第79話:想像力の働く方向【前】

 想像力の働く方向は、空間的には現在地から見てより広く、より遠くへ、外へ外へと進む性質がある。

 たとえるなら、先生が黒板に描いた円の内側から外側へと向かって、矢印が出ていくような動きである。


「この部屋の外はどんな様子かな?」


「この壁の向こう側には、何があるのだろう?」


「あの山の向こうには何があるの?」


「あの海の彼方には……」


「あの空の彼方には……」


「あの星の彼方には……」


 このような想像力や好奇心の方向づけは、幼児や犬や猫にすら見られる、つまり広く知的生物一般に見られる特質である。もちろん、外側へ心の目を向けている大勢の人々の中には「はて、自分の体内では何が起きているのだろう?」という考えを持つ人間もごく少数ながらいたはずである。しかし、あくまでもそれは少数派にとどまる。


 では、時間的にはどうか。こちらは「今」を起点とすると、より未来の方向へと進む傾向がある。


 今、目の前で事故が起きたとしたら、その次はどうなるか、そのまた次は、と順を追って知りたくなる。「過去のある時点で妙な事件があった」と知らされた場合も、まずは「その後どうなったの?」と興味を持つ。あるいは、まどろっこしい会話が続く場合には一足飛びに結論だけを知りたくなることもある。「次はどうなるの?」という未来への興味の方向付けを与えられているのが人間というものらしい。


 ちなみにミステリというジャンルは「事件が起きて、その原因や理由、真相をさぐる」という形をとっているため、視線がいったん過去に向かう。あらかじめ、後ろ向きに想像を働かせることが義務づけられているといえるかもしれない。


  時間的に未来へ未来へ、という方向性が明らかなのは映画において「ヒット作」が出た時のことを考えるとわかりやすい。続編は大抵の場合、第一作の「続き」であり、第二弾の後はさらに続きの第三弾、いよいよファイナル、その後はリターンしてリボーンして、さらに次の世代による新シリーズ、番外編……、と進んで、さんざん続きや枝葉が描きつくされた後で、やっと出てくるのが「前日譚」ではないか(ここで「SW」や「エイリアン」を想起していただきたい)。


 空間的に内側へ向かって想像や好奇心を働かせる人間が少ないように、「今、事件が起きたよね。で、その前は?そのまた前は?もっと昔はどうだったの?」とはなかなか想像しにくいものである。おそらく「生存する」という一大事を維持するためには、内側よりは外側の出来事、時間的に過去よりは未来に関心を向ける必要があったせいだろう。


 しかし、自然な流れに抵抗するように「その前はどうだったのか?」と考える力を持っているのも人間である。

 

 そして、小説が映画になった段階でいきなり「原作の前の時点」をつけ加えた例がある。


  (次回に続く)

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