第18話 ススと黒山羊

三時間目の授業が始まる時、校長室。

 豪華な装飾が施された部屋の中、二人の人物がいた。1人は立ち、1人は座っている。

綺麗に拭かれた椅子に座っているのはこの学校の校長、K・K・パーだ。

 ナチュラル・ビジョンの天井は自然の風景を写しだし、鳥の囀りまで聞こえてくる。

 しかしパーが見ているのはもう1人の人物。

 黒いスーツを着こなし、腰まで届く艶のある黒い長髪の女性、果心林檎だ。


パー「果心様。

 お久しぶりでございます」


 パーは椅子から立ち上がり、恭しく礼をしようとするが、花心は右手を出してそれを諫めた。


果心「挨拶は結構よ。パー。 

 アレの準備は出来てる?」

パー「当然です。怠惰の研究資料、今この机に閉まっております。

 果心様の目論見通り、不老不死の研究は完成しております。

 果心様の声1つでいつでも成果をお見せ出来ますよ」

果心「素晴らしい、素晴らしいわパー。

  いい働きをしたわ」

パー「いいえ、私は『怠惰』です」


 果心は上弦の月のようにフッと笑い、パーと呼ばれた老人は頭を横に振った。


パー「この半世紀、学校で馬鹿らしい立場で生きてきましたが、それももう終わり!

 永遠の命を手に入れれば、儂の人生の全てが報われます!

 たかが50年、何てこともない!」


 ダン、とパーは豪華な机を叩きつけた。机の上には感謝状があり、そこには「学校を設立した校長へ」と書かれていた。

 パーは怪物のように醜い笑みを浮かべる。


パー「こんな腐った文書ともおさらばです!早く永遠の命を我が物にしたい!」

果心「・・話しを変えましょう。

メルヘン・メロディ・ゴートを知っていますか?」

パー「ああ、儂の生徒の一人にいましたな。それがどうしました?」


 果心はフッと笑った。

 それは玩具を見つけた子どものような笑みだった。


果心「彼は、使えるわ。

 我々にとって、これ以上無い有能な存在。アナタはこれから、彼を監視しなさい」

パー「?何故ですか?

彼に特別強そうな力なんて・・ああ!」


不思議に考える老人の頭に一つの記憶。

それが見えた時、パーは満面の笑みを浮かべた。


パー「そうか、そう言えば、奴はあの男の孫でしたね」

果心「そういう事よ。それと彼には」


プルルルルル


 突如机の上にある受話器が鳴り響く。

 パーは果心に一言断りを入れて、苛々しながら受話器を取った。


パー「誰だこんな時に……儂だ。何のようだ?」

先生『早退報告です。メルヘン・メロディ・ゴートが体調が悪いので早退しました』

パー「なにぃ!?」





 学校の外…ある住宅街の道路。

初夏にさしかかり、日差しはどんどん暑くなる。 それなのに帽子も日傘もささず、1人の少年が道路の上を歩いていた。


メル「暑い。だけど早く帰らないと・・」


 少年は熱気に当てられたのかフラフラと歩いている。しかし、本人はそんな状況に気付く余裕すら無かった。


メル「早く、帰らないと………………」


 メルはついに倒れてしまった。

それに気付いた褐色肌の女性がメルに駆け寄る。


「だ、大丈夫!?どうしたの?」

メル「あ、ありがとう。

 僕はメルヘン・メロディ・ゴート。君は・・?」

「私はススって、あなた今、何て言った!? メルってまさかあなた、あのオーケストラ邸にいた・・あれ?」

メル「…………」

スス「わー、失神してる!

 しっかりして!!」

スス「ち、ちょっと!

  メルヘン君?メルヘン君!」


 ススは倒れたメルヘン君に声をかける。

 しかし彼は目を覚ますようすはない。

 更に額を見ると汗が流れていない。


スス(マズいわ、彼は熱中症で失神している。早く日陰で休ませて体を冷やさないと)


 ススはとっさに当たりを見渡す。

 住宅街はひっそりしていて、人のいる気配はない。 このあたりはベッドタウンだから、人の姿がないのは当然だ。

 だから誰かに助けを求める事は出来ない。


スス「しかし逆に言えばそれは、」


 ススは右側にあるきれいな家を睨み付けた。 そして家の玄関めがけて思いっきり走り出す。


スス「家の中に侵入し放題という事よ!」


木製の扉目掛けてドロップキックをお見舞いした 。

 数年間家を守ってきた扉は簡単に砕け、ススはいとも簡単に家の中に侵入した。


スス(通報装置、防犯装置共になし。

ザルなセキュリティで助かったわ)


 ススはフッと笑ったがすぐに振り返り、

メルヘンの所へ駆けつける。 メルヘンの顔色は青いままで、意識ははっきりしていない。


メル「・・」

スス「メルヘン君しっかり!

すぐに日陰に運んで」


『危険人物発見、即排除』


 不意に、ススの周囲が暗くなる。

 見上げると、何か大きな物体がこちらに向かって落下してきたので、ススは思わず後ろに飛び退く。

 その直後、物体がもの凄い勢いで地面に激突した。


スス「え!?」


 その勢いはすさまじく、砂埃が舞い上がりススの視界が砂埃によって遮られる。

 その中でも、聞こえてきた。


『バフォメトの翼、収縮開始』

スス「今の声は・・・メルヘン君!」


 幸か不幸か、砂埃はすぐに消えてくれた。  

 ススの眼に映るメルヘンを運ぶため急いで飛び出そうとするが、その背後にいる存在が動きを止めさせる。


スス「メルヘン君」『危険人物発見』


ススの台詞をひどくしわがれた声が遮る。

ススが目を向けると、砂埃が少しずつ晴れていき、そこに見たこともない怪物が立っていた。

 顔は黒い山羊の顔だった。

細長い顔全体が黒い毛で覆われ、黄色い眼が車のライトのように輝いている。

 頭には二つのクリーム色の角が二本あり、右側の角は短く真っ直ぐ上をむいているが、

左側の角はとても長いのかぐるりと曲がっており、まるで子どもが好きなペロペロキャンディのようだ。

 その中に楕円形の黒い瞳があり、それは確実にはススを捕らえていた。

 次に現れたのは上半身。

 黒い毛で覆われたその体は人型で、筋肉隆々の男性みたいだ。

 ただ右腕が方の部分から銀色の機械で出来ており、指の先の部分まで精巧に銀色の機械で作られている。

 それがこの怪物が野獣(ビースト)ではなく機械人形(ロボット)である証拠だった。 

 最後に下半身。 脚部は紺色のジャージを着ていた。

 足には二本の蹄があり、あれで踏まれたら鋼鉄にさえ穴をあけられそうだ。

 全長は3メートルもある怪物が完全に姿を現した。

そして、足の後ろに横たわるメルヘン少年の姿。

ススはそれを一瞥したあと、目線を上に…怪物に目を向ける。


スス(ロボット…まさか、白山羊と同等の存在?あんな怪物が!? )


 ススの脳裏に、余りにも人間そっくりな姿のロボットが浮かぶ。 だがこの黒い怪物はそれと同等な存在とはとても思えない。

 しかしあの時、虎を片手で引っ張りあげた怪物が部屋の中に存在していたのを思い出す。


スス(まさか、あれが白山羊の言っていた防衛装置・・。

 名前はきっと黒山羊ね)


 ススは黒山羊を睨み付けた後、さっと目視で距離を計りながら次の行動を考え始める。


スス(私と奴との距離、約5メートルといった所かしら。私の機動力が活かせる距離じゃないわね、本音言えばもう少し距離を取りたいけど、メルヘン君がいるからそれは無理。

 さて、どうしたものかしら?)


 ススの能力は『一時間に一度、弾丸より早く走れる能力』

 上手く行けばほぼ最強の力だが、反面一度使うとその後大きな隙を見せる事になる。

 そして、目の前の敵はそんな隙を逃してくれるような奴じゃない。


スス(近づいたら掴まれて終わりそう。

 ここは一旦離れて)

黒山羊『危険人物、排除。

 エアレーの角、起動』


 黒山羊の声と同時に、ぐるぐるに曲げられた左側の角が動き出した。

 ススは腰を低くし、いつでも動けるよう身構える。とても堅そうな角はススのいる方向にぐにゃりと曲がった。


スス「まさか…」

黒山羊『Go』


 角はススの腹部めがけて一気に伸びた。

『一気に』と描写したがその速度は弾丸並だ。 そしてそんな速度で動く物体を、並みの人間が避けられる筈がない。


スス「しま…」

黒山羊『終了』


ズドン!


 角は深々と地面に刺さる。

 その瞬間、黒山羊の眼が見開いた。


黒山羊『!?

 地面!?』


 そう、地面に角は刺さったのだ。

 肝心のススには刺さっていない。


スス「戦闘ノ心得その1」


 何故か背後からススの声が響く。

 黒山羊が振り返ると、ススが無傷で立っている。しかも右手にはいつのまにか銀のナイフが握られていて、足元にはメルヘンが転がっている。


スス「数百種類ある兵器でも、攻撃の瞬間が無防備である事は等しく同じである」


 黒山羊の頭上で斬(ざん)、という音が聞こえた。見上げると黒山羊の両方の角が粉々に切り裂かれている。


黒山羊『何?!』

スス「油断は天敵、てプログラムされてなかった?

 あんたから隙を作ってくれて助かったわ」


 黒山羊の後ろにいるススはフッと笑った。  

 だが内心では・・・焦っていた。


スス(ヤバい・・ヤバいやばいヤバすぎる!

 何あの攻撃!

 あんなおまけみたいな武器であの強さ!?

 もう一度攻めてこまれたら私は間違いなく死ぬわよ!

 もーこうなったらハッタリ&アウェイ!相手が私のハッタリに混乱している今の内に、メルヘン君を助ける!そうしないとあの化け物私を殺すわ!)



 ススは急いでメルヘン・メロディ・ゴートを担ぐ。

 先程の家に向けて走り出した。

 脚に力を入れて、強く、強く走り出した。

 黒山羊が追いかけてくるより前に、彼女の足は・・


スス「よし、入った!」


 メルヘン少年を抱えたススは靴を履いたまま家の中に飛び込み、薄暗い廊下に入る。

 灯りを点ける電源が何処にあるか分からないが、窓からの木漏れ日により室内を動くのに支障はなさそうだ。

 廊下内には幾つか扉がある。

 その内一つが少しだけ開いており、中に洗濯機が見えた。恐らく洗面所だろう。

 ススはメルヘン少年を廊下に横たわらせると急いで洗面所に飛び込んだ。

 洗面所に飛び込んで彼女が目にしたのは、棚に積まれたハンドタオルの山。

それを見たススはホッとした。


スス(これで熱中症の応急処置は出来る!

 セキタ、スミー・・。

 今はメルヘン君を助けて!)



 

 一方、家の外では黒山羊が根元から折れた角に手を当てていた。端から見ると頭を抱えているように見えるが、これは黒山羊なりの治療法だ。


黒山羊『両角破損。自己修復機能、『シェロニアの蘇生、起動』


 黒山羊の口から合成音が響くと、根元から折れた筈の角がどんどん再構築され、ついに元通りに戻った。


黒山羊『・・治療完了。主救出&危険人物排除作業再開』


 黒山羊が先程よりひどくしわがれた声を出しながら角から手を放して立ちあがる。

そしてススが入った家を睨み付ける。


黒山羊『活動開始』


黒山羊は二本の蹄がある足に力を込め、一気に放出した。

 黒山羊はコンクリートを踏み潰し、弾丸のような速度で家に飛び込む。

 家の中は薄暗いが、窓からの木漏れ日により、室内を動くのに不便を感じる事は無さそうだ。そして、廊下に横たわるメルヘン少年の姿を発見した!


黒山羊『!』


 黒山羊は急いで近付こうとして・・止まる。 メルヘン少年の後ろにある扉が開き、タオルを持ったススが現れたからだ。


黒山羊『危険人物発見、排除開始!』


 黒山羊は動き出そうとする。

しかしそれより早く、ススは口を動かした。


スス「シャラップ!!」


ガチン!


黒山羊の足が反射的に止まる。


黒山羊『!?』

スス「今はこの少年を救出するのが先なのはあなたも同じでしょう!?

 だったらさっさと台所から浄水を持ってきて彼に一口含ませなさい!」

黒山羊『何?』


黒山羊はススを睨み付ける。


黒山羊『貴様、危険人物。 

信用度数0%! 命令、拒否』

スス「信用されようがされまいが今彼を助けてるのは私!!

 そして彼を助けられるのも今この場には私しかいない!

 あんたも彼を助けたいならさっさと動きなさい!」


 褐色肌の女性が、黒い怪物を睨み付けた。

 先程とは度胸が全く違い、目の前の怪物に一歩も退いてはいない。

 黒山羊はススを見下ろしていたが、やがてメルヘン少年に目を向ける。

目が開いていない少年を一瞥した後、くるりと振り返る。


黒山羊『・・了解』


 黒山羊はそれだけ言うと、無数ある扉の一つの中に消えていった。

 その際余りに大きい体なので壁に穴を開けたが、誰もそんな事気にはしない。

 ススは黒山羊が廊下から離れたのを見て、メルヘン少年に駆け寄る。

 そして濡れタオルを枕代わりにしたり、脈拍を計りながら、彼女はこう呟いた。



スス「大丈夫・・。

 今、助けるから。

『あれ』が終わる前に、貴方を死なせはしないわ」


 ススはメルヘン少年を見つめていたが、その心に少年の姿はない。

 見えるのは、己の傷。

 煤だらけの心の内側に黒く広がる、黒くでこぼこした決して癒えぬ醜い火傷。


スス「セキタ、スミー。

お願い、彼を、今は助けて・・!」


 ススはメルヘン少年の右手を両手で強く握った。 まるで神に祈るように、強く握った。

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