第80話:想像力の働く方向【後】

 小説が映画化されていきなり「原作の前の時点」を大幅につけ加えた例として、広くお勧めしたいのがエルモア・レナードの短編集「オンブレ」に収録されている「三時十分発ユマ行き」、それを映画化した1957年の「決断の3時10分」、2007年にリメイクされた「3時10分、決断のとき」の三作である。


 それぞれについて簡単に説明してみると、そもそもの短編は1953年に書かれている。作者のエルモア・レナードは犯罪小説作家として有名だが、昔は西部劇を書いていた。これが村上春樹によって翻訳されて、新潮文庫から出たのが2018年の2月である。


 最初に映画化されたのは1957年で、タイトルは「決断の3時10分」になっている。これは白黒映画でさほど有名ではないが、おおむね観た人からは高く評価されている。現在でもDVDで入手可能である。


 その映画を50年後にリメイクした2007年の「3時10分、決断のとき」は当然カラー映画で、クリスチャン・ベールとラッセル・クロウが出演している。2007年にもなって今さら西部劇かよ、という逆風の中、かなりヒットしたのでご存知の方も多いかもしれない。西部劇になじみの薄い、ごく普通の人が予備知識なしで観ても、十分すぎるほど面白い。


 時系列順に並べると、以下のようになる。



 1953年:原作となった短編が書かれる。


 1957年:最初の映画が公開。


 2007年:リメイク映画が公開。


 2018年:原作の翻訳が出版される。



 私は2007年の「3時10分、決断のとき」から入ったのだが、たまたま図書館にあった原作がほんの数十ページほどだったので読んでみると、何と映画の終りの方しか描いていない。


 2007年の映画は「強盗団の首領を、刑務所行きの汽車に乗せるまで」を描いた、言ってみれば道中記なのである。汽車が停まる駅がある街に着くまでの護送の過程が豊かで、文字通り山あり谷ありの道で、アクションやら心理的駆け引きやらが繰り広げられる。そこがメインで、着いてから汽車が到着するまでの時間がいよいよクライマックスという構成なのだ。メインはロード・ムービーと言ってもよい。


 それに対して原作の短編は、そもそも「やっと街に着いた」時点が発端になっていて、その前のいきさつはちゃちゃっと説明されるだけなのであった。


 卵と鶏をいくら比べても共通点が見つからないのと同じくらい、これは意外だった。それだけ2007年版の構成が自然な流れを損なわないように、よく整えられていたせいだとも言えるのだが、こうなると1957年版も観たくなってくる。


  1957年版の白黒映画を観てみると、こちらも同じように「街に着いてから」は終盤で、そこに到るまでの過程がメインの話になっていた。つまり、最初に映画化された時点で、すでに原作より前の時間を描くことに重点が置かれていたのであった。


 ただし二作の映画を比べると、人間の動きや役割が微妙にあちこちで異なっており、たとえば主人公の妻が57年版ではかなり長い距離を移動するのに対して、2007年版ではその役割が息子に変わっている。単に妻の役割をリメイク版の息子がなぞっているのではなく、台詞や行動のひとつひとつに、きちんと意味のある脚色になっている点が興味深い(ちなみに原作では、妻も息子もほぼ出てこない)。


 という訳で、ある短い小説や思いつきを広く、大きく展開する場合、時間的に過去の方面を膨らませるモデルケースとして、この三作は様々なヒントを与えてくれる。一般に、創作法に関する標準的な本では「登場人物の履歴書を書こう」というアドバイスはあっても、例を挙げた上で「過去に話を広げてみよう」といったアドバイスは見たことがない。


 私自身は「ちょっと発展する見込みがなさそう」と思い込んでいた小さなアイディアがうまく整ったり、以前書いた掌編の「前日譚のそのまた前日譚」「そのまた前のエピソード」を考えることによって連作風に育ったり、様々な効用があった。読者の皆さんにも、初期段階の構想を膨らませるためのアプローチの一つとしてお勧めしておきたい。

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