魔法少女サマーキャンプ

ピクルズジンジャー

前書き:このノートを始めて読む人へ向けて。

 なんだか知らないけれど、あたしが初めて「キューティーハート」のオーディションを受けた時の日記が本の形になって公開されることになったっていう。


 世の中何が起きるかわからないもんだ。

 ま、本つっても東邦動画の資料室に収めたり一部をネットに読めるようにするだけの「資料」ってやつだけどね。


 

 つうかこんなノートにどれほどの価値があるっていうんだろう? ただの小娘の殴り書きだっていうのに。

 東邦動画の知的財産を管理したり社史を編纂したりする部署の人曰く「資料的価値がある」「あの大嵐の一日を記した重要な証言」「わが社にとっての貴重な記録」ってことらしい。はーん、よくわかんない。



 そういう性質の本だから、今からこのノートを読む人の中にそんなトンチキは少ないはずだけど、ひょっとしたら「キューティーハートのことなんか全然知らねえ、何ソレ?」って人もいるかもしれないし一応簡単に説明しておく。



 「キューティーハート」は日曜日の朝にやっている東邦動画制作の魔法少女番組だ。


 妖精の国の依頼を受けて不思議な力を授かった女の子たちが可愛くておしゃれでカッコよくて強いキューティーハートって呼ばれる魔法の戦士に変身して悪い敵と戦うっていう話を一年ペースで語り上げる。

 大体一年(例外的に二年)で設定や出演者がリセットされて、また新しく妖精の国からの依頼を受けて不思議な力を授かった女の子が可愛くておしゃれでカッコ良くて強いキューティーハートに変身して悪い敵と戦う話が始まる。


 それを繰り返してもうすぐ30年になる。


 30年近くにわたりキューティーハートは可愛くておしゃれでカッコ良くて強い少女の憧れの存在として君臨し続けてるんだよ? すごくない? すごいよね。レジェンドだよね。


 「魔法の国のサンディーちゃん」とか「ふしぎのナナコちゃん」とか「シャイニープリンセス」とか、東邦動画の制作してきた魔法少女番組はたくさんあるけれど、30年近く同じシリーズを展開し続けてきたのはキューティーハートぐらいなもんだし。市場規模はシャイニープリンセスの方がでかいとか言うヤツがいるけど、知るかそんなもん。


 

 あたしがオーディションに参加したのはその20周年記念作になる「咲きほこれ! ブルーミング✾キューティーハート」だ。

 


  そのオーディションで色々トラブルや騒動があったのはキューティーハートファンならよく知っていることだとは思う。


 

 八月の大嵐の夜、次期キューティーハート候補生たちがSNSに体調不良を訴えながら昏倒し、その翌日、次期ヒロインとして決定しマスコミにも大々的に発表された少女・天河エミが理由を特に明らかにされずヒロイン役を降板したという事件だ。


 東邦動画の偉い人がバカ……おっといけない、偉い人の慎重な判断によってその事情が伏せられた結果、その真相は公にはされていない。


 公になっていないのにwebには結構いろんな記録が残っているせいで、今に至るまでしょーもない憶測を呼び続けることになっている。


 天河エミがヒロインを下ろされたのは性格悪すぎて候補生たちをいじめぬいたためだの、オーディション中に候補者たちが原因不明の体調不良で倒れたのは実は天河エミが率先していかがわしい行為が行っていたためだとか、事件の詳細があやふやなのは東邦動画が天河エミの母親であるシャイニープリンセスに気を使ってかん口令を敷いているせいだとか、ま~暇人どもが好き放題くっちゃべっているけれどどれもこれも適当な噂である。

 だいたいいかがわしい行為ってなんだよ。魔法少女ってきくとすぐにやらしい想像するてめえの頭がいちばんいかがわしいだろうがよ?



 ……おっといけない。筆がノリすぎて余計なことをかいてしまうのはこのノートを描いていたころの私の悪い癖だ。いっけなーい、てへっ☆


 ま、ともかくファンには「テンペストの一夜」だのなんだのと呼ばれているブルーミング✾キューティーハート(略してブルキュー。もうちょい可愛い略し方はなかったのか?)オーディションの謎につつまれた夜の真相の一部はここに書かれている。

 ま、だからその辺に関しては確かにあるかもね、資料的価値ってやつが。



 それにしても、あの件に関してはあたしも当事者ってことであの嵐の夜の真相をいろいろ訊かれることが多くて、正直とんでもなく鬱陶しかった。

 

 自分の内面が全開なノートが公開されるのは非常に恥ずかしいけど、「ねえねえ、主役に内定していたあの子って本当はすっごく性格悪かったんでしょ?」「ブルキューヒロインの花山みのりがいじめられたって本当?」「天河エミって魔法少女サラブレットだし性格わるそうだもんね~」とかわざわざささやきにくるニヤニヤ笑いのゴシップ好きに付きまとわれなくなるなら結構だ。いくらでも人目にさらしてやろう。



 最後まで読んでいただければわかることだが、本来ヒロインになるはずだった女の子・天河エミはとてもいい子である。


 あたしが言いたいのはそれくらいだ。



 

 これを書いているあたしは魔女の娘、名前はモモ。姓もなにもなくただのモモ。

 

 でもってこれは、魔女の娘は魔法少女になんぞなるもんじゃないと小さいころからくどいくらいいい聞かされて育ったあたしが、どうしてもキューティーハートになりたくてオーディションに参加した期間の日記だ。



 ……説明はこんなもんでいいか。じゃあまあさっさと読んでみて。

 

 

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