第4話 オーディションが始まり大失敗をする第四週
7月22日 晴 この前まで雨ばかりだったのに極端だな!
朝っぱらからユメノとヒメカがあんたはマミの何なのかと遠回しに訊いてきて朝から鬱陶しいったらない。
何もどうも、こっちに来てから知り合ったとしか答えようがないのでそのままそう伝えると思いっきり不服そうな顔をされた。なんなんだあいつらは。
せっかく始まった学校も今日はいきなり休みなので拍子抜けしてしまったところもあり、一日冴えない日だった。まぁいいや。書くこともないから昨日の続きを書く。
放課後遊びにおいでとマミが言うのでもちろん誘いにのる。オーディションのルールにも友達の家に遊びに行ってはいけないという項目はないはずだったし。
マミの家はあの観光地みたいな商店街の一角にあるパン屋だった。山小屋みたいな外観で本格的な石窯を使って焼いていることを売りにしているらしい(窯でパンを焼くのがなんで売りになるわけ? こっちじゃなんでパンを焼いてるのさ?)。
店の裏口から住居につながる階段があったけど、マミは一旦パン屋の裏手から調理場に顔を出してただいまとあいさつ。
てっきりそこにいるのはマミの親御さんか何かとばかり思っていたのに、出てきたのはエプロンつけて頭にキャップかぶったジーニだった。びっくりでしばらく固まってしまう。女王蜂みたいなプロポーションとチョコレートみたいな肌は昔と同じだったがあまりにイメージが昔と違いすぎる。
それは向こうも同じだった様子であたしを見た瞬間炭酸水を初めて飲んだ子供みたいな顔つきになった。
「こちら、あたしがお世話になっている。パン屋のジーニさん」
なんてマミが紹介してくる。
あたしもジーニもそらぞらしく初対面のふりをした。
まさかばあちゃんの弟子でしばらく前に立派な魔女の免状を手に入れ独り立ちをしたジーニがこっちでパン屋をやってるとは思わなかった。
しばらくしてから笑いが込み上げてきたけどジーニが渋い顔で目くばせをするのであわてて笑いを引っ込める。
マミの部屋はパン屋の二階でちょっと狭くてほとんどものがない。シンプルってやつだ。
山小屋の屋根裏風の部屋と言おうか、白木風の床に木材の地を生かし生成りの布があしらわれた家具が据えられている。天井には天窓、床には荒織の絨毯。テーブルにはガラスの小瓶に活けられた野の花。マミのイメージ通りの部屋だが、なんとなくウチの仕事部屋をおもいだしてしまうたたずまいでもあり落ち着かない(ウチはもっとごちゃついていて汚いけど)。
ベッドの周りをぐるりと囲んだカーテン(これも生成りっぽい生地である)の中で着替えを済ませたマミは、初めて会った時のようなチェックのワンピースを着て現れた。やっぱりよく似合っている。
マミが着替えている間、手持無沙汰なのでこの部屋の中では唯一カラフルな本棚を覗いていた。棚そのものは白くシンプルだけど、色とりどりの背表紙の本が並べらられているので鮮やかなのだ。
あたしでも知っている物語、知らない物語、物語に関係なさそうなものまでさまざまな本が並んでいた。マミは読書家らしい。すばらしいことだ。ヒガシムラの漫画と三島ケイの童話がかなりの冊数並んでいるのが気になったが。
「モモちゃんも東村はやと先生のファン?」
とマミが尋ねた。
ヒガシムラに先生をつけるなんて! ぞぞーっとしたけどマミがにこにこと微笑んでいるのでなんとか隠す。マミがヒガシムラの漫画のファンなのはその本棚を見ただけで丸わかりだった。あいつのマンガに出てくるキャラクターの小さな人形がこまごまと飾り付けられているんだから。
マミはヒガシムラ……先生好きなんだ? となんとか笑顔で質問返しをすると、今まで見た中で一番明るい笑顔で「大好き!」と即答されたので困った。
「東村先生の漫画ってどこかでみたことがあるようだけどでも実は全然見たことなくって、出てくる怪物には愛嬌があって、悪党はおそろしくて敵役にも魅力があって出てくる食べ物がおいしそうで、なにより女の子が強くて格好いいのが一番いい、読んでいるときは別世界にいる気分になるの。あたしは特に『胴なし馬のファラダ』の姫騎士が好き。もともとは三島ケイ先生の『おくすりやの魔女』シリーズのファンだったんだけど、お二人が夫婦だって知ったときは本当にびっくりしちゃった」
……とマミは嬉しそうに語ってくれた。
とりあえず笑顔でうなずくキカイになって、あたしはむずむずする口を封じる。
そうしないと、ヒガシムラなんてあんなやつロクでもない単なるロリコンだし、ヒガシムラ嫁での童話作家の三島ケイも体に悪いものは一切入っていないとかいう触れ込みの糞まずい焼き菓子を作ったり、草の上を裸足で歩いて「こうやっているとなんだか地球のエネルギーと一体になっている気がするの」とか口走る類のネイチャー系変人だとかなんとか悪口を口走ってしまってマミを怒らせてしまいそうだったから。
なので話題を変えることした。家族には見えないけれどパン屋さんとはどういったお知り合いなのかとか、どうして「一般生徒」としてクラスにいるのか、とか。
「うーん、まぁ、いろいろあってね……」
マミはなんだか歯切れ悪くごまかしたが、自分の親は東邦動画の関係者であること、でもちょっとマミ自身の進路に関することで家族と問題をかかえており、今は将来の夢のためにパン屋で下宿をしていることを教えてくれた。
マミは魔女の私が魔法少女を目指していることをたいそう不思議がっていたが、なぜそこまで不思議がられるのかこちらが分からない。
キューティーハートはかわいいし格好いいし、憧れるなというほうが無理だろう。しかも、あたしのいた世界でこちらの世界の番組を見るのは町で唯一キカイ製品を売ってるデンキ屋のテレビに頼るしかなく、ほかの世界の子みたいに自由に楽しめなかった。その分いっそう憧れが強いんだ。
でもマミはどうしてもその点が納得いかないらしい。なにせヒガシムラの漫画のファンだから。
そうそう、マミの将来の夢はヒガシムラの漫画のヒロインになることなんだってさ。おわあ!
「それも特に≪
こう打ち明けられた時の気まずさったらない。
「モモちゃんも、魔女のいる『影の世界』からきたんでしょ? ≪鏃山の魔女≫について知らない?」
まさか「それはうちのクソババアです」なんて言えるわけがない。知ってることは知っていると答えるだけで精一杯だった。
「……でも≪鏃山の魔女≫って悪者だよ? どうしてなんでまた悪い魔女の弟子になんてなりたがるのかなあ?」
「悪者? そうかな。たしかに物語の中では罪もないひとに呪いをかけたり災いをまき散らしたりするけれど、でも絶対だれにも媚びたり群れたりしないじゃない。人に嫌われたって平気だし、やりたいことはやりとげる。笑いたくないときには笑わないし、腹が立ったらその場で怒る。あたしああいう生き方に憧れるの。もちろん悪いことはやりたくないけれど、でもああいうふうに生きられる知恵が学べるんじゃないかって」
マミは澄んだ目でそう答えた。
……孫として言わねばならないけれど、あのばあちゃんはそんないいものじゃない。ただの業突く張りだ。ヒガシムラが自分のマンガに登場させる際にかなり盛ってるだけなんだ……。
その上、≪鏃山の魔女≫は連綿と受け継がれる魔女の伝統を破壊し、影の大地から魔女族の領地を削っていった(と勝手に逆恨みしている)マザー・ファニーサンデーのような魔法少女なる存在と、彼女らの物語を生産し続ける東邦動画その他さまざまな映像動画制作会社をにっくき敵だとみなしている。あの人、悪い魔女としてのプライドが異様に高いから。
もしそんなばあちゃんのところに東邦動画に関係者らしいマミを弟子入りさせたら……!
豚になる呪いをかけた上に百年そのままで生活させたあと辛い辛い修行で辛酸嘗め尽くさせた上に免状を与える際には≪豚遣いの魔女 豚山豚子≫を死ぬまで名乗れと命じるような意地悪は平気でやる、絶対。
そういって引き留めなければならないと分かっていても、マミの澄んだ瞳をみているとその勇気がくじけてしまう。あたしがばあちゃんの真実の姿を今ここで伝えても信じてくれないかショックでこっちのことを嫌いになるか、どっちかだろう。それはイヤだ。
「あの魔女は魔女業界でも評判最悪の業突く張りの意地悪ババアだから考え直した方がいいよ、ほかに優しい魔女はいるから(あたしのおばさんとか)」
……とアドバイスはしたけれど、マミの決心は固いようだ。まったくもう、なんであんな糞バ……おばあちゃんがいいのか。
おわ、手が痛いとおもったら思わぬ長編になっていた。
リーリンが勝手にもちこんだノート型PCを借りてカエルが私を応援する目的のSNSアカウントを入手していた。直立するちんちくりんの二頭身キャラに変身したことでキーボードを打てるようになっていた。空いている時間にリーリンの使い魔からPCの基本的な使い方を教わっていたらしい(リーリンはせこせこしているけれどわりに気前がいい)。
「これでボクもモモを応援できるようになったよ」
なんて、泣けることをい言ってくれる。でもこの前雪を降らした動画をトップにおくのはやめて。
・今日のミッション
どんなキューティーハートになりたいかとにかくイメトレ。あと笑顔。
7月23日 やっぱり晴れ
あの動画のおかげか、カエルの作ったアカウントにフォロワーがちらほら。あたしは電脳のことはさっぱりわからないのでカエルに任せることにする。
「ぼくは ももの つかいまです なまえを すぽつつと いいます ももを おうえん してください」
や
「ももは まじょなので きかいが にがてです ぼくも とくいではありません でも がんばります」
とい、うたどたどしいプロフィールやtweet、とアミの協力で撮った今のちんちくりん姿のアイコンがカワイイと評判を呼んで1日で三ケタまでフォロワーを増やしていた。これにはびっくり。ちょろいな人間。でもカエルの名前が「スポッツ」から「すぽつつ」になっちゃったけど。
今は冷やかしのフォロワーがほとんどだけどこれを本物のファンにすることが肝要よ、とかリーリンが指導していた(たぶん根っから指導好きなんだろうな、こいつは)。
夕方、ヨシダさんがわたしを呼びにきたので台所へ行くとこの前パン屋にいたジーニがいた。
あたしはここで初めて知ったけれど、寮で出てくるパンはジーニの店が卸しているらしい(そういや確かに美味しかった)。すんませんね、お手数おかけしちまって……とヨシダさんにお礼を言うジーニのざっくらばんさは昔と変わらない。
ジーニがあたしを呼び出したのは要はおばあちゃんへの口止めだ。
無理もないだろう、業界に轟く厳しい修行に耐えて免状と髑髏のついた杖を授かり≪鏃山の魔女≫の弟子にふさわしい立派な魔女になって人間どもの運命に介入して悲劇を量産してやります……! と意気込んだ悪い魔女の卵がこちらの世界の片隅でおいしいパンを焼くパン屋さんになっていたんだから。
「いやーまさかモモさんがキューティーハートのオーディションを受けにくるとはびっくりっすよ、なるたけお師匠に見つからないところで店構えたアタシの苦労が水の泡になるかと思って気が気じゃなかったっす」
寮の前の坂道を少し上に上がったところにある神社の前の甘味処につれていかれ、名前だけきいたことのあるあんみつなるスイーツを勝手に二人分注文し、あの頃と寸分わらないかすれた声の早口でまくしたてる。
わざわざセコい口止めなんかしなくてもいいよと言うと、いやもうこれはアタシの気持ちってやつっす……と下手にでてくる。
「もちろんお師匠にはモモさんのことは内密にしておきますよ、もちろん」
とりあえずジーニの言葉を信じるしかない、あたしの居場所をおばあちゃんにバラしてもなんの得にもならないだろうけど。
ところでなんでこんなところでパン屋をやってるのかと訊いてみたら、よくぞきいてくれましたとばかりにジーニは滔々と今までの物語を語りだしたが、まあ適当にまとめる。
ジーニ、魔女として独り立ちをしこちらの世界へやってくる。
↓
だけど、自分みたいにセクシーな見た目で人間を悪の道に引きずり落とす悪い魔女は悪役としての需要は尽きない筈……というジーニの目論見はあっさり外れる(「今キミみたいなキャラクター出すとスポンサーからいい顔されないんだよねぇ。それに今そういる露出が多い恰好って視聴者からも引かれやすいし」とか言うんすよ? なんじゃそりゃってなりません? 引くってどういうことっすか引くって? エロは全人類の大好物でしょうよ⁉」……とのことだ)。
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こちらの世界にきてからあらゆるクリエイターや動画映像制作会社を尋ねまわっても「古い」「視聴者が引く」「ポリティカルコネクト的にちょっと」「今はそういう時代じゃない」「深夜帯なら需要あるけど? 特別手当もつくし? やる?」と断られ続け、心が折れかけた時に食うためとしてパン屋でアルバイトを始める。
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厳しい魔女修行に耐え抜いた経験がものを言ったのか、職人の厳しい修行に潰されることなくめきめきとパン作りの腕を上げる。どうやらパン職人と飲食店経営の才能があったらしく数年間の修行の後に独立。さらにその数年後にパン屋の先輩職人だった男性と結婚、出産、昨年念願の店を構えて今は一児の母。
↓
とはいえ、人間の運命に介入する悪い魔女になる夢はまだ捨てていないらし。パン屋と並行して「悪い魔女」としても地域のイベントなどで細々とではあるが活動しているとのこと。
「まー、ありがたいことに常連さんもいてくださるしチビと旦那食わせなきゃなんないからパン屋は閉めらんないっすけど、でもあたしの夢はやっぱり悪い魔女なんすよねえ。せっかく魔女として生まれたんすから手下従えて『やっておしまい!』とか言ってみたいじゃないすか。別に負けたっていいんすよ。わかりません? そういうの」
「もうあの時はあんまり心が折れすぎて今でもテレビで魔女の女の子が修行する映画とか見ちゃうと今でもボロっボロ泣いちゃいますよ。……あ、このことお師匠には内緒で。お師匠あの映画嫌いでしょ?」
とかなんとか、とにかくジーニは一旦語りだすと長い、昔っからそうだった。
長い話の合間合間に今回のオーディションに「悪い魔女」として協力しているなんてことを伝えてくる。つまりはそのことも内緒にしろってことだ。まあ愛弟子が大嫌いな東邦動画と協力関係にあったと知ったらおばあちゃんは怒り狂うこと間違いなしだし。
ジーニに貸しをつくってばかりなのはわりに合わないので、なぜマミが下宿することになったのかを尋ねてみる。が、
「さあ……でもあの子いい子っすよ。手ぇあいたときなんかによく店番やったりしてくれるし。調理を手伝わせても手際がいいんすよね、親の仕込みがいいってやつっすかね」
みたいな、あの子がいい子なのはそんなのちょっとしゃべれば分かるだろってことしか漏らしてこない。マミについては本当にあまりしらないのかもしれない……ってなった所へ爆弾を落としてくれた。
「まーでも東邦動画のおエラいさんの娘ってことは間違いないっすね」
「それもマザー・ファニーサンデー級なのは間違いないす。シャイニープリンセスメンバーの娘って線が怪しいですね」
「はあ? シャイニープリンセス知らないんすか? 全世界規模で大ヒットした魔法少女チームっすよ。海外のおセレブさまなんかにもいまだファンだって人が多いんすよ? 復刻グッズ売れば即完売するし。アタシもシャイニープリンセスの敵になるのが夢で夢で、だからお師匠の厳しい修行に耐えて独り立ちしたっていうのに……。っていうかなんでキューティーハート知っててシャイニープリンセスは知らないんすか? 普通逆っすよ? モモさんおかしくないっすか?(←うるさい)」
とりあえずマミはシャイニーなんとかのメンバーの娘かもしれないってことで。
……でもそれじゃユメノとヒメカといっしょってことにならない? うーん。ヤダ。認めたくない。
甘味処から帰ってアミとリーリンにシャイニーなんとかのことを訊くと二人してとんでもないって顔つきで「信じられない!」とハモられてしまった。
まだキューティーハートが誕生する前、アミはシャイニープリンセスになりたい、全身タイツみたいなのを着たダサいガールヒーローになりたくないといって両親を困らせた記憶があるそうだし、リーリンも小さい頃古いビデオテープが擦り切れるほどシャイニープリンセスの動画を見ていたのだという。
ありえない、許されないとめずらしく歩調をあわせた二人に説教されてPCの前に座らされ、今動画サイトで見られるリメイク版を強制的に見させられる。
これキューティーハートのパクリじゃない? といったらリーリンが血相変えてブチギレた。
それまでお着換えしたりアイドル歌手なるだけだった魔法少女の物語のなかでチームと戦闘要素を加えたシャイニープリンセスの物語がいかに画期的だったか、いかに全世界の少女たちに夢と希望を与えたか、いかに玩具のデザインが優れているか……と長々しい説教を始めだす。
おまえ一体なんのオーディション受けに来たんだ? って、尋ねる隙すら与えなかった。
・今日のミッション
そんなわけでシャイニープリンセスの物語を見続けた。悪くないけど主人公はすぐ泣いて弱っちいしキモい恰好の男が毎回出てくるのが意味不明。
7月24日 また晴れ。
学校再開。とりあえず授業を受ける。
カメラはユメノとヒメカにはりつき、あたしが常に見切れている。鬱陶しいので休み時間はマミと一緒に廊下や教室の隅に移動するが、なぜか二人もついてくる。二人が来るってことはカメラもくるってことでさらに鬱陶しい。
休み時間にアミがのぞきにきて嬉しそうな表情で学校が終わったあと商店街にくるといいよなんて言う。
なんだか興奮が隠し切れないみたいだった。アミの後ろにもカメラマンがいるがあたしたちのように鬱陶しがるでもなくユメノとヒメカのようにことさらアピールするでもなく当たり前のようにふるまっている。かといってカメラにはちゃんと自分が一番きれいに見える角度をむけているのだから大したものだ。
「まぁずーっとカメラがある家でそだったんだから、職業病みたいなものよ。向こうじゃあたしたちファミリーのプライバシーなんてないようなもんだし」
感心したのでそのことを尋ねたら、こう答えてくれた。
アミが商店街によるといいといった理由はすぐわかった。マミと一緒に立ち寄ってみると商店街のメインストリートは封鎖され観光客によるひとだかりができていた。中からよく知った声がオーホホホホとベタに高笑いをしているがよく見えない。
商店街のことはマミが詳しいらしく勝手知った様子で裏道をかいくぐるとジーニのパン屋の裏口にたどり着き階段を駆け上がると手すりやエアコンの室外機なんかに足をかけて屋根の上に上がる。結構なお転婆さんだったマミのあとをついてあたしも屋根の上へ。
メインストリートを見下ろすにはそこはもってこいで、毛むくじゃらの怪物の肩の上に乗って高笑いをするジーニが見えた。手には髑髏杖、皮で出来た水着みたいなコスチュームをまとい手下らしい戦闘員に人質を集めさせていた。
「キューティーハートになりたいって小娘どもがいるっていうから様子見にきたけれど、大したことがないねえ」
とかワルっぽいことを言いながらこれが昨日言っていた「協力」の形だろう。ちゃんと要所要所にカメラを構えた撮影スタッフが配置されているし。
つまりはキューティーハートの物語と同じように、町のあちこちで暴れまわる悪者たちを候補生たちに懲らしめさせるシチュエーションを演じてみせてそのチームワークとアクション適正やカメラ映えをみるという試験だったというわけで、ほどなくしてアミたちA組の候補せいが空から舞い降りるように現れる。おおっと観客が沸き返る(客寄せショーとしても機能しているようだ)。
毛先をカールさせたツインテールにスタイルの良さが引き立つカナリアみたいなミニドレス姿のアミは指で拳銃の形を作ってポーズをきめる。その流れで屋根の上のこちらに気づいてウィンクをよこした。すごい。
ほかのメンバーは先端に大きな珠のついた杖を持った銀色の短髪のティーダに、大きい手裏剣を背負ったニンジャみたいな恰好のチハヤ、土偶みたいな仮面をかぶったノトコがいる。統一感の無い少女たちが勢ぞろいして名乗りをあげると観客たちはいっせいにスマホやカメラを向けた。
ジーニが大変イキイキと「来たね、目障りな小娘たちが。さあお前たちやっておしまい!」なんて号令をかけると戦闘員たちが一斉にアミたちに襲い掛かるという仕組み。
率直に言うとA組の子たちはアミ含めみんな肉弾戦映えしていた。
ティーダは杖を華麗にさばき魔法の炎を弾けさせ、チハヤは大きな手裏剣を投げて敵を吹き飛ばす。ノトコは気合とともに戦闘員を数人まとめてふきとばしていた(怪力キャラだったのか)。中でもアミはドレスの裾を翻して踊るように敵をなぎ倒し、指鉄砲からレモンイエローの光の球をはじき出す。自分の攻撃がすむととさっと後衛に回って仲間のサポートに回りバックアップするなどなかなかの見もので、気がつけば歓声をあげたり手を叩いていた。その横でマミが真剣な表情で一連のアクションを見つめている。
「あの子、上手ね。カメラの位置と仲間の位置を瞬時に把握してそれぞれの見せ場を邪魔しないように動けている」
アミは海の向こうのヒーローの娘だからと慣れてるみたいだよと教えてみると、「さすがね」と一言呟いた。
ひとしきり戦闘員を退治するとジーニは毛むくじゃらの怪物を巨大化させる。それをA組の少女たちが力を合わせてくりだした魔法の光で吹き飛ばしてやっつけ、ジーニたちは「覚えてらっしゃい!」とこれまたベタなセリフを吐いて煙玉を炸裂させて退場した。のこされたA組の魔法少女はやんやの拍手を受けながら華麗にお辞儀をしたり、カメラの前でポーズをとったりしている。そんな様子もカメラは撮影していく。
「行こっか」
と、マミが誘うのでその場を離れ、パン屋の裏口に回ると移動したてらしいジーニが汗をふきながら戦闘員たちや毛むくじゃらの怪物を「お疲れー」とねぎらったり、スタッフから冷たい飲料を受け取ったりしていた。
「あれ、あんたたち見てたんだ? どうだった? あたしの悪い魔女っぷりは?」
実際心から楽しそうにニーっと笑っていた。表の通りとは違いこちらは完全にバックステージだ。スタッフが制服姿のあたしたちがいるのを若干じゃまっけそうに見ていたので二人でマミの部屋に移動する。マミが出してくれた冷たいものを飲みながらはーっと一息ついた。毎年ああやって新メンバーを決めていたのか。一応過去のオーディション動画をいくつか見ていてはいたけれど、まのあたりにするとなんというか、迫力が違う。
それにしてもA組は変な子が多いな、ニンジャとか土偶とか。あの中じゃアミが一番慣れていたし合格してほしいななんて呟いたらマミは意外と真剣な口調で呟く。
「確かにあの子が一番カメラ慣れしていたけれど、それが裏目に出るかもしれないわ。キューティーハートのスタッフは素人っぽさを一番求めるから」
つい聞きこんでしまったせいか、きまり悪そうにマミは笑って話を変えた。
「ところでモモちゃんはどんな風な魔法をみせるつもり?」
そう、問題はそこだ。
・今日のミッション
自分の武器は何か、どんな風に戦って見せるべきか考えて詰めておく。
今更遅いってリーリンなら言いそう。
7月25日 またもや晴れ
今日も学校。
午後からは今度はB組の子がショーを演じる。昨日と同じようにマミと屋根の上で見物。B組は比較的正統派の子が多く、ふわふわひらひらした衣装や制服をアレンジしたコスチュームの女の子がステッキやタンバリンを振りかざしてアクションを決めていた。明日はいよいよあたしたちC組の番である。ていうかC組の候補生はユメノとヒメカっていう意地悪コンビがいるのにどうしろっていうのだ。こっちが結構厄介だ。
寮に戻ってカエルとああでもないこうでもないと意見を出し合っているところへ水色髪のリリアがやってくる。明日は一緒にがんばろうとおどおどした様子で挨拶した。そういえばこの子もC組のメンバーだった……おとなしすぎて気づかなかったけれど。カエルはちゃんとちんちくりんのスポッツ姿でいたので今日は悲鳴をあげない。
A組の戦闘動画は早速公開されていた。アミが格好よく映っている。どうしたカメラの位置が分かるのか聞いてみた「そんなこと考えずに思いっきりやった方がいいよ」とのこと。付け焼刃的に小細工をしかけても無駄ってことなんだろうな。
・今日のミッション
とりあえず衣装チェック。そして早く寝る。お休み。
7月26日 やっぱり晴れ
≪鏃山の魔女≫は魔法の系統的に肉弾戦は不得意。あたしも相当ケンカっぱやいしすぐ手が出る方だが、純粋な腕力は人間並みだし格闘の心得があるわけではない。
得意技は呪文と薬づくりと天候をあやつること、ものを別のものに変えることと空を飛ぶこと。幻覚をみせることもできるがこれは戦闘映えがよくないだろう。様々な点を考えて本番に挑んだ。
候補生は授業が終わった後指定の位置に待機せよというタナカさんの指示通り、あたしとユメノにヒメカ、リリア、それにほかの候補生数人は商店街そばの広場でそれぞれのユニフォーム姿で待機する。
あたしは魔女っぽくとんがり帽子と黒マントに空を飛ぶとき以外は本来必要ないホウキを用意。
ユメノとヒメカはそれぞれカスタードクリームみたいな色のひらひらドレス(色被ってんじゃん)。リリアは白っぽいドレスに大きな魔導書を抱えていた。触覚みたいなものがついたカチューシャとよく似たデザインのセパレートのコスチュームを着た双子のクリスとクレア(水色のショートカットがクリスでピンクのセミロングがクレア、宇宙人らしい)と、あたし戦闘キャラじゃないんだけどどうしよう……とぎりぎりまでぼやいているアイドルのエリというメンバーだった。例のようにユメノとヒメカの自撮りに巻き込まれる(あとから思うとこの時点で写真撮って正解だった)。
ジーニたちが商店街で暴れだした声が聞こえた時に、タナカさんが地面に魔法円を描き候補生たちはこの中で待機するように言う(かなり緊張していたのでその時は気づかなかったけれどタナカさんも魔法を使う人だったらしい)。
タナカさんに合図が入った後魔法円が輝き空間転移の魔法が働いてあたしたちはジーニの前に飛ばされた。
転移後の着地、ポーズなんかは多分かなり成功していた。たくさんの観客、ノリノリで悪い女王を演じるジーニと戦闘員たち、そこかしこのカメラ、そして屋根の上のマミ。
緊張も屋根の上で小さく手を振っているマミを見ているとがんばらなきゃってやる気に変換されたのは覚えている。
あとは無我夢中。まさかあんなことになるとは。
7月27日 夕立がきた
昨日の動画が公開された。「事故」を全世界に向けて公開しない無難なバージョンだけど、候補生たちの間では何が起こったのか知れ渡ってしまっている。知らないのは当人ばかりだ。
悪夢。あーもう悪夢。消えたい。
……で、済ませてもいいんだけど余計にモヤモヤするので一部始終を書いてすっきりすることにしておこう。
下馬評では当確間違いなしのユメノとヒメカ、アイドル経験のあるエリ、はかなげな水色髪の容姿から隠れファンの多いリリア、宇宙人だと言い張る双子のクリスとクレアと「ドジっ子魔女のモモちゃん」という本命とイロモノのそろった注目度の高いメンバーが勢ぞろいしていることもあってギャラリーが多い中戦闘が開始。
リリアが魔導書を開いてモンスターを呼び出したり、宇宙人を名乗る双子が流れ星を降らせたり、アイドルのエリも歌を歌って戦闘員たちをメロメロにしたりするなか、あたしも戦闘員たちをネズミや何かに変えて戦力をそいだりしていたわけだけど、やっぱり目立っていたのはユメノとヒメカ。二人で完璧なコンビネーションを発揮しながらリボンのような光線が出てくるステッキを振り回して華麗に敵を攻撃する。
それだけで十分人目を集めているのに、カメラがほかの子を映そうとするとすかさずまわりこんでさっとかぶさるような不可解な動きが目立つ。その拍子にリリアがバランスを崩してよろけたりするとさっとフォローして「大丈夫?」なんて囁いたり、そういう見え見えの行為が段々戦闘員よりも目に余りだして……まぁムカムカしたわけだね。
で、あたしのくりだす、まぁ敵を無害な動物に変える魔法がですね、どういうわけか……というか敵の前に躍り出てきた二人が悪いというか、いやもうぶっちゃけいうと若干わざとっていう気持ちもなかったわけじゃないけれど、とにかく二人にかけてしまったわけですね。
よりにもよってカワイイ子豚に変える魔法が。
そのあとの沈黙、だれも一瞬なにが起こったのかわからにしんとした静けさ。そこにブーブーって二人の鳴き声だけ響く悪夢みたいな間。「やっちまった」っていう後悔。あっけにとられたジーニの顔。
ああ、今思い出しても最悪。死にそう。
観客は爆笑するし、タナカさんが血相変えて飛び出してくるし、その場は大混乱。
とりあえず「この一件を見た人はすべてを忘却する魔法」をかけてうやむやのまま撤収したけれど、こんな事態初めてです! ってタナカさん含むスタッフからは大目玉を食らうし、ジーニはなぜかにやにや笑いながらさすがっすねって親指立てるし、数年ぶりに落ち込んだよ。特にマミがおなか抱えて笑っていたのがつらい。格好いいとこ見せたかっただけに。
人間の記憶はあたしの魔法でなんとかなったけれど、スマホやなにかに記録されたものを消去するのは電脳専門の魔法使いでも骨の折れる仕事だそうでスタッフたちは対応に大変だったようだ。
一応動画や画像が出回らないところまで封じ込めに成功したらしいけれど、今でもサジェストに「キューティーハート 豚」「キューティーハート 豚 検索してはいけない」なんてものが表示されるくらい。「都市伝説の発祥に立ち会えるなんてレアな経験をさせていただいたわ」とリーリンに嫌味をいただく始末だ。
アミは慰めてくれたけれど、それでも子豚の姿からもとに戻れないユメノとヒメカを部屋に連れ戻ったときはぶっと噴き出していた。
まぁ罰として二人が元に戻るまで部屋で世話をしていたわけだけど、救いはもとに戻った二人が昨日の午後からの記憶を失っていたことである。
なんであたしたちあんたたちの部屋にいるの? という質問をうやむやにしてとっておきのジェリービーンズを差し出した。それで埋め合わせできるものでもないが一応のお詫びである。
……さすがにごめん、ユメノとヒメカ。
そして私のオーディションも終わったな。
泣こう。
7月28日 晴
一昨日の大事故からの一発退場を覚悟して、荷物をまとめていたけれど不気味なことにスタッフからの落選宣告はなかった。ただタナカさんが「今後このようなことがないように」という厳重注意が下ったのみである。
なんだかよくわからないけれど、首の皮1枚で助かったっぽい。
とりあえず自分たちは別格よというオーラを振りまいていた二人にいけすかないものを感じていた候補生たちは案外多いようで、食堂にいると目くばせされたり声をかけられたりすることが多くなった。特にリリアがおずおずと「ありがとう」と声をかけてくれたのがちょっと嬉しかった。思えば二人がリリアをふらつかせたのが引き金だったっけ。
学校でもリリアやエリが話しかけてくるようになる。
リリアは学校に行ったことがなく(小さい時まではお城にいてそこからは各地を旅していたらしい)エリは学校にいい思い出がなく孤独だったそうだ。今日はマミとあたし、リリアとエリでお弁当を食べる。なんかすごく学校~って感じがした。あたしのやらかしで二人の緊張をとくことができたなら、まあ、怪我の功名ってやつにはなったのかもしれない。
双子たちも別の候補生のグループと一緒になかよくつるんでいる。
四人もいるとユメノとヒメカもこちらに近寄ってこないのもいい。
今日はリーリンとイヅミのいるE組のショーなのでまたマミと二人で屋根の上から見物する(リリアとエリは先に帰った)。
リーリンは電脳の世界をイメージしたような不思議な素材のロリータ風ドレスでイヅミはいつものセーラー服。
リーリンはスマホを操作してみたことのない魔法陣を空中にいくつも描いてそこからさまざまな電子の精霊を呼び出すというなかなか派手な召喚魔法で闘っている。見栄えがいいのでやんやの喝さいをもらっていたけれど、最後までぼーっと立っていたイヅミが最後に持っていったのだった。
しばらくあたり一帯を見まわしていたあと、瞬きするような瞬間にふっと移動し、ジーニの背後に回り込んで宙に浮きながら後頭部に手を当てる。
「二度は申しません。部下を連れて撤退なさってください」
あたしたちの位置からイヅミは何を言ったのかは聞こえなかったけれど、ジーニ聞くとおそろしく淡々とした声でそういったらしい。
あまりにセオリーと違うのでもう一度何を言ったのか聞き直そうとした瞬間、今まで感じたことのない激痛が頭を直撃したらしい。頭を内側から割られると本能で察したジーニは候補生たち全てが見せ場を作っていないにも関わらず撤収させざるを得なくなったらしい。
「こいつはガチのヤツだとおもいましたよ~、あーおっかねえ」
と控の広場で頭に冷えたタオルを押し付けながら用意された長椅子に寝転がっていた。
イヅミの力は手を使わずにものを動かせたり、瞬間的に移動ができたり、人の心が読めたりするもので、もともとの世界では兵器として生み出されたという設定の子だと教えると「じゃあアタシガチで殺されかけたんすか⁉ こっえ~!」と大して怖そうでもなさそうに言った。
その片隅でタナカさんにみっちり叱られていたのがみえたがなんだか要領がつかめていないようなぼーっとした表情で立ちながら、いつものぽそぽそした声手で反論している。
「敵を倒せという話でしたので指揮官を押えると片付くと判断しました。……もしかして警告が不要だったでしょうか?」
タナカさんがくらっとよろめいたのが見える。
「変わった子ね」
これがマミのイヅミ評だった。
「モモちゃんのルームメイトって面白い子が多いね」
それは本当にそう。
部屋に戻るとリーリンがイヅミを正座させて今日のあのざまは一体なんだと説教をしていた。イヅミはやっぱり「敵を倒せという話でしたので……」とぽそぽそ言うばかりだがタナカさんに叱られるよりはややしゅんとしているように見える。
「いい? ここはねあなたたちの世界とは違うの。流血、絶命、四肢損壊、すべてご法度よ⁉ 私たちの物語のメインターゲットは小さな女の子なんですからね⁉」
リーリンのこの言葉に納得いくようないかないような表情をしていたが悲しそうに力なくつぶやく。
「でも私はあのような戦い方しか知らないのです……」
これにはリーリンも毒気をぬかれたらしく、ふうっとため息をつく。
そんなことがあった夜、カエルがあたしのSNSにヒガシムラがコメントを寄越したことがTLでちょっとした騒ぎになっていることを報告してくる。なんであのドジっ子魔女のモモちゃんに世界の東村はやとがコメントしてるんだってことになっているらしい。
カエルが示すままそのページを見ると「来週中に見学に行くよ」なんてコメントを寄越している。ギャアアア!!
このコメントを消せいないのかとアミやリーリンに尋ねてみたけれそ、無理だとのことだった。
「ブロックすればいいけど、今このタイミングでそれをやればギャラリーは余計怪しむわね。今はとりあえず当たり障りない挨拶だけ返せばいいんじゃないかな」
「おそらく自分とあなたは特別な関係であることを東邦動画の関係者及びファン層に印象づけるのが東村さんの狙いなんじゃない? あなたがこのオーディションに参加するの反対なさっているんでしょう?」
たぶんリーリンの見立てが正しい。ああー! もう本当にきもいきもいきもいきもいきもいきもい……! あたしの怒りで寮全体がガタガタ揺れてトラブル続きで神経過敏になっていたタナカさんが素早くすっとんできた。
とりあえずカエルに「こめんと ありがとうございます」とだけ返信させた。ヒガシムラへの効果的な逆襲を考えるまでは今日は眠れない。
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