第5話 ルームメイトが侮辱されヒロインが発表される第五週

7月29日 雨


 朝起きたらリーリンがイヅミにポージングと名乗りの指導をしていた。

 昨日の一部始終を見ていてほっとけなくなってしまったらしい。


「あなたのキャラクターだとセンターはまず無理だから追加メンバーを狙いなさい。クールで謎めいていて悲しい過去がある。最初は敵の幹部だったけれど途中で改心する枠よ、いいわね!」

 とかなんとかいって、謎めいた過去があるキャラクター風の演出をやってみせた。なんだかよくわかっていなさそうなイヅミだけどおとなしく従っている。


「過去の悲惨さには自信がありますので任せてください」


 

 雨だし、学校もお休みだし、先週の失敗や昨日のヒガシムラのコメントの件もあって寮の中でダラダラすごしてしまう。そんなところをカメラが遠慮なく撮影したりするせいかみんなストレスが溜まっているようで、食堂でティーダがアミにお前あの時本気出してなかったろ、そういうのムカつくんだよ、とかわけわかんない因縁を吹っかけてきたりする。

 


 最初は笑って取り合わなかったアミだけど、こっちはお前らみたいに帰る所がある身じゃあねえんだよ、遊び半分でオーディション受けにきてんじゃねえぞ、とかティーダに挑発されたアミが笑顔でカメラに「お願い、ちょっと止めてね」と頼んで反撃に出たりするぐらいだから結構たまっていたものがあったらしい。


「本気でキューティーハートを受けに来たっていう人がそんな言葉遣いをする? キューティーハートは女の子の憧れよ? あたしに言わせればあんたの方が遊び半分に見えるけど?」

「はぁ? お前本気でこんなガキのままごとくせえ物語に参加しにきたのかよ? 黙ってりゃあてめえの名前のコミックブックが刊行されて全世界のスクリーンやテレビでてめえのご活躍が公開されているご身分のガールヒーロー様がよぉ、傑作だなあ」

 

 いい加減あたしもイライラしていたのでその怒りが食堂のテーブルやなんかをひっくり返して騒然としたけれど、ティーダはそれを嗤っていなす。


「そこのチビ魔女ウィッチもあの東村はやとの知り合いなんだろ? んなとこでちんけなポルターガイスト起こしてる暇があったらお抱えの漫画家様に夢いっぱいの大冒険漫画でも描いてもらってちびっ子どものお友達になってろ!」

 

 ティーダが銀色のハツカネズミに変身する魔法にかからずにすんだのは、今までにみたことのない表情のアミがあたしを制したからである。見た順にそのまま記す。


①アミ、両手を顔の近くまで持ち上げるとその手にレモンイエローのおもちゃの水鉄砲によくにた道具を出現させる。

 ↓

②それを戦闘開始だと受け取ったティーダが愛用の杖を構えて魔法の弾を出現させ、アミに向けて放つ。

 ↓

③アミ、それを右手の水鉄砲から発射させる小さな魔力の弾で全弾き落とし、左手の水鉄砲からはティーダを狙った大き目の弾を打ち出す。ティーダ、それを杖で弾く。魔力で出来た弾は他の候補生の方へすっとんでみな悲鳴を上げたりシールドをはったりで阿鼻叫喚。

 ↓

④魔力の弾がもうもうと噴煙上げる中一瞬で間合いをつめたティーダが杖を振りかざして一撃を与えようとしたが、その動きを読んでいたらしいアミがそれを交わして水鉄砲を持つ手の甲で裏拳を食らわせ床にたたきつける。

 ↓

⑤反動で手放した杖を足で踏みつけて抑え、床に這いつくばりはしたがまだ闘争心を消してはいないそれに手を伸ばそうとしたティーダの額にアミは水鉄砲の銃口を突き付けた。

「まだやる?」

 

 ①~⑤まで、たぶん30秒もかかっていなかったんじゃないかと思う。


 いつも来るのが遅いタナカさんにまた説教された後(またあなたたち205号室⁉)、嵐に直撃された方がマシだったんじゃないかっていうくらいぐちゃぐちゃになった食堂は半日かかってあたしとアミとティーダで片づけた。

 壊れたテーブルや食器や窓ガラスはあたしの修復魔法でなんとかなるがひっくり返った料理は調味料は手作業で掃除した方が早い。でも量が量なので時間がかかったという次第。


「んだよ、魔女ウィッチならそういうこまごました魔法おぼえとけよ。つっかえねぇなあ!」

 と顔にあざを作ったティーダがぶつくさ言ったので、光の弾出したり火やら氷出すことしかできない奴に何にも言われなくないし! と言い返しておいた。


「もう、二人ともケンカしないの。仲良くしなよ、仲良く。キューティーハートは笑顔の戦士なんだよ」

 アミはあたし達のやり取りを聞いて、こう言って笑った。さっきの狂戦士みたいな戦いぶりが嘘みたいだった。


 とりあえずティーダがアミに謝ったので一件落着でいいと思う。すべての片づけが住んだ後、ヨシダさんがご苦労様と言ってアイスをくれた。アイスが好物のアミは歓声をあげてヨシダさんに抱き着く。その姿は本当に人懐っこい女の子だ。


「俺もうキューティーハートの悪口言うのやめるわ」

 

 ティーダがアミに聞こえないようにぼそっと呟いたのでそうした方がいいよと言っておく。そんなことしたら受かるものも受からないし。



 ちなみにティーダがオーディションに参加した理由もイヅミと似たような理由からだったらしい。

 魔王に支配された世界を救うために旅する冒険者の物語の仲間として生まれたのに、よく似た物語がたくさんあふれかえってティーダのいる影の世界は全く目だたずすっかりかすんでしまい消滅するのも時間の問題という瀬戸際まできているのだとのこと。仲間たちも様々なオーディションに参加する中魔法を使う戦士だったティーダに合格通知が届いたのが魔法少女であるキューティーハートの新人選考だったというわけだ。


「恥を忍んで来たっつーのにさぁ。お前らみたいなのがいるんだもんなあ」

 とティーダはぼやいていた。こういうやつら俺のほかにもいるぜ、とアイスを舐めながらつぶやいたので、うん知ってる、と答える。

 

 消滅しそうな影の世界からやってきたイヅミは、リーリンの指導の下「新たな秩序は闇より生まれる 新月より生まれし戦士イヅミ!」とかなんとかキューティーハートというより中二病くさい名乗りとポーズを振りつけられるのを文句も言わず黙々と受け入れていた。


 明日からは気持ちを切り替えていこう。がんばれ、あたし。



7月30日 晴


 まあこの前のヘマのことやコメント寄越したっきりなヒガシムラのことは忘れてこの日は学校での生活を充実させる。

 授業はさっぱりわからないけれど理科は結構面白い。魔法と通じる要素があるからかな。


 「一般生徒」が重いものを運んでいたら手伝ったり、掃除の最中にふざけるやつがいれば注意したり、マミとおしゃべりをしたり(東村先生なんて言った? 連絡ある? もし遊びに来られることがあったらあたしもお邪魔していい? とノリノリなのがちょっとしんどい)日常生活とやらを充実させた。

 あいかわらずユメノとヒメカがマミをなにかとかまってくる。この前の豚の一件は全く記憶にないようだけれどこっちはヒヤヒヤする。


 ショーを覗いてみた。イヅミに頭を割られそうになっていたジーニだけどもうすっかり元気そうだったので安心。


 寮に帰ったらカエルがSNSで何があったかを簡単に報告してくれた。ヒガシムラからはあれきり連絡はないらしい。ほっとする。


 なんだかひさしぶりに穏やかな一日だった。たまには悪くないな。


・今日のミッション

 今日から改めて再出発。とりあえず前みたいなことが無いように変身魔法を練習する。



7月31日 晴


 明日八月一日に重大発表……来年度のキューティーハート主役の発表があるとのこと。


 そのこともあって候補生たちはなんだか落ち着かないけれど、今日も穏やかに一日をすごすことにつとめる。あたしはどうしても感情的だし、そうなるとしなくていい失敗をしがちだし。

 ただユメノとヒメカはそのせいもあってやたらつっかかってくる。うんざりしてあたしとマミは放課後にマミの下宿先へ。

 昨日で審査目的のショーは一旦おしまい。だからジーニもパン屋の店先でおかみさんをやっていた。

 

 保育園から帰ってきたジーニの子供(五歳になる女の子)がいたので、台所でマミとホットケーキを焼く。マミはフライパンをゆすって器用にひっくりかえす。ジーニが言っていた通りかなり手際がいい。

 焼いたホットケーキにはジャムだのシロップだのはちみつだのなんでも好き放題に乗せた。マミはなんだかふだんよりテンションが高くはしゃいでいたかと思えば急に上の空になったり、様子がおかしい。そんなマミはちょっと珍しい。

 

 ヒガシムラからは連絡もない。もう安心していいだろう。これでオーディションにとりくめる……と思った矢先になんだか外がうるさい。なにかあったみたいだ。



8月1日 晴だった


 反省室から帰った夕方の6時くらいに、とりあえず来年度キューティーハートの主役は天河エミという女の子だと発表された。

 

 ピンクの髪をウサギみたいなツインテールにした、はじけるような笑顔を浮かべた、まさにキューティーハートの主役になるために世に誕生したような女の子だった。可愛い。本当にカワイイ。こんな子の仲間になって1年間一緒にすごせたらそれはそれは楽しいだろう。

 天河エミは例のシャイニーなんとかのヒロインの娘だそうで、アミやリーリンがそりゃあもうギャーギャーうるさいくらいに興奮していた。ネットもそうだったらしい。東邦動画の魔法少女物語をおいかけている人にはそりゃあもう驚天動地な出来事みたいなんだけどあたしはぶっちゃけキューティーハートにしか興味がないのでその辺はどうでもいいや。


 とにかく天河さんはすごくカワイイ……。

 ユメノやヒメカと同じシャイニーなんとかのジュニアらしいのに、二人と違って意地悪さのかけらもなく本当にはじける笑顔の可愛い女の子って感じだ。カワイイ……。

 

 ていうか疲れた。一昨日と昨日おきたことは明日書く。寝る。おやすみ。



8月2日 晴


 1日休んだ学校でまったり過ごした(マミが心配してくれた)。


 というわけで、7月31日から8月1日にかけてなにがおきたのか、なんで反省室なんてところに閉じ込められる羽目になったのかその顛末を書き残そうと思う。それにしても反省室なんてものがこの寮にあったのが驚きだ。まあ物置になってる空き室のことだけど。

 

 

 7月31日、ちょうど日記を書き終えた頃にリーリンがユメノ&ヒメカと大喧嘩。


 原因はリーリンが元フロリアガールズのピンピンだと二人がSNSでばらしたから。

 リーリン故郷の新興国では公然の秘密だけれど、こちらでは知られていないので、キューティーハートファンコミュニティ内ではちょっとした炎上状態になったらしい。

 パクリがパクラレ元のオーディションにくるとか厚かましいとか、ピンピン時代のマヌケな画像や動画が発掘されて、つんとしたお嬢様キャラで売っていたリーリンは物笑いの種になり、SNSのアカウントは荒らされて鍵をかけざるを得なくなる。


 鍵をかける前に、二人がほぼ同時に「昔のリーリンちゃん♡」というキャプションつきでピンピンの画像をはりつけてtweetしたためにあっという間に拡散したことを突き止める(なんでこんなバカなことをしたのか、あの二人の考えることはさっぱり理解できない)。

 リーリンが直接抗議すると、遅かれ早かれどうせすぐバレるんだから早めにバラしてあげたんだ、とか、むしろ親切でやってあげたんだとか、可愛いから恥ずかしがることはないのに、とか、小バカにしてきたのでリーリンはブチぎれたらしい。きっと今まで媚びへつらっていたうっぷんも爆発したんだろう。

 使い魔のパンダをネットの世界に放ってあっという間に二人の裏アカウントを乗っ取ると、はいつくばって謝罪すればこの件は不毛にするがしなければ全世界に公開すると宣告していたのが騒動の大元。

 

 面白半分に候補生の過去を暴き立てるような二人の裏アカウントだから、公開されればキューティーハートどころか魔法少女としては一巻の終わりなのは当然。

 でもリーリンごときポッと出の成り上がりに土下座するのは名門魔法少女のお嬢様としては屈辱だったようでギャースカブーブーと反対していたところに騒ぎを聞きつけたタナカさんがやってきたのだ。

 間の悪いことに、リーリンは激高して仁王立ちで二人に土下座を強要しユメノ&ヒメカは唇を尖らせながらも涙目ですっかりおびえきっていた。どちらが加害者にみえるかといえば圧倒的にリーリンで有無を言わさず拘束され、リーリンの命でもあるスマホを取り上げられて反省室へ連れていかれたのだった。


 この時点ではあたしもアミも、騒ぎをききつけて外に出てきた候補生のほとんどもなぜこんなことになったのかまるでわからずポカンとしていた。

 そんな中、イヅミだけは正確に物事を把握していた。なのでリーリンだけが反省室行きは不当だとかなんとか必死にタナカさんへ訴えかけていたけれど、頭に血が上っているタナカさんの耳にイヅミのぽそぽそした言葉は届かなかった。

 

 ほどなくして元々の原因はユメノ&ヒメカだとタナカさんほか東邦動画のスタッフも把握したけれど、二人をしかりつけてそれぞれのアカウントから件のtweetを削除させると「実はアカウントがのっとられました」とバレバレの言い訳と謝罪を課せられた。そして当分外出禁止。処分はそれだけだ。

 

 二人の外見は天使のように愛らしいので、「アカウントがのっとられました」なんて恥ずかしくて仕方ない言い訳を信じ込むファンもいる。おまけに候補生たちには箝口令がしかれ、撮影クルーにも録画した画像を全削除させる徹底ぶり。一部始終を見ていた候補生たちの士気は見るからに低下。



 特にイヅミの士気の低下が著しく、例の鉄仮面を被ってベッドに突っ伏す。

 

 あまりにもどんよりしているのでアミと二人で尋ねると、上のような事情を話してくれた。そしてさらに真相を伝える。リーリンは別に自分の過去をばらされて怒ったのではなく、二人が彼女が演じて守ったフロリアガールズの仲間を、物語を、貶めたからこそ怒ったのと。

 

 すぐさまアミのスマホで祭になっているSNSを確認し、まだこの時点ではまだ削除されていなかった二人のtweetも見届ける。「……これは酷いね」がアミの弁だが、あたしは気づいたら部屋を走り出て、ユメノ&ヒメカの部屋(そうそうこいつらは二人部屋なんだよ。ほかは大抵あたしらみたい3~4人で使っているのに)のドアをけり破って天井から大量のオタマジャクシが降ってくる呪文を唱えていたからだ。

 

「なんか用?」

 って言っていた二人もびちゃびちゃぬるぬるしたオタマジャクシが豪雨ばりの勢いで降ってきては余裕もかましていられなくて悲鳴をあげながらドアまで殺到したところ、絶妙のタイミングでドアを閉じてやった。

 イヤアアアア! キャアアアア! と叫びながらドンドンバンバン叩くドアを背中で抑えているところにまたタナカさんがやってきて、あたしもすぐさま反省室に閉じ込められたってわけである。


 リーリンと違うのはバッテンがプリントされた冗談みたいなマスクをかけさせられたことだ。パーティーグッズみたいな見た目のくせに、食事をとるとき以外外せないというタチの悪い拘束具だ。これで呪文がとなえられなくなった。

 

 

 そんなわけで31日の夜から8月1日の夕方までほぼ丸一日リーリンと一緒に反省室で閉じ込められていたのだ。体調を崩してはいけないと、水と食事は適宜差し入れられたし効きがいまいちだったけどエアコンもいれられたので死ぬほどではない。

 魔法が封じられた状態であまりいい印象を持っていない相手と同じ部屋にいるのは気まずいかと思ったけど、案外そうでもなかった。


 反省室の中で先客のリーリンは薄い黄緑色の髪にショッキングピンクのドレスというフロリアガールズのピンピン姿でプラスチックの衣装ケースの上にふてぶてしく座り込んでいた。手にはチューリップの花みたいなデザインのあか抜けないステッキを持っている


「仕方がないじゃない魔法を使うにはこうするしかなかったのよ。大体この部屋のエアコンの効きが良くないのが悪いのよ!」

 その姿に爆笑すると、リーリンはこういってプンスカ怒っていた。


「大体ピンピンは本来冷気攻撃担当じゃないのよ、花の化身で春の妖精なんだからむしろ冷気をあやつるのは不得意なのよ!」

 ってつけたしていたけれど、要は相性の良くない冷気系の魔法も使えるあたしすごくない? ってアピールらしい。

 

 食事の時間になるとヨシダさんがトレイに乗せたごはんとおかずを差し入れてくれた(ちなみにこのタイミングでトイレにゆく)(トイレに行くときはリーリンはピンピン姿を解除する)。

 

 あたしはリーリンのピンピン姿に爆笑したことで怒りがおさまってしまったが、ピンピン……じゃなくリーリンは腹の虫が収まらなかったらしく、おにぎりにかぶりつきながら「なーにがパクリよ! キューティーハートだってシャイニープリンセスのパクリの癖に!」と聞き捨てならないことを言いだす。抗議したかったけれど例のマヌケなマスクのせいで言葉が出てこない。


「大体、魔法の国から女の子がやってきたり魔法の国の使者から普通の女の子が魔法を授かるお話が今現在世の中にいくつあると思ってんのよ。あれらが全部パクリだなんだと言い出したら知的財産保護専門の弁護士はカローシするわね!」

「この国の動画制作会社の連中は自分たちだけが魔法の国と独占契約できるって思いこんだいるのかしらね。そういう固定概念こそが害悪なのよ!」

「そりゃあね、フロリアガールズもフロリアワールドもまだまだ発展途上よ! でもあたしたちはそれでも一年ちゃんと物語を語ってこの世界もフロリアワールドも守ったっていう実績があるのよ、魔法少女としての! そんな経験をした候補生がほかにいる⁉ あのアミだってしょせんデビュー前だし、あんただって故郷でのんきに空飛んで空からカエルやヤモリやヘビでも降らすようないたずらでもしてたくらいのもんでしょ?(←うるさい)」

 

 大体こんなことを仏頂面で黙り込んでいるときと寝ているとき以外はぶつぶつぶつぶつ呟き続けていた。まあとりあえずわかったことは、リーリンはフロリアガールズ時代の自分を恥じていないどころかかなり大切に思っているらしいことだ。


「今日私を嗤った連中は震えて待つといいわ、キューティーハートのノウハウを学んだことにより発展したフロリアガールズが作る未来を! 魔法少女の新世代をつくるのは私たちフロリアガールズよ!」

「そもそもここの動画会社のお抱え脚本家風情なんて私が引き抜こうと思えばいつでも引き抜けるのよ? 総合遊戯公司フロリアのCEOの総資産舐めんじゃないわよ」

 なんて物騒な宣言をする程度には誇りに思っている。それにしてもこの時口がきけなくて、そんなこと言ってるのバレたら速攻でオーディション落選するんじゃない? とアドバイスしてやれなかったのが残念だ。


 とりあえずブチギレたリーリンはかなり面白いやつだったので、反省室でぶちまけたもろもろは私の腹の内(とこの日記)の中にのみおさめておくことにする。

 そういやイヅミがリーリンは口から出す声と心の声が違うので辛いと言っていたけれど、なるほど。つんつんすましているときもこんな風に「今に見ていろ!」って吹き荒れていたんだな。おもしろ。


 そのイヅミはリーリンのことをかなり心配したらしく、瞬間移動とやらで登校前と下校後に反省室内に現れては紅茶とビスケットを届けにきてくれた(ヨシダさん黙認らしい)。

 最初はふたりして驚いていたけれど、二度三度となると慣れてしまい、冷たいものを持ってきてだの、空調の効きが悪い原因を調べろだの(イヅミは結構キカイに強いらしくエアコンを直してくれた)、退屈だから本か雑誌でももってこいだのとパシらせてしまった。まあイヅミも好きでそうしていたらしく、最後の方になると結局三人で反省室で漫画を読んでいるような状態になった。三人でダラダラしていると、一人にしているアミのことが気になってきたがその間にナイスアシストをしていてくれたのがアミなのだ。


 タナカさんによって反省室を出され、部屋に戻る。

 リーリンは早速返却されたスマホで自分のSNSをチェックしてしばらくしてから表情を変え、怒ったような泣きそうな顔になってアミへ言う。


「あんたって本当にお節介ね」

「あなたがまた何かムカつくことをしたらさらしてやろうと思って押えていただけだから」

 アミはそう言って笑っただけだ。


 アミは自分のアカウントでフロリアガールズのメンバーがリーリンをどれだけ慕っているかどれだけ勉強熱心な子かをtweetや普段のツンツンぶりからは想像できない優しい笑顔のオフショットの写真を見つけてRTしていた。フロリアガールズたちは新興国専用のSNSを利用しているのでよっぽどのマニアじゃないとわざわざ探そうとしない。わざわざ探してファンの目に留まりやすいところで紹介するのだから援護射撃をしたということだろう。

 

 あのパクリ番組出身のツンツン娘結構いい子じゃねえか、そもそもユメノとヒメカの方が根性悪くね? バレバレのいいわけするし印象最悪……という声がネット上で高まって炎上騒動はようやく沈静化した模様。ただイヅミがなぜか不機嫌になって例の鉄仮面を被ってふて寝しだした。


 そのあと例の天河エミの発表があり、ふたりはギャーギャー騒いで大変なことになっていた。


 そんな1日だった。


 ……あ、リーリンは反省室から出されるととりあえずPCの前でカチャカチャやって、削除されたはずのユメノとヒメカの豚変身動画をサルベージして保存していた。

「あいつら今度ふざけた真似をしたらこれを全世界にばらまいてやる」

 と物騒なことを口走りながら。


 あたしの恥も全世界に公開することになるからやめてほしいんだけど。



8月3日 雨

 

 昨日の疲れが出たのかベッドで突っ伏して寝ていた。

 学校が終わってからリリアがマミが心配していたことを伝えてくれる。いいやつだ。

 久しぶりに元の姿にもどしたカエルと遊んでいた時に来てくれたのはタイミングが悪いとしか言いようがなかったけれど……。



8月4日 久々に雨

 

 天河エミの発表があってからなんとなく候補生たちの空気が重い。

 

 今まで女王様みたいにふるまっていたユメノとヒメカが急に遠巻きにされて冷たい視線を向けられるようになったのだ。

 次期主役に内定した女の子が二人と同じようにシャイニーなんとかの関係者だって判明したこと、つまりは来年度キューティーハートは次期シャイニーなんとかの娘たちを集めることが決定していること、オーディション合格間違いなしとみられている二人が炎上騒動を起こしてもほぼお咎めがなくわがまま放題にふるまっているのもつまりは出来レースだからだって疑いが寮内に立ち込めているのが原因。まぁ無理もない。最大6人のメンバーのうち3人も決まっていたら士気もダダ下がりだ。


 候補生たちはあたしの起こした豚騒動を覚えているから陰で子豚ちゃんとかクスクス陰で笑うようになるし、そうすると元来気の強い二人が「言いたいことがあるならはっきり言えば?」「こそこそしないでくれる?」とつっかかるし、空気が最悪だ。


「これキューティーハートじゃないなら最高のリアリティーショーなんすけどねえ」

 撮影スタッフまでこうぼやきだすしまつ。


「魔法少女のオーディションの参加者のぎすぎすした様子なんか流したら全世界の女の子が泣きますよ」

 だって。全くだよ。


「私たちは候補生それぞれの個性と主役の天河エミの相性を最重要視します。経歴やそれまでの人気は参考にしますがそれのみで決定することはありません。断言します」

 この空気に業を煮やしたのか、タナカさんが全員を集めて言い切った


 そんなこと言い切るくらいならシャイニーなんとかの娘なんてキューティーハートのオーディションに参加させなきゃいいじゃんって正直そう思ってしまう。



 天気と同じくどんよりした一日だ。


 どんよりしたところへとどめの一撃。

 カエルが大変大変というのでのぞき込んでPCに地獄のようなDMが届いていた。


 

 差出人はヒガシムラ。文面は「明後日そちらまで遊びに行くよ」だった。

 ギャアアア! 最悪。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る