第14話 始まりの終わり

 ワゴン車の中に響く大量ヘリコプターの音を聞いて、ハサギは一人呟いた。


ハサギ「遂に来たか…。

 出来れば俺達の手で捕まえたかったが、仕方無い」


 ハサギは背もたれに寄りかかり、目を閉じる。 思えば自分は完全に見てるだけの存在だった。

 部下の行動を止められず、敵の行動を止められず…ただ横から口を挟むだけ。

 しかし、それで確実にアイ達を捕らえられる好機を手に入れたのも確かだ。


ハサギ「俺達の正義をナメるなよ、アイ。

 犯罪者を許す程甘い世界は生きてねぇんだ」


 そしてハサギは、ワゴンのスピーカーのスイッチを入れた。

夜の空から現れた十機のヘリ。

それは轟音を轟かせながら、シティ達の元へ近付いていた。


シティ「なんなのあれ?

 なんで最新鋭のヘリが軍隊でこっち向かって飛んでくるわけ!?」

ダンク「分からな……くもない。

 警察の奴等が軍隊を呼んだのかも」

シティ「はあ!?

 いくら国家権力に仕えてるからってたかが民間人が軍隊動かせる訳…」

『ゴブリンズよ、聞こえるか!』


 不意に誰かの声が響く。

 二人が見ると、声はワゴン車に取り付けられたスピーカーから聞こえていた。


『貴様等は既に包囲されている!逃げ場はない!』

シティ「この声…まさか」

ダンク「ハサギの旦那か?!」

ハサギ『今すぐ武器を捨て、投降しろ!

 もうお前達に逃げ場はない!』



 その声は通信機を通してアイ達にも聞こえていた。


アイ「ハサギめ、やりやがったな」

スス「え?ハサギさん、増援を呼んだの!?」

ハサギ『その通りだ!貴様等を取り囲んでいるのは、ヘリ十機に戦車八台!更にYAMATO部隊にも出撃の許可を出した!』


アイ「YAMATO部隊?」

ハサギ『現在の警察の特殊部隊だ!これで貴様等も終わりだ!』

アイ「あいつ、本気で俺達を捕まえに来たな」

ハサギ『今回、俺達も本気なんでな。

 ま、特殊部隊ごときじゃアイを止める事は出来ないが、ほかの奴らはどうかな?』

アイ「…随分『らしくない』発言をするな、ハサギ」

ハサギ『……お前がそうさせるのさ、アイ』




ダンク「何だ?リーダーはハサギの旦那と何を話してるんだ?」

シティ「さて?

 昔の話には興味ないわ、でも…」


 シティは鬼のような笑みを浮かべて右腕を上げる。 これはシティの超能力を発動させるためのスイッチだ。


シティ「今の内に奴等を潰しましょう」

ダンク「賛成だな」

 

 突如、空から電柱が現れる。

 それはヘリコプターを狙っていた。


シティ「食らえ、天誅いっ……痛!」


 突如シティが肩を抑える。

 それと同時に電柱は消滅した。

 ダンクが驚いてシティを見ると、シティの肩が腫れ上がっている。


シティ「いつつ……。

 さっきペンシに肩をやられたんだった」

ダンク「大丈夫…じゃなさそうだな。

 肩が腫れてる。回復魔法をかけとくが、少し腕が動かせないぞ」

シティ「ありがとう、ダンク」




アイ「奴は本気で俺達を潰す気だ。

ここにいるのはマズい」

スス「早く出ないといけないわね…でも」

アイ「出る方法が無い」


 アイは辺りを見渡した。

 この部屋にたどり着いたのは偶然で、戻るにはあの罠地獄を通らないと行けない。

 それを思い出したススは身震いした。


アイ「ち、せめて振り出しに戻る罠があればいいのにな」

スス「そんな都合の良い罠があるわけ…」

白山羊「ありますよ」

スス「あるの!?」


ぎ〜〜〜・・ガコン!


 白山羊が壁のスイッチを押すと、機械音が辺りに響く。その音が止んだ時、目の前の壁が開いた。


白山羊「脱出用罠です。

 これで災害も怖くありません。

 さあ、あなたはここから逃げなさい」





ダンク「まずいな。アイツ等を逃がすにも通信機がなきゃヤバいし…こうなったら俺の色魔法の出番だ」


 ダンクが人差し指で宙を指す。

 すると赤い魔法陣が現れ、辺りが変な空気に包まれる。


ダンク「色魔法の真なる力は違う色魔法同士を織り重ねる事で、更なる力を発揮する」


 ダンクが凄いスピードで指を動かし、赤い魔法陣が姿を表す。


ダンク「気高く、強く、美しいメアリーよ!その雫を我々は飲み干し、その力と心を少しでも頂く!紅色魔法、『ブラッディ・メアリーの雫』」


 そして赤い魔法陣から何かが現れ・・そして消えた。

 ダンクが首を傾げるのと同時に、下で蠢いていた豚の群も一斉に消えた。


ダンク&シティ「あれ?」



 その同時刻、明かりがない夜道を1人の男性がコツ、コツと音を立てながら歩いていた。

男性はフッと笑う。


「駄目だよダンク。ズルしたら駄目じゃないか。お仕置きしないといけないね。

 魔法(インチキ)無しで頑張りたまえ」


 男性は闇の中を歩いていたが、やがて闇に溶けるように消えた。



アイ「なんでこんな事を・・?」

白山羊「ここに長居されて人質にされるのは嫌だからです。

 鼠は鼠らしく、さっさと暗い道を進めばいいのです」

スス「・・ま、出口が有るのには助かったわね。さて、逃げるとしますか」


 ススはそう言って脱出口に足を入れる。

 だが体が入る前にアイが制止させた。


アイ「ちょっと待った…白山羊」

白山羊「?」


 アイは左腕で虎に喰われてぐしゃぐしゃになった右腕の義腕のパネルを開き、何かを取り出す。


アイ「良かった。コイツは無事だった」


 そしてその何かを右腕から取り出し、ポイッと白山羊に向けて投げる。

 ぽすん、と白山羊の腕に収まったそれは、可愛らしい鬼のぬいぐるみだった。


白山羊「?」

アイ「ゴブリンズは正義を求める義賊。

  だから悪人の家に侵入すれば枕を盗み、子どもがいる家にはぬいぐるみをあげるのが、ゴブリンズの鉄の掟なのさ」

白山羊「・・これはつまり、『二度と来ない』という意志表示ですか?」

アイ「『また来る』という名刺だよ」

白山羊「・・」

アイ「冗談さ。実際の理由は無い。

 ただあんたがあんまりつまらなさそうにしてるから、一つからかいたくなっただけだ」


 アイはくくっと笑みを浮かべた後、ススに先に進むよう命令した。そしてススが脱出口から飛び降りると、白山羊の方に向き直り、


アイ「『またな!』白山羊よ!」


 脱出口に呑まれていった。

 無邪気な一言と、楽しそうな笑みを残して、小鬼達は去ってしまった。

 白山羊はしばらくその穴を見つめていたが、やがてぽつりと呟く。


白山羊「何故、ですか?」


 部屋に残ったのは鬼のぬいぐるみを抱いた白山羊一人。

 闇に呑まれた部屋の中で白山羊は答えを求める訳でもないのに、居ない相手に対して訊ねた。


白山羊「何故あんなに恐ろしい目にあったのに、笑っていられるんですか?

 人間の考える事は、たまに理解出来なくなります」


カチ、コチ、カチ、コチ、カチ、コチ


それに答える者はいなかった。

時計の音だけが時を刻んでいる。何とも言い様の無い寂しさを訴えるかのように。




ダンク「ま、魔法が使えない…?」

シティ「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」


 シティは鉄板を操作し、いきなり急降下を始めた。


ダンク「シティ!?何を」

シティ「こうなったらリーダーに聞くしか無いわ!『私達』だけじゃどうにもならない!」

ダンク「・・!

 た、確かにそうだな。アイツ等はいつになったら家から出て」


わああぁぁ!


 不意に、変な声が聞こえた。

 見ると、声は玄関から聞こえる。


シティ「いってみましょう」


 鉄板を操作し、玄関の前で止まる。

 声は更に大きくなっていた。


わああああ


シティ「何の声かしら」

ダンク「近付いて来るぞ!」


 二人のかけ声と同時に、扉がバゴンと割れた。そして、アイとススが姿を現した!


アイ&スス「トメテエエエ!!!!」


少しだけ時間は巻き戻る。


アイ「脱出口だ!」

スス「急いでシティに連絡を取らないと!」


 脱出口の中はまさに避難用滑り台だった。

洞窟みたいな滑り台を早い速度で滑り落ちる二人。

 常人なら思わず手を上げて叫びたくなるが、二人は義賊の首領と副首領。流石に叫ぶ事も手を上げる事もせずに冷静に対応していた。


スス「シティ?シティ?もしもーし、…おかしいわ、聞こえないみたい」

アイ「ダンクも連絡がとれないな。まさか…」


二人の脳裏に嫌な想像が思い浮かぶ。


スス「いや、まさかあの二人がやられる訳…」

アイ「いや、そうだよな〜あの二人がやられる訳…」


 がくん、と二人の視線が下がる。

 滑り台の斜面が急に傾いたのだ。

 これは出口が近いからなのだが、不安を抱えた二人には違う意味に捉えられた。


アイ「ぎゃ〜〜〜〜!落ちる〜〜〜〜!!」

スス「わ、私までやられたくないわーーーー!!」


 わああぁぁ、と叫びながら二人は傾斜をすべりおち、とうとう出口が見えてきた。


アイ「出口にでた!」スス「でも止まらないーー!」


 出口は玄関だったのだが、途中で急に速度が急上昇したため、また手を上げて出たために空気抵抗を減らしてしまい、その速度は更に上昇。

結果として二人は勢い良く飛び出してしまった。


アイ&スス「え?」


 目の前には壊れた玄関の扉。

その先に鉄板に乗っているシティとダンク。 

二人はその瞬間、同時に叫んだ。


アイ&スス「トメテエエエ!!!」

ダンク「げふっ!」


アイ&ススはダンクに激突してようやく止まった。


ダンク「俺かよ…」

シティ「二人とも、大丈夫!?」

スス「もちろん!」

アイ「なんたって宝があるからな!」


 そう言って二人は満面の笑みを浮かべながら背中から資料や段ボール箱を取り出す。

 先程、落ちながらも段ボールはしっかり回収していたのだ。


シティ「うわ、手の早い事」

スス「甘いわシティ、こういうのは早い者勝ちなのよ」


ススはチッチッと指をふる。

そして、辺りを見渡した。


バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ

キュラキュラキュラキュラキュラキュラ


 そこはまるで戦場だった。

ヘリコプターが家の周囲を飛び回り、戦車が道を塞ぎ、辺りには・・。


スス「隠れてるつもりの人の気配がウヨウヨ。なるほど、これは私達だけじゃ逃げるのは無理ね」

アイ「ダンクの魔法はどうした?」

ダンク「使いたいけど、何故か発動出来ないんだ」

シティ「ね、ねえ…」


 アイはシティの方に振り返った。

 シティは不安そうな顔をアイに見せる。


アイ「ん?」

シティ「ど、どう?何とかなりそう?」


 シティがおずおずと訪ねる。

 いつも一人で突っ走るのが好きなシティだが、こういう人に頼るのは苦手なようだ。

 アイは優しく笑みを浮かべ、


アイ「これは無理。諦めるしかないな」

シティ「!!」


ゴブリンズの首領が告げる、最悪の一言にシティの顔が青くなる。


シティ「そ、そんな……」

ハサギ『ハッハッハッハッハッハッ!!

残念だったな!』


突然、通信機からハサギの笑い声が鳴り響く。


ハサギ『これで貴様らは抵抗出来まい!』

アイ「確かに、抵抗は出来ないな」


 ハサギのセリフをアイはあっさり認める。

だが、ハサギはアイの違和感に気付いていない。


ハサギ『これで貴様を捕まえられる!

 これで……!』

アイ「あ、悪いが捕まる気は無いぜ。

 俺が諦めたのは暴れる事だ」


シティ「え?」

ハサギ『何?』


シティとハサギ、同時に首を傾げる。


アイ「わかんねえかな?

 こんな所から逃げられるのは、簡単だって事さ」


アイは優しく笑う。逆にハサギは通信機越しにも分かる程怒りに満ちていた。


ハサギ『ふ、ふざけるな!戦車隊!ヘリコプター隊!YAMATO部隊!』


 重い機械音を上げて戦車の砲台がゴブリンズを狙い、ヘリの腹部に取り付けられたバルカンがゴブリンズを狙い、ガサガサと庭や物陰に隠れていた部隊が一斉に銃を抜いた。

そして全ての銃口が四人の人間を狙っている。


シティ「嘘・・」

ハサギ『一斉掃射!!』


それら全てが、火を噴いた。


バァーン、という爆発音がハサギの通信機から聞こえる。 遠く離れたワゴン車の窓からでも見える、大きな砂煙。

それを見たハサギは思わず、やったと嬉しそうに叫んだ。


ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!


 だが、その声は通信機か聞こえる奇妙な音に遮られる。 そしてその音の余りの大きさにハサギは思わず通信機を捨てた。


ハサギ「う、なん、なんだ今のは?」


そして通信機から聞こえる、あの男の笑い声。


アイ『ハーッハッハッハッハッ!!』



 YAMATO部隊の隊員達は皆動かなかった。

 銃を構えたまま、指一本動かさなかった。

 その銃がポロリと落ちた。

 銃はズタズタに切り裂かれていた。

 隊員達はそれでも構えを解かなかった。

 他の装備が全てズタズタに切り裂かれていたからだ。防弾ジョッキもボロボロだった。

 そしてそれは戦車もヘリも同じだった。


 戦車の砲台も、レーダーも銃と同じように切り裂かれ、使えない。

 ヘリコプターに至ってはバルカンだけじゃなくドアまで無くなっていた。


 YAMATO部隊は動かなかった。

 何故なら、部隊一人一人の半径30センチに真っ黒い煤(すす)が囲っていたからだ。

 それは一筆書きで、部隊の次に戦車を囲い、戦車の次にヘリコプターを囲っていた。(ヘリコプターの下に輪があるのだ)


「な、何だ……これは?」


 隊員の一人がつぶやく。

 隊員の目の前にいるのはゴブリンズ。

 全員無傷でこちらを睨んでいた。


「何なんだ〜〜!!おまえ等は〜〜〜!!」


 隊員は叫ぶが動けない。 

 恐ろしくて、動く事が出来ない。


 黒い煤はゴブリンズの手前で消えていた。

同時に、黒い煤はゴブリンズから伸びていた。

 そして黒い煤の先に褐色の肌をした少女が立っていた。少女の手には鋭いナイフがにぎられている


アイ「良くやった。ゴブリンズ副首領、『ごっこ鬼』、スス」

スス「良い準備運動になりました」


 ススと呼ばれた少女はニコッと笑った。

 アイも笑みを浮かべた後、対峙する臆病者達に向かって叫んだ。


アイ「YAMATO部隊!聞け!

 ススの能力は『弾より速く走る能力』!

 今後貴様等が妙な真似したら次は装備だけしゃすまさない!」

スス(一時間に一度しかこの能力使えないけどね)


 ススは他の人にバレないようクスッと笑った。

 隊員達は全員手を上げる。

 戦車からは白旗が出ていた。

 それを見たアイはシティ達に笑みを見せる。


アイ「さて、逃げるか。

 今俺達が暴れたらアイツ等無事に生還出来ないし」

スス「そうね。あんなの相手にするまでもないわ」


涼しい顔で会話を進める二人をシティとダンクは唖然とした表情で見るしかなかった。


アイ「ルトー。聞こえるか?」

ルトー『呼ばれた!やっと僕呼ばれたよ!

 凄く久しぶりに僕、呼ばれたよ!サンキューアイ!さあ僕への崇高な命令は一体何!?』

アイ「逃げるからアレ起動して」

ルトー『ラジャーラジャーラジャー!!』

シティ「ルトー…キャラ変わってない?」

ダンク「多分、出番があったのが余程嬉しいんだろうな」


ゴウン、ゴウン、ゴウン…。


ハサギ「何だ?何の音だ?報告書しろ!」


 ハサギが叫ぶ。

 それに答えたのはアイだ。


アイ『教えてやるよ、悪役モドキ。

 あれは俺達の船、『アイアン・幽鬼号』だ』

ハサギ「アイアン・ユウキ号?」

アイ『あと、ハサギ。

 俺達を追いかけるのは危ないから、やめときな』

ハサギ「何!?」

アイ『・・悪役は俺達だけで充分さ。

  じゃあな』

ハサギ「ま、待てユウキ…待つんだ!」

『……………………』

ハサギ「くそっ!」


 ハサギは思わず通信機を投げ捨てる。

 そしてワゴンの窓を覗き、それを見た。

 その瞬間、ハサギは我を忘れてワゴン車から飛び出した。

 そして、今度は直視した。

 巨大な黒い球体を。

 船でも飛行機でもない。

 ハサギの目に映るそれは、まるで黒い月。


ハサギ「何だ…アレは?」


 それに答える者は居なかった。

 ハサギはただ一人、立ち尽くしていた。


ルトー『ハシゴ下ろすよ〜』


 漆黒の球体から縄ハシゴが降りる。


シティ「・・何でこれだけアナログなの?」

アイ「ごめん。ケチった」

シティ「最後なんだからもっとカッコ良くしなさいよ!」

アイ「これ作るのに幾ら掛かったかてめぇ分かってんのか!?」

スス「ま、まーまー落ち着いて・・」

ルトー『何やってんの?二人とも』

ダンク「さあね。俺は先に行くぞ」


アイとシティが喧嘩し、ススが二人を抑える。それをダンクとルトーが茶化す。

それはいつも通りのゴブリンズの姿だった。

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