが、どうやら内心面白くないらしく不穏な念がこちらに届いてくる。
『……なぜでしょう。私が望んだ事態のはずなのに、この胸のざわつきは……』
あんたそれ世間じゃ嫉妬って呼ぶやつだよ。
『嫉妬……。これが、嫉妬……』
「それに、アミさんじゃない。お久しぶりね。素敵な女の子になったのね」
アミはセレブとの対面には慣れているのか、リーリンほどグダグダにはならなかったけれど、それでもやっぱり上ずった調子が見える。
「あ……あれからずっと、立派な魔法少女になれるように特訓してきました!」
天河るなは微笑むと、あたしの背中を押してアミの前に出るように促した。
「ほら、エミ。あなた一度パーティーでお会いしたでしょ? アミさんよ」
アミは伊達メガネのあたしをじっと見て、誰か気が付いた後にぱあっと笑顔になり、あたしの手をぎゅっと掴んだ。興奮したせいか母語でなにかをまくしたてあと、ぎゅうっと抱きしめる。
数人の候補生とだけ話をしては不公平だから。
と、天河るなはそのあと寮に乗り込み、スタート時から残り半分くらいになった候補生たち相手にあいさつをする。もちろん大騒ぎになる。
一緒に連れていかれたあたしもみんなの前で初めて「お披露目」されることに。
この流れは本来東邦動画の人のたてた計画の埒外にあることで、スタッフさんは大騒ぎだったみたいだけど天河るなの「まあいいじゃない」の一言でなあなあになってしまう。
あたしはこの前まで一緒の生活をしていたみんなの前でさも初対面であるという顔をするのがおかしくもあって噴き出しそうになったけど、頭の中でずっと描いていた「完全なキューティーハート」のイメージ通り、元気に可愛く挨拶をする。
その様子をカメラがとらえ、候補生一人一人もSNSで発信する。伝説のヒロイン天河るながサプライズで降臨したことや次期ヒロイン・天河エミのお披露目が行われたことはキューティーハートファンや魔法少女ファンに共有され、瞬く間に拡散してゆく。とにかくリアルでもネットでもお祭状態だ。
……そんな感じで天河るなと初対面を果たした一日はとりあえずとんでもなく濃厚に過ぎて行った。
すっかりはしゃいくたびれてしまった(さすがに齢ねぇ……とのこと)天河るなは、帰宅する日を一日伸ばしてあたしの隣ですうすう寝息を立てて眠っていた。自分の家にシャイニーなんとかを泊めることになったジーニの興奮と感激は見ていられないほどだった。
あたしはまだ天河エミ姿で、この日記を書いている。長文なのでちょっと手が痛い。
発見したこと一つ、マミの姿では使えないあたしの魔法が、天河エミの姿だとほんの少しだけど使える。
あともう一つ、天河るなはバカそうに見えるけどそうじゃない。さすがに
スマホにはマミから連絡あり。海に正直に自分がモモではないことを打ち明けたとのこと(その方がいい)。おもしろそうだからという理由で海も計画に協力してくれるとのこと。ネットで今日の大騒ぎを確認したとのこと。
「あの人らしいわ」
そっけないメッセージが寄せられていた。
8月16日 晴ているけれど台風がきているらしい
天河るな、帰宅。
あたしが眠っている間に。
「昨日は楽しかったわ。可愛い魔女さん。エミをよろしくね。
エミはあたしと一緒に服を買う時はお薬を口に含んだような顔をずっとするし、
あたしと一緒の時は必ず宇治抹茶アイスの黒蜜きなこ白玉添えを頼むのよ♡」
そんなメッセージをしたためたカードが机の上に置かれていた。
鏡をみると、赤毛の魔女、つまり本来のモモの姿にもどったあたしが映っていて頭を抱えた。やはりアプリの魔法では限度があったらしい。
やれやれと再度マミに変身する。
天河るなはなかなか話が通じるやつのようで、東邦動画の関係者にはこのことを伏せていた模様。タナカさんからの連絡もいつもどおりの業務連絡のみだった。
マミへこの件を伝えるべく連絡するけれど、忙しいのか今日に限ってなかなか反応がない。そのまま学校へ出かけた。
候補生の数もすこしずつ絞られてきた。
夕方、マミより連絡。今日からおばあちゃんと一緒にあたしの故郷、つまり鏃山のふもとへ帰ると言ってきた。少し不安だけれどカエルがいるから平気だろう。
「あの人と一緒の時だけ宇治抹茶アイスのクレープを頼むのは美味しいけど高いからだよ。甘いけどあれだけは美味しいんだよね。でも自分のお小遣いで買おうとすると大変なんだもん」
お茶目な調子でマミはそう寄越していた。
「まさかそこを持ち出してくるとは……ママの癖にトラップをしかけるなんて」
眠る前、やたら静かで暗いので、昨日天河るなが布団の中で語っていたことなんかを思い出してしまう(ので、ついまたノートを開いてしまう)。
「ユメノちゃんとヒメカちゃんのこと、聞いたわ。……ママたちも悪かったわね。あなたたちの意見を聞かないで『娘たちもあたしたちと同じように素敵なチームになってもらいたい』なんて盛り上がっちゃって……。二人も最初はそれにこたえようとしてくれてたのね」
「エミちゃん、あなた本当にキューティーハートになりたい? もしそうじゃないなら正直に言ってね」
あたしはマミの本心を知っている。マミは本当は魔女の女の子になってヒガシムラの漫画に出たいことを知っている。でもそれをあたしの口から伝えるのは何か違う気がする。とりあえず
「あたしはなりたい」
と答えた。その時天河エミの姿になっていた魔女の孫娘のモモの本心だ。
8月17日 台風の影響で風が強い
朝起きるとタナカさんから連絡があった。あの日以降、ユメノとヒメカから連絡が無く二人の親も非常に心配している。幼馴染のあなたからの連絡なら二人も心を開いてくれるかもしれないから悪いけれど電話をかけてみてくれないか、という連絡だった。
先週のあの様子を見る限り天河エミからの言葉だって素直に聞きやしないんじゃないかという気持ちの方が大きいけれど、行方不明とは穏やかではない。
なんとかユメノらしいアドレスを見つけて電話をかける。コール音がしばらくなってから思いっきり不機嫌そうな声で「何?」とか言ってきた。
ムカッとしたが、あんたの親が心配してるらしいので連絡くらいすれば? と言ってから切る。
一般生徒のマミとして生活するマミにも、候補生たちの姿を見るという重要な仕事がある。自分のチームメイトになる子たちなんだから仲良くなれるかは最低限見極めないと。
あたしと同じクラスにいるリリアはおとなしくて気弱だけど芯は強いしなにより可憐なたたずまいが魅力的だ。
双子たちは自分たちだけで固まりすぎだけどお茶目で可愛い。たまに聞こえてくる会話もコミカルで面白い。
アミとティーダは戦闘力が高いし、最近サイファイガールズってチームをくんでへんてこな動画をあげてプロモーションを組んでいる子たちもキャラが立っていていい。リーリンは経験者だから頼りになりそうだし、イヅミも一件クールな新鮮でいいかも。
タナカさんに渡される資料と首っ引きになって考えるけれど、審査する立場になるとどの子にもいい面があるように見えてきて困る。
「この子は落選候補に入っているわ」
とタナカさんにあげられたリストに入っている子のところには直接会いに行って、物陰から様子を見たり時には少ししゃべってみたりもする。ニンジャのチハヤ、ジャングルからやってきた呪術師のジュジュ、自分を閉じ込めている壺から出してくれた人間の願いならなんでも叶えるハリンといった明らかにキューティーハート向きじゃない女の子も、変身すると猫耳を生やすユナや前世ではお姫様だったっていうジャンヌ、魔法学校の優等生だったというシャーロットといったキューティーハートと相性のよさそうな子、いろんなタイプがいたけれど彼女たちの様子をしっかり見たり言葉を交わしてみると結構面白い。
数週間とはいえ、一緒の建物でくらした仲だったのに、あたしはこの子たちのことをなーんにも知らなかったんだ。そんなことを考えるとなんだかすごくもったいない気がして切ない。
打ち合わせの時にふとそんなことをつぶやくと、黒猫姿のタナカさんが翡翠色の目をじっと見据える。
「〝一緒の建物で暮らした仲だった″?」
やべ、と焦ったけれど表には出さず、
「同じ学校で一緒の時間を過ごしたって意味」
と訂正しておく。これで納得させられたかどうか。
「とにかく、ようやくオーディションに関してやる気を見せるようになってくれたのは嬉しいけれど、彼女たちの前でウロウロしな方がいいかもね。最近『マミに話しかけられたら落選する』って噂が出始めているくらいだから」
うげげ。道理で最近あたしの姿を見ると逃げ出す候補生の姿が多いはずだ。
「あなた、自分で思っていた以上に目立つのよ? ユメノにヒメカ、それにあの魔女のモモとも仲が良かった一般生徒ってことで。くれぐれも自重してちょうだい」
素直に、善処しますとだけ答えた。
夕方、スマホにはマミの楽しそうな道中記がたくさん投下されていた。大都市の地下の駅から電車にのるマミ。あたしの故郷について鏃山や町の様子を画像におさめては連絡してくる。
「東村先生の漫画に出てきたのとはちょっと様子がちがうのね」
弾んだ様子の文章を送ってきたので、あくまでヒガシムラはおばあちゃんにインスパイアされた物語を漫画に仕立てただけだから、似てるところは多くても結構ズレてるとだけ返した。マミも物語の世界の子だから理解してくれるだろう。
8月18日 台風接近
今日は日記を詳しく書いている時間が無い。なにせ空も嵐で町も魔法が使えない大嵐だ。
すべての魔法が強制的に解かれて使用不可能になっている。
なぜそんなことになったのか、原因だけ書いておく。普通の女の子になりたかったユメノとそれを利用した糞ババ……ばあちゃんのせいだ。
あたしもあたし自身の姿、つまりモモに戻ってしまった。
それを知ったタナカさんはトラブル続きで疲労困憊だった所へとどめをさされてぶっ倒れ、ジーニはなぜか「モモさん最高っすよ」とゲラゲラ笑った。
事態は全然最高ではない、最低だ。その理由はあした詳しく書く。
モモの日記はここで終わっている。
あの後のことは本当に大変だったから、日記魔のようだったモモも続きを書く時間を捻出できなかったのだろう。
今これを書いているのはモモではない。モモはかたくなにマミと呼び続けていた私、天河エミだ。そしてあの大嵐の夏から結構な時間が経っている。私たちももういい大人だ。
モモが去ったあとの私の部屋に、キューティーハートのこのノートが忘れられていた。
私の持ち物には無かったノートだ。こんな日記をモモがつけていたとは知らなかった私はついうっかりそれを開いてしまう。日記だと気が付いた時にはもう遅く、やめなければやめなければと思いながらも、私はうっかりローズの香りのするピンクのインクで書かれた文面を読み進んでしまった。
以後は罪悪感と共にそのノートを本棚にならべていたけれど、この前ついに罪悪感が爆発してモモにうっかり日記を読んだことを告げた。
モモはギャーっと呻いて顔を伏せたまま床を転がったけど、ひとしきり恥ずかしさの発作が収まると一応ゆるしてくれた。
「でも、読んだのがあんたで良かったよ……。タナカさんとか、東邦動画の人に見つかって回収されたのかと思ってたからさ」
「ごめん。でも結構面白かったよ? 私の知らないみんなのことが書かれていて」
「そう? 気に入ったんならあんたにあげるよ。あたしが持ってるとうちのババアが勝手に盗み見しそうだしさ」
というわけで正式にノートをゆずりうけて以降、私がこのノートを保管していた。
それ以降、私は折に触れてこのノートを読み返していた。
モモはあけすけに心の中を書き続けている。
今それぞれの世界で活躍するあの子たちのことが書きつけられ、くすぐったいような恥ずかしいような気持ちだ。特に私のことを可愛い可愛いと連呼していることにはことさら照れる。
マミを名乗っていた私はあの魔法少女たちと離れた所にいたけれど、モモの書くノートの中で私はあの子たちと一緒に生活したような気分になる。それは個人的な、小さな幸福でもあった。
このノートを読むのは長い間私だけの楽しみだった。
でも、世界を救うスーパーヒロインになったアミの物語を基にした映画が公開されてジャパンプレミアが行われたり、日本刀を持った異能力少女イヅミが活躍するフロリア制作ゲームのCMが頻繁に放送されたこの夏、たまらなくあの年の夏のことが懐かしくなった。
と、同時に、あの大嵐のことがかかれないままだったのはなんだか残念でたまらない。あの夏はあの嵐のことを語らねば終わらない。
そんな気になったのでペンを手に取った。モモのように香り付きのペンでなく、単なるボールペンで申し訳ない。私はこのありふれたペンでないと長文が書けないのだ。
私のあとにこのノートを読むことになるかもしれないあなたへ。
そういうわけであの大嵐のことは私、天河エミが語る。
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