第54話:フィクションにおける位置関係(漫画編1)

 位置関係の話の続きで、今回から漫画の例を挙げてみたい。


 といっても、あまり多くの例が思いつかない。

 ただ、知らない人にはぜひ読んで欲しい、数少ない例は「風の谷のナウシカ」3巻の終盤にある、トルメキア軍vs土鬼軍との騎兵戦の場面である。

 この場面は全体像が(たとえば地図として)さほど描かれないにもかかわらず、クシャナが先頭になって突撃するトルメキア軍の騎兵隊と、奇襲をかけられてオロオロする土鬼軍の動きと方向が、それぞれ手に取るようによくわかる。

 トルメキア軍はクシャナを先頭にして、尖った三角形のような陣形で主に画面→右方向に進む。

 この先頭付近にナウシカが最初はいるのだが、離脱して画面左←方向へと分かれるのである。


 この離脱するときの角度がいい!


 さらに、ナウシカが音の出る鏑弾を撃って敵を翻弄する際の、弾道の角度がいかにも敵にとって意外で、さらに隊列が崩れて混乱している様子がまたいい!

「鬼神か」

 という敵軍のツッコミに同情したくなるほどの強さである。


 前回、「情婦」の法廷場面では縦、横、さらに奥、手前、それに加えて斜めのラインもあると書いたが、この戦闘場面では斜めを越えた、予想外の角度(と音)まで描かれているのである。


 さらに、この場面では速度までが巧みに描かれている。

 ナウシカは装備をほとんど身にまとっておらず、速度だけを頼りに突っ切れば敵中を突破できると踏んでいるのである。実際、ナウシカの操るカイ(鳥と馬が合わさった動物)は走り始めた次のコマではもう点になっているほど速い。

 しかし、銃弾の中を走って突破するには無理があるという常識的な見方もあって、ナウシカの身を案じて、トルメキア軍の重装備の騎士四名がナウシカを護衛して後に続くという流れになる。

 この辺りは、本当にナウシカ一人であればスピードだけを頼りに突破できていたかのようでもあり、護衛なしでは確実に死んでいたようでもあり、読む人によって解釈が分かれそうである。とにかく、そういったギリギリのスピードが描かれている。


 スピードといえば登場人物の判断や指示の速さという要素もあって、さらにこの場面の前後にはクシャナとナウシカ、それぞれの立場からの政治的なかけひき(奴隷を解放するか否か)や意地の張り合いのような心理まで描かれている。クシャナと部下、ナウシカとカイの信頼関係という相似形まで含まれていて、とにかくここは宮崎駿に対して「鬼神か」と言いたくなるほどの名場面、名描写の数々である。


 宮崎駿と黒澤明に関しては、平面ではなく立体的に場面を設計しているとしか思えない上に、心理や時間経過まで描写されるので、やはり天才の仕事である。


 漫画の例は、次回もう少し挙げてみたい。

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