第15話 夏と少年と転校生


 2079年、夏。 キヨミズ公園は大賑わいだった。

 ある者は流れるプールで遊び、ある者はキャンプ場でキャンプを楽しみ、ある者はジョギングコースでランニングしていた。

 公園に集まる者、皆が皆それぞれの形で夏を楽しんでいた。

 春を告げる桜もその役目をおえ、今は若葉を茂らせ、遊び疲れた者が休む憩いの場になっていた。

 そんな中、かつて血染め桜と呼ばれた桜にも若葉は茂っていたが、その葉はやはりというかまるで血のように赤かった。

 秋でも無いのに赤い葉はまるで血のような匂いを醸しだし、大人はその葉に気味悪がって触ろうとはしなかった。

 しかし子どもは別で、この不気味な木を遊び場にしていた。

 というのも、何故か木の赤い葉には沢山の虫が群がるのだ。

 蟻、天道虫、蚯蚓、百足、鍬形が木の葉や樹液を漁り、それを目当てで虫かごを持った子どもは嬉々とした表情でこの木に近付き、虫達を捕まえていく。

 更に夜にはこの木の樹液目当てに甲虫、蛾がよってくる。

 この木は虫と子にとってとても楽しい場だった。

 だが子ども達は知らない。

 この桜にどんな秘密が有るのか。どんな伝説が残されているかも……。



 暑苦しい夏の夜、ある家で一人の少年が夢を見ていた。

 不思議な夢だった。

 いつも通り自分の好きな椅子に腰掛けていると、急に辺りが暗闇に包まれる。

 そして、 自分の家に見知らぬ人間が押し掛けてくる。

 だけどその人達は全然怖くなくて、二人の会話を聞いてると思わずクスッと笑いたくなってしまう。

 だけど笑う事が出来ない。

 何度頬の筋肉を動かしても、口は開かず動かない。まるで人形になったような感覚だった。


 すぅっと夢の中の世界が素早く変わる。

 真っ暗闇の部屋の中なのは変わらないが、何かが違う。

 自分はベッドで横になっていた。

 眠くないが、横になっていた。

 すると部屋の扉が勢い良く開き悪魔が入って来る。

 少年は怖くて泣いちゃうけど、悪魔はそんなの知ったこっちゃ無いとぐいと腕を引っ張り僕の体をどこかに連れて行く。

 走って走って走りまくって、少年が気が付くといつの間にか悪魔の姿は消えていた。

 少年は、一人で走っていた。

 しかも周りは知らない場所。

 どうすればいいのか分からずに泣いていると今度は天使が少年の下へ止ってきた。

 純白の翼を背に乗せた綺麗な顔の天使は少年にニッコリと笑みを見せると、こう言った。


『あ な た の せ い よ 』




「ウワアアアア!!!!」


 僕はガバッとベッドから跳ね起き、そして辺りを見渡し自分の体を調べる。

 体は汗でびっしょりと濡れているが、何処も怪我をしていなかった。

 少年はそれでも気が落ち着かず、辺りを見渡す。


カチ コチ カチ コチ カチ コチ


 いつもと同じ、時計の音。

 いつもと同じ、僕の部屋だった。

 いつもと同じ、少しだけ開いたカーテンから日の光が零れて暗い部屋に一筋の光を当てていた。

 自分の体もいつもと同じ。汗だらけのパジャマにくしゃくしゃの金髪。

 何も変わってない。

 何もおかしい事なんてない。

 僕は思わずホッと溜め息をついたーーその瞬間、


ドカアアアン、と部屋の扉が勢い良く開く。それと同時に白い長髪、メイド服を着た女性がどかどかと入り込んで来た。


「大丈夫ですか、主!?

 今、今、悲鳴が聞こえました!

 奴ですか!?黒くて空飛ぶ奴が来たんですか!?」

「ぼ、僕は大丈夫だよ。

だから安心して。白山羊」


 本当は違う。何か怖い夢を見たのだ。

 だがそれをこのメイドに話せば、やれ精神病院に行きましょだの、やれ偉いお医者様の所に連れてきましょうだのと五月蝿く言い出すのが分かっていたから、僕はその事を話そうとしなかった。 

 それにこの夢は一度目を覚ますとそれは曖昧な記憶に変わり、すぐに忘れてしまう。

 だから起きている僕にとって、この夢は特に怖い夢ではなかった。

 白山羊と呼ばれた女性はホッとしたのか、豊満な胸に手を当てて撫で下ろす。


白山羊「そうですか・・朝食は出来ていますので着替えは早めにすまして下さいよ、主(あるじ)」


 白山羊は真面目な表情で僕にそう言った。  

 僕はそれが何だか可笑しくて、つい笑みを浮かべながらこう答えた。


「ふふ、主は止めてよ。僕はメルと呼んで。 メルヘン・メロディ・ゴート。

忘れないでよ」

白山羊「いえ、今この家の主(あるじ)は貴方様なので、やはり私は貴方様を主(あるじ)、とよばせていただきます」

メル「僕が主?まだ僕は14だよ。

仕事もしてないのに主なんて可笑しいよ」

白山羊「いえ、両親が不在の今、この家の主はあなた様なのです。

 メルへン・メロディ・ゴート様」


 白山羊は恭しく一礼した。

 その様子があまりに真面目かつ真剣なので、

メルはなんと答えれば良いのか分からず、適当に返事した。


メル「あ、ああ、ありがとう」

白山羊「先代のドリーム・メロディ・ゴートは主が小さい頃に交通事故で亡くなりました。故に、今はメル様が私達アンドロイドの主なのです」


 僕の父さんは、偉い科学者だった。

 白山羊、と呼ばれる女性を『造った』のも父だ。

 白山羊は小さい頃、僕の父が母を失った僕のために、母親そっくりの顔をしたアンドロイドを造った。

 それが目の前にいる白山羊だ。

 そして、警護用に黒山羊というアンドロイドも作っているが、僕はあまりその姿を見た事が無い。


メル「黒山羊は?」

白山羊「彼ならいつも通り家の周辺を見回りしています。

 さあさあ主、早く食事しないと学校に遅れますよ」

メル「そうだった!」


 時間を見るともう8時。いつの間にこんなに話してたっけ?

 とにかく急がなきゃ!



 ~中学校、教室内 ~



「オハヨー」

メル「ごめんなさい・・遅刻しました」


 時間は8時50分。

 丸い顔なのに眼は怖い教師は少し怖い顔で睨んだあと、 厳かな声で話す。


教師「まあいい。次は気を付けろよ。

 今日の話しはまだみんなに伝えてないからな。さっさと座れ」

メル「は〜い・・」


 僕はトボトボと歩き、席に座る。

 僕が座ったのを見送った先生は早速ニュースを話した。


教師「実は今日、転校生が来る事になった。

 君、入って来たまえ」

「はい」


 カラカラと教室の扉が開くと、入って来たのは背の低い男の子だった。  

 教室の奥の方で小さな溜息が漏れた。


「えっと、今日からこの学校でお世話になります・・ルトーと言います。どうもよろしく!」


 最初はおずおずと答え、最後に何故かテンションを上げて来た。

 僕は絡みづらい子だなぁと思った。

教師は淡々とした様子で空いた席を指差す。


教師「彼の座る席は・・あそこだ」


 教師が指差した席は一番奥の窓際の席。

 ルトーはニコッと笑い、


ルトー「やりぃ・・じゃなかった。

 はい、わかりました」


と丁寧に答え、意気揚々とした表情で席に座る。


教師「さて、もう一つ話がある。

 それは次の授業の国語の先生が変わる事になった」

 

 それに対しては誰も何も言わなかった。

 皆が「ふ〜ん」という表情だった。

 ただひとり、薄暗い笑みを零したルトーを除いては。


ルトー「・・ゴブリンズ作戦第一行動、クリア」

メル「うん?」

教師「ではホームルームお終い。次の授業は十分後になります。皆さんは授業の準備をして下さい」


 そう言って教師がホームルームを終わらせ、 教室を後にする。

 いつもと変わらない日常が、少しだけ姿を変え始めていた。

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