第45話:“ ファニー ”な小説
丸谷才一と河盛好蔵の対談「小説のなかのユーモア」を読んでいたら、「ファニー」という言葉をめぐって色々とやり取りがあった。
「ファニー」の単純な訳語は「滑稽な」「ユーモアがある」「おかしな」といったところだが、それとも少しニュアンスが異なるらしい。
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ファニーというのがイギリスの書評ではほめことばであるというわけですね。しかも、一番読者にアピールする、本がよく売れるためのほめことばである。これはべつに、いわゆる滑稽小説、ユーモア小説の場合ではなくて、ちゃんとした純文学の小説の場合にそれが使われる。しかもイギリスではそれが無上の賛辞になるらしいんですよ。(中略)ヒューモラスという形容詞は出てこないようですね。その代わりファニーが出てくる。ぼくもそういうファニーなところのある小説を書きたい。
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上記の発言は丸谷才一によるもので「普通の人生を普通に書いて、しかし滑稽な面、おかしな面があるということをけっして見逃さないという仕事をしたい」とも述べている。ここまでストレートに「私はこういうものを書きたい」という発言は珍しいのではないだろうか。
この対談では「ファニー」な要素を多分に含んでいる書き手としては、シェイクスピアの名前が挙がっていて、ユーモアがある作家としては井伏鱒二が褒められている。
ところが当時から人気が高かったらしい太宰治となると、エスプリはあるけれどもユーモアがなく、間が悪い、セカセカ、トカトカしている、ただし会話は面白いと、褒めているのか貶しているのかよくわからない。
私は太宰治のユーモア小説は非常に面白いと思っているし、ファニーだとも思うが、井伏鱒二は正直なところそこまで優れているのかどうか、ピンと来ない。それ以外に真面目と言うか、普通な空気の中にファニーな雰囲気を持っている小説というと「細雪」や田辺聖子の小説が思い浮かぶ。
以前、どこかで「ファニーな小説」という文句を読んだ気がして調べてみたら、アーヴィングの「ウォーターメソッド・マン」だった。
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<ある種の感染症>により、放尿時の異常な痛みに苦しむ男、フレッド・トランパーは、古代低地ノルド語で書かれた神話を研究する大学院生である。将来の見込みは殆どない。しかもスキーのアメリカ代表選手ビギーを妊娠させたことで父の逆鱗に触れ、援助を絶たれてしまう。息子コルムも生まれたものの、トランパーの生活はいっこうに落ち着かない…。妻も子どももいる。だけど、大人になんかなりたくないんだ。
ファニーで切ない青春小説であり、あらゆる現実から逃走し続ける主人公に果たして救いはあるのかを追求したコミカルでどこか切ない現代の寓話。
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アーヴィングの小説は、滑稽だし暴力的でもあるし、喜劇と悲劇が脈絡なく混ざっている。で全体としては確かにファニーかもしれない。
しかし、「この小説はファニーである」という批評の言葉は日本には定着していないし、これからもしないんじゃないの、と書いてお終いにしようかと思っていたら、映画「勝手にふるえてろ」の主演女優、松岡茉優の言葉の中に「ファニー」という単語が出てきていた。
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原作を拝読した時、ヨシカの気持ちが暴れ放題のモノローグがあまりにも気持ち良くて、映像になったらどうなるんだろうと色々想像しておりましたが、大九監督の脚本が上がってびっくり。 大胆でファニーなアレンジにわくわくしました。
http://furuetero-movie.com/comment/
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こういう形で「ファニー」という言葉は割と使われているのだろうか。確か綿谷りさは太宰治が好きだとどこかで発言していたし、太宰治から「ファニー」を受け継いだ綿谷りさの小説が映画化されて、そこで「ファニー」という言葉が出てくるのはかなり妥当である。
個人的には丸谷才一と河盛好蔵タッグによる太宰批判より、太宰治、綿谷りさ、大九明子、松岡茉優の四人によってリレーされた面白さ(それを「ファニー」と呼んでも呼ばなくてもよいのだが)に軍配を上げたい。
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