第2話 不思議な女の子と愉快な仲間に出会う第二週

7月8日 くもりのち雨


 今は夜。あたしは寮の部屋でこれを書いている。

 昨日の夜の空もこの部屋から眺めた、結局雨ばっかりで星なんてひとつも見えなかったけれど。


 で、今から書くのは昨日こっちについてからのこと。

 キャンプ開始がこちらの世界の7月20日なのでこんなに早く前のりしてるのはあたしぐらいだろう。当日まで野宿でもすっかー……って心構えでいたのに、駅をおりて早々「新キューティーハートオーディションサマーキャンプ  会場はこちら」の幟とポスターが目に付くところに貼りだされていたからコケそうになった。


 案内に従ってたどり着いた場所は、駅からダラダラつづく長い坂を越えた先にある高台の学校と、その隣の古びた洋館。学校はキューティーハートでよく見かける鉄筋コンクリート製の箱みたいな建物。こっちの世界じゃよくみるやつだ。


 キューティーハートやほかのこちら側が作った物語でしか見たことのない学校を目の前にしたんだから興奮はしたけれど、「サマーキャンプ」っていうからには森の中やのっぱらでやるものだと思うじゃん。ガクッとこけそうになる気持ちもわかってほしい。



 その上、どうやらあたしみたいに前乗りする子は珍しくないみたいで既に先客がちらほら見えた。オーディション期間外の食費や雑費は別途徴収にはなるけれど泊めてはくれるらしい。出費はきついけど助かる。こちらの世界の建物で生活できるのも嬉しいしね。


 

 あたしたちが生活することになる寮は学校の傍にある木で出来た古めかしい建物で、学校にたどり着くまでよく見かけたマンションとかアパートって形態の建物とは異なる雰囲気。

 分厚いガラスでできた扉の傍で靴を脱いで中に入る方式だ。こちら側に来たなってドキドキしたよ。

 

 さっきも書いた通りあたしより先に色とりどりの髪の色や妙な格好の女の子達ががすでに並んで受付の順番を待っていた。赤毛を二本のおさげにして、鬱陶しい黒いローブ姿のあたしも道中かなりジロジロ見られたけれどここでは相当地味な方だ。玄関脇に長机を出して待機していた関係者らしきおじさんおばさんもあたしをみて変な顔をしてたし(本当はもっとかわいい恰好がしたかったんだけれどね、しょうがないんだよね。まず魔女ってキャラをつかんでもらわないと)。

   

 キューティーハートを作ってる人たちとは思えない地味な格好の大人たちのうち、一人があたしが何者かを知っていたらしい。ほかの子たちにはすんなり渡していた部屋の鍵や注意事項を書いた冊子を渡す際に呼び止めた。「あなた本当に来たのね」って。


 どういう意味だかわからないけれど、よく思われていないっぽい。


 無理もないか、ヒガシムラの漫画を通じて罪もないお姫様や女の子に呪いをかけたり戦争や疫病など災いの種をまき散らすのに喜びを感じる≪鏃山やじりやまの魔女≫であるばあちゃんの悪名はこっちでも轟いているようだから。迷惑な話だ。とりあえずあたしはばあちゃんとは違うという意味を見せつけるためにさんざん練習した笑顔で完璧な挨拶をした。

 気味悪そうな顔をされたのが納得いかなかったけれど、部屋の鍵を渡された。205号室。

 

 通されたのは二回の角部屋。ベッドが三つと壁際に添えられた机が三つ。かなり狭いけれどいかにも寮って感じがする。窓からはさっき通ってきた町が見下ろせるしその向こうの海が見える。いい感じだ。

 

 で、一日経った今日はノートを開いてこれを書いている最中。カエルは窓辺でしょんぼりしている。

 受付の大人たちの一人から「あまり愛らしくないマスコットは感心しないな」なんて陰口をたたかれたせいだ。左右対称のまだら模様と黒真珠みたいないぼに覆われたカエルのかわいさがわからないなんてどうかしている。その時ちょっとカッとなったせいか突風が吹いて書類が全部舞い上がった。気をつけなくちゃ。

 

 ・今日のミッション

 笑顔とあいさつの練習。初めまして、影の町から来ました魔女のモモです! どうぞよろしくおねがいしまぁす。



7月9日 まだ雨 こちら側のこの時期は雨期なんだろうか

 

メモ

 ・虹ノ岬町と魔法王国マジカルランドは友好姉妹都市。

 ・魔法王国マジカルランドの女王、マザー・ファニーサンデーは現在キューティーハートの契約先である東邦動画の顧問の一人。

 ・マザー・ファニーサンデーが留学していた縁で虹ノ岬町は東邦動画が作る物語の少女たち(多くはキューティーハートのように魔法を使ったりする女の子。でも中にはなんてこたない日常をすごすだけの子もいる)の多くは研修中の一定期間この町で過ごすのが恒例。

 ・現在、魔法を使う少女の物語を作る他の映像動画制作会社も採用しているこのシステムを作ったのは東邦動画と魔法王国マジカルランドのマザー・ファニーサンデーが始祖。


※ってことは、マザー・ファニーサンデーはキューティーハートのおばあさんみたいなもの?



 雨も少し飽きてきた。カエルは喜んでケロケロ歌ってるけど。

 

 寮の入り口には今日も候補生たちがちらほら。

 大きい帽子をかぶっていたり、体にぴったり張り付くような衣装を着ていたり、大きな杖を背負っていたり、反対にいかにもこちら側の女の子っていうタイプがいたり、いろんなタイプがいて見飽きない。

 でもあたしがじーっと見ているとさっと目をそらしてしまうか、反対にきついまなざしで見返してくるような子がほとんどだ。まぁ全員ライバルなんだから仲良しこよしってわけにはいかないだろうけれど、笑顔の一つもないってのはどうなんだろうね。仮にも「笑顔は最高の魔法」が理念のキューティーハート志願者だっていうのに。

 

 

 オーディションが始まるまでしばらくあるから、今日は町を探索していた。傘をさしながら歩くのもなかなか悪くない。

 

 坂を下ればこの町のメインストリートに交わり、そこから昨日駅から通った商店街へ出る。車も人通りもあってそこそこにぎわっている。

 お菓子と服屋とかわいい小物屋と飲食店が多い目立つ商店街だ。青果店、肉屋、クリーニング屋なんかもあるけれどちょっと影が薄い。煉瓦で出来たような街並みも作り物って感じで普通の町っていうよりなんだか観光地みたいだ。現にカメラやスマホを持った観光客がうろうろしていた。雨だっていうのに。


 

 観光客がうろうろしている理由は立ち寄ったクレープ屋で分かった。

 クレープ屋で出会った、あたしと(外見は)同い年くらいの女の子から教えてもらったのだ。ここは「魔法の国のサンディーちゃん」の舞台に選ばれたことで有名なんだってさ。


 うちのばあちゃんが毛嫌いしている魔法王国マジカルランドのマザー・ファニーサンデーが少女期に留学していたのがこの虹ノ岬だとは。

 

 よくよく考えればキューティーハートの語り部も、魔法王国マジカルランドを影の世界の一大大国たいこくに押し上げるのに一役かった動画映像制作会社の東邦動画だった(キューティーハートの話をする度ばあちゃんがキレるわけだ。あの人、栄えある魔女族の領地をマザー・ファニーサンデーみたいなポッと出が食い荒らしたのは東邦動画のようなごろつきだとカリカリしてるから。物語の語り部は本の作者が至高とか、意地悪なくせに考えが保守的なんだよな)。


 クレープ屋で会ったその子は、顎あたりまでの髪をふんわりさせた(雨が降っているのにボワっと爆発してるんじゃない。理想的なふんわり具合)、生成りみたいな生地のブルーのワンピースとペタンコのレインブーツを履いていた女の子だった。すごく可愛い子で思わずジロジロ見てしまう。クレープを食べる仕草も、あたしみたいにクリームをはみ出させながら被りつくんじゃなくすごく品がいい。


「オーディションに来た子?」

不意に聞かれてそのまま頷く。やっぱりあたしの魔女スタイルは目立つのだろう。


「オーディション受けるならサンディーちゃんやナナコちゃんみたいな東邦動画旧作について勉強しておくといいよ。二つともこの町が舞台だから『知ってるぞ』ってニュアンスをだしておくと審査員ウケがよくなるの。所詮審査員も東邦の社員さんだからね。もう何十年も前に自分たちが昔作った作品が今の子にも喜んでもらえるって聞かされるのに堪えられなくて尻尾ふる犬みたいになっちゃうから。でもあんまり『知ってますー!』ってワザとらしくしちゃダメ。ドン引きされて逆効果」

 

 その子は教えてくれた。


 なんでそんなことわざわざ教えてくれるのかって疑問が顔に出ていたせいか、ちょっと笑って理由を答えてくれた。あたしの格好が気に入ったらしい。本当だろうか。とりあえず嘘をついてる気配はなかったけれど。


 あなたも候補生? って尋ねたら違うけれど似たようなものっていう謎まみれな答えを寄越された。真実をはっきり答えないあたりあの子も魔法を使う子なんだろう。そうは見えないけれど。名前はマミというそうだ。



 マミに教えられた通りに商店街の歩道に沿って歩くと、おとぎ話の世界を真似たような家が並ぶ住宅街に出る。ここが「魔法の国のサンディーちゃん」の主な舞台になった所。

 風見鶏のいる屋根のおかげで一際目立つのが少女期のマザー・ファニーサンデーが暮らしていたお家だ。今はサンディーちゃんミュージアムとやらに改装されて開放されていたから覗いてみた(あたしはマザー・ファニーサンデーに恨みはないからね。興味もないけど)。


 サンディーちゃんの名場面のパネルが貼ってあったり、サンディーちゃんの部屋を再現していたり、ミュージアムショップがあったりこじんまりした空間で、ヒガシムラににた雰囲気の男の人やおばさん観光客が懐かしいわぁなんていいながら見学している中、あたしみたいにこの世界っぽくない格好をした女子も数名。多分候補生だろう。気づいても気づかない振りをしあっていた。


 あたしはサンディーちゃん世代ではないからぶっちゃけそれほど楽しめた訳ではないけれど、展示されていた年表には見逃せない情報が書かれていたのでメモをとる。それが今日の日付の下に書いたもの。


ミュージアムショップは楽しかった!

 キューティーハートのグッズもあって買い占めたくなったけれどグッとガマンしてキューティーハートロージーのロージーロッド型のペンだけ買う。花の戦士だったことにちなんでフローラルな香りのするピンクのインクで文字が書けてすっごく可愛い。さっそくそのペンでこれを書いてるよ。可愛いんだけど軸が太くて持ちにくいのがちょっと難点。おかげですっごく手が痛い。


 はー、長文は疲れた。ばたり。


 ・今日のミッション

 寮の図書室で「魔法の国のサンディーちゃん」のコミックを読んでみる。



7月10日 しつこく雨、いい加減うんざり

 

 サンディーちゃんは空の上にある魔法の国の魔王の娘。なのに魔法があまり上手じゃない。

 これではいけないと魔王様と王妃様は娘を人間の国へ修行に出す。外国からやってきた人間の女の子として生活することになったけれど、サンディーちゃんが水玉の傘をさして空から降ってきたところをたまたま見ていた二人の女の子(おしとやかなさゆりちゃんとおてんばなミツ子ちゃん)だけが秘密を知ることになる。

 三人はたちまち仲良くなって町中のちょっとしたトラブルを魔法で解決するんだけど時に大失敗を引き起こす……というのが「魔法の国のサンディーちゃん」の基本的な内容。可愛らしいお話だった。以上勉強終わり。


 

 今日はひどい土砂降りなので図書室には何人かの候補生たちがいる。


 やっぱりお互い意識しあっているのかよそよそしい。黙りあってるのも退屈なので、水色の髪をした女の子に話しかけてみたらまるで幽霊にでも声をかけられたみたいに飛びのかれた。そのあと何人かに話しかけてみたけれど似たような反応を返される。

 

 彼女たちの目線があたしの頭上に注がれたのちに悲鳴を上げられたり飛びのかれたりすることから察するに、どうやらあたしが常に頭の上にカエルを乗せているのが原因らしい。でもあたしは生まれた時からこうやってカエルと生活しているのだ、あの子たちだって変な毛むくじゃらの生き物をまとわりつかせながら生活しているんだから慣れてほしい。

 

 カエルは自分の姿が気味悪がられているのを気にしているみたいで、僕は部屋で留守番してるよなんて口にし始める。不憫だ。ていうか理不尽だし。カエルはかわいいのに。

そういえば昨日あったマミはあたしのカエルを見てもなんとも言わなかったな。その点とってもいい子だった。


さっき寮母さん(書くのを忘れていたけれどヨシダさんっていう寮母のおばさんがいるのだ)が明日ルームメイトがくるってことを伝えにきてくれた。カエルを嫌がらない楽しい子だといいな。


 ・今日のミッション

 「魔法の国のサンディーちゃん」に続き「ふしぎのナナコちゃん」も読む。

 これも虹ノ岬町を舞台にした東宝動画制作番組の原作マンガ。

 鏡の国の女王から呪文を唱えるとなんにでも変身できる手鏡をプレゼントされた女の子が巻き起こす騒動を描いたもの。ふーん。



7月11日 雨だけどちょっと小降りに

 

 東邦動画のスタッフのタナカさん(入寮する前にあたしたちを迎えていた地味な大人たちの一人で灰色スーツの眼鏡の女)から無情な宣告。ほかの子たちから苦情が来てるから使い魔を部屋から連れ出さないか家に帰すかしなさいだってさ。

 使い魔なのに家に帰せってまるで意味が分からないので食い下がった。

 

 要は他の子たちにはカエルのかわいさが分からないのが原因らしい。

 あの子たちでもわかる可愛さにレベルを落としてやればあたしたちを離れ離れにしなくていいんだねと押し切った結果、こちらの世界のグッズで見かけたカエルのキャラクターを参考にしながらカエルに変身魔法をかけた。

 よってカエルは今日から子猫くらいの大きさをした緑色で二頭身のヘンテコな生き物になっちゃった。黒いマントも着せ、直立してよちよち歩くようにしてやるとタナカさんも「ま、いいでしょう」と許可を出す。

 

 カエルはまんざらでもないみたいだけど、あたしは不本意だ。「ぼくのせいでモモが肩身の狭い思いをするのはいやだもの」というカエルの健気さを皆わかってほしい。

 

 

 ルームメイトは夕方にやってきた。アミっていう褐色の肌の女の子で第一印象は「デカイ」だった。

 

 身長があたしより頭一つ分は大きいし、無駄な肉のないすらりとした手足と形よく前にせりだした胸とくびれたウエストライン、ほれぼれするような曲線を描くお尻を兼ね備えた抜群のスタイルは間近でみるととにかく迫力がある。

 そんなモデルばりの体なのに来ているのはあちこちにキャラクターの缶バッジやぬいぐるみみたいな小物をくっつけたのパステルカラーのTシャツとミニスカートにレッグウォーマー(暑くないんだろうか)とスニーカーっていう子供っぽいような不思議ないでたちで、しかもトイプードルを連れていた。

 すべてが予想のななめ上だったからとっさに言葉が出てこなかったよ。あたしとしたことが。

 

 度肝を抜かされたアミだけど、飴玉を連想させる甲高くてしたったらずな声で自己紹介を始める。

 それがキューティーハートトパーズの名乗りポーズと一緒だったからすごくウケた。アミはキューティーハートを含む魔法少女の大ファンで海の向こうからわざわざやってきたらしい。カエルをみても大騒ぎしないし本当にいい子だ。話の合う子がルームメートで嬉しい。

 

 アミのご両親も付き添いで来ていた。

 仕立ての良いスーツをまとった男前のパパと独特のアイメイクと体をドレープの多いドレスをまとった美人のママ、なんだか高級感ただよう夫婦を前に不愛想なタナカさんも緊張していた。

 二人は忙しいそうでアミにそれぞれハグしたあとママさんの(私は見たことがない)魔法で次元を貫く穴を作り海の向こうへ帰っていった。

 アミのご両親はこちらの世界ではかなり名の知れたヒーローチームに属するそうで、寮にいる子たちはざわついていた。


 ・今日のミッション

 アミと一緒にキューティーハートしりとりをする。

 


7月12日 ようやく雨が止む

 

 寮にいる子たちがアミを遠巻きにしているのはあのファッションのせいかと思ったら違った。

 名門ヒーローチームに所属する現役メンバーを両親に持つアミは、本来なら魔界の魔法を正義のために使うミステリアスなダークガールヒーローとして活躍するの未来が確約されていたっていう子らしい。

 

 海の向こうのヒーローチームは、全世界規模で発売されているコミックにやはり全世界規模で公開される映画製作会社という今現在地球で最も強い物語の語り部と手を組んでいるのでどんどん『影の世界』の領土を侵略しつつある最大勢力。あたしたち『影の世界』の住人にとっては仰ぎ見ずにはいられないハイパーエリートのおセレブ様、あたしの故郷風に例えると貧乏貴族よりよっぽど力のある豪商の娘みたいなものってことになる。


 そんな子がわざわざ、より濃い影を生み出す光源としてはヒーローチームよりパワーの劣るキューティーハートのオーディションを受けに来たのだから、どうしたって皆ざわつく。


「どうしてあたしがオーディションを受けに来たってだけで、そんな変な目で見られなくっちゃならないのよ?」

 

 キューティーハート・トパーズをまねたキャンディボイスをやめて、素のハスキーボイスでアミはこぼしていた。

 魔界の王の娘とバンパイアハンターの血を引くミステリアスなガールヒーローとして人間を餌にする怪物を屠る宿命を背負わされる将来に嫌気がさしたとアミは語った。


「だってあたし全然ミステリアスってガラじゃないし。カワイイものが好きだし、パステルカラーが好きだし、なにより魔法少女が一番好きだし」

 

 その気持ちは痛いほどわかる。

 あたしだってあそこで抵抗しなければ、ホウキにのって空をぶんぶん飛びまわっては火吹き竜を退治したり、海賊と宝物の争奪戦を繰り広げる天真爛漫でとにかくパワーはあるおさげのチビ魔女として生きざるを得なくなるのだ。


 あたしもヒガシムラとのことをざっくり説明するとお互い大変だよねとため息をつきあった。ちなみにヒガシムラの漫画、およびそれをもとにした映像作品は海の向こうでも評価が高くファンも大勢いるとのこと。うげぇ。

 


 アミと町まで探検に出て部屋に戻ると、三人目のルームメイトが空いているベッドに座ってスマホにカチカチ何かを打ち込んでいた。


 長い黒髪を二つに分けて結い、白地にオリエンタルな動物の絵をプリントした青磁器を思わせるロリータ風のドレスを着ている小柄な女の子だった。

 ぱっちりした大きな目もとはやや釣気味でなんだか生意気そうだなという第一印象を裏切らず、一応ベッドから立ち上がって挨拶をしたあとはまたスマホにカチカチ打ち込みだす。

 名前はリーリンというらしい。この子の使い魔らしい手のひらサイズのパンダがひっきりなしに出入りしては荷物を持ち運んでくる。おかげであたしたちの部屋はアンティーク調の小物や家具ですぐにいっぱいになってしまった。

 

 アミが偉いのはこんな感じの悪い子にもフレンドリーなことで、あなたはキューティーハートで誰が好きなの? なんて尋ねる。


 それに関する答はこんな感じ。


「特定のキャラクターでお気に入りはいないわ。ただ理想的なシリーズは第六シーズンの『きらめいて! ブリリアント☆キューティーハート』ね。ストーリーの完成度、キャストの魅力、グッズ売り上げ、視聴者満足度、どれをとっても軒並み歴代トップだわ。このシリーズのチーフディレクターはそのあと独立して他番組でも結果を出している。この結果を導き出せたのもこのシーズンの主役だったキューティーハートプラチナの力があってのことでしょうね」


 ……だってさ。

 一言「キューティーハートプラチナです」って答えれば済む話じゃん‼


(よくこんなセリフをわざわざ日記に書けたなって? こんな感じの悪いヤツのセリフは覚えておくに限るんだよ、後々役に立つから)


 リーリンは情報に通じているらしく、あたしがヒガシムラの漫画には必ず登場する≪鏃山の魔女≫の孫であることもアミが世界的なスーパーヒーロー夫妻の娘であることも知っていた。

 本人もほぼ公認になアミとは違って、あたしは(別に隠していたわけではないけれど)あたし自身のことを大っぴらにしているわけでもないからあまり気分はよくない。

 

 スタッフしかしらない個人情報を何故知っているのかと思ったら、ネットの世界では東邦動画のサイトでオーディション参加者の簡単なプロフィールが載せられているとのこと。

 で、そのわずかな名前や誕生日や好きなキューティーハートの名前くらいしか公開されていないはずの情報からその子のごくプライベートな情報を探ってあばくプロがいるらしい。リーリンもその一人というわけだ。うげぇ。


「言いふらしたりはしないから安心してね」

 と恩着せがましく言ったけど。もう一回、うげぇ。


 こんなやつでもカエルの本来の姿をみて嫌がらなかったことだけは評価する。


「あなた、そんな不細工な使い魔を連れてここで何をする気? 正気? ふざけてるの? 大した余裕ね」

 なんて失礼をかましてきたけど。……いけないいけない、悪口だらけになっていた。

 

 ・今日のミッション

 アミと一緒に町中を散策。各シーズンで舞台になった場所を歩いて回った。



7月13日 晴れ 暑い

 

 リーリンだけがあたしたちのことを一方的に知っているというのもシャクなので、アミのスマホから彼女のことを探ることにした(あたしはこういうたぐいのキカイを持っていないのだ。魔女だから)。


 でも見つかったのはリーリンが上目づかいの自撮り写真ばかりをあげているSNSと、果物やクリームでごてごてかざられた甘いものの写真ばかりをのせているSNSと、東洋趣味なロリータ服を着てアンティーク調の部屋で物憂げにしている様子を映したSNSと、新しい物語についての評論や考察に関するような何か長文を書きつらねているブログが見つかっただけだった。そのどれにも数万単位のフォロワーがいるのが確認できる。


 ただリーリンのアンチが常駐している掲示板で、彼女が二年ほど前まで「フロリアガールズ」という魔法少女チームに属していたこと、その誰もが知っている過去を今は隠してミステリアスな電脳魔法少女アイドルぶっているのを嗤われていることまではつきとめられた。


 フロリアガールズは新興国の動画映像制作会社が、同じように新興の魔法の国と手を結んで制作した物語らしい。

 添付されていた画像をみれば隠したくなるのもわかった。蛍光カラーのペラペラのコスチュームを身に着けた少女たちがあまりあか抜けないデザインのステッキを構えているシーンのスクショは、自分がこの女の子達だったら恥ずかしくて一週間は部屋に引きこもっているだろうなと思わせる屈辱の力にあふれていた。

 リーリンはその中のセンターにいるショッキングピンクのドレスの女の子だった。この時はピンピンとよばれていたらしい。

 

 意地悪はキューティーハート精神に反するということで、彼女がなにかまた腹立つことを言いだすまでは黙っていることにした。


 ただリーリンのSNSはマメにチェックすることにする、急にスマホを向けられて間抜け面で写っているあたしたちとは違う完全なキメ顔で写った自撮りに「ルームメイトの二人と。仲良くできそう」なんてtweetしてたりするからだ。

 

 可愛い、天使すぎる、次期キューティーハートはリーリンに決定、なんてコメントがぶら下がっていた。

「フロリア・ピンピンはずいぶんおしゃれになったのねって書き込んでやろうかしら、あたしのアカウントで」

 とアミが呟いていた。スーパーヒーロー夫妻のサラブレッドvs成り上がりを目指すSNSアイドル……やばいちょっと面白そう。


 

 その日の夕方にもう一人やってきた。こちらの世界の女子が来ているセーラー服に古ぼけたトランク一つだけ持ってきた女の子だった。

 よく見れば顔はきれいだったけど、地味だ。黒いローブに縞々のソックスのあたしよりずっと地味だ。


「イヅミです。よろしく」


 その子はそう名乗っただけだった。


 オーディションのサイトでイヅミのプロフィールを見ると名前と誕生日のほかに書かれた好きなキューティーハートの名前の欄には「よく知りません」と書かれていただけだった。何しに来たんだろう? まあカエルを嫌がりはしなかったけれど。


 雨が上がったと思えばうんざりするような暑さだ。こちらの科学が生み出す冷気は若干埃っぽい。


 ・今日のミッション

 リーリンをひっぱたきたくなる気持ちを必死でこらえる(食堂のガラスコップがいくつか粉々に砕け散ってタナカさんに叱られたけど)。



7月14日 晴れ 暑い

 

 こちらの世界の太陽が本気を出すとこうなるとは、想定外だった。

 

 パジャマパーティーでアミがイヅミに話しかけてわかったことをまとめる。


①イヅミの『影の世界』は消えかかっている。

 

 本来ならイヅミは自分が生まれ育った施設を抜け出し、持っている超常の力で宿敵を倒すという物語を背負った子だった。

 ただし、手を触れなくてもものを動かせるとか、心の中が読めるとか、瞬間移動できるとか、イヅミの持っている力が便利だけどベタな上に外見同様地味すぎて、この物語の続きが進められずっと放置されているとのこと。

 おかげで本来、孤児のイヅミを幼いころから管理し研究対象にしてきた悪の施設の職員や研究者とすっかり家族同然の中になってしまったそうだ。 

 

「同じ鍋を囲むとそうなってしまうのね……」

 とぼそぼそとイヅミは呟いた。

 


②イヅミは物語を進める努力としてオーディションに申し込んだ。


 何を言ってるのかわからないけれど、本人がそう言ってるんだから仕方がない。とにかく書いてみる。 

  

 イヅミと同じような超常の力を持つ子供たちや職員、研究者との生活が延々続けられる中、自分たちのいる世界が段々消えかかっていることに悪の施設の研究者が気が付いたらしい(超常の力について研究してるからその程度のことはわかるとのこと)。

 

 これはいけないと研究者たちは自分たちの『影の世界』をより色濃く、力強いものにするためにはどうするべきかを考えた。

 出した結論は、自分たちが研究対象にしている超常の力を持つ子供たちの力で新しい物語の光をあてること。本来の世界とはあるべき形になってしまうが、それしかないと結論づけたのだ。

  

 彼らは古い情報端末で世界の外側にアクセスし、新しい物語を作ろうとしている作家や漫画家、脚本家、映画監督、映像動画制作会社にコンタクトを取ろうと試みた。

 が、残念ながら「人間兵器になるために人為的に超常の能力を植え付けられた少女が大いなる悪と戦う物語」に食指を示す人物や会社は存在しなかった。時代遅れ、今時そんなの流行らないって理由でボツにされまくったらしい。


 背に腹は変えられない、彼らは自分たちの物語に対するこだわりを捨てて求められている物語に合わせることにした。

 つまり新しい主人公を求める物語のオーディションにいイヅミを受けさせることにしたのだ。

 で、合格通知が来たのがキューティーハートのオーディションだったというけ。

  


 ……やっぱりよくわからない。

 だってもし、万が一、イヅミがキューティーハートに選ばれた場合、故郷の世界はどうなってしまうんだ? 元あった世界と別の理屈で動く物語に書き換えられてしまうのに?  

 

「『登場人物の故郷』という設定に書き換えられるはずだから完全な消滅だけは阻止できる筈って博士は言ってました」

 そのことを率直に尋ねてみて帰ってきた答えはこうだった。本当かなあ。

 

 とにかくイヅミの世界が存亡の危機に瀕しているのは確からしい、カエルを見て「美味しそうですね」とにっこり微笑んだから……。

  

 

 イヅミの境遇にアミは同情的で、あなたのルックスならうちの親のいるヒーローチームが魅力を感じてくれるかもしれないから話をつけてあげようかと申し出ていたけれど、でもイヅミは今はこのオーディションに専念したいって断っていた。

 

 意外にリーリンまでイヅミの境遇に興味津々で、そのルックスなら日本刀を持つべきね、セーラー服と日本刀には常に一定の需要があるわ。それから努力して瞳の色の一つや二つ変えることね、感情が高ぶったときに変化するようにするとなおいいわ。それぐらいできるでしょう? あなたも魔法や能力が使えるなら? (「私ができることは手に触れずにものを動かしたり、心を読んだり、瞬間移動することぐらいで……」とおどおどと断ろうとすると)無理? 無理ならあなたを作ったその博士とやらにたのみなさい、とやたら偉そうな口調でアドバイスをしていた。リーリンなりに放っておけなくなったらしい。


 

 消灯後にパーティーをすることになったきっかけはもちろんアミ。

 

 食料調達が係になった私が夜中にこっそり台所に忍び込むと(候補生が私的に購入したお菓子や飲み物は目印を付けたうえで台所の冷蔵庫で管理することになっているって言ってたっけ?)、灯りがついていて寮母のヨシダさんとクレープ屋で見かけたあの女の子・マミがいて並んでお茶を飲んでいた。以外にあたしのことを覚えていたらしくて笑いかけてくれる。可愛い子相手に理由もなく微笑みかけられるとなにもなくても照れるものなんだな。

 

 ヨシダさんは毎年あんたたちみたいのはいるから大目にみるけれどくれぐれも静かにするんだよ、あとシーツにお菓子のくずをこぼさないようにと一言添えて見逃してくれた。

 

 ささやかな夜のパーティーで分かったことはお菓子の趣味が四人ともかぶらないことだった。

 あたしはカラフルなグミやジェリービーンズが好きだし、アミはアイスに目がない。リーリンは紅茶を飲みながら薄いビスケットばかりかじるし、イヅミはこんなにお菓子があるなんて今日は誰かの誕生日なんですか? なんて聞きながらチョコを食べていた。


 ・今日のミッション

 とりあえずみんな仲良く。チームワークは大切らしいから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る