第9話 ケシゴの魔眼

アイ『さーて、盗みに行くとしますか』

 

 ハサギの通信機からアイの楽しそうな声が響く。それを聞いたハサギはハッと気付いた。


ハサギ(そうだ、奴らは博士の資料を欲しがっている。 資料は玄関前のダンボールに詰めて置いてある、それを奴等につたえなければ!)


 ハサギが目線を玄関前に向ける。

 そこにはダンボール箱が幾つか無造作に置かれていた。


ハサギ「アイ、話しがある」

アイ『何だ?』

ハサギ「お前らが欲しがってる資料は、玄関前にある。 今、お前達がそれを持つまで、我々は動かない」

アイ『なんだと?どういう』

ハサギ「アイ、俺とお前は何度も戦った仲だ。 その中で俺が嘘をついた事はあるか?」

アイ『・・ないな』

ハサギ「俺が捕まえたいのは現行犯のアイだ。 だから、君達がそれを持つまで、我々は動かない」


 僅かな沈黙の後、アイから返事が返ってきた。


アイ『成る程。お前、本当に嘘は下手だな、ハサギ』

ハサギ「何?」



 アイは通信機を耳に当てながら、目線で仲間に準備するよう合図をした。


アイ「確かにお前は嘘をついた事がない。

だが『初めて』は人類平等に配られる言葉だ。 これが初めての嘘かもしれないだろう?」

ハサギ『ならば中身を確かめればいい。

そうすれば分かる筈だ、真実が』

アイ「悪いが俺はその手に乗る気はない。

怪しい奴には手を出さないさ」


 ダンクがアイの前で両手で丸を作る。 《準備が出来た》という合図だ。


アイ「ハサギ、悪いが俺は先に行く」

ハサギ『何?』

アイ「貴様はそこで待ってろ。

俺が本当の宝を見つけてやるからな」


 アイはニヤリと笑いながら片手に持っているスイッチを押した。


ボン!!


ハサギ「うわ!」


 突如聞こえてきた爆発音にハサギは思わず耳の通信機を離す。

 通信機が爆発したのではない。

 窓の外では煙幕がモクモクと辺りを覆っていた。

 続いて、ドカンという何かを砕く音。

 ハサギは再び通信機を耳に当てる。

 あいつらが家の扉を破壊した音だというのはすぐに分かった。

 ハサギはもう一度通信機を拾い、向こうの敵に叫ぶ。


ハサギ「アイ、貴様!」

アイ『悪いが自宅に侵入させて貰ったぜ。

 こっちもおふざけでやってるんじゃない。

 色々腹を立ててるんだよ』

ハサギ「アイ!」

アイ『スス、部屋の中に入るぞ!

宝を探すんだ!』

スス『了解、リーダー!』


 奴等の仲間が家に侵入する姿を見て、ハサギの顔色がみるみる青くなる。


ハサギ「アイ!・・くそ!」

(奴らを中に入れない為の交渉なのに、失敗した!!)


その時、ハサギの通信機に通信が入る。

 ケシゴからだ。


ケシゴ『チャンスだ』

ハサギ「ケシゴ?」


 その声は何故か上機嫌だ。 普段からあまり表情を変えないタイプのケシゴが笑みを浮かべている。ハサギは嫌な予感を覚えた。


ケシゴ『お前の出番だぞ、《肉林》』


ガオオウ!

 何か大きな獣が吠える声が聞こえてきた。通信機越しではなく、すぐ外側からだ。

 俺はケシゴに訊ねる。


ハサギ「何だ今の声は?」

ケシゴ『肉林、狩の時間が始まったぞ!』


 ハサギは窓から外を見る。

 だが煙幕のせいで何が起こっているのか分からない。 しかしなにかが歩く音が聞こえてくる。


ケシゴ『GO!』


ガオオウ!


 その叫び声と共に、何かが車の前を横切った。

 黄色と黒の縞模様の大きな何かが。

 ハサギは震える手で通信機のスイッチを入れた。


ハサギ「ケシゴ!

お前一体、何をしたんだ!!」




スス「アイ、とりあえず玄関内に入ったけどどうする?」

アイ「う〜ん。奴らが何処に何を仕掛けてるか、分からないからな。

何処から探せばいいものか」


 アイとススは玄関で立ち往生していた。

 ダンクとシティは煙幕を張った時に物陰に隠れ、家に入ろうとする奴らを抑える役目に回っている。

 家に侵入した二人は本当なら部屋に入り、物色しないといけないのだが、 何故かアイは動こうとしない。


アイ「まあ、俺のカンはダンボールの中にあるって叫んでるんだよなあ」

スス「え?」


 ススは耳を疑い、我がリーダーを睨み付ける。


アイ「いや、あいつが嘘ついた事ないし、人に迷惑かけるような奴でもない。

しかし俺にもノリってもんがあるからな。

どうやって空気を壊さずに出たらいいか」

スス「あんたこの状況で何を・・」


ガオオウ!!


 突然、獣の声が玄関のドアの方から聞こえる。

二人が振り向くのと同時に、

 破壊された扉を踏み越えて、虎が侵入してきた。




 物陰で待機していたダンクの通信機に通信が入る。 その頃には煙幕が薄くなりはじめていた。


アイ『と、トラトラトラー!!』

ダンク「ワレ奇襲に成功せり?」

アイ『ちがーう!

本物のトラがいるんだー!』

ダンク「アイ、何を馬鹿な事を言って」

『ガオオウ!』


ダンク「え?」


 ダンクが起き上がり玄関を覗くと、

 薄くなった煙幕の向こうで2メートルはある大きな虎が玄関から家の中に侵入しようとしているのが見えた。

 事態を理解していないシティがダンクを見て首をかしげる。


シティ「何、なんか見えるの?」

スス『助けてダンクー!』

ダンク「何だあれ!?シ、シティ助けるぞ!」

シティ「え、待って、ダンク!

 ああんもう!」


 ダンクが向かおうとするのと同時に、煙幕が完全に消える。

 そしてケシゴが姿を現した。




アイ「あの扉!」スス「了解!」


 二人は勢い良く駆け出し、居間への扉に転がり込む。勢い良くドアを閉め、アイが銀色の球体をドア目掛けて投げる。


アイ「アイスボム!」


 アイは銀色の球体を扉目掛けて投げつける。 すると扉が一瞬で凍りつき、次の瞬間、扉が少しだけ揺れる。

 おそらく扉の向こうでは虎が体当たりをしているのだろう。 だが氷で硬度を強化された扉はビクともしない。


アイ「ハハハハハ!!

無駄無駄、凍った扉はお前の力で開けられねえぜ!」

スス「アイ……」


 ポン、とアイの肩をススが掴む。

 アイが見るとススはニッコリ笑い、


スス「だったら虎を凍らせろボケェ!」

アイ「グヘェ!」


 思い切り殴り飛ばした。




ダンク「しまった…」

シティ「うっかりしたわ…」


 その頃ダンクとシティは家の玄関前で立ち尽くしていた。

 本当は家の中に入ってアイ達を助けたいが、目の前にケシゴという男性がいる。

 彼と戦わない限り救出に向かうことは出来ないとダンクは思ったが、

 次の瞬間動きを止める。


シティ(な、何?)

ダンク(こいつを見た瞬間・・)

二人((体が動けなくなった!!))


 二人とも、体が動かせない。

 いいや、動けないのだ。

 シティもダンクも必死に体を動かそうとするが、指先ひとつ動かない。

 その様子を見ていたケシゴが笑みを浮かべる。


ケシゴ「無駄だ。俺を見た瞬間、お前は動く事が出来ない。

 今のお前達は怖がっているからな」

ダンク「なんだと?」


 ダンクが何とか口だけを動かす。

 だがそれもあまり上手く動かせない。


ケシゴ「我々人類はGチップの恩恵により、皆が何かの天才または超能力者になった」


ケシゴが一歩、シティに向かって歩きだす。


ドクン!!


シティ「グッ!!」


 それだけで、シティの心臓が跳ね上がり、恐怖で震える。 シティは何が何だか分からないまま、ケシゴを睨み付けた。


ケシゴ「そして俺は、『猛獣使い』の天才」


 ケシゴが右手を振り上げる。

 ただそれだけなのに、シティにはまるで巨人の大きな腕が振り上がるように感じた。

振り下ろせば、間違いなく潰れる。

 心臓が先程より大きく跳ね上がる。


ド……クン!


シティ「い、いやあああああああああ!!」

ダンク「シティ!?」


 シティは思わずしゃがみ込む。

 ケシゴが右手を振り下ろす。

 当然、10メートルも離れたシティを潰せる訳がない。


ケシゴ「俺の目を直視した者は皆恐怖に呑まれ、動けなくなる。

 『恐怖の魔眼』って奴さ」


 シティは両手で自分の体を押さえながらガタガタと震えていた。 ダンクはケシゴを睨む。


ダンク「貴様!」

ケシゴ「そして俺は、悪人に手加減などしない。」


シュル……シュルシュル


 何処からか何かが這う音が聞こえる。

それも何百も。

 ダンクは辺りを見渡すと、恐ろしい光景を目の当たりにした。


ダンク「蛇!?」


 下をよく見ればおびただしい蛇の群れが、ダンク達に向かって来ていた。

 ケシゴが獣のように獰猛な笑みを浮かべる。


ケシゴ「へびども。奴等を拘束し、骨の髄まで己が愚行を後悔させてやれ」

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