第21話 セキタとジャグリングと手榴弾
メルヘン・メロディ・ゴートは夢を見ていた。夢の中の彼は荒野の中をフワフワと浮いている。辺りを見渡した後、すぐに瞼を閉じて溜め息をついた。
メル「なんか淋しい所だよね。ここは何処なんだろう」
そう呟くと再度辺りを見渡す。その景色はまるで月の上に来たようだった。
赤茶色の地面には穴が大量に存在し、その中からは細い煙りが立ち上がっていた。
何かが燃えているのだろうが、それを確認する気にはなれなかった。
どこの空も赤みを帯び、地平線の先には火と煙りが壁のように立ちはだかっているのが良く見えるが、それが何を燃やしているのか、遠すぎて確認出来ない。
メル「ここは一体何処だろ?
て、夢の中でそんなの気にしても意味ないか」
そう呟いた後、すぐにコレが夢の中だと再認識する。
そう、これは夢なのだ。なのに何故こんなに現実味があるのか、メルには理解出来なかった。 理解出来ないまま、メルは中空をふわふわと浮き続けている。
「よお、スス」
不意に、後ろから声が聞こえる。
振り向くと褐色肌の男性が立っていた。
右手にはマシンガンが握られていて、茶色い迷彩服に直帰を重ね着して、チョッキには小さなポケットが4つ付いている。
ズボンにも同様のポケットが付いており、その内一つには小銃が収められている。
メル「え?」
メルは思わず首を傾げた筈だった。
彼は誰なのか、ススとは誰なのか、その銃は何なのか、訊ねたくて「え?」と言ったのだ。
しかし彼は「え?」と言えなかった。
急に体が動かなくなったのだから。
そして口が勝手に違う事を言い出したのだ。
「セキタじゃない!良かったー!」
そんな言葉が口から出て来た。
更にそれと同時に、メルの体はふわりと浮き上がる。 あっと言う間に彼の体は先程まで自分がいた場所より少し上まで浮き上がってしまった。
そして自分がいた場所にはどこかで見た事がある褐色肌の女性が立っていた。
セキタと呼ばれた青年は笑みを浮かべながら答える。
セキ「久しぶりだな、スス!」
▲ ▽ ▲
ほぼ同時刻。 とある一軒家、二階の寝室。
スス「では、授業を始めます」
黒山羊「・・」
黒いTシャツに短いジーンズをはいた褐色肌の女性、ススは楽しそうに笑った。
それに対面しているのは黒山羊と言う名三メートルはある巨体のアンドロイドだ。
その頭は黒い山羊で、体は人間のような姿をしている。
下半身はジャージのズボンを穿いているが、
上半身は何も着ていない。
黒山羊「何故、授業?
我、警護アンドロイド。受講必要、無意味」
黒山羊は首を傾げた。
ススはジロリと睨みつけ、
スス「あんたは一般常識が無さすぎるから」
黒山羊「何!?」
スス「あ・の・と・き!
もし私が能力者じゃなかったら一撃で天国に昇天されてたのよ。あなたは一度天才と能力者がどんな存在かよく知らないといけないわ!
し・か・も!メルを守る〜とか言いながら医術の一つも覚えてないなんて、警護ロボの名が疑われるわ!
あんた熱中症患者を空に飛ばすつもりだったでしょう!」
黒山羊「メ、メー・・」
いきなりの怒号に押され、メーと無くしかない黒山羊。 ススはそれに気を良くしたのか、話を続ける。
スス「だ・か・ら!
私がどうして医術をしっているのか、あと天才と能力者の事もよ〜く教えてやるから、しっかり勉強しなさい!」
ススはビシッと音が鳴りそうな程勢い良く黒山羊をゆびさした。
黒山羊は納得したのか、もしくは諦めたのか、もう一度メーと鳴く。
それを聞いたススはニッコリ笑って授業を始めた。
スス「さて、時は今から六十年前。
ゴルゾネス・トオル博士がGチップを完成させ、世界に発表した所から始まります。
ま、これ嘘なんだけどね」
黒山羊「嘘!?」
耳を傾けた瞬間いきなり嘘と言われ、我が耳を疑う黒山羊。
スス「この嘘は色々理由があるから、おいおい説明するわ。それでこのGチップは人類を『天才』と『能力者』に分けた。
Gチップは体内に埋め込まれるとその人のDNAを調べ、最も優れた遺伝子の成長を促し進化させる。
その結果『料理を作るのがとても上手な人』や『科学を研究するのが得意な人』がどんどん誕生したの。それが『天才』よ。
そして能力者はGチップで育てた遺伝子が今までに発見されなかった、未知の遺伝子だった場合の人間よ。
その人達は生まれつきその力を持っており、その力は常に人々を驚愕させたわ。
良い意味でも、悪い意味でもね」
黒山羊「?」
黒山羊は首を傾げた。対してススはフッと笑った。
その笑みはとても若い女性が見せるような明るくも生意気でも意地悪でも好奇心でもない、 悲しみを秘めた笑みだった。
スス「能力者は強すぎたのよ。
一人一人様々な力を持っているから警察も対応出来ない。中には世界を簡単に滅ぼせるような力を持った奴も現れた。
天才側から見た能力者は化け物以外の何者でもなかったのよ」
褐色肌の女性は笑みを浮かべたまま続ける。
スス「同じ人間なのにおかしい話しよね。
天才側は皆で話し合い、能力者を人工的に作った島に全て押し込んだのよ。
『君達はこのままでは危険だ。だからここでしばらく生活し、共同生活の為の基礎を学ぶのだ』・・なんて言ってね」
黒山羊「人工的島?」
スス「天才なりに力を示したかったのよ。
自分はこんなに凄い島を造れるぞ。俺達はお前たちより偉いんだぞ。それを証明するための島。
私達の親はそこで共同生活して、能力者のルールを作る事を義務付けられた。
普通の人生を犠牲にさせられて、ね」
黒山羊「メ?」
ここまで話しを聞いて、黒山羊は何か不思議なモノを感じた。
警護アンドロイドである黒山羊は人の声からその人の精神状態を確認する能力がある。
その能力が、彼女が殺意を押し殺して喋っていると唱えているのだ。
スス「私達の親は、ただ生きていただけなのに普通の暮らしを追い出され、あんな狭い島で犯罪者と一緒に暮らした。毎日誰かに命を狙われる危険な生活だったらしいわ。
だから私たちは天才達に復讐する事を誓ったのよ。
イシキ首領が立ち上げた組織、『ゴブリンズ』の元でね」
ススはメルを一瞥した後、笑みを浮かべた。
その笑みに先程の悲しみはなく、代わりにおぞましい殺意が込められていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鉄屑が幾つも集まって作られた屑鉄山。
その屑鉄山が無数にある鉄屑処理場の中にある屑鉄山の一つは、ゴブリンズのアジトである。
警察から目を逃れるために、見かけは鉄屑山に改造してあるが、中身は立派なアジトだ。
そのゴブリンズアジトの正面玄関の前の少し右横にある犬小屋の前で、体が包帯で出来た魔法使いダンクは辺りを見渡しながら何かを探していた。
左手には『モー』と書かれたドッグフードを入れた皿を大切に握っている。
ダンクは犬小屋に向かってこう言った。
ダンク「モー、モー、ご飯だぞ、でてこぉい」
すると、犬小屋の中から一匹の柴犬がふらふらっと現れた。
ダンク「お、モー。
ほれ、今日の飯だよ」
モー「んもおおおぉぉぉぉう」
モーと言う名の犬がモーと鳴きながら、餌を入れた皿に顔を突っ込ませる。
ダンク「こいつはいつまでたってもワン、と鳴かないんだよなぁ。
犬の癖に牛の真似しやがって。
食べっぷりは牛そのものなんだよなあ。
だから、アイには『よし、今日からお前は牛鬼モーだ』なんて命名されるんだよ。
こんな小さくて」
モー「ンモ?」
柴犬か首を傾げた。 ダンクの顔の部分がぐにゃぐにゃと崩れる。
ダンク「可愛いらしい奴が妖怪の訳がないだろう」
シティ「ダンクー」
ダンクが振り返るとシティが立っていた。
長い髪を団子状に結いて後ろに納め、黄色いエプロンを着ている。
そのエプロン柄には『速さと金が足りない!』と書かれた文字がプリントしてあるが、 あえてダンクはそのデザインに突っ込みを入れるのをやめた。
ダンク「お、昼飯出来たのか?」
シティ「まあねー、それでススを探してんだけど、あいつ何処行ったかしらない?」
ダンク「あー、あいつは『ルトーが、ルトーが心配だから学校に行く』なんて行ってたなあ」
シティ「エー、折角『シティちゃんスペシャルカレー』が出来たのに!
何やってんのよ、あの子は」
シティははぁ、と溜め息をつき、ダンクはくくっと笑う。
ダンク「お、俺の取り分増えたな」
シティ「大体あの子は真っ直ぐ突き進み過ぎなのよ。 いつもあなた達の奇行には冷静に対応しているくせに、
自分の事になると誰より真っ直ぐ突き進もうと考える」
ダンク「今さりげなく自分の事抜いたよな。 奇行が一番多いのお前だからな」
シティ「あの不器用な性格でよく副首領やっていられるわね。
ダンク、何かあの子の事知らない?」
ダンク「スルーかよ。
んー、まあ、あいつは一番最初にゴブリンズに入ったからな。
あいつの事をよく知ってるのは、リーダーぐらいだろ」
シティ「リーダーかー・・」
ダンク「ま、俺が知ってる事といえば」
ダンクはニヤリと笑ってふわりと浮いた。
ダンク「あいつはゴブリンズ1、鬼が似合わなくて、人らしい奴だって事。
そして、誰より強くあろうと強がっている事だな」
そして左手をシティに向けて差し出した。
シティ「?」
ダンク「スペシャルカレーは後で食べようぜ。
今現在、何か面白い事が起きている。
それに、カレーは皆で食べるのが美味しいらしいからな」
シティ「それじゃあ、昼ご飯は違うのを食べていきますか。
『シティちゃんスペシャルカレー』は夕飯の楽しみにしましょう」
ダンクは悪戯を企む子のようにくくっと笑った。シティは鬼のように愉快に笑みを浮かべた。
▽ ▲ ▽
メルは困惑していた。
先程までメルは自分の意志で動いていると信じていた。
しかし、今は違う。 自分の身体は勝手に ススという女性について行っているのだから。
スス「セキタはどうだった?
怪我はない?」
セキタ「当たり前だろ、俺を傷付ける奴なんてそうそういねえよ。ああーススみたいな足が欲しいな」
スス「なんでよ」
セキタ「サッと覗きにいって逃げる事ができぐへぇ!」
スス「馬鹿な事言うな、バカ兄貴」
二人は楽しそうに喋っている。
二人共褐色の肌を持つ黒人だ。ひとりは男性、セキタ。
中肉中背の青年だ。短く刈り上げた黒髪をポリポリと掻きながら楽しそうに話している。
もう片方は女性、スス。
歳は16ぐらいの綺麗な女性だ。
ただ、不思議な事に顔に笑みはない。
どこか機械じみた堅い表情をしている。
スス「足、ね。そう言えば、スミーは?足の容態はどうなの?」
セキタ「いやー、まだ当分車椅子だよ。
あいつら、鉛を俺の可愛い妹にぶち込むなんてどうかしているぜ」
スス「・・・・」
セキタ「天才どもめ・・あ」
ススの表情がまた固くなる。
それに気付いたセキタはハッとしてススを見つめた。
セキタ「あ!あー、その、スス。
あ、そうだ!おいスス!
良いニュースだ!
オヤジが俺に教えてくれたジャグリング。あれ、出来るようになったんだよ」
スス「え?」
ススはキョトンとした。
セキタ「さーさー皆さんご覧あれ。
私は世にも素晴らしい曲芸師、ジャングランの息子、セキタ坊のジャグリング捌きを!」
そう言ってセキタが取り出したのは手榴弾3つだ。
メル『いいっ!?そんなに危険な物でジャグリングしないでよ!』
高見の見物を決めていたメルは、思わず大声で叫ぶ。
しかしセキタにメルの声は聞こえないのか、今にもジャグリングをしようと右手に2つ、左手に1つ、手榴弾を持った。
スス「ちょ、ちょっとセキタ・・」
セキタ「さあご覧あれ!」
そう言ってセキタは両手の手榴弾を、真上に投げた。
しかし投げたのは2つ。右手にはもう一つ手榴弾が残っている。
ススが「あっ!」と叫んだ時、右手で投げた手榴弾はセキタの背より少し上まで上がり、左手で投げた手榴弾はセキタのはるか頭上まで飛び上がっていた。
セキタは右手を少し左にずらしてもう一つの手榴弾を投げた。
メルが『やめて』と大声を上げた時、左手を少しゆらゆらと動かした。
もう少し横に動かせば、2つ目に投げた手榴弾に当たる。
そしてススが「危ない」と再度叫んだ時、最初に投げた手榴弾はしっかり右手に収まっていた。
それをすぐに上に投げ、左手を少し下に右手を少し左にずらす。
すると2つ目の手榴弾が手中に収まり、もう一度それを上に投げた。
その時、左手にの掌に手榴弾が収まり、またそれをはるか頭上に向けて放り投げた。
そしてまた、右手を右に動かす。
その手に手榴弾がポスンと音をたてて落ちる。
それを投げる頃にはススもメルも口を開けたまま見守っていた。
四度目にセキタが一つ目の手榴弾を投げた時に、左手がセキタの顔に近付く。
セキタの表情は緊張しながらも、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。
『どうだ、凄いだろう』
まるでそう言っているようだった。
メルはその顔を見て、思わず頷いてしまった。
そして、ススは、楽しそうに笑っていた。
二つ目の手榴弾がまた右手に収まる。そして、また上空に放り投げた。
そして左手にまた手榴弾が収まる。
セキタ「これにてセキタのジャグリングはお仕舞いになります。
皆様、また見れる時をお楽しみ下さい」
時間にして僅か数分の出来事は、ススとメルの心を鷲掴みにするには十分過ぎる時間だった。
おどけた調子で頭を下げるセキタに、メルもススも思わず拍手をしてしまった。
メル『凄い!凄いよセキタさん!』
スス「凄いわセキタ!
一体いつそんなに練習したの!?」
メルとスス、二人が同時に喋り出す。
セキタはススの方を向いて答えた。
セキタ「戦争中とは言え四六時中戦ってるわけじゃないさ。
むしろ暇な時間の方が多いんだよ」
メル『良いなぁ、、、あんな事が出来るなんて』
スス「セキタ!」
セキタ「うわ!」
ススはセキタにずずいと近寄る。
セキタ「な、何だよ?」
スス「ありがとう。
私を元気づけさせてくれて。 もう、大丈夫だから」
セキタ「あ、いや、ん、んー。
べ、別にてめえのためじゃねえよ!
これはあれだ、苦労して出来た技を本番で見せる前にデモンストレーションしただけだからな!
そんなんじゃないからな!」
メル『く、くくっ、、、』
スス「フフ、、、」
セキタは恥ずかしそうに喋る。
メルもススも、思わず笑った。
何がおかしいんだー、とセキタが怒るが、それでも可笑しくて、楽しくて、笑わずには居られなかった。
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