第17話 彼女の罪の名前は『色欲』
メル「次の授業は数学か〜」
教室ではメルが授業の準備を始めていた。
その様子を端の席に座っているルトーが眺めている。
ルトー(あのバカ首領が役立たずな今、この学校を自由に調べられるのは僕だけ。
そして僕のカンがあいつが怪しいと伝えている。なら、動かない手は無い!)
ルトーはすっと立ち上がり、ゆっくりとメルの席に近づいていく。
ルトー(ゴブリンズで学んだ事その一。
『怪しいかどうかは自分の目で判断しろ』。それにあいつはあのメルヘン・メロディ・ゴートだ。世界がどうなってもいいと考えてるクソ科学者の孫なんだ。
大罪計画に無関係な訳が無い)
メル「あれ、ルトー君?
どうしたの?あ、もしかして次の授業が分からないの?」
ルトー「あ、いや、そうじゃなくて・・」
メル「?」
メルに話しかけられたルトーは返答がしどろもどろになってしまう。
ルトー(まずい、緊張する。
話を上手くかわしてこいつと繋がり持たないといけないのに、目の前のこいつがすごい奴だと思うと喋れなくなるよなー)
ルトーは一瞬考えた後、とりとめの無い話題をぶつける事にした。軽く自己紹介でもして、それらしく話しかければ緊張もとれると思ったのだ。
ルトー「あ、いや、君はメルヘン君だよね?」
メル「うん。皆からはメル、て呼ばれてるよ」
ルトー「それじゃー、これから宜しく、メル。ああ、僕の事はルトーでいいよ」
ルトーはメルに手を伸ばし、互いに握手する。ルトーは心の中でやったぞと笑みを浮かべながら話を続けようとする。
ルトー「そうだ今日のじゅ」「あ、ルトー君!」
しかし、ルトーの話しを近くの女子生徒が遮ってしまう。ルトーが視線を向けると、教室中の女子生徒がルトーの周りに集まっていた。
ルトー「え?」
「ねぇ、ルトー君って呼んでいいかな?」
「どこから来たの?」「好きな食べ物何?」
「休日何してるの?」「兄弟何人?」「旅行行くなら何処がいい?」「もう、もうあなたの全てが知りたいわ」
女子生徒が一斉に話しかける。
先ほどの自己紹介で話しかけることが出来ない分、この類いの質問は一度始まると止まらない。 ルトーはあっという間に女子生徒の波に飲まれていき、メルから離れてしまう。
女子生徒の質問に呑まれながら、ルトーは叫んだ。
ルトー「メル君!僕の事・・!
お〜ぼ〜え〜て〜い〜て〜〜!!」
メル「・・な、なんだったんだろう・・」
一人残ったメルは、誰に聞くわけでもなく呟いた。
▽ ▲ ▽
二時間目、数学。
「は〜い、それでは授業を始めるアルよ〜!」
教卓の上に立っているのは教師とは思えない女性だった。黒髪を団子にまとめ、赤いチャイナドレスを着飾った胸の大きな女性だ。
ぱっと見二十代前半だが、表情の変化によって三十代にも十代の女性にも見える。
「壱弐参四(イーアル・サンスー)先生の授業を聞いてくれるのは私と実習生のハサギ君アル!ハサギ君、挨拶するアル」
その声に従って一人の男性が教室に入る。
紺色のスーツをキッチリ着こなしたその男は恭しく一礼し、挨拶を始める。
ハサギ「始めまして。ハサギと言います。皆さんとは一ヶ月の短い付き合いですが、これからよろしくお願いします」
ルトー(ハァァァ!?ハサギ!?)
ルトーは目を丸くし、声を出しそうな口を無理矢理抑える。
警察のハサギが、何故学校の実習生に?
今のルトーに、そんな事考える余裕は無かった。
ルトー(ヤバい・・僕は顔はバレてないから大丈夫だけど、あのバカ首領がみつかったら、一瞬で計画はお仕舞いだ!
何とかしないと!・・でも何すればいいの!?)
サンスー「それでは授業を始めるアルよ〜!」
ルトーが一人慌てふためくのを尻目にサンスー先生は授業を進める。 ルトーの様子はは少し目立っていたが、転校生だからと誰もあまり気にしなかった。
▽ ▲ ▽
アイ「あ〜ビックリした。
何でハサギが実習生やってんだよ」
アイはこの時間授業をみる予定がなかったのでフラフラと校内を歩いていた。
本来なら授業の書類を書かないといけないが、書類を書いてる途中にハサギに出会えば計画はお仕舞いである。 とても書類を書く気にはなれない。
それに、ハサギより気になる存在がアイの中にはいた。
アイ(それに、あのメルという少年。
あいつはつい2ヶ月前まで完全な植物人間だった筈。
何時の間にあんなに回復したんだよ。
何故あんなにピンピンしてるんだ? あいつは一体、どんな秘密を抱えていると言うんだ?)
しばらく廊下を歩きながら考えていたアイは足を止め、ニヤリと笑う。
アイ「学校は暇な場所だと思っていたが、少しは面白くなりそうだ・・お前もそう思うだろ?」
最後のセリフは支柱に・・廊下の端にある支柱の奥に潜む存在に対して投げかけていた。
アイ「そんなに殺気を出して隠れたつもりか? 待ってやるからさっさと出て来い」
誰もいない昼の廊下でアイは殺気を放つ支柱を・・支柱に潜んでいる何かを睨みつけていた。
『何か』は観念したのか、溜め息をつくと、ゆらりとその姿を見せた。
「あら、もう気付いたの?
残念ね、もう少しストーキングしたかったのに」
支柱からゆらりとその姿を現したのは、黒いスーツを着こなした女性だ。
腰まで届く赤い長髪に整った顔立ちの女性だ。
二十代前半に見えるが、その緋色の瞳からは静かな殺気が感じられる。 だが、アイはそれ以上に彼女の顔に驚愕した。
その顔は、白山羊によく似ていたのだ。
アイ「何だ?白山羊!?」
「白山羊?初対面で女性を動物扱いするとはなかなかの礼儀知らずね、アイ」
しかし、目の前にいる女性は白山羊よりずっと感情が豊かで邪悪な笑みを浮かべている。それが 白山羊とも、アイが知っている女性とも違う存在だとアイは気付かされた。
アイ「何で俺の名を?」
「彼の家に侵入した注意人物ですもの。
色々調べさせて貰ったわ。
貴方がゴブリンズリーダーである事も、貴方が『大罪計画』を阻止したいと考える事も、貴方がかつて『赤鬼ユウキ』と呼ばれていた事も」
アイ「お前、名は?」
このとき、アイ自身の中に小さな戸惑いと疑惑が生まれていた。そして彼女が放つ殺気は相変わらず凄まじくアイの体を襲っていた。
女性はそれすらも見据えたようにフッと笑い
「私?私の名は果心林檎。
貴方が阻止したがっている大罪計画の重要書類、『色欲』の項を創造し、今尚所持するものよ」
アイ(カシン・リンゴ。
確かにオーケストラ博士の資料にはこいつの名前があったな)
「しかし、確かあの資料は60年も昔に作られた奴だぞ。その割に若くないか?」
果心「たかが60年、私の時間には何ともないわ。魔法の力でこうなったとでも思っておきなさい」
アイ「魔法?うわ嘘臭い」
果心「貴方の部下に魔法を使える奴がいなかったかしら?
まあいいわ、用件を話すわね」
果心は右手でポケットから何かを取り出す。
イチョウが描かれた黄色い扇子だ。
それをにアイにつきつける。
果心「私があなたの前に現れた理由はテストをするため」
アイ「何?」
果心「最近の貴方の動きを調べたが、
どうも貴方は弱すぎるのよ。そんな奴が果たして我の敵になるかどうか・・私は心配でたまらないの」
アイ「言うなぁ。
ま、実際俺は能力なしだしなあ。
こいつを使わないと戦う事も出来ない一般ピーポーだし」
アイは左手に目を向ける。
左手の義手の掌に丸い穴があり、そこから銀色の球体ーアイスボムーが姿を現す。
そして右に・・生徒達が授業を受けている教室の方に顔を向ける。
アイ「ところで、テストはここでやるのか?
ストリートファイトのマナーに従って、人気のない場所でやりたいんだが?」
(あと警察にも会いたくない)
果心は笑みを浮かべる。それには先程感じられたみなぎった殺気は感じられなかった。
果心「いいえ。私の舞台でやるとしましょう」
アイ「?」
果心「『罪を植え、罪を育ち、罪を喰え。 赤い赤い林檎のように』」
果心が不思議な詩を歌うと同時に、ぐにゃりと周りの景色が歪む。 廊下が砂に姿を変えていく。
アイ「な!?」
果心「罪歌、『罪人畑の種蒔き』」
壁が、天井が、世界が全て砂に姿を変えていき、そして世界が大きく変化した。
▽ ▲ ▽
ゴブリンズアジト・台所
パキン!
スス「あら?アイの茶碗が・・なんで?」
突然アイの茶碗が突然二つに割れた。
ススが不思議に思い掃除を中断して割れた茶碗を見る。縦に二つに裂けた茶碗を見て、ススはこう思った。
スス「・・アイめ。また何か変な目にあってるのね。全く・・待つ方の身にもなりなさいっての」
そして、茶碗をゴミ箱に捨てると、掃除を再開した。 まるで何事もなかったように。
しかし、彼女の口から出たのは溜め息だ。
スス「ハァ。ハァァァ~~~。
リーダーの危険なんて面倒くさいけど、ルトーが危ない目にあってるかもしれないし、しょ〜〜〜がないから様子を見にいくとしますか。と、それじゃあ変装しないとダメね。
ルトーの為ルトーの為・・」
そう自分に言い聞かせながら、自分の部屋に戻っていった。
▽ ▲ ▽
アイ「どこだここは?」
アイは辺りをキョロキョロと見回す。
アイが立つそこは、もう学校の廊下ではない。
簡単に言えばそこは別世界だった。
地面は柔らかい砂で、空は赤黒く、硫黄の匂いが鼻を強く刺激する。
果心「ここが私の舞台。我は魔術に精通していてね。このような術は簡単にかけられるのよ」
アイ「へー」
果心「・・あまり驚かないわね?」
果心は空にフワフワと浮きながら話しているが、アイはそれすら気にしてないようだ。
アイ「知り合いに似た技を使う奴がいるんでな。それでどんなテストをするんだ?」
果心「それは簡単なテストよ。
貴方の罪をテストするのよ」
アイ「俺の罪?」
果心「そう、あなたの罪。
あなたが生まれ落ちてから今までどれだけの人生を送ってきたかをここで見るのよ」
アイ「ふぅん。
それでお前の敵になるかどうかを決めるってのか?回りくどい事するなぁ」
アイは辺りを見渡す。
空は赤黒く、地平線の果てまで何一つ生えてない砂の大地。
わざわざこんな事をしなくてもいい気がするが、アイは黙っていた。
果心「この世界は魔法で作られた世界。
あなたの精神と私の精神で構成されているわ。
そしてここではあなたの罪が植物として具現化するの・・あら、噂をすれば早速」
アイが後ろを振り向くと、土の下からボコボコと音をたてて大量の植物が生まれた。
いや、良く見ると辺り一面の大地から植物が生まれている。
植物は全て肌色の花だ。何故か茎まで同じ色で葉はない。更に花、といってもそれはまるで・・。
アイ「・・いや、間違いなくこれは人の手か」
果心「正解。
沢山生えたこれは全てあなたの罪よ。
この花達は栄養を欲しがっている」
果心が喋る間も植物達の成長は止まらない。 手のひらを頂点に茎は成長し、一本一本が2メートルまで成長した所でようやく止まる。
それが数百本も生えていき、数百の掌がアイに向けられた。
果心「そしてそれら全てがあなたの体を狙っているわ。人の体は最高の栄養になるから」
アイ「これから逃げれば良いってのか?
・・面倒なテストだな」
果心「この花は貴方が罪悪感に感じている事や貴方の苦い思い出の数だけ咲き、
それが強い程に花は大きく成長する。
この程度ならあまり罪悪感に感じている事は無さそうね」
果心の姿はすでに大量の花のせいで見えない。 その代わり大量の花はしっかりと俺を睨みつく、花弁代わりの指がゆらゆらと揺れている。それが一斉にアイめがけて動き出した。
果心「さあテストの始まりよ。
これらの花達から逃げ出してみなさい。
それが出来たら貴方を敵として見てあげるわ」
アイ「ずいぶん上から目線なテストだな。
だが、この空間から出る事も出来ないし付き合うしかないか・・ん?」
身構えたアイは動きを止める。
花はこちらを向いているが、どの花も動こうとはしない。 全ての花がピタリと止まっているのだ。
アイ「なんだ?襲ってこないじゃないか」
果心「あら?おかしいわね。
何で止まってるのかしら?」
この世界の創造主である果心もまた事態が掴めないようでいた。
だが不可解な出来事は更に起きてくる。
さっきまで生暖かい空気で満たされた世界がだんだん冷え込んで来たのだ。
アイ「うん、寒くなってきたな?」
果心「な、何が起きてるの!?」
果心は完全にこの事態に混乱しているが、それで雪が止まるわけではない。
やがて、赤黒い世界を消すように白い雪が降り出してきた。
アイ「雪?」
しんしんと降る雪は花達を覆い、そして凍らせていく。かちこちに凍りつく花達を見て、二人は目を丸くした。
アイ「え?花が凍った?
そ、そんな寒くないぞ!?」
果心「わ、私の制御が効かない!?
何故こんな事が!?」
魔力を操り結界を動かそうとするが、雪は止まらないし結界は壊れない。
辺りを見渡した果心がアイを見て、アイの後ろにある何か大きな物が蠢いてる事に気付く。
そこには大きな花が蠢いていた。
正確に言うと数百の蔦が絡み合い、まるで大木のようになっていた。
その頂点に桜色をした30メートルはあるこれまた大きな花が咲いている。
その花の胞子がぱあぁ、とばらまかれると胞子は雪に姿を変え、周りの雑草を凍らせていく。
アイ「な、なんだこれ、花か!?
いや、大木か!?
ん・・こいつは・・」
アイも気付いたのか後ろを見て驚いていたが、しかしすぐに冷静さを取り戻していた。
まるであの花を知ってるような口ぶりだ。
アイ「まさか、おまえなのか!
いや間違いなくお前なんだろ!!何か言えよ!血染め桜!」
アイが花に対して怒鳴りつけている。
血染め桜、という言葉に果心は反応した。
果心「血染め、桜?
まさか、あの不気味な花もアイの罪・・?」
(それよりあの花、私の結界を支配するなんて・・あれはまさか、私の魔術で産まれた花ではなく、別の力によるもの・・?)
花が放出してるのは雪だけではない。
見るもの全てを凍えさせる凄まじい殺気が放たれ、それが果心を狙っている。
果心(完全にしてやられたわね。
理屈は分からないが、このままだと完全に結界を乗っ取られる恐れもある。
しょうがない・・)
果心は指をパチンと鳴らした。
瞬間、世界がグニャリと変化していく。
アイ「おい!おい!お・・!」
アイの目の前で巨大な花は姿を消してしまった。
まるで砂の城が海の波で消えるかのように、一瞬で姿が消えていく。
そして世界は元の学校の廊下に戻った。
アイ「・・」
だがアイは元に戻った世界を見ない。
じっと、花があった方向を見つめている。
果心は軽く溜め息を吐いた後、アイに話しかける。
果心「アイ、アナタのテスト結果を」
アイ「どうでもいい」
果心「は?」
ゆっくりとアイは振り向いたその目には、静かな殺気が込められている。 果心は口を閉じ、アイは口を開く。
アイ「あと少しだった。
あと少しで、あいつに再会できたんだぞ。
それなのに、それなのに・・」
ゴウッと強い冷たい風がアイの体から噴き出し、果心の体を通り抜けた。
果心の額からは冷や汗が流れる。
アイ「ナニ勝手に消してんだアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
アイが廊下で大声を上げ、勢い良く壁を殴る。拳は簡単に壁に穴を開けてしまった。
その姿はまるで鬼のようで、あるいは童のようで。
果心は冷静さを取り戻し、静かに話を続ける。
果心「・・テストの結果、アナタは私の敵にはならないわ。
貴方と対峙すれば、一撃で私の首が吹き飛ぶでしょうね。
だから命乞いとしてこれを渡すわ」
果心が右手を前に出すとポンと音を立てて紙束が現れ、それをポイッと放り投げる。
紙束は放物線を描いてアイの足元に落ちた。 アイはそれ拾い、果心を睨み付ける。
アイ「あ!?なんだよこれは!
こんなものよりさっさとあいつを」
果心「それはゴブリンズが欲しがっていた大罪計画の一つ、色欲の研究資料よ」
アイは殺気を放ったまま紙束に、資料に目を向ける。 そこには「色欲の研究資料」と書かれている。
アイの目から怒りは少しずつ消えていくが殺気は消さなかった。
アイ「お前、ナニ渡してんだ?これは大切な資料じゃねぇのか?」
果心「確かに。
でも私も命は惜しいし、今はその資料に価値は無いもの」
アイ「なんだ、どういう意味だ?」
果心「フフフ、色欲は快楽の為に存在する。
私は永遠に楽しみたいの。
アナタに興味が出たわ、だから今は教えない」
果心の後ろの空間が縦に裂け、黒い世界が現れる。ゆっくりと果心は後退し、その中に入っていく。
果心「またあいましょう、ゴブリンズの氷鬼。 今度は本気で殺してやる」
果心の片足は闇の中に入っていく。それをみたアイは小さく呟いた。
アイ「逃げるのか?」
果心「!」
果心の足が止まり、アイは殺気も怒りもない笑みを浮かべた。
アイ「まあいい。今は逃がしてやる。
せいぜい遠くに逃げて力をつける事だな。
今回ブツは貰えたし、久しぶりにあいつにあえた。
次に出会った時はその首捻り切ってやる」
果心「・・お互い、その時を楽しみにしましょう」
そう言って果心は黒い世界に姿を隠し、消えた。
後には何も残らず、平和で静かな学校の廊下にアイが一人ポツンと立っているだけだ。
アイ「・・血染め桜よ」
アイは自分の手を見つめる。
アイの両腕は銀色の義腕だ。
今は変装の為に肌色にペイントしてるが中にあるのは精密機械なのだ。
アイ「お前は俺の腕を、まだ大事に持っていてくれるか?」
その問いに答える者はいない。
代わりに二時間目の授業を終えるチャイムの音が廊下に鳴り響いた。
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