第22話 拍手部隊
壁にかけてある時計の針が12時を指す。
ススは時計を確認した後、話を進めた。
スス「天才達に住むところを追われた私達は自分の場所を取り戻すために戦争を始めた。
イシキ様が作り上げた組織、『ゴブリンズ』の下でね。」
黒山羊「イシキ?」
スス「物凄く強い能力者で、私達の先導者よ。 私は見たことないけど、50年前からいたから今はもう80の爺さんね。
彼が先導者になったお陰で文化も言葉も食べ物もバラバラだった能力者をまとめ上げ、戦争に向かう事が出来た。
あの強大な力を持った世界中の天才に、特別な力を持っているとはいえたった一国が戦いを挑み、50年以上戦い続け、勝利する。
彼以上の先導者は、後にも先にも現れる事は無いでしょう」
黒山羊「イシキ、先導能力、優秀」
彼等であんなに手を焼いてるのに、と小さく呟く。黒山羊は一瞬、ススが犯罪者グループの副首領であることを思い出した。
スス「イシキは始め『復讐』のために戦争を始めた。
でも天才達と30年以上長い戦いを繰り広げている間に考えが変わり、
いつしか『天才と能力者が共同で生きる』ために戦争する事が理由になっていたわ。
おそらく戦っている間に、『復讐は馬鹿らしい』なんて考えたんでしょ。
とにかく、私の家族はそんな歴史の中に存在していた」
黒山羊「メ?」
黒山羊は眉をひそめる。
彼の中の電子頭脳が無慈悲に彼女の心情を伝える。
それは「憎しみ」と「悲しみ」と「喜び」。
そこから何を考えているか黒山羊は分からない。ススは話を続けた。
スス「私達の家族は元々サーカスだったわ。
ネクストラウンド・サーカス』と言えば知らない人は居ない程有名なサーカス一座。
私の父はジャグリングが得意なジャングラン。
私の母はナイフ投げが得意なマダム・メラーリ。
二人はサーカス一座のトリだったけど、父が能力者だったために能力者島に幽閉されたわ。
それが確か15年位前だった。
その二人には『セキタ』と『スミー』という子どもがいて、まだ小さな私がいた。
私はサーカス生まれの子なの。
でも私達はサーカスから離され、戻るために戦争に参加しないといけなくて。
結局私が覚える事が出来たのはサーカスの芸じゃなくて、戦争訓練所で医術や戦闘技術。馬鹿な話しよね」
黒山羊「メ・・」
黒山羊はとりあえず頷くが、ロボットである彼に人間の情緒はよく理解出来ない。
とりあえず当初の目的である「ススは何故医術を知っているのか?」の疑問はとれた。
同時に、彼女から殺気が感じられるのも分かった。
黒山羊(彼女、心情レベル、危険。 一度、離脱)
黒山羊「ス・・スス。主、身体レベル、安定。 家、帰還要請」
スス「ん〜、ずいぶん分かりづらい話し方ね。
つまり、メルの体調が落ち着いたから、家に帰したい?」
黒山羊「正解!」
スス「成る程。 でも、それは駄目よ?」
ススは素早くベッドの上に上がり、メルの首筋に右手をかざす。
その右手にはナイフが握られていた。
黒山羊「!」
スス「まだ話は終わってないもの。それに、私からも彼に聞きたい事があるし」
ススの落ち着いた声の裏側には、何が何でも逃がさないという怨念じみたモノが混じっていた。
スス「攻撃、逃亡、説得、全て諦めなさい。 私の足は弾丸より速く動けるわ」
黒山羊「・・・・」
黒山羊は何も言わず睨みつけた。
彼女の能力、超高速移動術の恐ろしさは、一度身をもって味わっている。
幾ら黒山羊が不意を突こうが、それより早く彼女はメルの首をかき切り、その場から逃げる事が可能だという事も、
今の黒山羊は理解出来る。
スス「私が話し終えるまで、彼から聞きたい事を聞くまで何もしないから安心して」
黒山羊「貴様、主、傷一つ、付ける・・・・覚悟」
スス「・・安心して、といった筈よ。動きを止めなさい」
黒山羊「・・話、続けろ!」
スス「ええ、話すわ。 そして・・」
ススはフフ、と笑う。
それはまるで鬼のように、恐ろしい笑みを。
スス「知りなさい。無知の恐ろしさと、罪の重さを」
そしてススは語り始めた。
優しく、ゆっくりと、とても丁寧に・・。
スス「あれは今から二年前、私が初めて部隊に収集された時だったわ・・」
メルの夢の中
赤茶けた大地と同じ色のテントの前に、セキタ、ススは立っていた。
それをメルは少し後ろからふわふわと浮かびながら眺めていた。
セキタ「さぁ、着いたぞ。」
スス「ここが、セキタの部隊?」
セキタ「そして、お前の部隊になる部隊だ。
8888番隊、通称拍手部隊さ」
メル『こんな赤茶けたテントにいるの?』
僕は思わず尋ねてしまってから、ハッとして口をつぐむ。 セキタはススを見ながら笑って話を続けた。
セキタ「いいか、今からパスワードを伝える。このパスワードを忘れると大変だから気をつけろよ。」
スス「は、ハイ!」
メル『・・やっぱり、聞こえないんだね、僕の声は』
メルは気づいていた。
彼等に自分の姿が見えず、声が聞こえない事を。
メル『自分の夢なのに、自分の思い通りにいかないなんておかしいよ。
それとも、夢の中だから曖昧なのかな?』
メルは自問自答を繰り返すがしかし、答えは出ない。 結局、ただの夢だしと思い、深く考えるのを止めた。
セキタ「おーい、セキタだ、入るぞー」
メルが考えを止めたのと同時にセキタがテントの中に入る。
つられて二人が入ると、中はごちゃごちゃした機材や銃器で敷き詰められていた。
明かりはなく、下手に歩くと爆弾を踏みそうな道をセキタはずんずん進んでいく。。
室内は暗く、奥は見えなかった。
スス「うわ、なにこれ・・?」
セキタ「踏まないよう気をつけろよー。
おーい、リーダーいるかー」
セキタが適当に叫ぶと、奥から三十代の男性の声が聞こえた。 その言葉はとても丁寧で、兵士というより紳士のようなイメージがメルの頭に浮かぶ。
「おや、セキタか。
ちゃんと彼女は連れてきましたか?」
セキタ「ああ。 リーダーも早く姿を見せなよ」
「今行きます」
ガチャガチャと音をたてて、暗闇から一人の男が姿を現した。
ヘルメットに奥に青い髪を覗かせた、痩せた男だ。
「どうも初めまして。私はサイモンと言います。周りからはシンプル(純粋な)サイモンと呼ばれているますね。
貴女がススさん、ですね?」
サイモンは、フッと笑った。
それはとても優しい笑みだった。
▽ ▲ ▽
現代のススはナイフをメルの首筋に軽く当てたまま、話し始めた。
スス「あれは今から二年前、私が初めて戦場に駆り出された時だったわ。
そこでセキタ、スミーとは再会したの」
サイモン「初めまして。私はサイモン。
仲の良い人からはシンプル(純粋な)サイモンと呼ばれているよ。
そしてこの第8888番隊のリーダーだ」
スス「あ、は、初めまして、ススと言います。
えっと、あの・・マイル訓練所を卒業して医者免許を持ってて・・その」
メル『ありゃりゃ、セキタみたいに普通に話しかければいいのに』
セキタ「あの馬鹿、人見知りしすぎだろーが」
ススはもじもじと自己紹介しているが、余りにいじらしいのでメルも呆れていた。
セキタはススのフォローをしようと口を開けようとしたが、それより早く。
サイモンが楽しそうに笑った。
サイモン「フッ。フフフフフ。
フハハハハハハハハハハ!!」
スス「!?」
サイモン「ははは、し、失礼。
ま、まさかこの戦場でこんなにいじらしいお方に会えるとは思わなくて・・! ハハハハハッ!ハハハハハハ!!」
スス「〜〜〜〜〜〜!!!」
ススは顔を真っ赤に染める。
みかねたセキタがサイモンを諌めるように言葉をかけた。
セキタ「あー、隊長?
一応そいつは俺の妹だし、一応そいつは新入隊員なんだから、あんまり・・」
サイモン「あ、ええ、すいません、失礼でしたよね」
サイモンは急いで真面目な表情を作ったが 、ススは相変わらず顔を赤くしたまま黙っている。
スス「・・・・」
サイモン「え、ええとスス君だったね。
こちらへおいで。仲間が待ってる」
スス「・・・・」
セキタ「ほらスス、いくぞ。固まるな」
スス「・・・・」
ススは俯いたまま、コクコクと頷いた。
そしてセキタの後についていく。
去り際にサイモンが小さく「やっちゃいましたなー」と呟いたのが聞こえた。
▲ ▽ ▲
セキタ「ここだな」
スス「・・・・!」
セキタが歩みを止める。そこには台所に必ず一つはある横長の机が置いてあるだけだ。
部屋の奥にはスス達が入ったのとは別の扉がある。
スス「ここは?」
セキタ「休憩室であり談話室であり悪巧み室であり取引室でありゲーム室であり、 今は新隊員歓迎室だな」
スス「え?」
パンッパパンッ
突然渇いた破裂音が響き渡る。
と同時に、奥の扉が開き中から5〜6人位入ってきた。
皆セキタと同じ服を着て、手にはクラッカーを持っている。
隊員1「新隊員おめでと〜〜〜!!!」
隊員2「拍手部隊へようこそ!!」
隊員3「お、新しい子かわいいなあ!」
隊員4「本当だわ!、、、セキタの妹とは思えない!」
隊員5「うおおおお!!褐色妹キターー!」
隊員6「・・(ペロリ)」
スス「わっ!
び、ビックリしたあ!!
これ皆セキタの部隊?」
セキタ「ああ、そうだよ。」(隊員5と6、後でぶっ潰す)
驚くススに、セキタは(表面上)ニッコリ笑って答える。
ススは他の隊員達に挨拶をした後、有る事に気付いた。
スス「あれ?スミーは?」
「よいしょ。よいしょ。
私ならここだよ。よいしょ。よいしょ」
ススは驚いて振り返る。
そこには車椅子を一生懸命動かして近付く、ススと同じ褐色肌をした二十歳前の女性がいた。
両手で車輪を回し、少しずつ近付いている。
両足は包帯が雑に巻かれており、誰が見ても大怪我を負っている事がわかる。
スミー「よいしょ。よいしょ。よし。
・・久しぶりだね、スス。あんたには本当に会いたかったよ。
出来れば両足を使って近付きたかったけどね」
スス「スミー、その脚・・」
ススは心配そうにちかよる。
しかしスミーはクスッと笑った。
スミー「大丈夫よ、スス。
車椅子、もう少ししたらミサイル追いかけられるぐらい使いこなして見せるわ!
私の母、マダム・メラ〜リの有名な『タンポリン使い』の力を受け継いでるんだ
だからこんな怪我、すぐ治るさ。
そしたらあんたに最高のタンポリンを見せてやるよ。
アハハハハハハハ!!」
スミーは楽しそうに笑った。
スス「嘘でした」
現代、スミーの笑いを吹き飛ばすように静かな声が響く。
スス「スミーはマダム・メラ〜リがナイフ使いである事を軍に教えなかった。
言えば必ずその力を使い、人を殺さないといけなくなる。
母から教わったのは芸のナイフ投げ。
それを人殺しにつかいたくなかったから、スミーは嘘をついた」
黒山羊「理解不能」
黒山羊は思わず呟く。
黒山羊「戦場、危険一杯。優秀人材、生存可能。 何故、力、隠蔽?」
スス「・・やはりアナタは機械ね。
あなたが私の話しを理解するかどうか、怪しいわ」
黒山羊「メ・・」
スス「幸い、私が治療したおかげでスミーの怪我はどんどん回復していった。
だけどあの日。
あの日が無ければ!」
ススの怒りが静かに、部屋の中に浸透していく。 彼女の小さな心中が今、大きな化け物となって現れ始めた。
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