第1話 魔女の子が人間界にやってきた第一週

 7月1日 流星雨


 村の雑貨店で見つけてたちまちひとめぼれしたこのノートをようやく使う日がやってきた。なのであたしはちょっと緊張している。

 

 その時持っていたお小遣いを全額はたいて買った魔法戦士キューティーハートが表紙に描かれたピンクで星とハートがいっぱいの最高にかわいいノートなのだ。中の紙だって薄いピンク色でキューティーハートがプリントされていて超絶かわいい。

 こんなノートに呪いの呪文だの人間をイボガエルに変える薬のレシピだの地獄の王を呼び出す魔法陣なんてまがまがしいものを書くわけにはいかない。もっとかわいくて夢があふれるものを書かなくては。

 

 そう決意してから数か月間、何を書いたらいいのか考えあぐねていたけどやっと最高なアイディアが思い浮かんだ。で、今まさに実行しているところ。

 

 悩んだ末に閃いた最高のアイディアをいよいよ実行するんだからもっと嬉しさがあふれ出るかと思ったんだけど、こんなに緊張するなんて。いまだってちょっと手がガタガタしてるし。あたしらしくないね。


 とにかく一か月前に申し込んだ次期キューティーハートのメンバーを決めるサマーキャンプの参加許可証が今日やっと届いたんだ。キャーッ!

 何度も何度も嘘じゃないかって頬を抓って確かめたけど、嘘じゃない。正真正銘の許可証だ。

 

 

 あんまりうれしくてベッドの上でしばらくバタバタしてから気を落ち着かせてまたペンを握ってからまたこの文章を書いている。

 

 とにかくあたしはこのノートにあたしが魔法少女キューティーハートに選ばれるまでの目標と夢を書き続けるって決めたってわけ。我ながら素敵な思い付きだと思う。女の子の夢を叶える手伝いをするんだからきっとノートも喜んでいるはず。

 


 ……それにしても、こういうノートは向こうの世界じゃ飴玉と同じくらいの値段で売ってるってカエルが言ってた。よくわかんないけど向こう側の商品は境界を越えると関税だなんだで値段がばかみたいに跳ね上がるんだって。変なの。

 

 魔法でそういうのナシにしてやろうかと思ったけどキューティーハートは私利私欲のために魔法を使ったりしないんじゃないかなってカエルがとめてくれたので向こう側の商品が全部安くなる呪文を唱えずに済んだ。カエルの奴はたまに腹が立つけどやっぱいいやつだ。明日うんとお礼を言ってやろう(お礼を言うとか、あたしやっぱり正義の魔法戦士になれる素質にあふれてない?)。

 

 

 まぁ、ババ……おばあちゃんに報告しなきゃとか問題は山積みだけど、せっかく流星が降ってることだから向こう側のおまじないにちなんであたしの夢がかなうようにとお祈りをしておく。……あ、流星が一つ山の向こうに落っこちたみたいで火柱が上がった。すごく明るい。なんだか幸先がいい。


 ・キューティーハートになるためのミッション(これを毎日決めて実行することにしたの)


  歴代ピンクの呪文をとなえる。




 7月2日 曇りのち快晴

 

 キューティーハートになるために、第三シーズン「まもって! キューティーハート」(ファンはまもキューって略すらしい)最終回で全世界に平和をもたらした究極の愛の呪文を唱えてみたら、空から雲が消えて大きすぎる火の玉みたいな太陽が顔を出した。


 そのせいで町中パニックに。いい大人まで天使の軍勢が攻めてきた、予言の通りだってあちこちで泣き出す始末。

 ……まぁ、前に太陽が出たのが昔話にしか語られないくらいの大昔だったていうんだから仕方ないのかもね。そのときはガチで天使と大戦争してたいうし。

 それにしてもあの人狼のヤツ、「お前が世界平和をもくろむなんてろくでもない夢をみるから!」とか失礼すぎるよね。腹が立ったからホウキで一発ぶん殴った。


 仕事から帰ってきたおばあちゃんが元通り雲を呼び戻して太陽を隠したから町のパニックはおさまった。あたしはもちろんお説教。いくら魔女でもやっていいことと悪いことがあるってさ。しったこっちゃないけど。大体むこうじゃ太陽は平和の象徴だよ?

 


 ・今日のミッション

  太陽の光の耐性を身に着ける。せっかくだから有効活用しないとね。

  あっちじゃみんな昼間に活動するみたいだし。




 7月3日 日も差さない曇り 向こう側も雨

 

 おばあさまに騙されてあっちの世界へ。今は詳しいことを書きたくない。

 「汚い言葉を使ってはダメ。あなたの価値が下がる」ってまもキューに出てきたキューティーハートジュエルが言ってたから我慢我慢。

 

 ・今日のミッション

  ケガしたカエルを治してあげた(ケガをしたのはあたしが蹴とばしたせいだけど)。




 7月4日 晴れ

 

 呪文を唱えてまた太陽を呼び出す。

 町はまた大騒ぎだけど知ったことではない。そもそも少々の日光で体が滅んだりはしないと最新魔法医学でも証明されてるらしいし、ちょっと消毒されたほうがいいのだ、あたしたちの町は。


 

 今後のことのために昨日おきたことを簡単にまとめておく。



 おばあさま……やっぱりしっくりこないな。全世界の女児の憧れ・キューティーハートはババアなんて呼ばないだろうし。ここは普段通りばあちゃんってことにしとこう……。

 

 ばあちゃんが仕事で向こう側へ行くという。これはいつも通り。普段と違ったのはあたしを連れて行くっていったことだ。

 普段あたしの向こう側好きにいい顔しないばあちゃんがわざわざ連れて行ってくれるなんて今思えばすごく変なのに全く疑わなかったあたしもバカ。大バカだった。

 思えば向こう側で着ようと用意していたピンクのふわふわフリフリしたドレスを見ただけで血相変えてほつれたTシャツとガキくさいデニムのサロペットなんかに着替えさせたのもあの魂胆があったせいだ。悔やんでも悔やみきれない。

 

 

 向こう側の地下鉄ホームに到着する列車の一等席で、ばあちゃんはあたしの着ようとしていたドレスについて悪趣味だのなんだの文句を垂れ続けていたけれど、でもあたしの赤毛をピンピンのおさげにしてデニムのサロペット着せようってセンスの方がよっぽど悪趣味だろうに。いくらあたしがチビでガキ臭いみためだからってこっちは13だよ? 本当のガキだって今日日こんな格好するかっつの。


 ……いけないいけない、またばあちゃんへの悪口が垂れ流しになってたわ。

 とにかくあたしは向こう側へついたら何を見て何を食べて何して遊ぶか。それからキューティーハートの情報をかき集めなきゃってそれで頭がいっぱいだったから全然聞いてなかった。


 頭の中は向こう側についてからの計画で頭がいっぱいだったから列車は思っていたよりもずっと早く向こう側へ着いた(それにしても向こう側ってわざわざ地面の下に駅を造るんだから面白いよね。ずーと夜みたいなもんだし。そんなに太陽が嫌いなんだからこの町の住人も地下に穴掘って暮らせばいいんだよ)。

 

 

 ながーい階段を上ってでた地上はちょうど太陽が沈みかけていたころで、お城の尖塔より高い建物が壁みたいに並んでいて、あちこちがデンキできらめいていた。

 

 すごくきれいだったけど、そこはあたしの行きたい場所ではなかった。やれ空気が悪いだなんだのぶつくさうるさいばあちゃんの後を歩いていた。……今思えばこの時とっとと逃げ出せばよかったんだよね。

 

 で、ばあちゃんが入ったのは向こう側のたぶんすごく立派なホテル(きれいな格好の男の人が出迎えてくれて、天井にはシャンデリアがぶら下がっていて足が沈みそうなふかふか絨毯が敷かれていてカフェで食べたお菓子がすごくおいしかったからそう判断した)。

 外の蒸し暑さが嘘みたいに涼しいし眠くなりそうな音楽がずっと流れてるしお花が飾ってあるし……。どおりでばあちゃんもおめかししてるはずだよ、ホテルの人からマダムなんてよばちゃってさあ。人にくそデニムなんて着せといて自分はちゃっかりいつもの姿からベテラン美人老嬢女優みたいな姿に化けてハイブランドのスーツなんて着てるし。

 いつもの正しき魔女としての正装はどうしたんだよ? って文句つけたら「ビジネス用の正装だよ」だってさ。ずっりぃ……いけないいけない、また悪い言葉が。


 

 で、カフェにやってきたのが、あの、キモイキモイ、キモすぎるあいつだったんだけど……あーっ、今日は指が痛い。一旦おしまい。


 追加:ばあちゃんと昨日のことで喧嘩したのでカエルとともに向こう側へ家出中。列車の三等車でこれを書いている。

 とりあえず明日は向こう側のおばさんの家へ身を寄せる予定。おばさんはばあちゃんとは違い「いい魔女」をお仕事にしてる人だからあたしにも理解があるはず。


 今の時間だと三等車もガラガラ。夜明け近い時間に向こう側へいく人もそうそういないからね。

 

 

 ・今日のミッション

  カエルに昨日のことをごめんって謝った。カエルはいいやつなので許してくれた。

  「〝ごめんなさい″が言えればそれで充分」って初代キューティーハートのサンシャインさんも言ってた。




 7月5日 雨 向こう側の雨は単なる水

 

 向こう側で家政婦さんをしているおばさんは昼間は留守にしているので、留守番がてらしばらく家にいさせてもらうことになった。


 おばさんが住んでるのはシタマチのアパート。パートナーだった作家のテライさんが亡くなって以降はここで一人でくらしている。木でできていて隣に住んでいる人の物音が聞こえてくるような所。

 タタミも初めて見て、うれしくなってゴロゴロ転がった。狭い部屋だからすぐにぶつかっちゃったけどね。



 で、おばさんの用意してくれたおいしい朝ごはんを食べながらこれをノートを開いている。じゃあそろそろ一昨日なにがあったのかを書くことにしよう。

 

 

 やあやあ遅れまして……と言いながら現れたのは(あーキモイ)あの、ヒガシムラだった。

 あいかわらずヒョロヒョロでがりがりでバカみたいな眼鏡をかけていた。こういうところを苦手なんですがとヘラヘラ笑いながらゴニャゴニャ言ってコーヒーを頼んでいた。

 あたしの顔を見たらやあモモちゃん久しぶりだねとかなんとか言いながら奥さんと娘さんが作ったとかいう焼き菓子をくれた(カエルに全部あげた。自然派かなんだからしらないけれどヒガシムラ嫁の作る菓子はクソまずいのだ。全体的に葉っぱの味がする。焼き菓子くらいならあたしのほうがよっぽど上手に作れるっていうのに……あーアイツのことを語りだすと悪口がとまらない)。

 

 

 どうせばあちゃんとの仕事の話だろうし話が早く終わんないかなって外を眺めていたら、二人がとんでもないことを言い出して耳を疑ったのだ。

 

 なんでもヒガシムラの新作漫画は魔女の女の子が封印されていた強大な悪しき魔物(実は寂しんぼうなだけの優しいバケモノ)を復活させてコンビを組み世界の危機を救うっていうベッタベタでありきたりもありきたりな内容になるそうで、あろうことか、そのバカみたいな物語の主役に、うー、あたしをモデルにしたいというのだ。

 飲んでたジュースも口から噴き出すってもんでしょ、そりゃ。あー、今思い出してもカユイし。

 

 もう思い出すだけで鳥肌立つんだけど、なんかこの前ヒガシムラがこっちの世界に遊びに来た時にあたしが火吹き竜を退治して丸焼きにしている姿を見てインスピレーションを得たらしい。

 手を汚すことも服を血を汚すことも大口を開けて肉にかぶりつく荒々しい原初の魂を宿した荒ぶる女の子の姿をぜひ描いてみたいだのなんだのとロリコンであることを隠したいのが見え見えな屁理屈をペラペラ語っていたけど(ヒガシムラが自分の専門分野になると早口になるところもほんとにキモイ)、あたしはそれどころじゃなかった。


 だって、ヒガシムラの漫画のモデルになるという契約を結ぶとほかの媒体とは出演契約ができなくなるからだ。


 

 つうかそんな話聞いてないのに、どうやらばあちゃんとヒガシムラの間でそんな話を勝手に進めていたっぽいことを知ってあたしは怒ったわけよ。勝手にそんなことを決めないでよって。あたしはこの夏にキューティーハートを選ぶサマーキャンプに行くんだからって。

 

 

 その時の二人の呆気にとられたとんでもない間抜け面、何言ってんだこいつって表情を思い出すと腹が立ってくるけれど、話を進める。

 


 ばあちゃんは当然いつものようにまたそんな寝言を! ってせっかくのお上品なマダム姿が台無しになりそうな大声で喚いただけだけど、ヒガシムラは一瞬世にもつまらない冗談を聞かされたような表情でこう言った。



「キューティーハートって、あの日曜の朝にやってるアレ? モモちゃん、あんなのが好きなの?」。

 


 あんなのあんなのあんなの! 血が沸騰するってこういうことかと思ったよ。



「ピンクとハートだらけで勉強よりも異性と恋愛することを礼賛して夢と愛があれば世界が平和になるて毎年毎年こりもせず語り続けているあれだよね。ああいうのは害悪だよ。子供たち、とくに少女から人生を切り開く力強さを奪う悪しき物語だ」


 

 魔女の、特にあたしの怒りは周囲に影響を及ぼしやすい。

 

 堰を切ってあふれたあたしの怒りは魔法の波になる。ガラスが割れるはピアノの音色が雷みたいな音になるわ、飲み物がマグマみたいに沸騰し始めるわで人間の客がパニックになって逃げ惑うわでホテルのカフェはひどいありさまになったけどその中でヒガシムラだけは大喜びだった。


「そうそう、これでこそ君だよモモちゃん! このエネルギー! 人の目を気にしな一直線な行動! やっぱり君が僕の求めるヒロインなんだよ」

 

 肩をつかんで顔を近づけて何か言ってきたけど目をのぞき込んできたので石化の魔法をかけてやった。


 

 あのあとばあちゃんがホテルの修繕魔法やら人間の記憶を消す魔法やら石化したヒガシムラを元に戻す魔法をかけて魔力をだいぶ消費したらしいけど、あたしの知ったことではない。本人不在でそんな話をするほうとキューティーハートを侮辱した方が悪い。大罪だ。


 

 ふー、思わぬ長編になって疲れた。今日は悪口だらけだから明日はいいことを書こう。

 

 ・今日のミッション

 キューティーハートの第三シーズン視聴。こっちじゃ再放送をしてるらしい。



 7月6日 しとしと雨


 雨が続いてカエルが喜んでいる。

 

 おばさんに昨日日記に書いたのとほぼ同じことを説明、やっぱ居候の身としてはそれなりに筋は通さないと。

 

 おばさんは元々人助けやこっちの世界の人間や文化がすきで、家政婦として働きながら問題を抱えた子供や家族を助けてきた魔女だ(おばさんの活動は『ナニーさんシリーズ』としてこちらの世界の本にまとめられている。おばさんの本は図書館に収められているかられっきとした≪|栄光の図書館族≫なのだ。影の世界の住民としてばあちゃんよりもずっとエリートなのだ)。

 だからあたしの気持ちをちょっとはわかってくれたみたい。ただ人前や決められた範囲外で魔法を使うのは厳禁だよって注意しただけ。おばさんの注意は素直に聞ける。

 

 留守中、おばさんの部屋の隣に住んでいるお姉さんが泣きながらドアをどんどん叩いてうるさいので中に入れてあげて話を聞いた。人間の前ではとんがり耳を隠しているシルバーブロンドのお姉さんは好きになった男を追いかけてこっちの世界にやってきたのに、その男が今魔王の生まれ変わりとかいう黒いドレスを着て胸の大きな別の女にうつつを抜かしているのが悲しくてやってられないらしい。


 あたしたちとは別の影の世界から来たおねえさんは、他に影の世界出身の知り合いはいないので時折おばさんが話し相手になってあげているらしい。はかなくて肌もすべすべですごくきれいな人なのに罰当たりな男もいたものだ。


 ・今日のミッション

 お姉さんに神経を落ち着かせるハーブティーを淹れてあげた。あたしだってこういうことができるんだってば。



 7月7日 晴れのち雨

 

 おばあちゃんからおばさんに連絡。あたしがここにいることはわかっているから早く帰らせろとのこと。

 

 おばさんはのらりくらりでかわしてくれたけれど、デンワごしに空気がびりびり震えるくらいに怒っている。

 つかまるとただでは済まなさそう。ヒガシムラが死ぬまで奴の漫画に専属契約を結びかねない勢いだ。……それにしてもあらゆる魔女除けの呪いをかけておいたのに、裏をかいてデンワを使ってくるとは。ぬかったわ。

 

 というわけで、予定より早くオーディションの会場である虹ノ岬町って所へ向けて旅立ち、その電車の中でこれを書いている。


 虹ノ岬町は田舎にあるみたいで山と畑と海がみえる。電車の中はガラガラだ(だから今カエルを窓辺に置いている。しばらくトランクの中に入れていたからうれしいみたいだ)。

 

 あたしの新しい人生の始まりだから、この海と畑と空の色と電車の臭い(あまりいい匂いじゃない)を忘れないよう記憶にとどめておきたい。

 

 所でこちらの世界では七夕と呼ばれる日だ(キューティーハートでやったから知っているのだ。毎年毎年恋愛が絡むのでちょっと鬱陶しい)。

 おばさんも玄関先にカラフルな色紙で飾り付けた笹の葉を用意していたので、おばさんちを出る前にあたしもお願い事を書いた紙を括り付けてみた。隣のお姉さんも同じようにする。お姉さんも軽い傷を治す程度のちょっとした魔法を使えるらしい。魔法が使える人間がこちらの世界の精度の低いおまじないにたよるなんてちょっとおかしいねと笑いあう。

 

 怠け者の恋人たちが空でデートする夜の空を、あたしは新しい町で見るのだ。


 ・今日のミッション

 お姉さんに恋愛成就のおまじないをかけてあげた。


 

 


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