第13話 止めてくれる人と蠢く闇


ドリーム・メロディ・ゴート邸、一室。


暗闇に囲まれた一室にはアイとスス、そして人形になった少年がいた。

 アイが義腕に取り付けたライトを少年を照らしている。

 顔に向けているのに眩しそうにするそぶりを見せない。


アイ「人形になった少年?

 …少し話を聞かせて貰おうか」

スス「アイ?

 今そんな話を聞いても」

アイ「俺にも分からないが……何かこいつを無視しちゃいけない気がするんだ」


 アイは一瞬、自殺した老人の話を思い出す。彼はGチップによって人生を狂わされたようなものだ。

 もしかしたら、この少年もGチップにより何か狂わされたかもしれない。

 そう思うと聞かずにはいられなかった。

 だが警察の立場であるハサギが、犯罪者である俺に話を聞かしてくれるとは思えなかったが、答は呆気なく返ってきた。


ハサギ『いいだろう』

アイ「いいのか?」



ハサギ「ああ、話してやるさ」


 ハサギは操作盤にある『増援要請』と書かれたスイッチを押す。

 時間稼ぎの為にも、いざという時人質にさせない為にも、彼の話はしなければいけないとハサギは判断した。


ハサギ「どうせケシゴが勝手な行動をした時点でこうなる事はわかってたからな」

アイ『それで?』

ハサギ「これはその家の住人の話しだが……

今から一ヶ月前、天才達はある計画を進めていた」

アイ『計画?』

ハサギ「地球から天才のみが月へ移住する、通称月の王宮(チャンドラ・マハド)計画」

アイ『・・・・随分話しが飛躍したな。

その無茶苦茶な計画とこの少年とどんな関係が?』


 一瞬、アイが答えるまでに間があった事に少し不安を感じたハサギだが、アイは話に乗ってくれた。こいつは昔から甘い所があるから助かる、とハサギは笑みを浮かべながら話を進める。


ハサギ「その計画の立案者はドリーム・メロディ・ゴート。

その少年の父親であり21世紀の頭脳と言われる程の天才だ。

 彼は能力戦争で負けた事を強く恥じ、月への移住を強く求めた。

他の天才達も半分以上が同意見だった」

アイ『な……』




アイ「なんて馬鹿な計画だそりゃ?

負けたからって宇宙に逃げるなんて…」

ハサギ『俺もそう思う』


 どちらからともなく、溜息が聞こえる。

 少年は相変わらず虚ろな眼でこちらを見ていた。

 21世紀の頭脳が聞いて呆れる、と思いながらアイは話を聞き続ける。


ハサギ『ドリーム博士は自らテストパイロットとして家族と一緒に月に一月もの間移住し、月で人が住めるための準備をした。  

 やがて準備は終わり、いざロケットで地球まで帰る途中、トラブルが発生したんだ』

アイ「トラブル?

 なんか不備があったのか?」

ハサギ『そいつの話しではエンジントラブルが原因らしい。

 そのトラブルが原因でロケットは大気圏目前で大破。

 博士は今現在行方不明扱いになっている。

ところが、』


 アイはちらっと少年を見る。

 まばたき一つせずに人形のように動かず、何を考えてるか分からない少年を見ながら、アイは話を進める。


アイ「生きていたんだな?」

ハサギ『そうだ。

太平洋の真ん中で海の上で二人乗りの救命艇が浮いている所を漁師が偶然見つけたんだ。

 ただ、その時から心身共に激しい衰弱をしていた。 すぐ病院に搬送され一命は取り留めたが、今だに意識は回復しない』

スス「なんて酷い話なの……」


 ススは絶句した。

 アイはその蒼白な顔に思いあたる節がある。 彼女はゴブリンズに入る前、軍隊で救護班に参加していた。

 意識が回復しない辛さは彼女が一番知っているのだろう。


アイ「なるほど。

 だからこいつは人形みたいな状態なのか。

 だがそうしたら疑問があるな」

ハサギ『?』


 暗闇の中で安楽椅子に座る少年…メルヘン・メロディ・ゴートは虚ろな瞳でアイとススを見ていた。

 何も言わずに二人を見ていた。


アイ「お前にその話をした奴は誰だ?

今の話だとこいつ以外全身家族は死んだんだろ?」

「簡単な事です」


 闇の中でバタン、と扉が閉まる音と同時に凜とした女性の声が響いた。


「その救命艇には主と、私が乗船していたからです」


ススはすぐに振り返り、アイは振り返らなかった。 闇の中から現れたのは白いワンピースを着た、美しい女性。

 アイが尋ね、その前でススが静かにナイフを構える。


アイ「あんたは?」

「私は白山羊というアンドロイドです。

貴方は、主や私を傷つけるのですか?」

アイ「あんたが大人しくしていればなにもしないさ。

……って、アンドロイド!?マジで!?」


その時、アイは初めて振り返った。

目の前の女性は微笑むと、


白山羊「はい。

 機械人形である私は厳密には『家族』としての権利を有していません。

 だからハサギは私を家族として扱わなかったのです。

 アンドロイドの存在が信じられないなら、そちらのお嬢さんが持っているナイフで腕を刺しましょうか?」

スス「え、遠慮するわ」


 白くて細い右腕をススに差し出す。

 ススは思わずナイフを引っ込め、白山羊はフッと笑い、手を引っ込めようとして。

その白い腕を銀色の腕が掴む。


白山羊「え?」

アイ「名前は?」


アイの不思議な質問に全員が首を傾げる。


スス「アイ、何を言って……?」


 ススはそこまで言って口を止める。

 何故なら、アイの表情はまるで鬼のようだったから。

 銀色の拳に力が入り、白い腕を握り潰そうとする。


白山羊「!」

アイ「もう一度だけ聞く。名前は?」


アイの一言は、冷たくて、恐ろしくて、まるで吹雪のような一言。


白山羊「わ、私は白山羊……白山羊と、呼ばれていました」

アイ「白山羊だと…?

違う、お前の名前は、」


ガシッ


 白い腕を掴む銀色の腕を、褐色の腕が掴む。

 アイが右を向くとススがアイの腕を掴んでいた。


スス「リーダー。

 貴方、少しおかしいわ。

 本当は逃げ出したいのに、この闇の中にどんどん入り込んでいる」

アイ「だがこいつは」

スス「アイ。

 私達がここにいる目的とやってはいけない事は?」

アイ「……Gチップの真実を見つける事、 家のものに恐怖を与えない事…だったな。

 悪いスス、危なかった」


 アイはハッとススを見つめる。

 その顔に先程までの殺気は無かった。


 アイはもう一度白山羊の顔を見る。

 美しい女性の顔は、いつか自分が昔出会った女性に非常によく似ていた。


『はははははは、ユウキは面白いなあ』

『どうして君はそんな力をもって生きているんだろうね』

『桜よ、桜よ、お前か!

 これはお前の仕業なのか・・!』


アイ「そんな訳、無いよな・・アイ」

スス「?」

 


アイ『悪いスス、危なかった』

スス『別に。これ以上話しがこんがらがるのが嫌なだけよ』

アイ『そうか…白山羊。悪かった』

白山羊『私は大丈夫です。アンドロイドなので』

アイ『そうか。

  謝罪ついでにお願いがある。

  早くこの家から離れたいのだが…』

ハサギ「…」


通信機の向こうから聞こえる二人の会話を聞いてハサギは言葉を失った。


ハサギ(あのススという女…。

   暴走し始めたアイを止めた。

   あのアイを!)


 ハサギとアイは昔から幼なじみの仲だった。 能力戦争が終結してから追う者と追われる者になってしまったが、ハサギはアイを良く知っていた。


 数年前…。


ハサギ『何!?お前軍隊に入るのか!?』

『ああ、俺は決めた。ゴブリンズに入って天才を滅ぼす』

ハサギ『止めるんだ!

 戦争で人がバタバタ死んでるんだぞ!お前みたいな隻腕が入っても………ウグ!!』

『うるせえよ』


ハサギのセリフは片腕の男によって止められる。


『俺達はてめえら(健常者)と上手く付き合う為に、人生の半分をトレーニングルームで過ごしたんだ。

 才能の上であぐらかいてる奴等に負けてたまるか!』


男の左腕一本でハサギの体は宙に浮き、口をパクパクと開閉させていた。

 それを見た男は握る手を緩め、ハサギを離した。

 ハサギの体は重力に従って落下する。


ハサギ『ガハッ!』


げほげほと咳込むハサギを見下ろして、男はフッと笑った。


男『俺を止めたかったら、』

ハサギ『げほっ、げほ……?』


ハサギはふらふらと顔を上げ、男を見上げる。


『俺より偉くなる事だ。

 それ以外に俺を止める方法はねえぜ』


 その時見た男の顔は、まさしく鬼の笑い顔だった。 男は笑いながらハサギの前から去っていく。悔しさと怒りを込めて、ハサギは叫んだ。


ハサギ『ま、まて・・まつんだ、『ユウキ』!!』



 それが、数年前のアイとの記憶だ。

 あの時アイを止める事が出来なかったからこそ、

 それが今では、止めてくれる存在がある。  

 ただそれは、自分ではないが……。


ハサギ「羨ましいな、アイ」


 ハサギはフッと笑い、この戦いを見返した。 この戦いは始まる前から勝敗は決まっていたのだ。


 シティが暴走する前から。

 ケシゴが虎を放つ前から。


ハサギ(ゴブリンズが家に飛び込んだその瞬間、俺達の負けだった)


 そのあとのハサギ達の行動は、ただそれを隠すだけの見苦しい悪あがきだった。


 ハサギは『家に入らせない事』を守れなかった。 ハサギの暴走を止める者が居なかったからだ。

 だがアイは『恐怖を与えない事』を守り通した。

 止める存在がいたのだ。

 暴走する者を止める存在。

それこそこの戦いの勝敗を決める大事な存在だったのだと、ハサギは気付かされた。


ハサギ(だが……)


 ハサギは再度フッと笑う。

 この笑みは、覚悟を決めた笑みだった。


ハサギ(だが悪あがきをした以上、最後まで足掻いてみせる!)

 「流石だなアイ、虎を倒すだけじゃなく、住人の信頼まで勝ち取るなんて。

 だが勝負はまだまだ…」

アイ『え?倒した?何のことだ?』


ハサギのセリフにアイが割って入る。


ハサギ「ん?ケシゴが放った虎を、おまえ達が倒した…」

アイ『え?

 俺がしたのは通路を塞いだだけだ。 虎は外にでて、ダンクにやられたんじゃ?』

ハサギ「ん?

 ダンクは身動き一つ取れない上にノリに捕まって虎を倒す事は出来なかったぞ。

 シティは勝負に集中してたし」

アイ『え?』


少しずつ不安要素が濃くなる会話。

限り無い「ん?」と『え?』の会話のあと、明かりの無い影に包まれた部屋の中で、

アイはこう呟いた。


アイ「じゃあ、虎は今、どこに?」


ガサッ


アイは音のした方に振り向く。

すると、影の中から黄色と黒の化物が飛びかかって来た!



アイ「と、虎ァ!わぶ!」


アイが叫び終える前にニメートルの虎がアイにのしかかる。

 間髪入れずに虎がアイの頭を噛み砕こうと大きな口を開き、鋭い牙を見せる。

 人の頭が簡単に入りそうな程の大きな口。

アイは考えるより早く、銀色の右腕を顔の前に出した。


ガシャァ!!


 義腕がアイの頭の代わりに虎に噛まれ、グシャ、と潰れる。

 だが、右腕はまだつっかえ棒の役割は何とか果たしていた。


アイ「うわぉ!」

スス「アイイイィ!!」


 アイはこの瞬間、ヤバいと考えていた。

 ススはこの瞬間、やられると考えていた。  

 そして虎は、獲物を噛み砕こうと必死だった。


 だから彼等その後ろの闇に何が居るのか気付く事が出来なかった。

その何かが、闇の中から手を伸ばした事も。


虎「グアーアアオウ!」

アイ「わ〜〜〜〜〜!!!」


 アイはその瞬間自分は死んだと確信した。

顔を食いちぎられたからではない。

 あまりに不可解な事が起きた為に、自分は死んだと確信したのだ。


虎「ギャアーアアオオウ!!」


 だが虎の叫び声でアイは自我を取り戻す。

急いで起き上がると、虎の尾が闇から伸びた太い腕の大きな掌に捕まえられていた。

尾がグイッと引っ張られると、虎の体も連動して引っ張られていく。

 夢じゃない。

 現実に、虎が何者かに引っ張られているのだ。


虎「ギャアーアアオ!!」

アイ「な、何だ?何がおきたんだ?」


 アイは後ずさりながら疑問を口にした。

 それに答えたのはこの家の主、白山羊だった。


白山羊「あのとらは防衛装置に捕まったんですよ」

アイ「ぼ、防衛装置?」


 アイの声が思わず裏返る。

 トラップだらけの家。

 窓も明かりも無い部屋。

 不可解な住人。

 そして、闇の中から虎を捕らえた防衛装置。

 その防衛装置に、虎が引っ張られていく。

 いくら大きな口で叫んでも、爪でフローリングを押さえても何の意味も無く、ズルズルと闇に。この不可解な家に呑まれていく。


アイ(まだ何かあるのか、この家は…?

 本気でヤバイ場所だ、ここは)


 アイはそう叫びたいのを必死に抑え、恐怖で固くなりそうな頭を必死に回転させて、叫ぶ虎を見つめる白山羊に訪ねる。


アイ「あれが防衛装置なのか?」

白山羊「ええ、黒山羊と言います。

 私と同じアンドロイドですが、彼は防衛機能を中心に作られたのです」


 白山羊はアイの方に振り向く。

まるで人間のような作り笑顔で笑いながら、こう答えてくれた。


白山羊「もし貴方達が主を傷付けようとしたら、ああなっていましたよ。

 ススさんが止めていなくても・・」


 アイは何も言わず、ごくりと唾を飲んだ。

 そして、


ギャアオオエウウアアアーーー!!


 その叫びを最後に、アイ達が虎を見る事は二度と無かった。





一方、家の外ではケシゴ、ペンシを豚の群を使って抑え込んだ二人組が鉄板に乗って空を飛んでいた。


豚の群「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」「ぶー」


シティ「凄い豚の群。これ全部ダンクの魔法で作られた豚なの?」

ダンク「ああ、見た目はアホだが、この魔法は色々と凄いんだ、ぜ……?」


 ダンクは不意に凄く後ろが気になった。 

 何かがこちらを見ている。

 だが不思議と殺気や敵意は感じ無かった。  

 それはまるで、


ダンク「懐かしい…?」

シティ「ダンク?」


 ダンクが振り返ると、豚の群の外で男性がこちらを見上げていた。


ダンク「あれ、何処かで見た事がある…」


 ダンクが包帯で出来た顔を傾げさせるのと、男性がニンマリと笑うのは同時だった。


ダンク「あれは?」


バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ


不意に、何か大きな音が空中から聞こえて来る。

見ると、ヘリコプターが十機程、こちらへ向かってくるではないか!


シティ「な、なんなのあれ?」

ダンク「!!」


ダンクはすぐ男性の方に目線を戻したが、そこに男性は居なかった。

 ダンクはその男性を探したい衝動に駆られたが、隣りにいる仲間を見てそれを抑え、

空中から飛んで来る敵を睨み付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る