第3話 オーディションの準備が始まる第三週
7月15日 晴れ セミってうるさい
早いもので寮にきて一週間だ。なのでルームメイト以外にも顔と名前が一致する候補生が出てきた。
水色の髪がリリア、銀髪で世界を冒険してきたような子がティーダ、古代文明の遺跡を目覚めさせたとかなんとか言ってるのがノトコ、そのほか色々。
ニンジャの末裔だとかアイドルの卵だとか悪魔の生まれ変わりだとか前世が戦士だとか宇宙人だとか実はロボットだとかいろんな設定の女の子が日に日に増えてゆく。髪の色、肌の色、目の色も様々でカラフルだからなんだか自分が宝石箱の中身になった気がしてくる。
寮のすぐそばにはこの町で普通に生活している人間の子供たちが通う学校があるけれど、大体同じ色の髪に同じデザインの制服を着て群れを作って行動している。いかにも「こちらの世界」って感じなので見ていても結構飽きない。
候補生の情報にやたら詳しいのがリーリンで、単に自分がものを知っているのを教えたいだけなのかそれとも実は親切のつもりなのか逐一あたしたちにあの子は何者だとかあのこはどんな影の世界からきたのかと教えてくるんだけど、一体何がしたいのだろう? 知ったところでどうしようもないじゃない。
アミはその点こせこせしてなくていい。自分がキューティーハートに選ばれるイメージしかせず、鏡の前で最高にカワイイポーズを研究している。
そんなアミを笑うのが、つい最近やってきたばかりのユメノとヒメカって子たちだ。
ふわふわの黄色い髪をくるくるのツインテールにして舌ったらずの声でしゃべる、アミがあこがれるキューティーハートトパーズみたいなのがユメノ。
サラサラの金髪に赤いリボンをつけこちらのファッションに疎い私でも上等だとわかる服を着ている気の強そうで世界一の大富豪の娘だという設定だったキューティーハートマドレーヌに似ているのがヒメカ。
どちらも見た目は申し分ないけれど性格はこれ見よがしに嫌味を吐く意地悪な子たちだ。アミがポーズをとっているとクスクス笑ったりする。
どこか変だった? ってアミが聞き返すと「別にぃ?」「ねぇえ?」とうなずき合ってまたクスクス笑う。
そういうのがとてつもなくイヤな感じなのでカエルの変身魔法を一瞬解くと、ギャーッと叫んで腰を抜かした。いい気味だ。タナカさんからまた叱られたけれど。
リーリンは、ユメノとヒメカは東邦動画の過去作品「シャイニープリンセス」の登場人物に縁故のあるキャラクターだから下馬評でも合格は確実とみなされている、仲良くした方が得だとやっぱりせこせこしたことを言っている。普段のツンツンすました様子がウソみたいな興奮した口ぶりで。ケッ。
せこせこついでにさっそく媚びを売ってスリーショットの自撮り写真をSNSにあげていた。
あとでアミのスマホからその写真を見せてもらったけれど、写真だけみればこの三人で今すぐ番組が作れそうなくらい可愛いのであきれた。
人数が増えてきたのであたしとアミとイヅミは町を散策することにした。
外は暴力的に暑いけれど、打算と駆け引きが渦巻く建物の中でひしめき合っているよりはいい。アミもおなじ気持ちだったみたいだけど、イヅミは何を考えているかはわからない。ただ黙って微笑んでいた。たのしんでくれていたならいいけど。
今日行ったところはいつもの商店街、駅前の小さいショッピングモール(今度ゆっくり中を覗いてみよう)、駅の向こうの海。砂浜って熱いんだね。
汗だくになって寮につづく坂道を上っていると、反対に坂を下るマミと出会う。
少し茶色がかった髪を肩のあたりでそろえてシンプルなシャツワンピース姿なのにはっとするほど目を引くマミ。マミもこっちに向かってにっこり笑い「日焼けと体重増加には気を付けてね」という。ユメノとヒメカみたいな嫌味さはかけらもなくてすんなり耳に入った。
外でたっぷり遊んだからか、もう眠い。リーリンが何かを書きつけているタブレットの灯りがまぶしい。
・今日のミッション
肌を白くする化粧水を手作り。華美になりすぎない程度に美容には気を使わないと。
7月16日 晴れ 夕立がきた
朝からタナカさんからお小言。昨日、食堂で一瞬カエルにかけた変身魔法を解いたためだ。
205号室以外でカエルの本来の姿を見せないこと、それからカエルにカワイイ名前を付けることを命じられる。マスコットが「カエル」では不都合があるらしい。何故だ、カエルはカエルじゃないか。カエルは気にしないでと慰めてくれたが。
あまり書いてこなかったけれど、候補生は各々マスコットも連れている。
大半はこちらの世界の図鑑には載っていない動物がほとんどだけど、アミのトイプードル(名前はトパーズ、由来は言わずもがな)やイヅミのカラス(施設の近辺にいる動物は人間かネズミかカラスしかいなかったらしい。名前はアスカ、由来は博士が名付けたのでしらないとのこと)などこちらの世界の図鑑に載っている動物たちもいる。こういったマスコットたちの世話もパートナーの仕事だ。
リーリンのパンダは実体がなく、スマホを使って何体も呼び出してはなにくれと世話をやかしている。便利だけれど魔力の無駄遣いだと思う。
アミと一緒にああでもないこうでもないと考えた結果、カエルの仮の名前は「スポッツ」に落ち着いた。黒いイボイボが由来。
お礼として昨日作った化粧水をアミに分けてあげる。うちの遠縁にいる美容にうるさい魔女直伝のレシピだから効果は高いはずだ。
・今日のミッション
汚い言葉を口にしそうになったら深呼吸(これはアミに教えてもらったメソッド)。
7月17日 晴れ
昨日あげた化粧水をアミが絶賛、おでこにできて悩んでいたニキビが治ったらしい。あげた甲斐があった。
オーディション開始3日前なのでいよいよ最初は余裕のあった建物の中も今はかしましい候補生でいっぱいだ。
特にわが物顔で寮内を移動するユメノとヒメカの声はひときわ通りやすいので耳障りったらない。よくあんなのとつるもうという気になるよ、リーリンは。
ところでオーディションの様子は撮影され、いわゆるリアリティーショーとしてwebで公開されるってことをこちらに来て知った(あたしはそういうことを知らなかった。ばあちゃんが伝統的な魔女のイメージに固執するので電脳に関係するキカイをとにかく嫌うのだ)。
開始三日前ともなればその撮影スタッフが寮の内外に出入りして余計に狭苦しく鬱陶しい。
リーリンがしょっちゅうあれを食べただ何をしただとSNSに投稿しているのも「オーディションはもうすでに始まってるのよ」ってことらしい。
つまり、ファンはサイトの候補生プロフィールから「推し」を一人見つけてその子を次期キューティーハートのメンバーに入れるように熱心に活動するから。それがこちらの世界での風物詩、キューティーハートファンの楽しみの一つなんだってさ。もうすでに人気ランキングなんかも出ているそうだ。
リーリンがしきりに見せたがるのでそれを見てみたところ、案の定ユメノとヒメカはツートップの人気を誇っている。ファンも結構見る目がないな。
リーリンも十位内に入っている。熱心にSNSを更新しまくっていた甲斐があるというものだろう、本人は不服そうだけど。
そんな熾烈な競争があるとは知らずにのこのこやってきて、東邦動画の過去作品の勉強をしたり商店街をぶらぶら歩いてばかりだったあたしは当然ランキングも圏外。イヅミも似たようなもの。有名人のアミには票が入っていたが、容姿が全く正反対なトパーズが大好きなことを公言するアミを嗤った目をそむけたくなるようなコメントもいくつか見られた。
本当に見る目がないファン共だ。ともかくこれでアミがスマホやPCに通じている割にこういったもので自分を発信したがる様子が見られない理由が分かった。
酷いコメントに腹を立てるあたしの怒りががたがた部屋をゆらした。カエルがなだめてくれたので助かる(「スポッツ」呼びは慣れない……)。
そういえばランキングに「マミ」の名前はなかった。あんなに可愛い子だから候補生かと思っていたけれど、あれきり寮では見かけない。なにものなんだろう、ヨシダさんの娘かな? それにしては年の差がありすぎる気がしたけれど。第一似てないし……。
消燈時間、イヅミが鉄仮面のようなものをかぶって眠ろうとしていたのであたしたち全員驚く。イヅミいわく、それをかぶって眠るとうるさくないらしい。
寝苦しくないのか、とか、うるさいってこの中のだれかのいびきや歯ぎしりがひどいのか、とか、鉄仮面すがたのイヅミに尋ねまくったけれど、寝苦しくないしみんなのいびきや歯ぎしりがうるさいわけではないから安心して、といって早々に眠ってしまった。
「変な子ね」
というリーリンの呟きに二人してうなずくしかなかった。
・今日のミッション
化粧水に続いて肌用クリームの量産体制に入る。明日は材料調達に出よう。幸いこの辺は緑も多い。
7月18日 雪 理由は説明する
寮の中では試験官のタナカさんが認めない限り魔法禁止が決まりだが、ちょっとしたことなら大目に見られている。
デンキが作る人口の風が苦手だけどだから氷や冷気に関する魔法が得意な子なんかは氷の塊を出してみたり小さな吹雪を出してみたりで部屋を涼ませている。
あたしもそれにならって雪を降らせてみた所、思いのほか大量の雪が空から降ってきて寮の敷地内がすっぽり雪に埋もれてしまった。
……どうやらいままで魔法を使っていなかった分魔力が蓄積されたために暴発し、こういう結果を引き起こしたらしい。
真夏なのに雪に埋もれた大珍事として町の人たちや観光客や記者なんかも押しかけ一時は大変だったけれど、雪のないところからやってきた候補生は喜んでくれたしオーディションの様子を撮影しているクルーにはいい画が撮れたと好評だった。
ついでにランキング圏外のちんちくりんな赤毛の魔女というところからあたしの知名度も大きくアップした。
庭に出て雪を降らせる呪文を唱えた直後に空が曇って一面真っ白になり慌てているところへタナカさんがすっ飛んできて「またあなたですか、モモさん!」と𠮟りつけたという一連の出来事をアミが動画に撮っていて、面白がって自分のSNSにアップしたためだ。
ドジっ子魔女のモモちゃんという形で有名になるのは不本意だけれど、あたしという存在がアピールできたのは悔しいがちょっと気分がいい。
この雪も夏の暑さには弱くて夕方にはすっかり溶けてしまった。
そうそう、イヅミの鉄仮面は心の声をシャットダウンする効果があるそうだ。
イヅミは他人の心の声が意識しなくても聞こえてしまう困った体質なので、本音を隠して他人を蹴散らし勝ち上がろうとする者ばかりいる所にいると口から発せられる声と心の声が区別できなくてつかれてしまうんだそうだ。なので鉄仮面を被り心の声だけでも聞こえなくするとのこと。大変そうだ。
「やだ、あたしたちの心が丸見えなの? 困る~」
と冗談めかした声アミがいうと、イヅミはふるふると首を左右に振る。
「……モモさんとアミさんは喉を振るわせで出る声と心と声がほぼ一致しているから楽です。つらいのはリーリンさんです」
とあいかわらずぽそぽそした口調で答えた。
それを聞いたリーリンは顔を真っ赤にして部屋を出ていった。まああの子は本音と建前のギャップがはげしそうだからなあと……心の中で呟いた瞬間「そういうことではないのです」とぽそぽそイヅミは答えたのだった。
あと鉄仮面は暑いので日中かぶると顔が蒸れるらしい。
・今日のミッション
ドジっ子魔女のイメージを払拭するべく、魔法のコントロールを心掛ける。
7月19日 晴
オーディションのため、こちらの世界の中学の制服が配られる。
オーディション期間はこれを来て寮の傍の中学で学生として過ごすことになっているのだ。
当然フリ、演技なんだけど、その様子からキューティーハートとしての適性があるかないかを判断するらしい。もちろんその様子もwebで公開されている(歴代キューティーハートやほかの媒体で活躍する無名時代の魔法少女が見られるので結構な人気コンテンツなんだってさ)。
アミはそれを見てどうふるまえば人気がでるのか研究してきたんだって。基本は笑顔、挨拶、あとやっぱり友達とは仲良く。とりあえず肝に銘じる。
制服はパフスリーブになったカワイイデザインのセーラー服で、傍の中学本当の制服とはまるで違う(傍の中学は白いシャツにチェックのスカートというシンプルさ。ちなみに男子はシャツと黒いズボン)。
早速着てみて可愛く見えるアレンジを研究する。赤毛を目立たせる工夫をし、スカートを短くしてスパッツを合わせると元気さが出てあたしっぽくなった。
アミはツインテールにして黄色いリボンを結んでいる。リーリンも制服はいじらず髪に紫の髪飾り。スマホのカバーも同じ花の模様。
イヅミはただ単に着てみただけ。シンプルに似合っていたけれどやっぱり地味なのでリーリンが業を煮やしたのか、あなた本当にやる気があるのとかなんとか説教しながら髪や眉を整えていた。髪形を変えておでこを出し、手入れされたことがなさそうな眉を切りそろえ、姿勢をまっすぐにすることを徹底させると、きりりとした目元の頼もしい頭のよさそうなセンパイ風外見になった。頼り甲斐のあるセイトカイチョーって感じだ。知性と知識の戦士だったキューティーハート・メルクリウスに激似だ。思わず拍手してしまった。リーリンもまんざらではなさそうな表情だった(案外コイツ、いいやつなのかもしれない)。
制服姿をリーリンのSNSにアップするために全員で記念写真を撮る。
明日から通うことになる中学では、今日がシュウギョウシキというやつだったらしい。いつもは午後に帰っていく生徒たちが昼過ぎにぞろぞろと帰っていった。あの子たちは明日から夏休みなんだってさ。
いよいよ明日からはついにオーディションだ‼
……というわけで夕食時にちょっとしたちょっとしたパーティーが行われた。立食スタイルでごちそうの並んだテーブルを前に、スタッフを代表してタナカさんが訓示をたれる。
・最終的に選ばれるのは四~五人。主人公の仲間になるメンバーを選ぶ。
(つまり主人公になる子はすでに決まっているっていうこと)
・ランキングの結果はあくまで参考、自分たちはあくまで普段の行動から合否を判断する。
・どこの誰だったか、経験の有無は同じように考慮しない。
・候補生とはいえ、キューティーハートの名を汚さない行動を求める。
……等々、なにかのべていたけれど、スペシャルゲストの登場にそんなお説教はふっとんでしまった。
なんとあの、初代キューティーハートのキューティーハート・サンシャインだった日垣ヨーコさんが来てくれたのだ! キャー! キャー! もうみんな黄色い声ですまないような声を上げて食堂がすごいことに。
今は女子サッカーの選手をされているらしいサンシャインさんは日に焼けてショートカットの良く似合う素敵なお姉さんになっておられた。
パートナーだったムーンライトととは時々連絡をとりあっているとのこと。
「本当に普通の中学生だった自分たちが突然キューティーハートに選ばれて無我夢中で演じてきた一年がこうやって皆さんに愛される物語に育っているのが嬉しい。辛いこともあったけれどやってよかった」
と語ってニコッ微笑んだ時のあの可愛さ! 今思い出してもたまらない。
お話が終わってもみんなサンシャインのところに殺到して大変だった。あたしももちろんライバルをかき分けて握手とサインをゲットした。
「あ、あの雪を降らした子だね。面白かったよ、あの動画」
というお言葉は一生の宝にしよう(でもって、できればもうちょっと格好いいところをお見せできるよう努力しよう)。
アミも握手してもらって感激のあまり泣いてしまい、リーリンは自撮りに参加してもらえずちょっと不満そうだったけど「遠いところからよく来たね」って声をかけてもらえてまんざらでもなさそうに口をにやつかせていた。
候補生の中で冷静だったのは黙々とごちそうを食べ続けていたイヅミと、サンシャインなんてしったことじゃないわとばかりにクスクス自分たちだけで固まっていたユメノとヒメカぐらいなものだっただろう。
興奮と緊張で眠れないので今までの日記を読み返していた。そういえばおばあちゃんとはあれきりだな。
こちらの世界の月はきれいだ。
・今日のミッション
早く眠ろう。おやすみ、あたし。
7月20日 晴!
ついに始まったよ、オーディションが!
いろいろ詳しく書きたいけれど今日は疲れた。よく考えたらそもそも学校って所に通うこと事態初めてじゃん。あたし。そりゃ疲れる。
というわけでもう寝ることにする。一応タナカさんからの注意事項だけをメモしておく。
・しばらくは学校生活をおくる様子からキューティーハートの適性をみる。
・適正ナシとみなされた生徒にのみ落選の旨を伝えられる。
発表したりしない。ある子がある日消えたらお察しってことだ。
・撮影用クルーがうろうろしているけれど気にしないこと(無理じゃない?)
・自分たちが見たいのはキューティーハートとしての適性のみである。
出自や経歴、フォロワー数を考慮しないわけではないが参考としてのみだ。
(リーリンやユメノとヒメカ、ご愁傷さま)
・魔法は「一般生徒」の前では使わぬこと。
……あ、そういえば朝早くみんなを食堂に集めてから一応訓示のようなものがあった。タナカさんが司会で東邦動画の偉い人がなにか挨拶したのち、テレビから玉座に座ったマザー・ファニーサンデーが「皆さんがんばってください。応援しています。たとえ落選したとしても皆さんはわたくしのかわいい妹たちです」的なことを語った動画がながれていた気がするけれどあんまり覚えていない。眠かったのだ。
・今日のミッション
とりあえず笑顔、笑顔。友達と仲良く。あとカメラの前であくびはしない。
7月21日 また晴れ!
昨日疲れて眠ってしまった分、できるだけ詳しく書こうと思う。
朝食を食べ、身支度を完璧に整えたのち、あたしたちはそばにある中学の校舎へ向かう(寮の前に誰かの候補生のファン達が群がっていた。ガリガリ眼鏡の成人男性率が高いので一瞬ヒガシムラがいるんじゃないかとひやっとした)。
学校に到着するとまず待っていたのがクラス替え。あたしたちは全員この中学の5クラスある二年生になるが候補生たちを数名ずつそのクラスに分けるのだ。
あたしは2-C。アミは2-Aと残念ながらわかれてしまった。その上ユメノやヒメカと同じクラスに! ついてないよ。リーリンとイヅミは2-E同士だっていうのに。
クラスにはあたしたちのほかに「一般生徒」たちがいる。
女子はあたしたちと同じ制服を着用、男子はシャツにネクタイと紺色のズボンを合わせた制服を着ている。この子たちは、魔法を使う少女たちと同級生になるこちら側のごく平均的な中学生という役を演じるキャストだ。
聞くところによるとこの子たちも、学校を舞台にした魔法の出てこない物語の主人公候補らしい。そういう物語があるってことに驚くんだけど人気があるんだってね。
ともかく教室に生徒たちがいっぱいいて思い思いにおしゃべりしたりふざけあったりしている様子をみたらわけもなく興奮してしまった。あたしキューティーハートのあの世界にいるじゃん!
窓側の席をとって意味もなくそこから見える海をながめていたら、前の席にだれかが座った。ふわっとしたボブヘアに見覚えがあった。マミだった。ここ空いてる? と声をかけてくる。
「一緒のクラスになれたね、モモちゃん」
今までのルームメイトと離れ離れになったところだったからそれはひときわ嬉しかった。今思い出してもニーっと自然に口の両端が左右に引っ張られる。
「あの大雪騒動の動画、見たよ。すっごい笑ったから何回も再生しちゃった」
……なんて言ってくれたから、うっかりもっと大雪ふらせてみようかなんて気持ちなったくらいだ。やばいやばい。
あんたもてっきり候補生だとおもってたけど違ってたんだね、とか、どうしてあの時寮の台所にいたの? とか、聞きたいことは山ほどあったけれど、唇に人差し指を押し当てて黙らされた。
「そういう話は今しない方がいいよ? 今は始業まえの日常の一コマ。普通のおしゃべりをしましょう」
にっこり微笑んでいかにも物語のセリフめいたことを口にする、そういう芝居がかった動作がうらやましくなるくらい似合う女の子なのだ、マミは。
……でも、そのマミの隣の席と前の席に、ユメノとヒメカが陣取ったから嬉しさも半減に。
しかも「いたいたー、マミー」「おはよー、宿題やってきたぁ?」とかさも今までごくごく普通に中学生活を営んでいた風にみせながら、わざとらしいったら!
下馬評で頭角確実なユメノとヒメカがいるってことは常に撮影クルーもいるってことで、ほんとうにもう鬱陶しいったらない。
そんなイライラが形にでたのか窓ガラスがガタガタ震えだすので席を立って廊下に出ようとすると、マミも一緒についてきた。
ユメノたちにくっついているクルーを避けてきたらしい。
マミも東邦動画関係のお仕事をしている家の子(だからオーディションについての事情に通じているんだな)で、ユメノとヒメカは幼馴染なんだってさ。
「でも最近ちょっと苦手なんだよね、あたしあの子たちによく仲間はずれにされてるから」
ってさ。わかるわかると大いに頷いた。
第一次審査は「ごく平穏な楽しい日常」を過ごせるかもチェックされるから、あたしと一緒にすごそうかとマミが提案してくる。こっちとしては異論がない。マミみたいな雑誌のモデルみたいな子とキューティーハート各話動画の前半で見るような学園生活が送れるなんて物語みたいじゃないか。一も二もなく賛成したよ。
でもなんでそこまであたしに親切にしてくれるのかと尋ねると、こんな答えを返してくれた。
「あたし魔女が好きなんだ。魔法少女じゃなくて魔女」
なんだが気になる答えだけど、あたしは初めて自分が魔女であることを感謝した。
放課後はマミの家に遊びにいくことにしたんだけど……長くなりそうなので今日はおしまい。
学校ではこれも動画で見たような授業を行い(まるでちんぷんかんぷんだった)、2-Eではイヅミがうっかり手を使わずに落ちた文房具を拾ったり、生徒のうち誰かがふざけて投げたボールの進行方向を捻じ曲げたりしたのでリーリンがそのしりぬぐいに奔走していたらしい。
「あなた自覚あるの⁉」
と説教されているイヅミはなぜかニコニコしている。
アミの方は特にトラブルはなかったらしいが、不意にマミのことを尋ねてきた。なんでもクラスの候補生がマミのことを噂をしていたんだって。すごくかわいいから目立ったのだろう。
・今日のミッション
撮影クルーのいる前で爆睡はひかえること。早速動画にあげられてるし。
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